第2話 コウガ、レコンキスタに参加して死亡する

その1


「どういうことですか! 私たちがデュラハンを倒したとは認められないって!?」

 チエにしては珍しく、声を荒げて訴えかける。

「ま、落ち着きなって」

 ギルド長の席に腰を下ろしているミオは、余裕ある態度で応じた。

「大丈夫、君たちが嘘をついているなんて思ってないって。ただ、事実確認がまだ取れてないってだけ」

「事実確認って……」

「うちの調査班をやったんだけどさ。そもそも岩塩マンのいる場所まで入れなかったって」

「そんな馬鹿な話がありますか。縦穴から潜れば……」

 チエは食ってかかろうとしたが、

「待て、チエ」

 コウガがチエの肩に手を置いた。

「よく思い出して。縦穴から逃げ出した後、アイリが穴を塞いだじゃないか」

 指摘を受けて、チエは記憶を探り、

「……あっ」

 納得した。怒りの矛先はアイリへと向かう。

「何してくれてるんですか! アイリ!」

「空飛ぶミームが出てきたじゃねえか、あの穴から! 塞いで当然だろ!?」

 完璧な反論を食らって、チエは「むむむ……」と黙り込むしかなかった。

「そんなわけで、任務完了とは認められない状況なんだよね。だから報酬の払いようもない」

 ミオの最後の一言は、見えない槍となってチエの胸を突き刺した。ぐらりと崩れ落ちかけるが、

「……で、では! どうやったら私たちの成果を認めてもらえるんですか!」

 バン! とギルド長のデスクを両手で叩き、訴えかける。

「そりゃ簡単。岩塩坑の最奥部までたどり着いて、デュラハンが守っていたクリフォトが倒れていることを確認できればいい。ただそのためには、坑道に巣くうミームどもを全て狩り尽くす必要があるだろうね」

「わかりました! では早速……!」

 踵を返そうとするチエに、

「お待ちください」

 ミオのそばに控えるゲルダが、声を投げかけた。

「慌てる必要はありません。既に作戦は始まっています」

「作戦……?」

「はい。デュラハン討伐の確認のみならず、サールブロそのものを奪還する作戦です。名付けてレコンキスタ作戦」

 くい、とゲルダは眼鏡のブリッジを押し上げた。

「そもそも、王都バルデンハイムにあまりにも近いサールブロがミームに占拠されるがままになっていたのは、坑道最奥部のクリフォトが要因です。極めて伐採しにくい位置にあり、濃い瘴気から次々とミームを量産していました。それゆえにサールブロは難攻不落だったのですが、あなた方がデュラハンを倒してくれたことで状況は大きく好転しました」

「岩塩マンを倒しただけでですか? 逃げるのに手一杯でクリフォト伐採もできなかったですけど」

 コウガが疑問を口にする。

「もちろん、伐採ができていたらより良かったでしょう。それでも、ガーディアンを失ったクリフォトは新たな守り手を生み出すため、瘴気の放出を控える性質があります。現に、サールブロの瘴気は既に視認できるレベルで薄まってきています。今ならサールブロ全体を奪回しうると判断し、ギルドメンバーに招集をかけ、手の空いている者を片っ端からサールブロに送り込んでいます」

「えっ。それは初耳ですが」

 チエが目を丸くする。

「そうでしたか? まあ、あなた方の手まで借りなくても、サールブロ奪還は時間の問題ですよ」

「時間の問題とはね。ギルドメンバーってそんなにたくさんいるのか」

 コウガが素朴な疑問を口にすると、

「サールブロに向かっているのは、ギルドメンバーだけではありませんよ」

 ゲルダは小さく首を横に振った。

「デュラハンが倒されたという噂は既に町中に広がっています。だから誰もが我先にサールブロに向かっているますよ」

「へえ。それは……みんなで失われた国土を取り戻そう! みたいないい話……じゃないよね」

「残念ながらね。主な目的は土地や残された建物ですよ。先に占拠してしまおうという腹です」

「あらま。サールブロが放棄されたのって二十年前でしょ? 土地の権利を持っている人がまだまだご存命だと思うけど」

「もちろん、土地の権利を持っている人に帰属しますよ。権利書やらがあればの話ですが」

「なーるほど」

 その一言でコウガは納得した。

「日本的発想で捉えがちになるのは当然ですが……」チエが説明を加える。「こちらの世界にデータベースなんてものは存在しませんからねえ。権利書が失われていれば証明のしようもありません。権利書を偽造したり、権利を持つ人間になりすましたり。土地さえ抑えてしまえば、あとはどうにでもなるんですよ」

