第21話 理香5 決意

 ドアを出ると、あのボーイがこちらを確認し、ほっとした顔で、ずっと握り締めていたのであろう、警備員の腕を解いた。

 警備員もやっと解放されたという面持ちでこちらの方へ戻ってくる。

 理香はなにくわぬ顔でその警備員とすれ違い、中庭の方へもどっていった。


「もっと早く戻ってくるかと思ったよ」

 少し疲れた様な顔で彼が小さく言った。


「頑張ってくれてありがとう。助かった」

 理香は彼の方を見て軽くおじぎした。


「じゃあ」

 そう言って理香が彼の横を通り過ぎようとした時、彼が理香の肩に手を掛け言った。


「ちょっと、手伝わせといて、何したかくらい教えてよ」

 理香は無表情でその手を払いながら答える。


「早くここから出て行きたいなら、あんまり私に関わらない方が良いよ」

 そう言ってエレベーターに向かった。


「おいっー」

 後ろでボーイの怒った様なため息が聞こえた。


 理香はエレベーターで自分の部屋へと戻りながら、ここへ来た時の事を思い出していた。

 順調にこの場所にも慣れだして、1ヶ月位たった頃だった。

 2階の本屋の窓から、なんとなく外を眺めていた時だ。

 太陽はもう落ちかかっている様な時間帯だった。


 第四棟の方角から、20歳くらいの女の子が走って建物から飛び出して来るのが見えたのだ。驚いた理香はその子の行動をずっと眺めていた。

 建物の前の、閑散とした小さな公園を通り過ぎ、彼女は橋の方へと走って向かっていた。周りをキョロキョロ振り返りながら、明らかに何か恐ろしいものから逃げている形相だった。

 そこに数名の白衣を着た男達がバンで現れた。男達は彼女を取り押さえようとした。しかし彼女はひどく抵抗した。そして、もう一人の男がバンから下りてくると、何か注射器のようなものを彼女に刺したのだ。

 彼女はすぐに眠った様に体をぐったりとさせた。そして、バンに乗せられ、第四棟に戻って行ったのだ。すぐに周りを見回したが、その事態に気付いている人間は一人もいなかった。そして理香も見なかった事にしようと思った。

 しかしそれからは、自分はここに居るのではなく、閉じ込められているのではないか、という疑念に苛まれる事になったのだ。


 36階の部屋に戻り、ベッドに腰掛け、理香は一連の今起こった出来事を思い起こしていた。

 まずは玄関先に現れた一つの鍵。

 高谷が同じものを持っていたとすると、高谷のものでは無さそうだった。ではどこから現れたのか。位置的には玄関ドアの投函ポストから投げ入れられた可能性や、外出中、施設の人間が合鍵なんかを使って入って来たのかもしれない。その可能性を考えると、理香はまた苛立ちを覚えた。

 鍵の出所の可能性は候補がありすぎて何の整理にも繋がらない。

 理香は可能性ではなく、事実を整理する事にした。

 まず先程の事務局内の様子をを思い返していた。


 高谷のデスクには理香に関する資料どころか、何の資料も見当たらなかった。それは確認できた幾つかのデスクに関してもそうだった。あんな状態で本当にこの棟の管理ができるのであろうか。全てを、デジタルデータでコンピュータ管理しているのは当たり前ではある。とはいえ、整理されすぎた事務局内は、まるで映画や舞台のセットを思わせるような、生活感の無さを感じさせた。これだけ大勢の人間を管理しているなら、データ量も相当あるはずだった。あの事務局にはその様なキャパがあるとも思えない。

 そして先程聞いた施設の人間の言葉を思い出した。


「五百人以上が一気に集まる会議……」


 そう思い返し、理香は何か気付いた様にベッドの頭側にある羽目殺し窓から外の景色を確認した。


「1、2、3、4……」


目に入るこの棟と同じ様な棟は他に3棟あり、大きさは多少違うものの、似たような人数の職員がいるであろう。そういえば外の道を使い、職員が棟を行き来しているところは見たことが無い。

 そこで理香は一つ納得がいった様な気がした。

 この4つの棟は地下で繋がっているに違いない。

 そして、地下に職員用の会議室やら何らかの施設があるのだろう。きっとさっきの会議も、その地下施設でこの四つ棟の職員達が集められたのだ。住人から見える事務局は言ってみれば見せかけで、本当の管理は地下で行われているのだろう。

 そう考えが及んでから、理香の次の目的がはっきりとした。次は、職員達がゼロと呼ぶ、その地下を確認しなくては……。

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