第14話 ことね5 恋

 15歳になる前、ことねは、第一事務局から、今後の進路に関する調査を受けていた。希望をすれば、職業訓練を受ける事もできるし、外の世界で言う、高校レベルの教育を受ける為の学習教室に通うことも出来る。


 ことねは迷わず進学に希望を出していた。


 親友の晴香ももちろんそうするものだと思っていたが、後で聞いてみると、職業訓練の希望を出したという事だった。

 ことねはそれがあまり嬉しくは無かった。


 なぜなら晴香とは、今後も毎日一緒に生活をするものだと思っていたし、何よりことねは勉強をするだけで良いとされる期間は、なるべく勉学に励み、知識や教養を身につけておくほうが、後々得だという考えを持っていた。今勉強をしておかなければ、晴香が外の世界に出た時に、生活の中で損をするのではないかと思えたのだ。


 しかし晴香の意見は違い、机上で学ぶ事には限界があり、数学や国語ではなく、もっと面白い事が学びたいという事だった。二人とも、同じ進路へ進みたかったので、何時間もかけ、相手を説得しようと話し合ったが、二人とも相手の意見も一理あると思っているが故、中々折り合いがつかず、結局別々の道を選ぶ事になった。

 そしてことねは高校クラスの学習教室へ進み、晴香は料理がやりたいと、レストランの調理場への職業訓練を選んだ。


 「ことね、お待たせ」


 晴香が慌てた様子で待ち合わせ場所の五十階のフリースペースに現れた。

 お互い別の進路に進んでから、半年近くが過ぎていた。

 水曜の夜六時過ぎ、平日ではこの時間にお互いの時間が空く事から、決まってこの日の夕飯は一緒に食べる事にしていた。今日は晴香が少し遅れてきたのだ。


「晴香、お疲れ~。ごめん、仕事忙しかった?」

「いや、違うの、なんか帰りに職場の先輩に呼び出されちゃって。なんか段取りがなって無いとか何とか、怒られてた」

「そっかぁ……。大変だね……」


 ことねはそう言いながら、一度レストランに食事に行った時に、調理場で見かけた晴香の姿を思い出していた。ことねが食べに来ている事には気付かず、周りにいる、自分より五歳以上は年上であろう人達と真剣に何かを話し合っていた。ことねはそれを見て以来、あまり頻繁にはレストランに行かなくなっていた。晴香が自分と違う世界で生活しているのをみると、あまり良い気分になれなかったからだ。


「今日、あたしんちで良い?」

晴香が言った。


「お? 今日は晴香お手製が味わえるの?」


 ことねが笑顔で返すと、お得意のいたづらっぽい顔で晴香が言う。


「しょうがないな~。なんて実は……、ちょっと相談もあるんだ」

「何? 相談? 気になる……。 じゃあ、ちゃちゃっと買出し行こう!」

そう言って二人は一階のマーケットエリアへ向かった。


 「気になる人ができたの……」

 そう晴香が切り出したのはクリームシチューを部屋で食べていた時だった。


「うそ! 誰? 職場の人?」

ことねは瞬時に早口で聞き返す。


「そう、調理場の人……」


 恥ずかしげに言う晴香の声は、普段の声量の十分の一程度に感じられた。

「え~、私、見た事あるかな~。何歳くらいの人? かっこいい? 名前は?」

 晴香とは打って変わり、ことねの声量は普段の二倍になっている。


 「ええと、年齢は18で、高校の学習教室が終わって、私と同時期に入って来た人なんだけど……。まあ、特別かっこいいってわけじゃあ無いとは思うけど、良い感じだよ。凄く優しいし。ことねは見た事ないんじゃあないかな……。あんまり調理場から出てこないし」


 晴香はもう殆ど食べ終えているシチューを、スプーンでお皿の端にかき集める作業を先程から繰り返している。恥ずかしさを紛らわしているのだろう。

 ことねは知らないところでことねの知らない人を、いつの間にか晴香が好きになっていた事に、少なからず寂しさを覚えていた。同じ建物内で起こっている事だとはまるで思えない。

 物理的な距離は凄く近いのに、晴香がどんどんと遠くへ行ってしまう様に感じていた。


「そっか、で、どうするの? 告白とかしちゃう感じ?」

 寂しさを悟られないよう、少しおどけてことねは言う。


「そんな、まだまだ……。でも、むこう……あ、井口純也って言うんだけど、井口さんもあたしの事嫌っては無いみたいで、今度の土曜日、映画を一緒に観に行かないって誘われてて……」


 今週の土曜日は、もともとは晴香とことねの二人で、映画を観ようと言っていた日だった。その晴香の発言に、一瞬ことねは何と答えるべきなのかわからなくなってしまった。友達としては、こういう時にどういった反応を取るべきなのか。自分との約束は? と怒るべきなのか、その人と行きなよ! と応援すべきなのか。

 その時ふと高谷の顔が浮かんだ。彼なら答えを教えてくれそうだと思ったのだ。

 そんな事を思っていると、反応の無いことねが怒っていると思ったのか、晴香が慌てて言った。


「いや、でもその日はもちろん友達との先約があるからって言ったんだけどね!」


 そう言われた時、ことねの頭で想像の高谷が話しかけてきた。


「そういう時は、正直に言えば良いんじゃない」


 ことねは心の中で、ああ、確かに……。と妙に納得してしまう。


「あ、ごめん、怒って無口になったわけじゃあ無いんだよ。ただ、映画行くの楽しみにしてたから、行けなかったら残念だなと思ったのと、せっかく誘われたんだし、晴香にその人と楽しんできて欲しいって気持ちとがちょうど五分五分で、咄嗟に何て言っていいかわからなかっただけ……。うん、でもあたしとはいつでも行けるし、せっかくだし、ほんとにその人の事好きなのか、仕事場以外のとこで確かめてきなよ!」


 ことねは、出来るだけ本心を言った。最後は少し無理をしたが、親友としてはそれが正しいと思った。


「本当に? いいの? なんか、ごめんね……。この埋め合わせはいつか絶対するから」

「はいはい。期待してますよ」


 ことねは食べ終わったお皿を流し台の方へ運びながら、笑顔で答えた。ことねは先日見た、ティーン用の雑誌を思い出していた。確か『今時女子の恋愛事情』みたいなコーナーで同じ様なシチュエーションでどうすべきか、という内容が取り上げられていた。今までの自分であれば流し読みする内容だったので、中身をまるで覚えていないが、もう一度読み直さなければと考えていた。

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