「う~ん。情け無用の世界だなあ」

「そして、泣くのはいつも弱者というわけさ」

 ミオが肩をすくめた。

「しかし我々は、土地と家をできるだけ元の持ち主に返して差し上げたいと考えているよ。しかも、基本代金無料でね」

「代金無料!? 正気ですか!?」

 チエは驚きを隠さなかった。

「日頃のご愛顧に感謝を込めての特別大サービス、ってやつだよ。サールブロが二十年ぶりに蘇るっていうビッグニュースなんだ、還元セールを仕掛けるのは今でしょ。社会奉仕は我々の義務でもあるし、ここで名を売って広く人々に好印象を与えておけば、リピーターがわんさかやってくる。損して得取れの精神だよ。なにしろレコンキスタ作戦なんだよ?」

「何が『なにしろ』なのかわかりませんし、そううまくいくんですかねえ……」

「それに、騎士団連中に後れを取るのも悔しいからね」

「騎士団? 騎士団の連中もサールブロ奪回に動いているんですか」

 コウガが問うと、ミオは深く頷いた。

「連中も噂を聞きつけたらしいね。国王の名の下に、でかい面してサールブロを占領してかかるだろうよ。とはいえ所詮はお役所体質、一般市民との折衝で絶対にやらかすに決まってる。奴らは上からの命令だけしか聞かないからね。我々ギルドが色々融通を効かせてやれば、『これからトラブルがあった時は、まるで役に立たない騎士団に掛け合うより、便宜を図ってくれるギルドに頼もう』となるって寸法さ」

「素晴らしいプランのように思えますね」

 コウガの感想に対しミオはもう一度深く頷き、チエを見やった。

「もちろん、私の方針に賛同しかねるという人は、奪還作戦に参加してくれなくても構わないよ。君みたいに、成果を得たければ正当な報酬を払うべきだと考える人もいるだろう。それはそれで正しい考えだしね」

「いえいえ、別に参加しないとは言ってませんよ。人手がいるなら喜んで参加させていただきますって。ねえ?」

 チエはアイリとコウガに同意を求める。

「やったらあ!」グッ、とアイリは拳を握った。「人の土地を我が物顔で占拠するクソ野郎どもを片っ端からぶん殴っていいんだろ? だったらタダどころか、こっちが金払ってでも参加したいぜ」

「クソ野郎か。たしかに、ゴロツキ連中が大集合しそうだもんなあ」

 コウガが呟くと、アイリは肩をすくめた。

「あたしが言ってるクソ野郎どもってのは、騎士団連中のことだぜ」

「……騎士団って王国所属の治安維持部隊で、つまり警察みたいなもんだよね?」

「そうだけど、それがどうした? もっと金払えばいいのか?」

「罰金を払わされないように気をつけてくださいよ」

 チエはそうツッコミを入れつつも、特に止めはしなかった。

「とはいえね。今のところ、君たちに参加を要請するつもりはないよ」

 ミオはテーブル上に置いてあるコップの中の冷水を一口すすった。

「何故ですか」

「デュラハン退治を終えた君たちには休んで欲しいのが一点。予備人員として待機していてほしいのが一点。ってところかな。大仕事にはなにかしら予想外のトラブルがつきものだからね」

