BLACK SHEEP -弾かれ者の英雄譚-

相模原帆柄

第1話

「国立第一首都学院、騎士学部闘騎士科卒、サリス・アルマ・クヴァイラルですッ!! このジルギーラ国の為、身を粉にして邁進して参りますッ!!」


 と、高らかに入団式で宣言したのも遠い過去の話で、今の私はただ溜息を吐きながら、古びた、よく言えば歴史が感じられる一軒家の前に立っていた。その目には隈が離れず、かつてピンと伸びた背は、すっかり猫背に縮こまっている。

 過去の話、と言っても約1か月半前の話。けれど、その短い期間で、私の精神は抉りに抉られたのである。


 世界一歴史の深い、世界最強の騎士団。それが、このジルギーラ王国騎士団であり、私はその歴史上初の女性の闘騎士グラディエーターとして、騎士団に入団した。勿論、国立首都学院の最難関学科である騎士学部闘騎士科を卒業する、という入団の必須条件を満たした上で。

 そこには、仲間と切磋琢磨し合い、国を、人々を守るために剣を抜く、そんな充実した生活が待っていた。


 はずであった。


 人の夢と書いて儚い。現実はそう生易しいものではなかった。

 私が抱えた問題は二つ。一つは、実力不足である。

 首都学院の卒業時の成績は第四席と、優秀な成績ではあったが、それはあくまで学校という、温い環境下での話であった。実戦の環境下で闘騎士に最も必要とされるのは戦闘力であり、座学は二の次。学生時代、座学では常に1番だった私の知識は全く役に立たず、やはり男相手では劣ってしまう剣の実力だけが顕著に私の足を引っ張った。魔術も知識だけなら自信があるが、実践となるとそこまで得意ではなく、私の汚名を返上するには至らなかった。

 結果として、同時期に入団した組の連中にも、研修の時点でミスを連発し、大きく水をあけられてしまった。

 先輩方の話が偶然耳にしていた際、飛び交っていた話題は私の研修時の成績は歴代でも最悪レベルというもので、私はひどく落胆した。凄く萎えた。


 だが、それは私自身の問題であり、しょうがないと言えばしょうがないこと。


 問題は、二つ目だ。

 私が女、というだけで、周りからのけ者にされるのだ。同輩のみならず、上官からも。

 古くから、男は闘う者、女は家事をする者、という固定観念があり、それは万人に根付く共通事項なのである。だからか、初めて闘騎士となった私を快く思わない者も多く、無視されたり、仲間外れにされたり、ということがあった。それだけならまだしも、仕事において損な役回りを常に任されたり、団体での責任を私一人に押し付けるようなこともあった。

 こればかりは私自身にはどうしようもない。女というだけで差別されるのであれば、アレか。竿を生やせばいいのか。それする位なら腹を切るわ。それかお前ら全員切るわ。切れないけど。


 そんなこんなで、研修期間にも関わらず散々な目に遭わされた私は、はたから見れば明日自殺してもおかしくないなぁという位やつれていた。夢見て入った穴は虎穴も可愛いくらいの地獄の入り口だった訳だ。

 そして更に、こんな私に追い打ちをかけるように、小士団の振り分け日がやってきた。

 ジルギーラ王国騎士団は、騎士団という大きなまとまりはあるものの、その中に小規模の小士団という騎士団が内包されている団であり、それぞれの団に序列が存在し、序列が上の小士団であればあるほど地位が高くなる。全部で五十四の小士団が存在し、勿論王国騎士団長は第一士団である。


 こんな散々な研修だったし、どうせ五十なんぼの団なんだろうなぁとか思っていたら、私が言い渡された番号はこれである。


「……第、五十五士団?」


 ……アレー?全部で五十四じゃなかったかなぁ? 聞き間違いかなぁ?

 って顔をしてたら上官がめっちゃ睨んで舌打ちしてきたので多分聞き間違いじゃないと思う。

 ってことはアレか。暗にクビと言っているのか。お前の居場所は虚構の数字にしか無いよと。とっとと去れと。切るぞ。多分返り討ちに遭うけど。

 とか思ってたら、上官から住所が書かれた紙が手渡された。どうやらこの小士団の拠点の住所らしい。良かった、クビではないみたいだ。

 ……にしても本部のあるここから大分離れた、というか、ほぼ郊外を示している住所なので、どっちにしてもまともな小士団ではないんだろうな、とは薄々勘付いていた。


 そして、今。

 こうして紙にしるされた住所の家までたどり着いた訳だが。

 眼前にあるこの建物は、どうにも王国騎士団内の組織の拠点であることが信じられない位……ボロボロだった。

 壁には蔦が纏われ、壁には所々雑な修理の跡が見られ、何より郵便受けが斜めに立っている。これは本当に人が住んでいるのか。お化け屋敷と言っても信じるレベルだ。


 郵便受けに記されていたのは「黒曜の騎士団」の文字。どうやら本当に騎士団ではあるらしい。私は意を決し、不安を吞み込んで扉を叩いた。


 ……が、反応が無い。念のためもう一度叩く。……が、また反応は無い。

 恐る恐るドアノブに手をかけると、抵抗無くガチャリと回った。どうやら鍵が掛かっていないようだ。中に入ると、そこには外観とは裏腹に小奇麗な内装が広がっていたが、人の気配は無く、私の足音だけが空しく響いた。


「おじゃましまーす……」


 中を少し調べると、リビングと思しきスペースのテーブルの上に、一枚の紙が置いてあった。それを手に取ると、恐らく私宛と思われる文章が記されてあった。


「今日から新しく入る新人よ。我ら黒曜の騎士団はこの家のどこかに隠れている。我らを探し出し、見つけることがお前に与える最初の任務だ!!」


 ふざけてるの? 馬鹿なの?

 隠れている誰かが聞いているのかもしれないのに、大声で思いの丈を漏らしてしまう。

 どうやらまともじゃない、というかとんでもない小士団にぶち込まれてしまったらしい。

 とは言っても、上官からの命令なので、従わなければいけない。それは騎士の鉄則なのだから。私は、溜息を吐きながらも上官の捜索を開始した。






 そして2時間が経過した。

 誰も見つからない。屋根裏部屋までしっかり見たけど誰も見つからない。

 もはや透過の魔術でも使ってるんじゃないだろうか。それは反則でしょう……。


 成果なしのこの無駄な二時間を憂い、椅子に座って休憩していると、玄関から扉の開く音が。

 向かってみると、そこには数人の人影が。


「おっ、お前が新人か」


 先頭に立つ赤髪の男は、私を見てそう言った。


「……ってことは、あなたたちが黒曜の騎士団、ですか?」

「そうそう。俺は団長のアレン・インディヴィルド。よろしく」


 とか言って手を差し出してくるが、今は自己紹介などしている場合ではないのだ。


「……かくれんぼは?」

「ん? ああ、あの紙か。お前が来るのを待ってたんだけど、急な任務が入っちまってな。お前を暇させるのもアレだから、この家を知ってもらうがてら隠れてるって体で見学させたって訳だ」

「……ってことは、この家には誰も隠れてなかったと」

「そういうこと」

「殺す」


 ……どうやら腹を切ったほうが楽になれるかもしれない。怖くてできないけど。

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