第6話 炎使いに非ず

 食卓に並んでいたのはトーストにサラダ、スクランブルエッグ、ベーコンなどいたって普通の朝食だった。しかしそれを、見知らぬスーツ姿の男2人とともにするとなれば話は違う。雰囲気にのまれて箸を手にはしたものの、とても食事をとる気になどなれなかった。


「男3人で朝食だなんて楽しくもなんともないと思うけど、腹が減っては何とやらって言うからね。遠慮しないで食べてよ」

 笑うと目が細く、線のようになる。いつの間にか敬語からため口に変わっている。目を覚ましたとき、最初に出会ったこの男のことを充は心のなかで細目と呼ぶことにした。もう一人は声がかれているからハスキーでいいだろう。


「なんだよ、ぼくももっとカッコいいあだ名にしてほしいな。細目だなんて、むっつりすけべみたいじゃないか」

 無意識のうちに声に出ていたのかと、思わず口元を手で隠した。見れば細目がいっそう細くなっている。


「冗談だよ、冗談。昔から嫌ってほど細目って言われてきたからさ。どうせ君も同じこと考えてるんだろうと思って」

 細目はそう言いながら、ケチャップをベーコンのうえに絞り出した。トマトの酸っぱい匂いと、ベーコンの焼けた香りが部屋に満ちていく。


「ちょっと焼きすぎちゃったかな。火力が強すぎたみたいだ」

 細目が口元にベーコンを運んだそのとき、充はたまらず立ち上がった。激しい嘔吐感がこみ上げる。胃袋が波打っている。目の前がグルグルとまわり出す。


「おい、やりすぎだ」

 ハスキーが言うと、細目はごめんごめんと謝りながら充を介抱した。そのままソファに寝かされる。目を閉じてゆっくりと深呼吸を繰り返すと、気持が静まっていった。


「あんまり平然としてるもんだからさ、ちょっと意地悪してみたくなっちゃったんだ。あれだけのことがあったんだ、もしかしたら記憶が飛んでるかもしれないしね。でもさ、こういうのは早めに吐き出しておいたほうがいいんだ。下手に引きずると、君の大切な力に悪影響を及ぼしかねない」

 あとで見せてよ、君の力。細目はそう言って微笑んだ。




 訳も分らぬままに、充は一人、マンションに取り残された。元いた部屋に戻され、しばらくは我慢してくれと外から鍵をかけられた。その気になればベランダ伝いに逃げられそうな気もしたが、やめておいた。状況が分らない以上、外に出る方が危険な気がした。


 結局、朝食の場ではたいした情報は得られなかった。2人の名前も教えてもらっていない。君の力の実態が分るまで、秘密なんだと細目が言っていた。

 分っているのは、自分があと半月はここで暮らさなければならないということだ。あの2人もここを住処にしていて、日中は働きに出ているのだろうか。そんなことさえ、充は知らずにいた。

 



 その日の夕刻、細目とハスキーは新宿の古ビルの雀荘にいた。いまどき珍しく、室内に煙草の煙が充満している。客は2人の他に、大学生っぽい若者といかにもうらぶれた中年だ。ちょうど彼ら4人で卓が埋まっている。


「たまにはいいもんだね、こういうのも。テンゴだったら負けても痛くない」

 細目とハスキーはそれぞれ東家と西家、対面に座っている。細目が捨てた「西」を上家の学生が鳴いた。


「あれ、違ったか。腕が鈍ったかな」

「そんなことより、あいつはどうなんだ」

「炎使いの彼のこと?」

「他にいないだろう。炎使いは見つけ次第消すことになっていたはずだが」


 ハスキーが捨てた「二索」が細目のロン牌だった。これでしばらくの間、話に集中できる。


「彼ねぇ、ちょっと違うみたいなんだよ。炎使いとは違うんじゃないかな」

「川原で人を焼き殺したんじゃなかったのか?」

「まぁそうなんだけどね。プロセスがちょっと違うっていうかさ。彼の力、要は間接的なんだよ。君と少し似てるかもしれない」

 一緒にするなと、ハスキーが声を荒げた。しかし卓を囲む学生と中年は気づいていないらしい。

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