Episode 01-2

「取り敢えず、掛けて話すか」


 団長がそう言うと、四人はそれぞれ椅子に掛ける。その様子を見るに、どうやら決まった席がある様だった。

 残った椅子は、二つ。どうするか。


「好きな椅子に掛けてくれ。明日にでもお前用の椅子を買うか」


 つまり、この騎士団には私以外に六人が所属している、ということだろうか。

 指示に従い、ツバキさんの隣の椅子に腰かける。


 さて、と団長が一呼吸おき、改まった態度で話し始めた。


「それじゃあ、改めてお互いの自己紹介からいこうか。先ずは俺達からだな。俺の名前はアレン・インディヴィルド。闘騎士で、この黒曜の騎士団の団長だ。国立第一首都学院の騎士学部闘騎士科卒で、今年で入団十年目、つまり28歳だな。趣味は料理だ」

「私はセナ・アルテマノイド。アレンとは幼馴染の腐れ縁で、元々は家業の鍛冶屋をやってたんだけど、コイツにスカウト、推薦されて五年前に入団したわ。元々は第八士団だったんだけど、色々あってここに在籍してるの。支援士サポーターで、主に武器整備と鍛冶を担当してるわ」

「推薦で、しかも第八士団ですか……!?」


 王国騎士団に入団するには、私がしたような騎士団内での役割に合わせた国立首都学院の指定学部の修了を条件としているが、その他に、王国騎士団内部の人間による推薦、というものがある。これには、推薦した人物の団内での一定の地位、または一定の割合の団員同意が必要だが、それさえあれば試験も、資格も必要なく入団することができる。


 それにしても、第八士団とは。

 全部で五十五、正式には五十四ある士団の中で、一桁の士団は文字通り桁違いの実績と実力を有する。

 いくら後方支援を行う支援士と言えども、持っている技術は一流だろう。


「そんな凄いもんじゃないって。第一、ここにいる時点で落ちぶれてるようなもんだし」

「こらそこー落ちぶれてるとか言わない」

「じゃあ次は俺の番だな。俺の名」

「お前はさっきでしゃばって色々言ってたからいいだろ。ハイ次」

「ちょちょちょちょっと!? 僕の扱い酷くないですか!?」


 蔑ろにされ憤慨するグレースさんを見て、団長は本当に面倒くさそうに息を吐く。


「じゃあ俺から端的に言うわ。こいつはグレース・ビースト・ラレクシャル。本名にビーストは付いてないらしい。コイツも推薦されて入団したらしい。一応闘騎士。好みの女を見ると頭がおかしくなる」

「説明雑過ぎないですか。色々と誤解を生むような気が」


 グレースさんの感想と反して、他の三人は「何が不満なんだ?」といった様子で首をかしげている。


「まさに的確な説明だろ?」

「ジャストミートね」

「ピッタリな説明ですね~」

「な、なんてことだ……俺の素晴らしさ、男らしさを何も理解していないなんて……」


 オーバーリアクションと言っても差し支えない位に項垂れるグレースさんだが、それに見向きもせずツバキさんが自己紹介を始める。


「私はツバキ・カナハラです。22歳です。国立第三首都学院騎士学部の支援士科を卒業してます。勿論支援士ですが、専門は戦場指揮と戦術立案です。あと、この団では洗濯掃除も担当してます。趣味は食べることです。結構食べ過ぎちゃうこともあるんですよね~」


 そう言って恥ずかしそうに頭を掻くツバキさんを、他の三人は何とも言えない、けど何か言いたい、そんなもどかしい表情で見つめていた。彼女が何かおかしなことを言った様には思えなかったけど……。


「本当はもう二人いるんだが、今は国外に遠征任務に出ててな。しばらく帰ってこないから、帰ってきた時に紹介すれば良いだろ。じゃあ、今度はお前の番だな。最低限は、名前と歳に役割ポジション、そして、『ここに来ることになった理由』だな」


