第8話 世間の裏方さん


「あ、シモ、この書類急ぎで」

「はいはいでーす」


 今日が始まってもう半日が経った。

 この探偵事務所に来る依頼者の対応は須藤。

 書類整理や調査計画をするのがシモ。

 伊吹はコーヒーを片手にパソコンに向き合っている。


 たまに依頼者から職員が少なすぎではないか、と聞かれたことがある。

 もちろん4人だけではない。というかそれだけで探偵業なんてやってられない。

 ほとんどの探偵が調査に出ているから事務所に戻ってこないのだ。

 たまに戻って来てたわいもない世間話をしてまたどこかに行ってしまう。


 最初は探偵が居なすぎて驚いたがたまにふらっと帰ってくるあいつらを見て、ちゃんといるっていうのがわかって安心したのはいい思い出だ。

 あと、意外と依頼があるようで驚いたのも。

 じゃあなぜあの4人は事務所に居座っているのかって?

 あいつらはデスクワーク組なのだ。

 調査に向かない、というよりはだが。


 まぁ彼らが動くときは事務所の存亡がかかるくらいの事態の時だってことを覚えておいてほしい。

 ……それではあまりに不公平なので適当なデスクワークをやらせてはいるが。

 あぁ、もちろんかなりの量のね。

 

 俺は、腕がアレなので基本的には書類整理と作成。

 でも人員が足りないときは俺でも調査に行く。元警察ナメんな。


 そんなわけで俺の事務所にはいつも4人と依頼者くらいしかいないわけだ。

 そっちを向けばひょうきんて陽気な声、

 あっちを向けば熟年夫婦のような愉快なやり取り。

 個性豊かで退屈しないよ、本当。


 で、動く用もないから机に座って書類整理をしていたら……須藤が相談室の方から手招きをして来た。

 相談室は依頼者が依頼をする部屋だ。

 依頼者のプライベートを保つため話を聞くのは基本的には須藤1人だから、俺はあまり依頼者の顔は見たことがないのだが、たまに俺が呼ばれることがある。

「所長に直接相談したい」って時に。

 そういうときは決まって重要な依頼だ。


 ひとつ案件ケースを紹介しようか。

 この前はそこそこの企業の脱税疑惑を調べてほしいって依頼を受けた。

 因みに社長から。

 なんでも会長やら上層部やらが絡んでいるらしく迂闊に手出しできなかったから依頼しに来たとのこと。


 結論を述べると大当たり。

 捜査を始めれば出るわ出るわ脱税の痕跡。見事に書類等が隠ぺいされていたがうちの優秀な探偵どもがよくやってくれた。

 その証拠を社長に渡して報酬を受け取った一週間後にはその企業への警察が大掛かりな家宅捜索をして、会長をはじめとした上層部の一斉検挙がニュースになっていた。

 これは余談だが社長も疑いがかけられ事情聴取をされたが無事無実だったらしい。話では社内変革を成そうとしているらしい。


 探偵を始めて、というか警察時代から思っていたのだが、こういうことに関わると世間の話題の中心にいるのだと勘違いしそうになる。

 警察ならいざ知らず。


 探偵は中心どころか脇役。

 言ってみれば世間の裏方さんだ。

 でも、だからこそこういう仕事ができるのだろうと一人で納得。

 とにかく、そんなことが前にあったと言っておこう。


 そして俺は手招きに応じて相談室へ入る。


 しかし、そこで待っていたのは、意外な人物だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る