「同感です」コウガが口を挟んだ。「俺たちもデュラハン退治という大仕事で、予想外のトラブルに巻き込まれましたからね」

「だから君たちにはしばしの間、英気を養ってもらってほしいのさ。君たちの出番は必ずやってくるから、それまで待機していてほしいね」

「そういうことでしたら、わかりました」

 チエは了解して、引き下がった。

「しゃーねえな。騎士団の連中を殴って憂さ晴らしでもしようと思ったが、我慢しとくか」

 渋々といった態度を装い、アイリも承諾する。

「こっちに来てから初めて休暇らしい休暇が取れるってことかな」

 コウガは前向きに受け止めた。

「そう言えば」ゲルダが発言した。「そろそろコウガには、ゲストルームから寮の方へ移っていただかなければなりませんね」

「あー、そうですか。希望を述べさせていただけるなら、今のゲストルーム並みかそれ以上に広くて、なおかつ家賃が少なめの部屋を紹介してもらいたいなあ」

「無理です」

 冷たく、ゲルダは切り捨てた。

「じゃあ、巨乳美人のお姉さんとのルームシェアとか」

「存じません」

 と答えてから、ゲルダは何かを思い出したように手を打った。

「……いや、ルームシェアを希望している方ならいますよ。一人で住むには広すぎるから同居相手を求めているとか」

「いいですねえ。話によってはそれもいいかも。相手はどんな方?」

「身長190センチ体重100キロの男性です。ついでに言うとゲイの方で、最近はパートナー男性をとっかえひっかえしているとか」

「……ごく普通の一人部屋でいいです」

 しおらしく、コウガは希望を述べた。


「こっちの世界にしか存在しないような場所に行ってみたいね」

 休暇の日。

「どこか行ってみたいところはありますか?」というチエの問いに、コウガはそう答えた。

「どうせ異世界に来たんなら、異世界でしか見られないものを見たいね」

「十分見たじゃねえか。ミームとかクリフォトとか」

 アイリの指摘に、コウガは「何もわかっちゃいない」とばかりにかぶりを振った。

「それって、イタリアに行ってマフィアを見るようなもんだろ。ある意味では勉強になるけど、観光資源じゃない。こっちの世界にも観光客を集めるような美しいものがあるでしょ」

「じゃ、例を挙げてみろよ」

 逆にアイリに問われ、コウガは答える。

「……えっぐいサービスしてくれる性風俗店とか」

 アイリは言葉では答えず、コウガの脳天に拳を振り下ろすことで報いた。

「あっが! なんでよ! こちとら男の子なんだ、そういうの期待して当然だろ! こっちの世界には厳しい風俗法なんてないはずだから、あんなことやらこんなことやら……」

「バカじゃねえのか! どこが美しいんだよ!?」

「少なくとも観光資源にはなるはずだぞ!」

「……二人とも、お静かに」

 閉じた扇子をひらひらと振り、チエが割って入った。

「たしかにありますよ。風俗店。法規制も緩いはずです。でもそれだけに変な店に入ったりすると、身ぐるみをはがされて命まで奪われるとかいうサービスを受けるはめになりますよ。あと、病気に対する対策も日本並みとは言えないでしょうねえ」

「なるほどそれは危険だ。信頼できる先達に教えてもらうまで風俗に行くのはやめとこうっと」

「賢明です」チエは呆れてため息をついた。「代わりに、いいところに連れて行ってあげますよ」

「風俗店よりもいいところ?」

「もちろんです」

 チエの言葉に、コウガはウキウキ感を抑えられず、思わずガッツポーズをした。

 しかし三十分後、その高揚感は失望へと取って代わった。

「……これがチエの言う、いいところかね」

 コウガの眼前には背の高い石造建築物がそびえていた。

 入り口は大きく、建物前面上部には大きなステンドグラスがはめ込まれ、切妻屋根のてっぺんにはシンボルめいたものが据え付けられている。

「これってもしかして、教会じゃないのかな?」

「はい。風俗店よりはるかにいいところでしょ?」

 答えて、チエはにっこりと笑った。

「ま、そんなところだと思ってたけどね。で、この教会が信奉する教義は? アリウス派? ネストリウス派? それともスパゲッティモンスター教?」

「セフィラントと言います。セフィロトを信仰する、事実上の国教ですよ」

 チエは屋根の最上部に据えられたシンボルを指さした。

 左四十五度に傾いた直線の途中から右四十五度に傾いた枝が伸び、その途中から左斜めの枝が……と繰り返され、全部で七本の枝が徐々に短くなりながら生えている、というシンボルである。

「ブランチと呼ばれるシンボルです。キリスト教における十字架みたいなものですね」

「なーるほど。街のあちこちで見かけるけど一体何なんだろうと思っていたよ。てっきり盗賊が『この家はカモ』とか仲間内に示すサインかと」

「教会の方に殴られても知りませんよ」

 チエの先導の下、三人は教会に足を踏み入れた。

 内部は回廊状になっており、正面突き当たりはすぐ中庭への入り口となっていた。

 中庭に進み出る。

 まず目に付いたのは、中庭正面奥に立っているセフィロトの木だった。白い幹が天高く伸び、枝が全方向へ広がって、豊かな葉をつけている。

 その手前側には教壇らしきものが据えられ、それと向かい合う形で参列者用のベンチが列をなして並んでいる。雨天の礼拝に備えているのだろう、頭上は簡素な屋根で覆われている。今は説教をする者もそれを聞く者もいなかったが、小さな子供たちが数人追いかけっこに興じていた。

