第24話 ことね8 過去と夢
ことねの親友の晴香が、ことねの部屋で眠ってしまい、夢を見て目覚めたあの日、ことねは、一緒に担当の医者に相談しようと持ちかけた。
しかし晴香は断固として断った。
井口とせっかく付き合えている今、相談する事で入院させられたり、仕事場が変わったり、今の生活が変わってしまうのは絶対に困る、という理由で、ことねの言う事を全く聞かなかった。
その後、井口との関係は結局変わらず、うまくいっており、もう夢はほとんど見ていないと言っている。
本人はそう言っているが、どんどん痩せていく晴香を見ていると、それが事実かどうかは疑わしかった。
ことねはある日の問診で、高谷に尋ねた。
「ねえ、先生。夢ってそんなにみてはいけないものなの?」
すると高谷は少し驚いた顔で聞き返してきた。
「え?ことねちゃん、夢見たの?」
ことねは慌てて訂正する。
「違うよ、違うよ、単なる疑問。何でそんなに夢を見た事が重要なのかなって思って」
高谷はほっとした様な様子で説明を始める。
「いや、全部が全部、悪い兆候って言う訳では無いんだよ。ただ過去の出来事や人物が絡んでくると、記憶が蘇って来ている兆候として、あまり良くない事とされるかな。今までのデータの統計でも、少しでも過去の記憶が夢に出てくると、九割近くの人間が、関を切った様に昔の記憶が蘇る結果が出てるしね」
「じゃあ、ここでの友人とかが夢に出てくるのは?」
ことねが尋ねる。
「ここでの事であれば、それほど問題ではないよ。本当は、夢を見ること事態が、昔の記憶を呼び起こさせる事に繋がる可能性があるから、あんまり夢を見るのは良くないんだけど、ここでの事なんであれば、そんなに重要視する必要は無いんじゃあないかな」
それを聞き、ことねは安心した。
それは、以前晴香が見てしまった夢の内容が、井口が出てきたものだったからだった。晴香は過去の夢を見ているという訳ではなさそうだ。今後もどんな夢を見ているのか、晴香にきちんと話しを聞いておかないと、とことねは思った。
しかしそれ以降、晴香の話を聞く事が容易にはできなくなっていった。
それは晴香と会う機会がどんどん減って来てしまっているからだった。
今まで約束をしていた木曜日は愚か、週末も日に日に井口に時間を奪われていく様になった。
不思議な事に、晴香と会う回数が減る度、段々と井口に対する嫉妬も減っていった。人は同じ時間を過ごさない様になると、どんなに近しい間柄であった人間とも、相手の心に占める存在価値は薄れていく。そしてことねと晴香の間でも例外なくその様相を呈していた。
しかし、予期せぬ事態は突然訪れた。
月曜日、学習教室でことねが数学の授業を受けている時だった。10人程度で一杯になるその小さな教室に、慌てた顔をした高谷が入ってきたのは、昼休みの直前、12時前の事だった。
「授業中すみません。ちょっと久井名さんに急用で」
高谷の額には汗が光っていた。嫌な予感がした。今までこんな形で呼び出された事は無いし、高谷の汗もことねには初見だ。脳裏に2日前に会った晴香の言っていた事が思い出された。
土曜日に会った晴香は今までにましてやつれていた。1階のカフェで2人でコーヒーを飲みながら、ことねは晴香に、最近の夢の話を聞いていた。
「最近は、夢に出てくる井口君の顔が、なんか少しおかしいの。井口君だと思っていたんだけど、良く見ると違う人にも思えてきて……。はっきり見えそうになると、目が覚めるんだ……」
その話を聞いて、ことねは危機感を覚えた。もしかしたら井口だと思っていたその人物が、晴香の過去に関係する人物であるかもしれないと思えたからだった。
「晴香、それちょっとまずいかも……。前にもうちの担当医から聞いた、どんな内容の夢が良くないのかって話したじゃない? この施設にいない人の夢は良くないってやつ」
晴香は頷いた。
「そう、だから、さすがにちょっと恐いし、先生に相談したいんだけど、やっぱり山田先生は嫌だから、高谷先生に相談したいと思って……」
ことねはほっとした。ようやく晴香が先生にその事を相談する気になってくれた事に、物事は好転するに違いないと思った。
「そうだね、そうだね、じゃあ明日、高谷先生に言っておくよ! 来週中にでも、一緒にその時間作ってもらおう!」
そう言って、昨日の日曜日に高谷に時間を作ってもらう約束をし、明日の火曜日に3人で問診を行う予定だったのだ。
私は自分の荷物を持ち、教室を出た。その後、学習教室の受付を通り過ぎると、吹き抜けに面した内廊下に出た。学習教室はこの棟の3階にあった。高谷とことねは廊下を少し歩き、エレベーター前あたりまで来た。そこまできてやっと高谷が口を開く。
「突然すまないが、実は君の友人の田辺晴香が、今朝からどこにいるかわからないんだ」
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