第五章

第19話 変人

 俺は、マザーファッカーです。






 陸奧は変人だ。変な事ばかり言うし、変な事ばかりする。何でも、この前の前の試験の時は解答用紙を全部、白紙で提出したらしい。だけどこの前の試験は、全教科ぶっちぎりの一位だった。一番最近の奇行は、教師に対していきなり訳の分からない質問を大声でぶつけたかと思うと、黒板に駆け寄って意味不明の数式をチョークで黒板一面に書き殴ったんだって。気に入らない教師の授業は当たり前のようにボイコットする上に、出席したかと思えば難しい質問で教師を徹底的に責めまくるらしいから、教師からは嫌われている。

それは対人関係でも似たり寄ったりで、先輩に対してであろうと陸奧は時々、凄く反抗的な態度を取ったりする。武蔵先輩と瑞鶴先輩は懐が広いから良かったものの、普通の先輩だったらキレて何をするか分からないぞ、あれは。

俺も変な質問責めにあった事がある。まるで尋問されるみたいだった。

「死刑囚の生存意義があるとしたら何なんだ?」

「死刑にされる事、じゃないかな」

「死刑にするためにわざわざ生かしておくのか? 大事な税金を使って、何で死なせる者をわざわざ生かしておくんだ?」

「うーん……個人が人間を殺したら犯罪だからじゃないかな。 国家が殺すから死刑なんだと思う。 だから、死刑執行までは生かしておかなきゃいけないよね」

「その場合における国家と個人の差違は何なんだ?」

「えっと……」

エンドレスで、こんな感じ。俺は正直に分からないと言って解放されたけれど、教師だったらプライドをずたずたにされると思う。

多分、陸奧は凄く頭が良くて――いや、良すぎて、俺達が分からない事を分かってしまって、疑問にも思わない事が疑問で、見えてもいない事が見えてしまうんだろう。

俺はそれが少し羨ましくて、怖い。

羨ましいくらいに鋭い陸奧が、いつか、こんな俺達や世界に傷つけられて愛想を尽かさないかどうか、怖いんだ。


 その日も陸奧は変だった。いつも以上に変だった。

「なあ、これどう思う?」と山城が見せたマニアックすぎるエロ動画の所為だった。

「うげ」

「おえ」

「無い無い」

「山城、お前アホか」

動画のタイトルは『超熟女、背徳の道を知る』で、ちょっと熟女ってレベルじゃないおばさんが喘いでいると言う……うええええ。

「ごめん、スマホの操作間違えてさ。 でも誰か需要があるならあげようかな、って……」

「ふざけんなよ。一瞬でも期待した俺の純情な男心を返せ!」

エロ動画のスペシャリストである瑞鶴先輩がキレた。武蔵先輩がなだめて、

「世の中の性的嗜好は実に千差万別多種多様なんだ。まあそう怒るな」

「あっ、昨日はすっごい傑作も見つけたんですよ」

思い出した山城が別の動画を俺にも見せてくれた。羽黒や大和もすかさず顔を突っ込んできた。

『淫乱美人教師、童貞躍り食い』

「おお……」

「これは……」

「逸品だな……」

「エロとエロとエロの三重奏じゃないか」

ここで瑞鶴先輩が爆弾発言をした。

「シロ先生がド淫乱で童貞の躍り食いが大好きだったらな……」

「「く、食われたいッ!」」

どいつもこいつも腑抜けたエロ顔しやがって!俺は片っ端から変態童貞共のスネを蹴っ飛ばしてやった。だけどどいつもこいつもまだエロ顔をしている。

「なあ、逆にシロ先生が初々しい処女だったらどう思う?」

反射的に俺は武蔵先輩に殴りかかった、けれど避けられて、

「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」

うおおおおおじゃねえよこの変態童貞共が!!!!!


