第13話 私 叶3 友人

 その半日は、ここへ来てからの時間の中で、一番駆け足に過ぎていったと思う。訳も分からず、見よう見まねで注文を取り、オーダーを調理場に伝え、水を注いでいると、あっという間に14時になっていた。客が帰った後の、お皿を下げていると、水を持った島田さんが近付いてきて言った。


「ちょっと空き始めたから、今のうちにお昼ご飯とっちゃってくれる? 木下君も誘って2人でとっちゃって」


 そう言うと、島田さんはまたそそくさとお客さんのコップに、足りない水を注ぎに行った。私はお皿を下げながら店内を見回した。木下はレジに居た。たった今会計を終えたところだ。私は厨房にある、食洗機のベルトコンベアの上に持っていたお皿を並べに向かい、その後再びレジまで戻ると、木下に声をかけた。


「島田さんに、木下さんと昼食をとってって言われたんですが……」


 木下は驚いた表情で顔を上げた。


「え、もうそんな時間?」


 そういうと、レジの時間表示を確認し、頷いた。そして、レジ下に置いてあるメニューを取り、私に手渡した。


「何にします?」


 まあ、そうだろうなとは思っていたが、やはりこの店内で食べる様だ。


「あ、じゃああたしビーフカレーセットで」


 私はメニューをチラッと見た後、今日何人かのお客さんが注文しているところを見て、とても美味しそうに見えたメニューを言う。


「じゃあ、俺も……」


 そう言って木下は手元の端末に入力する。そして2人は空いている隅のテーブルへと向かった。


 運ばれてきたビーフシチューを食べながら、木下は言った。


「江崎さん、二十四歳なんですよね? 店長が言ってたけど」


「はい」

 本当にそうなのかはわからないけど。と思いながら私は言った。


「実は僕も二十四歳なんです。同い年」

 年齢不詳だと思ってみていたが、そう言われると同じ年くらいにみえる。


「そうなんですか。そういえば同じ年代の人と、ここへ来てから話すのは初めてです」


「そう……。ここへ来て三ヶ月でしたっけ? まあ、3ヶ月で職業訓練受けれるって事は、まあ順当ですね」

 木下が言う。


「そうなんですか。木下さんはどのくらいかかったんですか?」


「僕は半年くらいです。最初は結構この状況が飲み込めなくて、心理状態が良くなかったんだけど、それでもまあ、何ヶ月かしたら、ある事がきっかけで大分安定しだして、で、ここに配属になったってかんじです」


 少し気まずそうな顔で木下が言った。きっとその心理状態が良くない頃の自分を思い出していたのだろう。その顔からして、あまりその話に立ち入って欲しくなかったのかも知れない。しかし、その事は自分の今後の為になるかもしれないと思い、私は聞いた。


「何がきっかけで状態が好転したんですか?」


 木下はカレーを食べている手元を止めて顔を上げ、少し笑顔で言った。


「友人が出来たんです」


 私は口にカレーが入っていたので、納得している表情で何度か頷いて見せた。木下が話を続ける。


「その二人の年齢は僕らの2つくらい上で、彼らもすでにここへ来て数ヶ月経っていたみたいです。その時はまだ2人は友人の関係でした。カフェでいつも暗そうにしている同じ年くらいの僕を見て、可哀想になったのか、声を掛けてくれて、それから何かと後輩分みたいな感じで、時間を過ごしているうちに、僕も落ち着いてきて……今になります」


 彼は少し照れくさそうだった。


「素敵なお2人なんでしょうね」


 私が言うと、木下は即答する。


「はい。とても。あ、今はもうお似合いのカップルって感じで。あ、男性と女性ですよ」


「へえ、この建物の中って恋愛も許されてるんですね」


 私が言った言葉を聞き、木下は怪訝な顔をした。


「許されるって……。ここでそんな何か制限されなくてはならない理由があります? もちろん誰も駄目だとは言いませんよ」


 木下の口調が若干きつくなったのを感じた。それを聞き、まだ自分は彼ほどこの状況を日常だとは思えていないのだと認識した。


「あ、すみません。なんだか私、まだここに慣れてないのかも……」


 申し訳なさそうに言う私の態度を見て、木下が慌てた。


「あ、いえ、そうですよね。まだ3ヶ月ですもんね。こちらこそすみません。あ、良かったら、分からない事とか、是非色々聞いて下さい。せっかく年齢も同じだし。その2人も今度紹介したいですし……」


木下は、やはり24歳にしては童顔な顔で私に笑いかけた。


「是非、お願いします」


彼が、ここへきて初めての友人になるのだろうと、私は感じていた

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