新しい杖、そして鴉

 


  「うーん…」


 俺は今、『アステリア教会』の横の敷地に座り込み、新しい自分のメインアームについて考えていた。

 今日はマリカさんとの予定が崩れてしまったので、この際急造の物ではなく本腰入れて自分の杖を作ろうと思っていたのだけれど、いざその時になるとどんな杖にするかに困ってしまっている。


「むむむむ…」


「クゥー…」


 最初だしシンプルな棒で十分かと思う自分もいるし、かといってそれだとオリジナリティが出ない、味気ないと思う自分もいる。

 かといって、装飾(彫像とか)を作りすぎても耐久性も握りやすさも落ちるだろうから、彫りの浅い彫刻を少し施すのが1番いいんだろう。

 とはいえ、どんな模様を彫ろうか…。

 教会の神父さんに頼んで、『アステリア教』の聖句でも教えてもらって彫ってみるか?


「クゥーン…」


「あぁよしよし、ヒマだよなーゴメンなー」


 膝に擦り寄ってきたミクの頭を撫でる。

 もうちょっと待ってくれよー。

 聖句と言えば某悪魔祓い映画のお祓いシーンだけど…ある意味呪文だよな、アレ。

 ゲームの雰囲気的にも、光属性あたりに悪魔祓いの呪文が入ってそうな気がする。

 そこら辺どうなのか、『光魔法』持ちの衝天さんなら分かるかな?


「いやダメだ、今は杖を作るんだから集中しないと!」


 思考が逸れていく頭をはたき、取り敢えず『オークの枝』の束と『初級木工セット』を取り出す。

 呪文に関する実験は後で必ずやるとして、今は杖の作製だ!


「よし、落ち着こう。まず杖の削り出しからだ」


 まずはオークの枝を観察して気に入ったサイズのを選び出し、出来るだけ細かいトゲや凸部分を彫刻刀で削り出す。

 幸いこの枝は曲がりが少なく、ギリギリ棒術にも使えそうだ。

 巨大かつまだ朽ちてない状態の倒木から折り取った大きめの枝だから、少し太いけど長さはちょうどいいししっかりしてる。

 問題は、まだあの倒木が朽ちてなかったあたり、最近あんな立派な木を倒した存在がこの近辺にいるという事だけど…それも後で考えよう。


「んーそうだな…取り敢えず、メジャーなのを彫り込んどくか?」


 一応杖として通用する感じになった木材に「Abreq ad habra」と杖に彫り込んだ。

 アブラカタブラ、世界で最も広く知られる呪文の意味は一説によると「私の言う通りになる」、という事らしい。

 他にも「この言葉の通りにいなくなれ」という意味であるという仮説も存在するらしいが、言う通りになるという方が汎用性が高い気がするのでこっちだという事にした。


 え、何でこんな言葉の綴りまで覚えてるのかって?

 俺にも重病に侵された時期があったって事さ。


 大したミスをする事もなく彫り込み終えて、彫刻刀を『木工セット』の箱にしまったところで目の前の杖からウインドウがポップした。


『魔法師の杖

 魔法使いが良く愛用する杖。

 木を軽く削り出しただけだが、それが故に魔法触媒にも杖術による護身用にも使いやすい。

 製作者が杖自体にまじないを彫り込んだ事で、魔法触媒としての性能が上がっている。


 ATK+6 MATK+6


 追加効果:《Abreq ad habra》

 魔法系統の技クールタイム微減少


 耐久度

 100/100』


 おぅ…。

 なんか、ゲーム序盤の装備についてはいけないタイプのエンチャントがくっついたぞ。

 せいぜい付いてMATK+1だけ、説明文に少し追加文が付くだけでも当然の事と高を括っていたが、そんなチャチなもんでは決してなかったな。

 それどころか、『付与魔法』とか使った訳でもないのに追加効果がくっつくとかシステム的に大丈夫か?

 確か、『付与魔法』の説明はこんなだった気がするけど。


『《付与魔法》

 対象に様々な魔的補助を付与する呪文を使用するためのスキル。

 レベル向上で高度な呪文を覚える。

(金属製の装備にペナルティが発生します。)

(呪文の効果は、MATKが付いた装備で変動します。)』


 まあ、付与魔法で所謂『魔法の武器』が作れるとかそういうのはwikiにも書いてなかった気がするが…気にしたら負けか?

 もう気にしたら負けな世界なのか?