 拝啓、ここにいない時雨へ。

今日も剣道サークルは変態まみれです。

                           敬具


そこで俺は異変に気付いた。陸奧のヤツが変な顔をしているのだ。

「あれ、陸奧、どうした?」

「いや……」と言葉も少ない。

「気分が悪そうだけれど、大丈夫かい?」羽黒も我に返って言う。

「分かった!山城のさっきの熟女動画の所為だろ?」大和が嫌そうな顔をして、「あれはちょっとそう言う趣味が無いとキツいよ。陸奧、大丈夫?」

「……ああ、うん」まだ陸奧の顔は曇っている。

「ごめんな、陸奧」山城が謝る。「これからも気を付けるよ」

「いや、大丈夫だ」

「よし、気分を変えるためにも剣道場行くぞー」と瑞鶴先輩が言った。


 「清様」と虎弥さんが改まった顔をして俺の前で、正座した。「お伝えしなければならぬ事がございます」

「何かな?」と俺は訊いてみる。

「『御本家』の『ケガレ』――と申し上げるべき存在が、封を破って復活したと初春より報告がございました」

「……」

「名を隼鷹ジュンヨウ。アイゼン様の父、すなわち清様の祖父にあたる男です」

「実の父親を封じた。……そのくらい許せない男だったんだね」

「はい。アイゼン様には母親の違う姉君が二人いらっしゃいました。ですがお二人とも、司鬼ではあそばされなかったのです。あの男にとって司鬼でない者は例え娘であろうと人ではなかった。お一人目は間に合わず自害されたそうです。お二人目は危ういところをアイゼン様が国外に逃がしました。そしてアイゼン様は隼鷹と対決し、封じる事に成功しました」

「……」

「あのケガレは必ず邪悪となって清様の前にも立ちはだかるでしょう」

俺は頷いた。


 第〇課から要望があって、護法機関が動くことになった。妙な事件が続いている、と言うのだ。

「まずはこの映像を見てください」と大井刑事がTVのスイッチを入れた。

ドライブレコーダーの映像だ、とすぐに分かる。映る景色は、水之江学園の近く。走っていた車は交差点の赤信号が見えてきたのでゆっくりと減速した――所で、いきなり光景が切り替わった。目の前に、横向きの車体。間に合わずにそれに突っ込む車。

後は、交通事故として大騒ぎになり――。

「何これ」俺は思わず呟く。

「本当に俺らも、何これ、なんだ」

大井刑事はこめかみを押さえて、

「最初はただの交通事故として処理されるはずだった。 だが運転手の供述とこの映像が異常性を立証したんです」

場所は水之江学園の近くの交差点。証拠はドライブレコーダーの映像。

交差点を直進したかった。だから赤信号で一時停止しようとした。その瞬間、車に激突していた。と言うのが運転手の供述。ここまでならよくある追突事故だ。

だけどこの場合、交差点を左折した先にいた車に横合いから突っ込んでいたのだ。

まるでワープホールに飛び込んだみたいにその間の距離や遮蔽物をスキップして。

 物理的に不可能な交通事故。

こんな『案件』が、水之江学園周辺で多発しているのだと言う。

「現地の調査もしてみたが、特に『冥門』やら『結界』のような怪しげなものは無かったんですよ。となると――」

「司鬼、って事か」大井刑事の真似をして、俺は口をへの字にした。「それも恐らく、水之江学園近隣にいる」

「恐らくは『生成ナマナリ』だろうな」と虎弥さんが言った。「司鬼としての力に目覚めつつも、まだ無自覚で中途半端な状態。だが現状でこれだ、早く保護しないと、本人も気付かない内にとんでもない被害を出してしまうぜ」

「急ぎましょう」とシロも頷いた。


 妹がこの頃親父を毛嫌いするようになってさ、と瑞鶴先輩が困った顔をして言った。

「『パパは汚いから一緒に服を洗わないで』って生意気言うようになって、そうしたらお袋とばあちゃんが激怒して昨日なんか家から妹を叩きだしたんだ。で、親父が追っかけて連れ戻した」

