その9


 バルデンハイムの外、北側に岩場が広がる一角がある。白っぽい岩が壁をなす、荒涼とした雰囲気の場所だ。雑草や低木がちょろちょろと生えるばかりで、おおよそ生き物が住むには適さない一角である。

 そんな岩場に、コウガたちはやって来ていた。

「ところでコウガ、今日はスキルポイント未使用ですよね?」

 チエの問いかけに応じて、コウガはステータススクリーンを開いた。

「大丈夫、全部残してある」

 スキルポイントの残量は30。そして現在は午後三時。今のコウガは、レベル15ながらスキルポイントで取得したスキル皆無、という世にも珍しい冒険者となっていた。

「そうそう、3時になってスキルポイントが30になるのを待っていたんですよ。スキルを二つレベル5にできますからね」

 チエは説明する。

「以前からサールブロのデュラハンについては、二つのスキルがあれば勝てると思っていたんですよ。一つはローグ系の不意打ちスキル、一つはマイナー系の岩盤掘削スキル」

「マイナー?」

「鉱夫という意味ですよ、メジャーの反対語じゃなくて。……この二つを組み合わせれば、デュラハンの岩塩装甲を打ち抜いて致命的なダメージを与えられるはずです」

「不意打ちはわかるとして、岩盤掘削?」

「鉱夫がつるはしなどで岩盤を破砕するスキルです。実際、騎士団は岩盤掘削スキルを持った団員を対デュラハン用に連れて行ったそうですよ。装甲破壊に一定の効果はあったらしいですねえ」

