ようこそ、西川探偵事務所へ。

第7話 犬猿の仲


 俺の名前は西川。しがない探偵。

 駅の近くの雑居ビル二階に入っている

 事務所に俺は居る。

 窓に大きな字で『西川探偵事務所』って書いてあるからよくわかるだろう。

 さて、こんな俺だが実は秘密がある。


 実は俺、10年前からタイムスリップしてきたのだ。公安部の警察です。

 しかし、体はしっかり10年分歳をとっている。おまけに左腕がない。しかも探偵に華麗なる転職をしておられる。

 そして家に帰ればなぜか娘はいるわでもう訳がわからない……


 そんな生活にも恐ろしいことに慣れてきてしまった。人間慣れるまでが大変なのだろうか。左腕がない生活もだいぶ楽になった。突然の環境の変化にもなぜか対応できてる、怪しまれることなく。


 そんなわけで今日も探偵事務所の所長として所長の椅子に座っているのだ。


「遅い……」


『社会人たるもの時間を守れ』っていうのは俺自身散々言われたことだ。

 だがこれはどういうことだ、なぜ誰一人いない?俺がTS《タイムスリップ》してからもう一ヶ月ほどがたった。

 もちろん職員とのなんちゃって顔合わせもしたさ。バレないかヒヤヒヤしたわ。

 やけに馴れ馴れしく感じたし。


 そしてもう何度言ったって遅刻をする。

 全員。素晴らしい団結力だ、クソ。


「おっはよーございます!」


 元気よく入口が開き大声の挨拶と一緒に青年が入ってくる。

 彼の名前は下北沢、長いからシモと呼ぼう。


「遅いぞ、シモ」

「いやぁすみませんねー電車が止まっちゃって」

「その言い訳は前も聞いた。しかもお前歩いて来てるだろ」

「あはは、バレちゃいました?」


 遅刻のたびに訳のわからない言い訳をする適当なやつ、これがシモの性格。

 まぁ元気はいいんだけどね。若いし、仕事もやってくれるし。

 ただそのしつこく明るい性格はなんとかしてほしい。

 まぁまだマシなんだ。問題は後のやつら。


「おいシモ、伊吹と須藤がまだ来てないけど」

「あれ?じゃあそのうち来るんじゃないですか?喧嘩でもしながら」

「あぁ……まぁそうだろうな」


 まだ来てない二人、と言うのはもちろん事務所の職員のこと。男の方が伊吹、女の方が須藤。

 こいつらを一言で言い表すなら水と油、火と氷みたいな奴ら。顔を合わせばいつ終わるかわからない罵倒のしあいを始めその度に俺が止めに入る。

 その罵倒の内容は放送禁止レベル、ただの痴話喧嘩並みなど多々に渡る。

 この前は昼飯をカツ丼か親子丼のどっちかにするかで揉めていたな。


「あのカツのサクサク感がいいんでしょう!?

 アンタみたいな腐れ男にはわかんないでしょうね!」

「なんだと銭ゲバ女!親子丼の方がいいだろうが!サクサクがなんだってんだ!ふっくらがいいんだろふっくらが!」

「あの、お二人さん。早くどっちか決めて……」

「「所長は黙って!」」


 ……こんな熟年夫婦みたいなやり取りを街中でやられたらたまらない。

 だから止めようとするんだけどその度に黙ってくれと止められる。

 ホントその時だけは息ぴったりなの。

 シモは何も言わずに見ているだけだし。

 多分仲裁に入ったらどうなるかわかってるんだろう。

 ちなみにこの議論の結末は俺が「カツたま丼にしよう」という提案を持ちかけたところで二人が大人しくなったところで幕を閉じる。


 あー頭が痛い。毎日喧嘩に喧嘩だ。

 まさに犬猿の仲と言ったところか。


「あ、所長。来たみたいですよー」


 トントン、階段を登る音が響いてる。

 おまけに二人分の怒鳴り声を散らしながら。


 さて、西川探偵事務所。開業時間から約一時間後。今日も元気にやってこうか。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る