その4
冒険者ギルドの敷地には複数の建物が長方形を描くように群立しており、それらが回廊の形をなしていた。イメージとしてはこれまた大学のキャンパスに近い。
回廊の内側には広い中庭があり、冒険者のための修練場となっている。徐々に太陽が西に傾き、もう一、二時間もすれば日没に至るだろう時間帯だったが、数グループの冒険者たちが修練場内にて訓練に明け暮れている。戦士グループは剣を振り、魔法使いグループは妙な光の輝きを繰り返しほとばしらせていた。
そんな冒険者たちの姿を、コウガは回廊のベンチから眺めていた。
「男女比がだいたい一対一に見えるんだけど、ギルド所属の冒険者全体の男女比もそんなものかな」
問われて、アイリはベンチの前のテーブルに両腕を投げた。
「そんなもんじゃねえかな。冒険ってのは野郎だけの専売特許じゃねえぜ」
「じゃ、アリカムナード人と日本人の比率は?」
「ギルド所属だけでいうなら、九対一くらいだろ。アリカムナード全体だったら、異邦人はもっとレアな存在だな」
「つまり、冒険者になることを選ぶ日本人……異邦人が多いってことかな」
「そういうこった」
短く答え、アイリは次の質問を待つ。
しばし思索にふけった後、コウガは真剣な表情で問いかけた。
「……アリカムナード人と異邦人の間で生殖活動は可能なのかな?」
「なんだと?」
「ありていに言うと、セックスすると子供ができるのか、ってこと」
あけすけな言い方に、アイリは頬をわずかに赤くする。
「言葉を選べよ」
「選んだ結果なんだけど」
「まったく……。そ、そりゃ、そうよ。次元を股にかけたカップルなんて、別に珍しくねえぜ。両方の血を引く人間もそこそこいる。ほれ、マイアだってそれだぜ」
「あー。コゼンジって名字は明らかに日本人だよね。日本人にしても珍しい名字だけど」
「なんか先祖が百年前の英雄の一人とかなんとか言ってたような……えー、どうだったっけ、チエ?」
思い出そうとして思い出せず、アイリはチエに助けを求めた。
「どうでもいいことですよ」
チエは視線を横に投げ、こちらにやってくるゲルダの姿を捉えた。
「お待たせしました」
ゲルダは小さく一礼した。対面の席に腰を下ろし、テーブルに平べったい箱を置く。
箱の中身は複数の指輪だった。クッションに埋め込まれ、整然と並んでいる。
「また指輪か。って……」
ふと気づき、コウガは左右を見る。
チエもアイリも指輪をはめていた。コウガと同じ、オーロラ色に輝く石が埋め込まれた指輪を、左手薬指に一つ。弱く青白い輝きを持つ指輪を、右手薬指に一つ。
箱の中に並んでいるのはすべて、青白く光る指輪だ。
「アリカムナードにおいて、魔法の指輪は極めて重要なアイテムです。順を追って説明しましょう」
とゲルダは切り出し、箱の中の指輪を一つ手に取って、コウガに手渡した。
「まず、これがステータスリング。どの指でもいいからはめてください」
言われるままにコウガは指輪を受け取り、右手薬指にはめた。
「そして、窓を拭くような感じで手を上から下に動かしてみてください」
ゲルダの指示を今ひとつ理解できず戸惑っていると、チエが助け船を出した。
「スマホ、わかりますよね。空に向かってフリック操作をするんですよ」
「……ほう」
そんなことをして何の意味があるのか、疑問を抱きつつも言われたとおりに手を動かす。
するとコウガの眼前に、半透明のスクリーンが展開された。
「うわあ! なんだこりゃ!」
フリック操作で、何もない空中に突然ウィンドウが開いた。手を突っ込んでみると突き抜けて、何の手応えもない。
「魔法のスクリーンです。これはあなたのステータスを表示する機能を持ちます」
ゲルダの説明も上の空で、コウガはスクリーン上の文字列を凝視する。
それはまさしく、RPGに出てくるようなステータス画面だった。