「でも結局負けたんだよな」

「完全破壊はできなかったみたいですね。でも、破壊力を増すスキルと組み合わせれば望みはあります。一番現実的なのは不意打ちスキルとのコンビネーションだと思うんです」

「なるほどね。でも、その二つのスキルを持ち合わせている冒険者ってのは……?」

「会ったことないです」

 チエは肩をすくめた。

「問題はそこですよ。鉱夫が不意打ちスキルを取得する理由はないし、ローグが岩盤掘削スキルを取る必要もないです。事実上あり得ない組み合わせなんですよ。でも……」

 口元を扇子で隠しながら、チエはコウガを見つめた。

「スキルポイントの振り直しができるコウガなら、岩塩装甲の破砕に特化したスキルを気楽に組める。そうではありませんか?」

「俺が……」

 呟いてから、コウガははっと息を呑んだ。

「俺がやるの!? 俺がそのクッソ強いデュラハンと戦えとおっしゃる!?」

「そりゃそうですよ、あなたのユニークスキルでしかできないことですから。何のためにハンマーを買い与えたと思ったんですか」

 コウガの手にはウォーハンマーがあった。つい先ほど武器店で購入した新品である。

 片方は槌、片方はとがったスパイクで、敵に応じて使い分けて粉砕する。柄は一メートル超、どっしりと重い。

「いやいや、こんなクソ重い武器、俺には扱えないよ」

「そんなことはありませんよ。コウガの筋力パラメータはこのハンマーを装備可能な数値を越えてますから。あとは、ハンマーマスタリーを上げてやるだけです」

 チエはコウガのスキル画面を勝手にいじり、ハンマーマスタリーを一気にレベル5まで上げた。

「おーおー。スキルポイントを一気に15もつぎ込むとか、豪勢だな」

 やや呆れ気味に、アイリが言った。

「これで、マスターレベルのハンマー使いになったはずですよ。どうです?」

 チエの言葉を受け、コウガはいやいやながらもハンマーを持ち上げる。

「お……いける?」

 重さ自体に変化はない。だが不思議と、無理なく持ち上げられる。

 両手で柄を掴み、バトンのようにくるくると回してみる。よほどハンマーの扱いに慣れていないとできないはずの芸当を、コウガはあっさりとやってのけた。

「いい感じですね。では次は、掘削スキルです」

 チエは新たな指輪を取り出し、コウガの指にはめてやった。

 新たなスクリーンが立ち上がり、マイナー用スキルの一覧が表示された。チエはその中から掘削スキルを発見し、これも一気にレベル5まで上げる。

「それじゃコウガ、岩を砕いてみてください。ええと……まずはアイリ先生、お手本を見せていただけますか」

「おうよ」

 応じてアイリはガントレットをはめた右手を高く掲げて、

「おぉ……らッ!」

 手近にあった岩の壁を全力で殴った。

 ミキミキミキ、と拳を中心に蜘蛛の巣のようなひびが入り――

 ドゴォ! と音を立て、派手に砕けた。破片が飛び散り、粉塵が舞う。

「うっわ! ゲホ、ゲホゲホ!」

 粉塵を吸ってしまい、コウガは咳き込んだ。

「すごいなアイリ。というか、アイリがデュラハンの装甲を砕けばいいんじゃないの」

 コウガは指摘したが、アイリ自身が首を振った。

「これだけじゃ足りねえってのがチエの意見さ。不意打ちスキルを持ってりゃ、喜んで引き受けるけどな」

「今すぐ不意打ちスキルを取得してくれよ」

「やだよ。真っ向から敵を粉砕するのが趣味なんで。それにスキルポイントの使い方は、誰にも指図される覚えはねえ」

「俺が岩塩マンを一撃で粉砕できると思っているのか?」

「最悪、岩塩マンの装甲にそこそこでかいヒビが入りゃそれでいい。あとはあたしがヒビをでかくして、チエがトドメを刺す。さ、やってみな」

「……しゃーないねえ」

 すぐそばの岩壁を、コウガはターゲットに定めた。ハンマーを担ぎ上げて構え、岩肌を凝視する。

 なんとなく、狙うべき場所がわかった。ともすれば見落としてしまうレベルの細いわずかなひびを、コウガは認識する。

 そこへ正確にを叩き付ければ良い。

「はああ――ッ!」

 一声叫んで、コウガはウォーハンマーを振り抜いた。

 スパイクは正確に、小さなひびに深く突き刺さった。

 はじめは小さく、やがて大きくひびが走り――

 岩壁が爆発した。

 コウガの一撃が、爆発的破砕を引き起こした。かなり巨大な破片が勢いよく飛び散り、

「おわあ! 危ないィ!」

 コウガを、そしてチエを直撃しかけた。コウガはハンマーを手放し、体をよじってどうにか回避。

「オラァ!」

 チエに飛んだ破片はアイリが割り込み、蹴り落とした。

 岩壁が見えなくなる程の粉塵が舞い上がる。強い風が吹き付け、粉塵を吹き払うと――

「……うっわ。我ながら、こりゃすごいや」

 豪快に陥没している壁面があらわになった。あたかも小型の爆弾でも爆発したかのようにえぐれている。

 自分の目が信じられなかった。召喚される前、日本にいた時はそもそもこんな巨大ハンマーを握ったことすらなかったのに、初めての一振りでこれである。

「スキルシステムってすげえな……。破壊力百二十点だな」

「もう少しで私を殺したかけたのは減点ですけどね」

 チエは喜んでコウガの背を叩いた。

「これに不意打ちレベル5を重ねて、デュラハンに仕掛けるんですよ。完璧に決まれば、爆裂四散間違いなしです」

「そんなにうまくいくものかな……」

「計算上はいけますよ。二十三時になればスキルポイントは46、つまり三つのスキルをマスターレベルにして1あまるという寸法ですからねえ。不意打ちレベル5を取る余地はありますよ」

「スキル三つに全振りは無理じゃねえの」アイリが待ったをかけた。「不意打ちを仕掛けるには忍び足スキルもいるだろ。そっちにもポイントを振らないと、岩塩マンに近づく前に起こしちまうぜ」

「忍び足スキル。そんなものもあるのか」

 スキルスクリーンを探して、コウガは不意打ちスキルのすぐそばに忍び足スキルを発見した。

「既にこれだけの破壊力が期待できるなら、不意打ちスキルのレベルはもう少し控えめでもいいかもしれませんね」

 チエの助言に従い、コウガは脳内で計算する。

「不意打ちをレベル4に留めれば消費ポイント10だから、6ポイント余る計算になって、忍び足レベル3までつぎ込めるけど……」

「いや、最初から決め打ちする必要はないでしょう。現場で状況を見ながらレベルを上げれば良いのでは? 容易に近づけなさそうなら忍び足を上げればよし、そうでないなら不意打ちにつぎ込めばよし」