「思春期っすね」と俺は言った。想像したらちょっぴり微笑ましくすらある。

「仕方ないみたいですよ。何だっけ、近親相姦を回避するために自然とそうなるって本で読みました」羽黒が教えてくれて、へー、と俺達は納得した。「逆に瑞鶴先輩のお母さんやお祖母さんまで妹の味方をして……と言う事態とは真逆なのが、凄く平和で良いと思いますよ。放っておけば元に戻りますって」

「俺の姉貴もそうでしたよ、親父、すげー落ち込んでいました」

懐かしそうに言って、山城もうんうんと首を縦に振っている。

そこで大和が異変に気付いた。陸奧のヤツがまた変な顔をしているのだ。

「陸奧、どうしたの?大丈夫?」

「いや……」

「凄く気分が悪そうだぞ、顔色悪い。保健室行くか?」瑞鶴先輩が心配そうに言ってくれる。でも事実、凄く青い顔をしているんだ。

「……そうします」


 「この頃陸奧のヤツ、凄まじくおかしくないか?大丈夫か?一度病院行かせるべきかなあ」と瑞鶴先輩が不安げに言う。「実は何かの病気でした、なんて俺はゴメンだぞ」

「いつも変なのは普通ですけれど、この頃は明らかにおかしいよねえ」大和も顔を曇らせている。

「シロ先生に相談して、最悪、寄ってたかって殴ってでも病院に行かせるべきかも……」と山城は言う。「俺、アイツが実は末期ガンでした、なんて話、聞きたくもないです」

「俺もだ」武蔵先輩も頷いて、「今日シロ先生が来たら、早速に相談してみよう」


 「そういやさ」シロが来るのを待っている間、山城がぽつりと言った。「俺も、この頃変なんだ」

「熟女(オエー系)趣味にハマったとか?」俺は思わず突っ込んでいた。

「違う!――この頃ぼうっとしていると、変な景色が見えるんだ。それが、その、現実世界にはあり得ないような不思議な景色で……碧い海に囲まれた南国の島に住んでいる竜とか……そんなのばっかりなんだ」

俺と武蔵先輩が凍り付いた。

「へえ。ファンタジックだねえ」と羽黒は面白そうに言ったが、はっとして、「そういや僕も変なんだよ。 僕はあまり理系じゃなかったのに、この頃凄く機械的な事が得意になってね。パソコンとか、触るだけで中身が分かって、どこがどう言う仕組みだとか、どんなプログラミングだとかが分かるんだよ」

「凄いなあ、それ!あ、でも僕は違うか……」と大和は少し寂しそうに言った。

「何が違うんだ?」瑞鶴先輩は興味津々である。

「何かね、この頃やたら静電気体質になっちゃってさ。スマホとかうかつに触れないんだよ。先輩はそう言うの、あります?」

「ん、俺か。俺は――うーん……あ。あー、でも、違うか」

「何が、違うのだ?」武蔵先輩が、あえてスマイルで訊ねる。

「いや、ウチの犬のウォースがさ、もう年で弱ってきていたんだが、この頃怖いくらいに元気になったんだぜ」

「良い事じゃないですか!」大和も嬉しそうである。

おい。

まさか。

俺は顔から血の気が引いていくのがはっきりと分かった。

そうだ。あの時、時雨が進化薬をみんなに飲ませたあの時、俺は上手に吸毒できなかった。だがどうして?直後にヒロがちゃんと吸ってくれたはずだ。

いや、違う、その時にはもうみんなは――!