まずは名前とニックネームが表示され、その下にはレベル数。生命力を横向きの棒グラフで示すライフバー、同じく精神力を示すメンタルバー、経験値バーと続き、さらにその下には「筋力」「体力」「知力」「器用さ」「魅力」「運」などとパラメーターが並んでいる。
「ゲームそのものじゃないか。なんなの、これ」
「あなたの能力を数値で算定したものですよ。能力を可視化することで、適性が容易に見極められるのです。ですが……」
語るうちに、ゲルダの表情は困惑に包まれていった。
チエがゲルダの視線を追い、ちょっとした異変に気づく。
「あれ。レベルが16になっている……?」
レベルの項には「16」という数字があった。
「なにか異常でも? というかレベルって、RPGで言うレベルと解釈していいのかな」
「そうですよ」チエが答えた。「経験を積むごとにレベルアップします。生まれた時点でレベル1からスタートして、普通の生活を送るだけでそれなりにレベルは上がっていくんですけど……来たばかりの異邦人だったら普通はレベル5、高くてもせいぜい7、8くらいで、レベル10を越えているなんて聞いたことありませんよ」
「おまえまさか、元の世界で傭兵やってたとか言わねえよな?」
アイリの問いに、コウガは首を左右に振った。
「そんなことはない。俺はどこにでもいるごく一般的で平均的な普通の高校生だよ」
「普通の高校生はあんなに下ネタ連発しねえと思うがな」
「いやいや、それも平均的高校生さ。それはともかく、何が起きてるの。というかレベル16って、どの程度の強さかな」
「冒険者としてレベル10なら一人前、レベル20ならベテランというところでしょうか。中堅と呼んでいいと思います」
ゲルダの言葉に、コウガは複雑な顔をする。
「微妙だね。たった一人で一国の軍を殲滅できるとかいう極端な強さじゃないんだ」
「ンなわけあるか。多分ユニークリングの影響だろうよ」
「ユニークリング?」
「それだよ、それ」
アイリはコウガの手にあるオーロラ色の指輪をつついた。
「どういうわけだか、次元を越えてきた人間には必ずこれが与えられる。気がついたら指輪がはまってるのさ。で、この指輪があると、特別な力を使えるんだぜ」
「ユニークスキルと呼ばれます」チエが追加説明する。「極めて特殊なスキルなのですが……先に通常のスキルの方から説明すべきですね」
「こちらを。これはスキルリングです」
もう一つ、ゲルダは指輪を取り出した。
「さらに追加? 指輪をたくさんはめるのはあまり趣味がよろしくないような」
「説明用です。普通はステータスとスキルを同時に確認できるリングを使います」
ゲルダの手には、青白く輝く指輪のみがあった。ユニークリングはない。
コウガはスキルリングをはめ、もう一度手を動かした。
ステータス画面の隣にもう一つ画面が出現した。横文字の列がズラズラと並んでいる。
「これは……取得できるスキルの一覧ってこと?」
「その通りです。ありとあらゆるスキルを取得することができます。戦士系や魔法使い系など冒険者としての素養と呼ぶべきスキルから、鍛冶、料理といった傍系スキルまで、雑多に登録してあります」
コウガはスクリーンをスクロールさせる。
たしかにゲルダの言うとおり、そこには何でもあった。RPGに慣れているコウガにとっては、なじみ深いスキル名が多い。「火炎魔法」「鍵開け」「二刀流」等々。
はじめは一つ一つ読んでいたが、一覧はいつまで経っても終わらない。ためしに力一杯スクロールさせてみたが、終わりにたどり着く気配はなかった。
「全部読み上げようとしたら何年かかるの、これ?」
「想像もつきませんね。だから一般的には、自分の得意分野に絞ったスキルのみを表示する指輪を使用します」
ゲルダは新たな指輪を取り出し、コウガがはめているスキルリングと交換した。
再びスクリーンを表示する。現れたのは、戦士系のスキル一覧だった。それ以外のスキルは排除されている。しかもレイアウトが大幅に異なり、ツリー図になっていた。