「それもそうか。ただ念のため、忍び足スキルの使い勝手も試しておきたいね」

「ええ、試すべきですねえ。本番に備えて、不安は今日のうちに解消しておきましょう」

「不意打ちをかけるターゲットはその辺探せばいるだろうさ。はぐれて歩いているミームを見つけりゃいい」

 周辺を手で示しながら、アイリが言う。

「それがいい。ただ、スキルポイントが溜まるまで待ってくれよな」

 どすん、ハンマーを地面に置いて、コウガは手近な岩に腰を下ろした。


 アリカムナードの太陽が西の空へ沈んでいき、周囲は急激に暗くなっていった。空は晴天、東の空には星々の輝きが灯りつつある。

「俺って都会生まれ都会育ちのシティーボーイだからねえ。日没した瞬間こんなに真っ暗になるなんて、ほんと驚くね」

 コウガがしみじみと感慨を述べると、

「おめー、田舎生まれのあたしにケンカ売ってんのかよ」

 アイリがぎろりと睨みつけた。

「夜になったら暗くなるのが当たり前だろうが。都会育ちのモヤシ野郎がよ」

「お静かに。今からミームに不意打ちをかけようというのに、騒ぐ人がありますか」

 チエは指を唇に当ててアイリを制した。たしなめてから、コウガに顔を向ける。

「レベル18になりましたか?」

「ああ、残りスキルポイントは6だ。忍び足スキルと不意打ちスキルに3ポイントずつ割り振って両方ともレベル2にするよ」

 チエの承諾を得て、コウガはスキルスクリーンを操作した。

「しかし、不意打ちをかけるにしても、こんなに暗いとそもそもミームが見つからないよな。暗視魔法があるとか言ってたよな?」

「ええ。今かけますよ」

 チエは閉じた扇子をコウガに向け、集中した。扇子そのものが弱く光を放つ。

 変化は劇的に現れた。暗闇の中の風景が徐々に広がり、視認できるようになっていった。

「おー。見える。見えるぞ」

 全体的な色合いは白黒で、それこそ暗視装置の映像みたいだが、それでももとに比べればはるかにはっきりと見える。

「こいつはすごい。野外でことに至っているカップルを見つけるのに便利そうだ」

「ンな下品なことのために使う魔法じゃねえよ! これ以上妙なことを抜かしたら目ン玉えぐってミームのエサにしてやんぞ!?」

 小さな声で、しかし激しく、アイリはツッコミを入れた。

「わかったよ。金玉に続き目ン玉まで握られるとか、冗談じゃない」

「ミームを探しましょう。はぐれて行動しているのがいるといいんですけど。集団に出会ったら、引きますよ」

 チエの先導の下、一同は歩き始めた。

 ほどなくして――

「……あれを」

 扇子で前方を指さすチエ。その先に、たった一匹で地べたに座り込んでいるミームがいた。

「……ライオンじゃないか」

 コウガたちに対して尻を向けてはいるものの、頭部を覆う豊かなたてがみを視認することができた。

「よく見てください。さそりの尻尾が生えてますよね? マンティコアと呼ばれるモンスターの姿をしたミームですよ」

 チエが訂正する。

 暗視魔法の影響下にあっても、ミームの姿は闇のように真っ黒だった。表面に走る白いひび割れ模様が血管のように見え、実に気持ち悪い。

「本当にいろいろな種類のミームがいるんだな……。あの尻尾に刺されたらどうなるの」

「死にはしませんよ」

 とだけ、チエは言った。

 コウガはチエをじっと見つめ、次の言葉を待った。

「……死ぬ程つらい思いをするかもしれませんけどねえ」

「やだよ! そんな相手にわざわざ仕掛けるの!?」

「コウガでも対処できますよ。なに、不意打ち一撃で仕留めれば何の問題もありません。しくじった時は私たちが後始末しますよ」

「その言葉に俺の命がかかっているんだぞ」

「一々うるせえなあ。さっさと行けよ!」

 業を煮やしたアイリがコウガの背中をどかんと押した。勢いで五、六歩とコウガは飛び出してしまう。

 幸い、ミームは何の反応も見せなかった。

 一息ついて、コウガは覚悟を決めた。ハンマーを担ぎ、忍び足を開始する。

 にじり、にじりと慎重に、極力音を立てずに前進する。

 足音は極めて小さい。しかしコウガの耳には異様に大きく響く。

 ――いつマンティコアの尻尾が飛んできても不思議じゃないな……。

 逃げたいという気持ち、もう一歩だけ距離を縮めたいという気持ち、相反する思いに苛まれつつも、距離を詰め――とうとう、ハンマーの射程範囲に到達した。

 ミームはコウガの存在に気づかず、無防備な背中を晒している。

 さっさとケリをつけた方がむしろ安全、と心を決め、コウガはハンマーを振りかぶり、

「…………ッ!!」

 声一つ立てず、振り下ろした。

 ハンマーはマンティコアの首の裏側にクリーンヒットした。

 首を叩き潰し、そのまま地面を叩いたような感覚。

「……ガッ……」

 不気味なうなり声を短く立て、マンティコアは尻尾を狂ったように振り回した。

「ヒッ!?」

 コウガはたった一歩で約二メートル飛び退いた。

 そのまま全力逃走に入る――つもりが、足が止まる。

 マンティコアがひっくり返り、その場でびくびくとけいれん。ほどなくして全身がほどけはじめ、塵と化し、雲散霧消した。

 あとに残ったのはコアクリスタルのみ。

 黒く輝くコアを、コウガはおそるおそる拾い上げた。

「…………」

 あまりにもあっさりとした決着に、コウガはしばしぽかーんとした。

「……うまくいったじゃねえか! これなら本番もやれそうだな!」

 駆け寄ってきたアイリに背中を叩かれ、我に返った。コアを落としかけ、慌てて空中でつかみ取る。

「どうにかなりそうですね。期待してますよ」

 チエもコウガの肩を軽く叩く。

「ほんと、どうにかなって欲しいねえ……」

 か細い声で、コウガは呟いた。

 予行に一回成功した程度で自信を持てる程、コウガは楽天家ではなかった。

 だがとにかく、やるしかない。働かざる者食うべからずという言葉は異世界にあっても有効である。

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