 元から素質があったならば。

 それが励起する、きっかけになったとしたら。

 もう誰にも止められない。

 いずれは目覚めるものが、遅いか早いか、だけだったんだ。


 「おい清、お前までどうしたんだよ、顔色悪いぞ!」

瑞鶴先輩。俺はこの気の良い先輩の顔を見つめた。それから、剣道サークルのみんなの顔を順々に見つめた。

「先輩、みんな、ごめん」

 ――『生成』は護法機関管轄下に置き、能力の完全な支配が可能になるまでは外部との接触を禁ずる。

「もうすぐ体育祭だったのに……ごめん、ごめん」

「ど、どうしたんだ、清!」

「おい、しっかりしろ!」

「シロ、ヒロ」俺は呼んだ。すぐに陸奧を連れた二人が出現する。「彼らにも処置を」

「承知」

「はっ」


 「……清君、君も中々難しい立場だな」武蔵先輩が、気をつかって言ってくれた。

「――大事な仲間を売らなければならないなんて」

涙が止まらない。仲間が『生成』になった原因の半分は俺なのに。

「それが上に立つ者が背負う業だ。俺も背負ってきた」

「……泣きたくなったり、しませんでしたか」

「一人で泣いた事もある。それでも、だ」

「――はい」

俺は涙をぬぐった。そうだ。上に立つ俺が一切の責任を負わねばならないのだ。


 「清ー、僕は死ぬ」と先客の時雨は健さんのスパルタ式訓練で相当しごかれていたようである。「早くここから出ないと死ぬー」

あの時雨がヘロヘロになって言うのである。みんな、戸惑った。

「「!!!!!!????」」

「あ、みんなー、みんなも殺されに来たのー?」時雨は幽霊のようである。いや、妖怪か。「それとも僕があの世に近付いたのー?」

「落ち着け時雨。力の方はどう?」

「清ー。健さん曰く『もう少し根性が足りねえ』らしいよ。もうやだー、みんなの所に帰りたいー」

「だから冷静になってよ、時雨。これ差し入れだから」

と俺が差し出した珠玉のエロ本を時雨はバァンと床に叩きつけた。何するんだあああああ!!!

「元気にシコっている気力なんか無いんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

みんなが怯えている。そりゃそうだ、あの温厚な時雨がキレまくっているのだから。

「おい、俺達、もしかしたら地獄に放り込まれたのかも知れないぜ」と瑞鶴先輩が怖々と言う。

「そうですよー先輩ーここは地獄ですよー♪えへへへへ」

やべえ、時雨のキャラが危うい、おかしい。

「ね、ね、清、僕達は何にも悪い事はしていないんだよ?」羽黒が俺の手を握って離さない。羽黒の手、汗でべとべとである。「何で……何で……こんな所に……!」

ここは隔離世界の一つで『道場』と呼ばれている。『生成』が『司鬼』になるための特訓を積む場所だ。鬼コーチは健さんと那智さん。あと時々ヒロ。現在の入門者はみんなだけである。

「頑張ってね。俺、応援しているから!また差し入れ持ってくるよ!」

俺は爽やかにそう言って、哀願するようなみんなの視線を背中に浴びつつ、『道場』を出た。


 お坊ちゃまを返して下さい、と酒匂さんが鬼モードで護法機関の方にやって来た!と潮さんからヘルプコールが来たので俺達が行く事になったのはその夜である。

「鬼だね」と俺は思わず呟く。

「ああ、鬼だね」とシロは頷いて、人質に取られて失禁している潮さんを気の毒そうに見やった。その背後には鬼と化した酒匂さんがいる。

「どうします?武蔵君の幻覚でも見せて騙します?」ヒロが言ったけれど、虎弥さんが一言、

「そんな事をしてバレた時が怖いぜ。死人が確実に出る」

「でもどうやって全身に爆弾巻いている相手と交渉するんだ、虎弥さん?確かアレって名前は忘れたけど、威力的にこの護法機関がどーんと吹っ飛ぶヤツだろ?」

首を傾げる健さんに続いて那智さんが、「軍用の爆弾をどうやって民間人が手に入れたんだ……?」

「まあ、俺に任せておけ」

虎弥さんがそう言って単身酒匂さんに声が届く範囲に近付いていく。大丈夫かな……いや、大丈夫だ、虎弥さんだから。

「おーい、本当にそれだけで良いのか?」

それが、虎弥さんが発した第一声だった。

「……何だと?」

「武蔵君の身柄をそっちに返すだけで良いのか、と聞いているんだ。最大の問題はその後なんだがなあ」

「何を言いたい」

「どうして俺達が武蔵君を隔離したか、まあそうカッとならずに少しは考えてくれ。武蔵君は今とても危険な状態なんだ。本人はおろか周囲も気付いていなかったがな」

「危険……?」

「最近武蔵財閥で変な事件が相次いでいるそうじゃないか。階段の手すりがある朝崩壊していた、調べたら階段も壊れかけていた、それだけじゃない、館のあちこちが修繕不能なまでに崩壊しかけていた、ってな。おまけにこの頃使用人が次々と謎の体調不良で倒れているって事も」