「あー。しかも、スキル取得に必要な前提スキルが一目でわかるようになってるんだね」
「はい。冒険者は皆スキルプリセットをカスタムして、オリジナルのスキルリングを利用しています」
「なるほどね」
自分の手の指輪をじっくりと眺めてから、コウガは次の質問に移る。
「で、これらのスキルを取得する方法は? スキルポイントみたいなものがあるのかな?」
「ええ、ポイント制ですよ」
スキルスクリーンの最上段を、ゲルダは指さした。
残りスキルポイント:32
との文字列が表示されていた。
「スキルポイントはレベル1ごとに2ポイント得られます。これを振り分けることでスキルが得られるのです」
「はーん。スキルをゲットした瞬間、スキルが使用可能になるわけね」
「はい。例えば、ジャグリングレベル0だった人がスキルポイントを利用してジャグリングレベル1になった瞬間から、ジャグリングができるようになりますよ」
「そうなんだ。便利だなあ。……ジャグリングレベル1っていうと、スキルにもレベルがあるわけ?」
「レベル1なら初級者並みの心得、レベル5なら達人級というところでしょうか。スキルレベルに上限はありませんから、どんどん上達していきますよ。ただ……」
「ただ?」
「スキルポイントのみでスキルレベルを上げる場合、ポイントの消費が大きくなるので、その点には注意してください。スキルレベルの数値と同じだけのポイントを消費しますので。スキルレベル2にするには2ポイント、レベル3にするには3ポイント、とその都度必要になります」
「つまり、スキルレベル5にするには……累計15ポイントもいるってこと? それってでかくない?」
「スキルを繰り返し使用してスキル経験値をため、スキルレベルを上げるのが通常のやり方です。ポイントをつぎ込んでレベルを上げるのは極めて効率が悪いですね。命がかかった状況で一定レベルのスキルが必要だ、という場合でもない限り、おすすめはしません」
「スキルポイントの振り直しは効かねえからな。スキルを取得する時はよく考えるんだぜ」
アイリが口を挟んだ。
「振り直し不可なのか。そりゃ面倒だな。現在スキルポイントが32もあるとはいえ……」
とコウガが言いかけた時、遠くで鐘の音が鳴った。
「午後五時の鐘の音ですね……」
チエがそう呟いた瞬間。
スキルポイントの表示が「32」から「34」へと変化した。
「!?」
誰もが驚きに息を呑んだ。
「な……なんだよ今の!?」
「見てください! レベルが上がってます!」
ゲルダがコウガのレベルの欄を指さす。こちらも「16」から「17」に上がっていた。
「レベルアップしてる! この世界じゃただしゃべってるだけでレベルが上がるのかよ!」
「そんなことあり得ませんよ。こんな妙な現象は、多分ユニークスキルの影響です」
チエがコウガのユニークリングを指し示す。
「同じようにやればユニークスキルのスクリーンが出るんだな」
左手を動かすと、コウガの思った通りスクリーンが現れた。
ユニークスキル:ドーター・オブ・タイム
小さなスクリーンにそんな文字列だけが現れた。
「触ればヘルプメッセージが出るぜ」
アイリの助言に従ってみると、説明文が記された小型ウィンドウがポップアップした。
「えー……『レベルが時間と同期する。最大23』だって」
「なるほど」チエがぽんと手を打った。「だからさっき、十七時になると同時にレベル17になったんですね」
「すごいスキルじゃないの。寝て過ごしててもレベルが勝手に上がるのかよ……って」
喜びの声を上げかけたコウガだったが、周囲の三人が三人とも微妙な表情をしているのに気づき、勢いが消える。
「なんでそんなしょぼくれた顔をしているんだ。そりゃレベル23って半端かもしれないけど、一応ベテランを名乗れる実力なんだろ」
「そりゃそうだけどよ」アイリが言う。「23時は深夜だぜ」