 遂に私の番が来た。ここまで来て後には引けないので、意を決して息を吸う。


「私はサリス・アルマ・クヴァイラル。出身校は団長と同じで、闘騎士です。新卒なので、18歳です」


 私の名前を聞いて、四人は驚いた様に目を見開く。予想していた事態だ。


「クヴァイラルって、あのジルギーラ四家のクヴァイラル家か?」

「……はい」


 ジルギーラ王国には、古くから強い権力と財力を誇る家が四つある。兵力であったり、商才であったり、成り上がった要因はそれぞれ異なるが、強大な力を持つ、という点において共通している四つの家だ。

 その四家はジルギーラ四家と呼ばれ、その勢力の大きさはジルギーラが世界最盛の国家と言われる要因の一端を担っている程だ。

 クヴァイラルは、その四家の内の一家であり、最古の家でもある。私は、その家の現在の長女なのだ。


 だが、個人的にはあまり触れられたくない事実である。実力主義の王国騎士団で、家柄をひけらかすことは周りの反感を買う原因にもなるし、何より意味が無い。決して、私がひけらかす気が無くとも、私が四家の出であるという事実だけで、他人は「嫌な判断」をする。

 だが、私が危惧していた事態は起こり得ない様であった。


「ふーん。まぁ、最近は貴族でも騎士団に入りたいって奴も増えてるらしいな。けど、王国騎士団ここは実力至上主義だからなぁ。権力にものを言わせる世界じゃないから、そういう奴程苦労するらしいぞ。あ、遮って悪い。続けてくれ」


 本当に興味がなさそうに話す団長の姿を見て、逆に安心してしまった。

 団内のフランクさ然り、団員の奇抜さ然り、この騎士団は他とは一線を画するものがある。それこそ、王国直属の騎士団であることを疑ってしまう程に。


「私が、ここに配属された理由は……単に私が実力不足である、ということと、『私が女だから』、です」

「……二つ目についてもう少し詳しく」

「私は闘騎士として入団しました。これは、ジルギーラの歴史の中では史上初のことらしいです。ですが、その事実を簡単に周りに受け入れてもらえる筈もなく、女だからという理由で責任を押し付けられたり、差別を受けたりしました。私が単に実力不足であるという範疇を超えて」

「差別とは、具体的に」

「私だけ食事の時にソーセージがついてなかったり。こんなんセクハラですよね」

「辛かったな……じゃあ、明日の朝飯はソーセージ10本だ」

「訴えますよセクハラで」

「私はソーセージ10本でもいいと思いますけどねー」

「ツバキお前は黙っててくれ話がややこしくなる」


 団長は場を整えるように一度咳払いをし、改めて正面に座る私の目を見据える。


「まだ、この黒曜の騎士団の存在理由を説明してなかったな」

「存在、理由……?」

「お前は小士団は全部で五十四だと、認識していたはずだ。だが、実際にはこのように五十五個目がある。つまりそれは、この黒曜の騎士団は王国騎士団非公認の小士団、ってことだ」


 今明かされる衝撃の事実。そんなの聞いてないって。


「じゃ、じゃあ、私は王国騎士団をクビになった、と?」

「いや、そう言うわけじゃない。まぁ実質そうかもしれないが、ここから抜け出せるにはお前次第だ」

「私次第、ですか」

「そう。この黒曜の騎士団に左遷されてくる人間には、共通項がある。それは、王国騎士団で何かしらの問題を起こし、王国騎士としての能力を疑問視された人間ってとこだ。そして、王国騎士団とは隔離されたこの黒曜の騎士団で更正することが求められる。ここでそれ相応の実績を残し、王国騎士団に所属するにふさわしいと上に判断されたら、無事復帰できる。少なくとも、正式にカウントされてる五十四の内のどれかには入れるだろう」


 なぜ五十五個目の小士団が存在し、それが公にはされていないのか。その理由が全て分かった。

 つまりここは、王国騎士団から爪弾きに遭った者たちの行き着く場所なのだ。

 王国騎士団として公にはしたくない汚点を一点に集結させる。そしてあわよくば更正させる。


 万歳三年B組。みんなと一緒に夕日へ走ろう!暴力事件を起こせばなんやかんやで絆が深まるよ!