「この中庭自体が聖堂か礼拝堂ってことなのかな」

 コウガが所感を述べると、

「その通りなのです」

 背後から見知らぬ声が飛んできた。

 白いローブのようなものに身を包んだ若い女性だった。おそらくは修道士であり、着衣は修道服だろう。かぶり物はかぶっておらず、髪は金色。そして身長の長さに等しい棍を杖のようについていた。

「イサベル!」

 チエが笑みをこぼし、女性修道士のもとに歩み寄る。

「最近来てくれないからどうしたのかと思ってましたよ」

 イサベルと呼ばれた女性は、ハグでもってチエに応えた。

「どもっす」

 アイリは小さく礼をした。それにならい、コウガも頭を下げる。

「彼はコウガ、うちの新メンバーですよ。こちらに来たばかりなので、教会を見せに来たんです」

「そうでしたか」

 イサベルはコウガのそばに寄り、手を取った。

「イサベル・アムカマラと申します。さ、みんなも挨拶するのですよ」

 さらに、追いかけっこをしている子供たちを手で招く。呼びかけに子供たちは素直に応じ、駆け寄ってきて口々に「こんにちは!」「こんにちは!」と元気よく挨拶をした。

 コウガは一通り挨拶を返した後、イサベルに対し自己紹介した。

「俺は瀬田光河、チエやアイリと同じく異邦人です。……この子供たちは、ここで預かっているんですかね」

「はい。孤児を引き受けているのですよ」

 イサベルは子供たちに「もういいですよ」と手を振った。子供たちはちりぢりに吹っ飛んでいき、追いかけっこを再開した。

「ミームのせいで親を失う子供が少なくないですからね。できる限り、子供たちが健やかに育つよう努力しています」

「それは素晴らしい心がけだ。ここじゃ、子供たちが俺の下ネタを真似しないよう、口を慎んだ方がよさそうだな」

「普段から慎めよな」

 アイリがコウガを睨みつける。

「はい。とりあえず、今回の分」

 チエは懐中から小袋を取り出し、イサベルに手渡した。じゃらり、と袋の中で硬貨がこすれる音がした。

「ありがとうね、毎度毎度」

 神妙な顔つきでイサベルは受け取り、礼を述べた。

「今回も大した額ではないけど、そのうち大きな報酬が入ってくるはずだから。それまで待っててくださいねえ」

 チエがイサベルに顔を寄せ、小声で語る。

「かなり親密そうにお見受けするけど、以前からのお知り合い?」

 コウガが問うと、チエもイサベルも同時に頷いた。

「私がこっちの世界に来て、初めてパーティーを組んだ相手なんですよ」とチエ。

「こう見えても元冒険者なのです」とイサベル。

「ははあ。今は冒険者を引退して、神の道に奉仕していらっしゃる、と」

「今でも戦士としての腕前は錆び付いていないつもりですけどね」

 イサベルは握っていた棍を片手で振り回しはじめた。ひゅんひゅんと右へ左へ高速で回し、両手で掴んだと思いきや素早く連撃。風切り音をうならせ、最後には鋭い突きを繰り出し、コウガの鼻先でぴたりと止めた。