「深夜? 深夜は深夜だろうけど、活動できない時間じゃ……」
と言いかけて、コウガは気づいた。
「……こちらの世界、もしかして電気がない?」
「あるわけねえだろ! そりゃ魔法で明かりを出すことくらいはできるけどよ。日本の夜中を想像してもらったら困るぜ。こっちは日が沈んだらあとは寝るだけ、ってのが常識なんだからよ」
「付け加えると」ゲルダも語る。「基本的に冒険活動というものは午前中行動を基本とし、特殊な状況でもない限り日没頃まで粘ることは避けます。ミームの夜襲程危険なものはありませんからね」
「つまり、おめーのレベル23なんて宝の持ち腐れってこったよ」
アイリに肩を叩かれ、コウガはそのままベンチからずり落ちそうになった。
「そんなのありかよ。するとなにか、俺は死にスキルをつかまされたのか?」
問いに答える者はおらず、コウガの絶望はより深まった。
「畜生。こんな指輪、売ってやる」
ユニークリングを外しにかかる。が、以前何度も試したとおり、抜けない。
「言っただろ、ユニークリングは抜けねえんだ。持ち主が死ぬか、指ごと切られない限り」
アイリが指摘した後もコウガは頑張ってみたが、むなしい努力だった。
「ムググ……。ユニークスキルで無双どころか、悲しみを背負いそうだな……」
「いえ……悲しむことはないでしょう。少なくとも23時にはレベル23になれるんです。深夜の工作活動などで役に立つかもしれませんし……」
チエのフォローも、苦し紛れ感が強い。
「深夜の工作活動ねえ……。俺、夜更かしが苦手な方なんだけどね」
「もう一点気になることがあります」
コウガの繰り言に、チエは取り合わなかった。
「時間とレベルが同期して、最高がレベル23ということは、零時になったらどうなるんでしょうね?」
指摘に、全員が顔を見合わせた。
たしかに、とゲルダがあごに手を当てて考え込んだ。
「生まれたての赤ん坊でも、レベル1ではあります。レベル0ということがあり得るのでしょうか?」
「そいつは聞いたことねえな。マジでどうなるんだ?」
アイリも首をひねる。
「どうなるんだ、って、そりゃ、実際に0時を迎えて確かめてみるしかないんじゃないの」
眉をひそめながら、コウガは言った。
「その通りですね」
ゲルダはしばし考え込み、判断を下した。
「こうしましょう。まずコウガ、あなたにはゲスト用の部屋を案内します。今日のところはそこで寝てください」
「それはありがたい。野宿するはめになったらどうしようかと思ってたんですよ」
コウガの礼を受けてから、ゲルダはチエとアイリを見やった。
「今夜一晩、お時間をいただけますか?」
「構いませんよ」
「いいけど、何すんの」
チエとアイリの承諾を得てから、ゲルダは提案する。
「コウガと同じ部屋で過ごし、零時にコウガの身に何が起きるのか観察するのです」
「マジですか」コウガは目を見開いた。「異世界に召喚された最初の晩に、いきなり三人の女性と一夜をともにしろとおっしゃる? すげえ! 夢みたいな話だ!」
アイリがコウガの首に腕を回し、ぐいと締め上げた。
「妙なことをしたら、悪夢を見せてやるけどな?」
「ぐごご……! 悪夢はしょっちゅう見てるんで、結構です」
不気味なうめき声を漏らしながら、コウガはアイリの腕から逃れた。
「しかし実際問題、みんなに見てもらう必要なんてありますかね? 俺一人でも別に問題ないと思いますけど。ごまかしたりなんてしませんよ」
「そういうわけにもいかないでしょう。ギルドの責任者の一人として、ギルドメンバーがどのような身の上を抱えているか知っておく必要はあります。それに、レベル0になるということは……」
この上なく真面目な表情で、ゲルダは言った。
「死ぬ、ということも考えられますのでね。死体を片付けるには人手が要りますよ」
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