「ううむ…悩んでても仕方ない、この情報は漏らさないようにしておこう」


 このアドバンテージはガチの生産職の方々もじきに気づくはずだ。

 だって、装備に文字を彫り込むっていう少しめんどくさい、細々した作業を行う『だけ』で追加効果が得られるのだから。

 恐らく凝り性な生産バカの方々なら、ゲームサービス開始から時期から見てもう気づいている頃合いだと思う。

 そうでないとしても、自分のアドバンテージをみすみす人に公表するほど自分は聖人じゃないし、これを言いふらす気にはなれない。

 この情報は誰かが気づくまで自分だけの秘密だ。


「さて、適当に杖の試用も兼ねてレベリングに行こうかね」


「ワンッ!」



 『ユニの森』



 これで3度目の『ユニの森』だが、相変わらず綺麗な場所だな。

 空気の汚れた地球の市街地に住んでいるためか、この世界の、特にこの森の中の空気が美味しくて美味しくて仕方がない。

 良い環境の中にいる以上、幾分か体のコンディションが良く感じられるのも分かる話である。

 だからといって土着の生物たちを虐殺するのはどうかと思うが、全ては俺の経験値のため。

 許せよ、蟻たち。


「ほいっと」


『ギュッ!?』


 出来立てホヤホヤの新しい杖をバイト蟻の脳天に叩き込む。

 少し前までも蟻を殺しまくり、現在二匹で行動していたバイト蟻1組を、ミクと二手に分かれて1対1で戦闘を行っているところだ。

 ミクの戦っている蟻も残存生命力残りHPも残り少ないし、俺も『ティアバレット』未使用で半分ほど削った。

 非力かつ紙装甲故に単独戦闘が苦手なマジックユーザーとしては良く削れた方だろう。

 いや、『B&R』内だとレベル1は皆全ステ10からだし、割と非力では無いのか?


「…『撃ち抜け』!」


『ギジャッ!?』


 一旦蟻と距離を開け、『ティアバレット』を複眼近くにぶち込んだ。

 と思ったら、うまい具合に複眼に直撃したらしく『クリティカル!』の表示が出て、蟻が思い切り怯んだ。

 その隙にミクとのアイコンタクトで息を合わせ、俺が相手した蟻とミクが相手していた蟻が一直線上に並ぶ位置に若干移動する。

 ていうかミク、お前こっちの様子をチラチラ伺っていた辺り蟻で遊んでたな?

 まあミクに関しては頭の片隅に追いやって蟻にトドメを刺さねば。


「AALaLaLaLaLaie!!!」


『ギャギィッ!!?』


 今さっきまでの攻撃で割れた腹の外殻目掛けて杖をつき込みながら突撃を敢行、その後ろでミクの相手をしていた蟻も巻き込んで適当な大きい木に蟻ごと体当たりした。

 うおっ、蟻の体を杖が貫通してグジャッて感触がしたぞ。

 うおぇ…。


『ギュウ…』


『グシュウゥ…』


 断末魔をあげて光となる蟻2匹を見てから杖をしまい、初めて味わったタイプの感触が残る両手を強く握りしめた。

 あーもう気持ち悪りぃ!


「…『我が手に集らん事を』!よし、ミクおいでー」


『ティアドロップ』で蟻の体液に汚れた手を洗い、ミクをモフってメンタルの回復に努める。

 犬とかウサギとか殴るのも割と効いたけど、肉をブチュブチュッて無理矢理貫くのもキツイわぁ…もう慣れるまではミクのメンタルヒーリング依存だなぁ。

 キツイならやるなって話だが、ダメージ量的にも行動阻害的にも効果的だから、やらない訳にもいかんし…ん?


「この羽根の持ち主、近くにいるか?」


「クゥー?」


 不意に落ちてきた黒い羽根を見て、ミクが首を傾げる。

 かあいい。

 じゃなくてだな!

 間違えてなければ、おそらくこれはカラスの羽根だろう。

 で、今落ちてきた所を見るに、カラスは頭上を通り過ぎて行ったかまだ頭上にいるはずだ。

 前者の場合ならいいが、後者なら恐らく…


「ケァーー!」


「ワゥンッ!?」


「あっ!?」


 やっぱり襲撃のために身を潜めてたか!

 気づくのが遅かったためにミクが鷲掴みにされ、連れ去られて行く。

 あれっ、カラスって生きたまま動物を連れ去る習性あったっけ?

 いや、ここはまず地球と違う常識が通っている所なんだし(食べ物とか)、そこを詰めても意味はないか。

 早く追いかけないと!


「ぬおおおぉぉぉ待てええぇぇぇぇぇ!!」


「カー!」


「キューンキューン!」




 後になって気づいたが、この時さっさかミクを『送還』して『召喚』しなおせば話は手早く済んだはずだった。

 けどまあ、毎日一緒に過ごしている内にミクが召喚獣だってのを半分忘れてたんだよなぁ。

 まあ、後から考えた所でしょうがない話ではあるんだけどさ。

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