解決

 シャーロックが事務所に戻ってきたのは二十二時が近くなってからだった。入れ替わるようにマイルズが帰っていくのを、簡単な礼と謝罪を述べながら見送る。

「なんか中将が変ににやにやしてたんだが、何話してたんだ?」

「いいえ、特別なことは何も。それより先生、どうして何も言ってくれなかったんです? 驚いたんですよ僕」

「悪い、俺ひとりじゃねえと出てきてくれねえ可能性があったんだ。二人殺しちゃドッペルゲンガーが成り立たねえからな。さてどうするワトソン、もう時間も遅いしネタバラシは明日にするか?」

「このまま眠れっていう方が無茶です」

 ワトソンが言うと、シャーロックは眉根を寄せてひとしきり笑った後でポットに湯を沸かし、自分とワトソンの分のトディを淹れ直してソファに腰を下ろした。

「まずは君の推理を聞こう。どこまでわかってる」

「ええと」ワトソンは丸めていた背を伸ばし、顎を一度撫でてからシャーロックを見据えた。「犯人はわざわざ視界の悪い場所で人を襲っていました。おそらくは自分の変装を見破られないために。ドッペルゲンガーはあくまで『変装』で、超常現象なんかじゃありません。それから、被害者の利き手に合わせてナイフを持ち替えています。つまり、予めターゲットを定めてある程度の調査をしている」

「同じ靴、同じ歩幅。しかし体重移動までは誤魔化せなかったようだな。視界は悪く、被害者の頭には『ジャック・ザ・ドッペルゲンガー』の名が刻まれている。否が応でもそう証言するだろうさ。子供騙しだ」

「でも、被害者には背の高い方も太った方も含まれていました」

「らしくないことを言うな。死体が『ドッペルゲンガーにやられた』と喋ったか?」

 うぐ、とワトソンは息を詰める。「ドッペルゲンガーに襲われた被害者」というところで十把一絡げにしていて、生き延びた人と亡くなった人を区別していなかった。

「死んだ被害者は殺すために襲われてる。生きてる被害者は証言させるためのフェイクだ。被害者の共通点がわかれば犯人の目的がわかる。犯人の目的がわかれば、殺害対象のリストにおそらく俺が含まれているだろうことも想像がついた。中将もな。あとはこちらの生活パターンを向こうに把握させることだ。決まった時間に散歩に出れば、その道中で襲撃を受ける可能性が高かった。あとの顛末は知っての通り。犯人は俺を襲撃し、返り討ちに遭ってお縄についた」

「どうして今日襲われるとわかったんですか?」

「日中に犯人がうちに来たからな。相手を殺すつもりなら、――つまり対象が俺なら姿かたちまで似せる必要はないが、どちらにせよ『足跡』は同じにしなくてはならない。近いうちに靴を調べに来るだろうと思ったんだ」

 急に始まった散歩の習慣。予定にない来客。マイルズの読みは合っていたことになる。

「あの記者の方、……やっぱり、宗教弾圧の」

「話を聞いていて変だとは思わなかったか? 『形見』なんて考え方はキリスト教にはない」

「先生はいつ、自分が狙われているとわかったんですか」

「そりゃあ、恨まれる心当たりなんていくらでもあるからな。むしろ向こうからこっちを探してくれるんだから楽なこった」シャーロックは事も無げに言う。「簡単なことだよワトソン。物事はいつだってシンプルだ」

 シンプルと言うには些か入り組んだ事件に思えてワトソンは答えあぐねる。記者の訛りを聞いて真っ先に二十年前の因縁を思い浮かべ、それに沿って被害者の共通点を見つけ出した時、シャーロックはどんな心持ちがしただろう。「覚えるべきを覚え、それ以外は忘れる」と言ってのけたくせに、シャーロックは正しくそれを覚えていた。その心持ち。

「犯人に襲われた時、先生、どうやって捕まえたんですか」

 ワトソンが問うと、シャーロックは「そりゃあ」と言ってにやりと口の端を持ち上げた。

「喧嘩売る相手は選べってことだな。よほど腕に自身があったと見えるが、ナイフ一本で俺に喧嘩売ろうなんざ甘え甘え」

 翌日、シャーロックが床を出たのは九時半を回ってからのことだった。

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