Episode 01-1

殺意の余り勢いで剣に手を掛けた私の様子を見て、アレンと名乗るこの騎士団の団長は、両手にぶら下げた紙袋を下ろし若干身構えながらも愉快そうな笑みを浮かべる。


「おー血気盛んだこと。若いのはこれくらい元気な方が良いね」

「……」


 少しづつ、刀身を露わにしていく。多分、今の私の表情は仮にも十八の女子がしてはいけないものだろう。


「あ、いやごめんて。そんなに怒らんでもいいと思うよ? まぁ悪かったとは思うけど、これからの拠点を隅から隅まで知れて良かったと思わないか? あ、でも俺の部屋は入ってないだろうな」

「入りましたよ他のどこ探してもいなかったんで」

「……マジで。何も見つけてないよな?」

「いかがわしい画集を三冊ほど」


 すると、途端に団長は先ほどとはうってかわって取り乱し始め、額には大粒の脂汗が浮かび始めていた。

 そして、手を前に組み、目を泳がせながら、一言。


「……見なかったことにしていただけませんか」

「残念私の耳はしっかり聞いちゃったんだなー」


 突然口を開いたのは、団長の左後ろに立っていた女性だった。

 茶髪をポニーテールに結んでおり、長身な彼女は顔立ちも相当に整っており、大人びた美人、という印象を受ける。が、その顔に張り付く笑顔は引きつっており、どこか子どもじみた怒気を感じさせた。


「幻聴じゃない?」


 そうとぼける団長の足をかなりの勢いで踏みつけ、睨みをきかせてこう言い放つ。


「後で燃やすわ」

「……痛いっす」

「もっと痛くしてほしいって?」

「いやほんと勘弁」


 すると女性は、私の方に顔を向けた。今度の表情は先ほどとは全く異なる、柔和な笑みであった。


「私はセナ・アルテマノイド。副団長をさせてもらってるわ。コレに怒る気持ちはよーく分かるんだけど、一応コレでもあなたの上司だから。取り敢えず剣を収めてもらえない?」

「コレ呼ばわりは酷くない?」

「代わりに画集切っても良いですか」

「それは私が許可するわ。存分にやって」

「えっ、俺に人権は」

「ちょっと静かにしてねー」


 そう言うと、副団長は更に団長の足を踏みつける。うわぁミシミシいってるよ。


「それじゃあ、ここで立ち話もなんだし、中に行こっか。あなたのことも教えてほしいし」


 と、副団長が言い終えた瞬間、団長の右後ろから颯爽と私の目の前まで迫り来る人物がいた。


 貴族か、と言いたくなる程煌びやかな装いをし、金髪をオールバックで纏めたその風貌は、本当に高貴な人物では無いかと思わせる程であった。実際にそうかもしれないが。

 鋭いツリ目の中に光る蒼眼を光らせ、男は甘い声で私に話しかける。


「そう、君の名前を是非とも知りたい! その一糸纏わぬ美しい黄金色の髪、長い睫毛、高い鼻、潤った唇。全てが女神のように輝いて見える。俺の名前はグレース・ビースト・ラレクシャル。歳は二十四。気軽にグレースと呼んでくれ。そして良ければ俺と、深いお付き合いをしてみドゥッファッ!!??」


 セリフを言い終える前に、後ろに立っていた団長が彼の股間に痛烈な蹴りを入れた。蹴られた瞬間の形相は、それまで保っていた麗しい雰囲気を全て吹き飛ばすもので、具体的にどんなだったかは……想像におまかせしよう。


 白目をむき泡を吹くグレースさんをまるでゴミを見るような目で見つめながら、団長と副団長は中に入っていく。


「ゴメンね、コイツちょっと可愛い子見ると頭おかしくなっちゃうの」

「ツバキ、介抱よろしく」

「ええ〜、蹴るだけ蹴って後は人任せですか……」


 団長の指示に応えたのは、先ほど三人の後ろに立っており、姿が見えなかった女性であった。

 ツバキと呼ばれるその女性は、背中までかかる黒く艶のある長髪をしており、垂れ目で顔をしかめるその表情からは、温和そうな雰囲気が感じ取れる。


「あ、私はツバキ・カナハラと申しますー。よろしくお願いしますねー」


 余りに物腰が低い態度だったので、こちらもかしこまって頭を下げてしまう。なんというか、逆らえなさそうな人だ。


「この人は私が何とかしておくので、先に行ってて大丈夫ですよー」


 お言葉に甘えて、先に行くことにする。

 一階のリビングに向かうと、そこにはテーブルに湯気立つ液体を入れたカップを5つ置く副団長と、キッチンの冷蔵庫に先程の紙袋に入っていたであろう食料を入れる団長の姿があった。


 先刻の意味の無いかくれんぼの時に確認したが、この家の冷蔵庫は従来の氷塊を入れて冷やすものとは異なり、魔力を動力とする高級品で、サイズも家庭用にしてはかなり大きい。中に入っている食材も非常に豊富で、この家の食事事情の豊かさが見て取れる。


「コーヒー、飲めるよね?」

「はい」

「砂糖は何個?」

「二個でお願いします」


 副団長は一つのカップに角砂糖を二つ入れると、後の四つに慣れた手つきでそれぞれ異なる数の砂糖を入れていく。

 冷蔵庫に全て入れ終えた団長と、何とか回復したグレースさん、そしてツバキさんがテーブルに集まった。


「取り敢えず、掛けて話すか」

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