 どちらかというと教師が極道の娘の方だろうか。


「……けど、私次第って言っても、私の性別は変えようがないですよ。男装でもしろって言うんですか?」

「かの魔術王国セルベリオンでは性転換を行う魔術の研究も昨今進んでるらしいぞ」

「えっ」

「いや冗談だけど。それはともかくとして、お前がここに送られてきた理由をもう一度考えてみろよ」


 私がここに送られてきた理由。それは、私の実力不足と、私が女である、ということ。


「お前が抱いているその二つの原因は、決して無関係なものじゃない」

「……というと」

「お前がもっと強けりゃそんな差別されることもないし無下に扱われることもないってことだ。まぁ、女だってことで少なからず反感はあるだろうが、それでも王国騎士団に相応しい実力を見せつければ周りも表立って何かすることはなくなるだろう」

「……もっと強くなる必要があるってことですか?」

「別に必要なのは強さだけじゃない。指揮能力でもいいし、支援能力でもいいし、救助能力でもいい。闘騎士と一口に言ってもいろいろあるからな。要は、上にお前の価値を認めさせればいい。女であるということを差し引いても、お前が王国騎士団に必要だと思わせる価値を。まぁ、お前らの能力と功績を上に報告するのは俺の仕事だから、まずは俺に認めさせないとな」


 私の、価値。

 男相手では単純な戦闘では勝てない。経験も不足していて応用も利かない。知識ばかりが先行して行動が追い付かない。


 そんな私にも、この王国騎士団にとっての価値があるのだろうか。


 いや、なくても作らなければならない。見出さなければならない。

 それが、私に残された唯一の道なのだから。

 私の夢に、唯一沿える光なのだから。


「……頑張ります」

「おう、頑張れ。ここが最後の防波堤だ。お前が諦めない限り、俺達は本部の連中みたいに見捨てたりはしない。ここから抜け出すのは容易じゃないが、それでも実際に復帰できた奴はいる。確かに希望は、ここにはあるんだ」

「ま、俺はここに来て二年経った今でも未だに戻れる気配がないですけどね」

「グレース、戻りたいならその女癖を即刻治せ」

「無☆理」

「じゃあここがお前の墓場だ」


 団長はそう言いながらグレースさんの頭に鋭いチョップをかます。

 ややオーバーに痛がるその姿と、それを見下すように鼻で笑う団長の姿は、まるで友人同士の馴れ合いと形容して差し支えない程に自然で、そこに上下関係などのしがらみは一切無いように見えた。


「グレースみたいなのは手本にしちゃいかんということだな」

「それはこれから自分の目で見て判断しますよ」

「中々言うねぇ新人ちゃんは。その調子で元気出して行こうや。今日は無駄な捜索の性で疲れてるだろうから、しっかり休んで、明日から黒曜の騎士団の一員として始動だ。オーケー?」


 誰のせいで無駄なことやらされたと思ってんだこの野郎馬鹿野郎と言いたかったが、そういう空気ではないので必死に飲み込む。


「……、了解しました」

「あんまり堅苦しくしないで気楽でいいよ、気楽で。晩飯今から作るけど、食う?」

「いえ、今日は疲れたので、もう寝ます」

「そうか、分かった。お前の部屋は二階廊下の突き当りを右だ。家中探したから分かるだろ?」

「おかげ様で」


 団長を含め他の方々に挨拶をし、指定された部屋に向かう。

 ドアノブに掛けられた鍵を取り、それを差し込みドアを開けると、そこには六帖程の殺風景な室内が広がっていた。

 木製の机に椅子、ベッドのみだ。ここから、自分で色々付け足していけ、ということか。

 カーテンは開いたままだが、気にせずベッドに倒れ込む。すると、急速に眠気が回ってきた。どうやら思っていた以上に疲労が溜まっていたようだ。


 瞼を閉じ、来る明日に仄かに希望を抱きながら、意識を闇に投じていく。

 今夜は久しぶりに、深く寝れそうだ。

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