「何故それを――!?」

「武蔵君の身柄を今、このまま返せば、館の倒壊だの誰それの入院沙汰だのじゃ済まない。彼は望まずして大量虐殺者になる」

「脅しか」

「事実なんだがなあ。貴方も早い所人間ドックにかかるんだ。恐らくいくつか臓器が損傷しているだろうから」

「……」

「今の武蔵君は全く望まないどころか、むしろ愛しているのにあなた方を害している。今彼をこのままあなた方の元へ戻せば、最後に一番傷つくのは彼だ。だから俺達が隔離した。何、彼が彼の意志で制御出来るようになるのに時間はかかるまい」

「……」

「何なら武蔵君が戻るまでソイツを人質に連れて行っても構わん」

潮さんがそこで泣きながら抗議した。「この人でなし!私がどうなっても良いんですか!!!!」

「じゃあ俺が変わる。だって天下の武蔵財閥に連れて行かれるんだぜ、この世の贅沢と言う贅沢をことごとく、」

「あ、私、人質やります!」

……潮さん、チョロいにも程があるだろう……。

「事前に説明も無かったのはこちらの非だ、それは謝罪する。だが緊急措置だった事は理解してくれ。他に良い手は無かったんだ」

「……」潮さんを解放して、でもまだ俺達を睨んでいる酒匂さん。ひえ、怖い。

「手紙くらいなら『検閲』した後でやり取りさせられるが、どうする」

「検閲だと?」また殺気立つ酒匂さん。

「手紙の中身の検閲じゃない。彼の――そうだな、『烙印』とでも言うか。それが手紙に無意識に押されていないかどうかの検閲だ。要するにその手紙に一般人が触っても大丈夫かどうか確認する。良いか?」

「……」

「それじゃ貴方も命は大事にしてくれ。彼だって貴方が大事だから大人しく隔離されてくれているんだ。今なら全てが大団円で終わるし、いずれは笑い話にだって出来るだろうさ」

そして虎弥さんは戻ってきた。酒匂さんは大人しく帰ってくれるみたいだ。潮さんがそそくさとトイレに行く。まあ、失禁しちゃったもんね。

「虎弥さん、流石だな」健さんが感動したように言った。

「言葉が通じるんだ、何、楽な相手だったさ」と虎弥さんはさらりと応える。「さて、武蔵君に手紙を書いてもらわんとな。文面も検閲だ。また爆弾と一緒に来られたらたまらん」

「……」那智さんが嫌そうに虎弥さんを見たが、何も言わなかった。


 「ふうん、酒匂がそんな真似を……」と武蔵先輩は別に驚きもしなかった。「それで君が来たと言う訳か」

「うん、武蔵先輩、手紙を書いて下さい。お願いします。下ネタは検閲されるんで極力書かないよう」

「検閲か。……あまり気分の良いものでは無いな」

「武蔵先輩、あのう……」俺はここで打ち明けた。「ヒロが検閲するので、気分を害されるでは済まなくて、下手な事を書くと地雷踏み抜きます」

ビビビビクウ!!!!!と武蔵先輩は震え上がった。

「……ヒロ君が?」

「はい、あと、ここの炊事当番もヒロです」

「……食事に毒を盛ったりしないだろうな」

「健さんに色目使ったら俺だろうが健さんだろうが誰が止めてもヒロは盛ります。昇天ペガサスMIX盛り。あ、健さんに逆らってもヒロは盛りますよ。那智さんは大丈夫です、まともなので。ただしヒロに金輪際逆らえません」

