第18話 異能、開眼

 「時雨、本当に明日転校しちゃうの?」

体育祭もうすぐなのに、と大和が落ち込んだ声を出す。

「うん。 遠方の親戚に引き取られる事になったんだ」

そう言う時雨本人は凄く、何と言うかすっきりした顔をしている。辛い事があって泣いたけれど、自力で立ち上がった、そんな感じの。

「いつでも遊びに来いよ、歓迎するからな」陸奧が言うと、羽黒も、

「メロンパンの日に来たら、半分分けてあげるからね!」

「あはは、ありがとう」時雨はいつもみたいに爽やかに笑った。

「今日はカラオケで時雨の送別会だ、俺がおごろう、異論はあるか?」武蔵『ウルトラ』先輩が言って下さったので、

「「ございません!」」と俺達は片っ端からジャンピングハイタッチした!

すると睦月先輩がガンガンと剣道サークルのドアを乱打して、大和が開けると、

「やかましい! 一体君達はいつになったら静粛と言う言葉を覚えるんだ!」

「おい!」と瑞鶴『超』先輩が言った。「最高にエロい動画を見つけたから、お前ら静かにしろ!」

俺達は満面の笑顔で静粛にいたしました。

「不潔な連中だ!」と睦月先輩が吐き捨てて去って行かれますが、俺達はとびっきりの笑顔でガッツポーズをしていたのです。

「最高にエロい動画も見たいし、早く行こう!」と山城が鞄を持って、立ち上がった。


 ルッジェーロさん達が帰国した日、俺は入院している『第〇課』の警官さん達のお見舞いに行った。病室の前でうなだれていた大井刑事が、俺達をすがるように見る。俺は首を左右に振った。大井刑事は、ややあってから頷いた。

「こんにちはー、お加減はいかがですか?」

個室のドアをノックしてから入ると、奥のベッドに寝ている、イバラキの襲撃で一番重傷を負った警官が俺達を見て、弱々しく呻いた。

「聞いたよ、貴方はあのイバラキが襲ってきた時、一生懸命に戦ったんだってね、凄いよ、凄い」

「……」

「あの殺人鬼相手に立ち向かって殺されなかっただけでも褒賞ものだよ、本当」

「……」

「あれ?」ここで俺はわざとらしく言ってやった。「どうしてそんなに怯えた目で俺を見るんだよ、俺は清だよ、イバラキじゃないよ?」

「……!!!!」

ここで俺は言ってやる。

「――それにしても、何であの殺人鬼が暴れながら『第〇課』では死人が全く、誰一人も出なかったんだろうね? ちょっとおかしいよね? だって相手は、殺す事だけが生き甲斐の哀れな鬼なんだよ? もし俺がイバラキだったら、大喜びで『第〇課』を皆殺しにするんじゃないかなあ」

俺の背後にいるのはちなみに国家公安の『〇専』(本当は長いんだけれど略して『第〇課専門』、通称が『〇専ゼロセン』)の皆様です。

「……誰が考えたって分かるよね。 殺すとちょっとまずい信者がいたからだよ。 情報漏洩してくれる、ね。 だから痛めつけても良いけれど殺すなって命令が出ていた。 イバラキにしてみればすっごくつまんなかっただろうねー」

「……!!!!!!!!!!」

「さてと。 後は『〇専』の皆様にお任せいたします。 彼の処遇に関して我ら護法機関、『軽減しろ』なんて口出しは一切いたしません。 では」

そして俺は病室を出た。

大井刑事が、声を殺して震えながら泣いていた。俺は病院の購買で買ったあんぱんと牛乳を渡す。刑事って言ったらこれだろう、と思って。大井刑事は無理矢理に笑って、

「くそ、がき、が……!」

「うん」と俺は頷いた。「ごめん、でも、ありがとう」


 「あのさ、清君。 本当の事は、みんなに言わない方が良いよね」

「ちゃんと『力』を制御できるようになるまでは、ね」俺はマイクを奪い合ったカラオケの帰り、時雨と二人きりで黄昏の道を歩きつつ、嗄れた声で言った。「でも、時雨ならすぐだよ」

時雨が『進化薬』に適合して、『開眼』したのだ。もしかしたら、あの救世主が最初で最期に起こした『奇跡』なのかも知れないけれど。それで、『力』の操作方法をきちんと習得するまで、護法機関で身柄を保護する事になった。

「……ありがとう」

「ん、これも俺の仕事だから」

「もしも、さ」と時雨は手の平を上に向けた。「僕が普通の家庭に生まれていたら、って思うんだ」

水。どこからともなく湧きだして、時雨の手の平からぽたぽたと滴り落ちていく。

「そうしたら、きっと僕はごくごく普通に幸せだった。 家族もみんな普通でさ、女装癖も無かっただろうし」

「うん」

「……でも、清達にも出会えていなかったような気がするんだよね」

酷くしんみりとした声で時雨が言うので、

「大丈夫だよ」俺は笑った。「そんな運命、俺がやっつけてやるから」








YUKIKAZE 4th END

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