第20話 封じた過去

 僕が殺しました。




 羽黒には陸奧とはまた違う、変な所がある。プライドがやけに高いのもそうだけれど、その高さは『恐怖』から来ているように思えるんだ。でも何に対する恐怖なのか、全く分からない。ただ、羽黒はいつも本心じゃ怯えていて、だからプライドの壁を高くする事で辛うじて自分を保っているように感じられるんだ。

鋭い陸奧も同じような事を言っていた。

「アイツは一体何にいつも怯えているんだろうな?」

「ヒロじゃないかな」と俺が一応答えると、陸奧もちょっと怯えた顔をして、

「そりゃそうだが、そうじゃなくてさ。羽黒は気位が常時高いだろう?でもそれは、恐怖に起因しているように俺には思えてならないんだ。でもその起因は何なのか、俺にはちっとも見当が付かない」

「……何なんだろうね」


 暁アキラが丑寅心霊探偵事務所にイライラした態度丸出しでやって来たのは、体育祭の翌日の特別休校日だった。

「おい」

「んもももんうもももっもも(ちょっと飲み込むまで待ってて)」

俺はそう言ってヒロ特製の美味すぎて頬が落ちまくるチェリータルトをもぐもぐと噛んで、香り高い紅茶と一緒に飲み込んだ。いや、まさか口に全力で頬張った瞬間にアキラが来るなんて予想していなかったんだ。

「……んぐ。どうしたの?」

「何か良いバイト知らないか」

「校則でアルバイトは禁じられていなかったっけ?」

「だからだ。俺は早く自立したい」

「なるほど、ウチで紹介できるバイトって事か。でもウチのだと本当にヤバいよ?」

対人、対心霊問わず、本当に危険なものばかりだから、いくらアキラに神様の加護があっても、安全の保障なんてとても無理だ。

「構わない」

「うーん。……もう少し親に頼れない?経済的に困っている訳じゃ無いんだろう?」

「アイツらは人を殺した金で食っている」

「……それ、どう言う意味?」

「俺の親は、ブラック企業の社長会長だ」

「……ウチも相当ブラックだよ。儲けはろくに無いけれどさ」

ブラックどころかダークネスだ、実態は。ウチに回される案件の大半が、『人間じゃない何かによって発生した』案件かつ『第〇課でもお手上げ』案件なんだから。本当にいつどこで殺されるか死ぬか分からない。俺はこう言ってやれば流石にアキラも退くだろうと思ったんだけれど、

「構わない」

「……じゃあ、那智さんの助手やって。サドンデス系ハイリスクノーリターンで、一度始まったら終わるまでギブアップ出来ないけれどね」


 那智さんが困ったような顔をして護法機関に来たのは、それから一週間後だった。

「清君、相談があるんだが」

「アキラだね。どんな感じなの?」

「とても優秀だ。腕っ節も度胸もあるし、頭も働く。やや感情に振り回される所もあるが、彼の年齢を考えればかなり落ち着いている方だ」

「……那智さん、何を相談に来たの?」

この那智さんがほぼ文句なし!と言っているのだ。そして那智さんは、健さんやヒロと違って、いつだって冷静な判断が出来る。将来が惜しいから今はアキラを辞めさせたい、とか言ったり、そもそもアキラの覚悟を分からないほど鈍くないはずだ。

「ああ。私が相談しに来た理由は、アキラ君本人じゃないんだよ。アキラ君が――彼をずっと守護する焔神が変なものを感知したと言っているんだ」

「変なもの?」

「『道場』に変なものがいて、あそこにいる誰かに憑いているらしい」

「えっ!?じゃ、じゃあ、どうしてみんなが気付かなかったの!?」

あそこにいる剣道サークルの誰かに何かが憑いている、そんな異常を何故丑寅心霊探偵事務所のみんなが感知できなかったのか。

「憑いている『形態』が非常に特殊なものらしい。長年人の間にいたがあんなやり方があったとは初めて知った、と焔神も驚いていた」

「……神、それも人を良く知っている神でなければ気付けなかった憑依のやり方、か。――まさか!」

「清君、もしや、気付いたのかい?」

「多分、だけれど」

俺は苦いものを反射的に吐き出すように言う。

「もう一つの『人格』として普段は本人の人格の影に隠れている」



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