第5話 職業


「はぁ……」


 俺は道行く人々に聞こえるくらい大きなため息をつく。

 そろそろ俺の状況を受け入れるキャパシティが限界を迎えそうだ。

 それと言うのも、さっきの話のせいだ。

 家に帰れば人がいる。

 それは独り身の俺としては新鮮だが、相手はまさかの娘だ。

 やりづらいことこの上ないな……


 つまりまとめると、俺が家に帰るとそこには俺以外の住人がいるわけで。

 名前は西川 凛。俺の知らない10年の間にできた俺の養子むすめ

 

 正直どう対応すればいいかわからない。

 距離感がわからない。

 今の状況を説明して受け入れられるのかどうかがわからない。

 

 わからないことは増えたけれど、それなりに分かったことも多い。

 まず俺は独身。これは揺らがない、仕方ない……か?

 それでいて諸事情から子持ち。シングルファザーだ。

 そしてその子を支えるには生活補助金だけで足りるとは思えない。よって俺は無職ではない。いやー安心安心。

 ……30前半のニートなんて笑えないしな。


 そして俺の手元にはいま一万円とちょっとの小銭が入った財布と手帳がある。

 手帳には仕事の内容がびっしり書いてあった。「午後6時43分に待ち伏せ」とか。

 そこから職業まで察することはできる。これはおそらく探偵だろう。

 待ち伏せとか張り込みとか聞き込みとか警察の仕事以外でするのは探偵くらいだろう。

 そう、俺は警察を辞職して探偵へと転身を遂げたのだ。

 これだけだとバーローのおじさんみたいだ。

 それにしても警察でバリバリ働いた10年後には探偵って俺も相当苦労しているなと思う。

 まさにのようだが。


 物思いにふけっているうちに、玄関の前に俺は立っていた。

 この扉を開ければ、知っているけど知らない奇妙な関係の娘がいる。

 あー嫌だな。反抗期だったらどうしよう。

 もう、仕方ねえ。俺は意を決して扉を開ける。


「ただいまー……」

「あ、お帰りなさい、おじさん」


 返事、まだ幼げが残る少女の声。廊下を走ってこちらの方へ来る。

 黒髪を後ろで束ねてポニーテールにした年頃の少女。


「どしたのおじさん。疲れてるみたいだけど?」

「あ?あぁ、久しぶりに知り合いと会ってさ。桜井って知ってる?」


 知ってるはずないか。という前に、


「あー桜井さんね。おじさんの……元同僚の」


 心なしか。黒髪ポニーテールの少女……凛はバツが悪そうな表情をする。

 あぁ、そういえば俺が警察を辞める原因って事故だったもんな……

 桜井とも会ってるかもしれない。

 ならばここはフォローをいれるのが一番の良案だろう。


「何だよ凛、まだ気にしてるのか?もういいだろう、昔の事なんだからさ」


 ……フォローとは言ったけど俺は無難なことしか言えない。

 だってどうしたってそれは俺のことではないから。


「うん……ありがと。今日の夜ご飯カレーだから。7時くらいに降りてきてね」

「お、おう、わかった」


 そう言って俺は二階の自室に戻る。

 凛の涙目でこちらに語りかける姿ははっきり言ってめちゃくちゃかわいい。

 あの少女を養子にしようと提案した俺はきっと真面目で変態バカだっただろう。よくやった、俺。


 今のくだりで俺と凛の距離感はおおむね掴めた。きっと仲のいい親子、という感じだ。俺としては兄弟みたいな感じだけれどそれはまぁそれは俺の理想。

 現に俺はおじさん呼びされているわけで。

 いや、実年齢的にはそれで問題ないわけだけどね。中身は20前半のこれからという時期の若者なんですよ、これが。


 

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