「…………ッ!」

 コウガは反応できず、目を剥くしかなかった。イサベルが止めなければ、顔面にまともに食らっていたことだろう。

「こんな感じです」

 イサベルは棍を引っ込め、一礼した。

「たしかにすごいですね、これは。冒険者を引退しているなんてもったいない。チエ、この人スカウトしようぜ」

 コウガの提案に、チエは苦笑しながら首を横に振った。

「今更再転職なんて、勧めても無駄ですよ」

「もったいないと言ってくださるのはありがたいですけど、この腕は子供たちを守るために生かしたいと思いますので」

 イサベルもやんわりと拒絶する。

「そうですか……」

 それ以上、コウガは何も言えなくなった。

 ――日本人的ぬるま湯発想で物事を決めつけてはいかんな。

 つまり、このような腕前の人物が子供たちを守らねばならない脅威が存在するということだ。

「私はこうして夢を叶えています。だからいいんです」

 穏やかな笑みとともに、イサベルはそう語る。

「なるほど、夢か。……チエには何か夢があるのかな」

 ふと思いついて、コウガは尋ねてみた。

「もちろんあります。私は自分の領地を持ちたいですねえ」

「領地?」

「ええ。村規模の小さな土地で構いません。私が領主になって、人々の庇護者として住みよい場所を作るんですよ。人権と財産と自由が守られ保証される、平和な場所をね」

「へええ。意外だね」

「……妙ですかねえ」

「いやいや、そんなことないよ。立派な志だと思うね」

 そう答えると、チエはほっとしたように息をついた。

「そのために、セフィロトの苗木を購入するお金を貯めなければならないんです」

「セフィロトの苗木?」

「新しいコミュニティの中心に植えるセフィロトです。種子が希少なもので、取引はセフィラント教会によって厳重に管理されていましてね。結構な額を納める必要があるんです」

「あらま。坊主丸儲けってやつじゃないか」

 と言ってから、イサベルの目があることを思い出し、コウガは慌てて口を塞いだ。

「いいんです。そういう批判は、あってしかるべきだと思いますので」

 イサベルは笑って応じた。

 ――チエが妙に金に執着するタチなのは、そういう理由があるせいか。

 コウガは納得した。そういう動機であれば、少々金に汚い言動が出てくるのもわかる。

「じゃあついでに、アイリの夢も聞いておこうか」

 話題をアイリに振り向ける。

 アイリは興味なさそうに肩をすくめた。

「あたし? そりゃ……あるけど、言う必要なんてねえだろ。てめえこそ夢があるのかよ」

「俺の夢か……」

 少し考えて、コウガは結論を出した。

「ないな」

「ねえのかよ」

「今はこっちの世界で生きていくことに精一杯だからなあ」

「真に有能な冒険者は、引退後のプランを考えている冒険者ですよ。コウガも何か考えるべきですよ」

 ぽん、とチエは扇子で手を叩いた。

 その通りだ、とコウガは思う。目的を見いだせぬまま、ただ冒険者生活を楽しむというだけでは、いつか行き詰まりを迎えるはずだ。

 目的を、やりたいことを見つけなければならない。

 とはいえ、この場で考え込んでみたところで、何かがみつかるわけでもない。

「とりあえず、将来に備えて蓄財することかねえ」

 今はその程度しか言えなかった。

「夢のない奴」

 アイリはそう評した。

「堅実であるとは思いますけどね」

 チエもつまらなそうに言う。

「今の俺は冒険者の身だけど、人生における冒険はできるだけ控えたいと思っているんでね。夢なんてそのうちに見つけりゃいいんだよ」

 コウガは力強く反論した。

 今はまずこの異世界、アリカムナードに慣れる時だ。

 この世界についてよく知っていくうちに、何かしら夢、やりたいことは見つかるはずだ。

 多分。

「何か道に迷うことがあったら、いつでもこちらに相談にいらっしゃってくださいね。些細なことでも構いませんよ」

 内心の苦悩を見て取ってか、イサベルがそう声をかける。

「ありがとうございます。美人シスターに悩みを聞いていただけるとか、随分素敵なサービスですね」

 コウガがそう礼を言うと、「ウッフッフ」とイサベルはさも嬉しそうに笑った。

「あらいやですねえ。美人だなんて。ホント、いつでも来てくださいね……と、悩みと言えば、一つ思い出しました」

 表情を改め、チエに顔を向ける。

「先日とある女性がこちらに悩み相談に参りましてね。おそらく冒険者ギルド案件だと思うので、そちらを案内しておきましたよ。よければ彼女の世話をしてあげてくれませんか」

「そうなんですか? でしたら任せてくださいよ。まだ誰も引き受けていないのなら、私たちが話を聞きます。……構いませんよね」

 チエは即答し、アイリとコウガに承諾を求めた。

「もちろん、仕事は大歓迎だぜ」とアイリ。

「異存なし」

 コウガも短く答えた。

 今はとにかく、冒険者として仕事をこなす時だ。

 こなし続ければ、いつか見えてくるものもあるだろう。

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