「……ここは、この世の地獄だ」

「エロ本持ってきましょうか」

ここで武蔵先輩もついにキレる。

「元気に!サカっている!体力があるとでも思ったか!?」

「すみません先輩」


 「お、清」

武蔵先輩が手紙を書いた後に『家に帰りたい』と泣き疲れて眠ってしまったので毛布をかけてから部屋を出たら、陸奧と出会った。

「よっ。エロ本、」

「元気に!オナっている!精力なんかねーんだよ!」

陸奧もキレた。

「ごめん」

「それよりさ」と陸奧は言った。「俺の弟、大丈夫か?」

「検閲前提だけれど、手紙ならやり取り出来るよ」

「そうじゃなくて。その……」陸奧は少し言いにくそうに、「俺達の母親は、あんまり良い母親じゃ無いからさ」

良い母親。その言い方に、俺は違和感を覚える。

「……何ならこっちでお前の弟も保護しようか」

「出来るのか!?」

陸奧の食いつき様を見て、俺の中でその違和感が固まっていく。

「――何をされていたんだ、陸奧」

「……」

陸奧は黙った。

「じゃあ、お前の弟に聞くよ。事情が分からないとこっちも流石に動けない。……ここは動かせても、他の公的機関が動かせない」

「……」陸奧は目を閉じてぎゅっと手を握りしめた。それから、言った。「母親にとって、俺らは息子じゃなくて男なんだ」

息子じゃなくて、男。心臓に突き刺さって抉ってもまだ痛くて耐えられない言葉だった。だが陸奧はそれにギリギリで耐えている。お母さん、俺は、無しにただお母さんの事が好きでいたいんだ!

陸奧の悲鳴が、

「……あー悪い、突発性難聴で聞こえなかった。取りあえずお前の弟も司鬼の可能性あるから連れてくるわー」

「……」

ぽかーんとしている陸奧に俺はそう言って、

「全部悪い夢だったんだよ。お前らが見ていたただの悪夢だ、俺がやっつけてやる。目が覚めたらまともな現実があるだけだ。お前らはお母さんの事を愛していて、お母さんからも愛されている。勝手に部屋を掃除されベッドの下のエロ本見つけられ、机の上に整理整頓されて並べられて死にたくなるだけさ。お前らはマザコンで、お母さんの事を好きでいて良い。反抗期で死ねクソババアって言いながらも本当は大好きでいて良いんだ。それが現実だ。お前らが今まで見ていたのはたった一夜の酷い悪夢だから」

「清……?」

「じゃーねー」と言って俺は陸奧を置き去りにして『道場』から出た。


 「誰にも言えないよなあ」

「俺の力は隼鷹と同一です、だなんて」

「でも、ま、良いか」

「陸奧達の悪夢、俺が終わらせてやる」


 何だったんだろう。陸奧は後になって思うのだ。あれは何だったんだ。

同じ目に遭っていたはずの弟と話し合っても、真顔で「は?兄貴狂った?」と言われてしまう。

「俺達が母さんとセックスしてたあ?兄貴モテなくてついに狂ったのかよ。そりゃ母さんはシングルマザーで男近寄らねえくらいに性格きっついけど、流石に息子とはセックスしねえよ」

「ああ、うん、だよ、な……」

その忌まわしい記憶は、ぼんやりと残っている。だが、本当にぼんやりと、だ。馬鹿馬鹿しい夢だったと言われれば、納得するしか無いくらいに。

「兄貴は童貞こじらせてんだよ。早くそのぶっ飛んだ性格直して可愛い彼女作れよ」

と口の悪い弟は呆れたように付け足した。

「……うるせー」

母親本人に聞いても、馬鹿じゃないの、とゲテモノでも見るような目付きで返される。

「何が悲しくて母親が実の息子とセックスするのよ。エロ本の読み過ぎよ!今度見つけたら容赦なく全部捨てるわ!」

……やっぱり、あれは俺が見た悪夢だったんだな、と彼はいつも最後には納得するのである。そして安心する。彼は母さんの事を、素直に好きだと言って大丈夫なのだと。

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