第13話 劫火の主
彼はタバコを一本取り出すと、口にくわえ、ふと周囲を見渡した。
別に誰もいない。授業中の校舎の屋上で誰かがタバコをくわえて存在しているとしたら、彼のような不良くらいであろう。
「……誰だ」だが、彼は空中の一点を見つめて、言った。
「不審者ではない……と言っても信じては貰えないだろうな」
空間がガラスのように歪曲した。そしてそこから、凜然とした佇まいの美女が姿を現す。
「どうも、暁アキラ君、そしてその背後の焔神よ。 私は渡辺那智と言う」
『那智じゃと!?』アキラの背後で、誰かが驚いた。『「鬼殺し」の渡辺か!』
「まあ、そうとも呼ばれている」と美女は軽く肩をすくめた。
「ミコト、コイツは敵か?」アキラは小声で訊ねる。
『……敵ではないぞ。 敵であったら、出会ったあの瞬間にまろもあきらも首を落とされておるわ』
「そうだ、私は君達の敵では無い」美女はアキラに近付くと、「一本頂けるかな?」
「……」アキラは黙ってタバコのケースを差し出した。那智は一本抜くと、口にくわえ、「失礼するよ」とアキラの隣に座った。何もしていないのに火が付いて、煙が漂う。
「さて、端的に私がここにいる理由を説明しようか」那智はたっぷり吸って、吐いてから、言い出した。「とある人物の護衛だ」
「誰だ」
「私達の主君……とでも言えば良いか。 とにかく、大事な人なんだ」
「だったら何で今更護衛しに来たんだ」
「非常事態になった」那智の声が急に無感情になった。「我々の眷属が行動不能にされた上にある人物の拉致事件が発生した。 疑わしい対象は多数あるが、まだ確証が得られていない。 ヤツらが次に狙うのが誰なのか……最悪の事態のために私はここにいる」
『お前ほどの者が動かねばならぬ事態とは……嫌な予感がするぞ』
「ああ」と那智が嘆息した時、急に天が曇った。「ヤツらが来たぞ」
「『!?』」アキラとミコトの二人は咄嗟に、天を仰いだ。
「ハロー、エブリワン。 私がヘルシング委員会会長、アリス・ヘルシングですわ」
天使のように白い翼を生やした美少女が、悠然と天に君臨していた。
直後、美少女は那智の足下に倒れてか細いうめき声を上げている。
「貴様じゃないな。 本物はどこだ?」と那智は無機的に問い詰める。「ヘルシング委員会会長アリス・ヘルシングは」
「ここですわよ」
那智が振り返った時には遅かった。アキラののど元にナイフがあてがわれていた。
「それにしても噂以上に恐ろしい方ですわね。 副会長を一瞬でこんなにしてしまうなんて」
天使のような美少女が邪悪な笑みを浮かべて、言った。
「でももう、手遅れですわよ。 実験には大成功しましたの。 後は原材料を回収するだけ。 でもその前に、最大の邪魔者は排除しなければ……」
「彼を殺そうと?」
「ええ、この学園ごと廃絶いたしますの、おほほほほほ」
「吸血鬼の方々に止まらず、ただの民間人をも殺すのだな」
「ええ、手始めに君」とアリスはアキラの耳元で囁いた。「地獄に堕として差し上げますわ」
「?」那智が怪訝そうな顔をした。この段階に到ったのに、アキラの顔に『恐怖』の色が皆無だったためである。
「ミコト、行くぞ」
『無論ぞ!』
アリスが蒸発した。凄まじい熱風が吹き抜けて、那智は手で顔を庇った。
「君は……!」
「……まだ、上手く操作出来ないか」アキラは青く燃える右手を見つめていたが、「おいアンタ、生かしておいて、情報を引き出すつもりだったんだろう?」
「ああ。 ――だが、まず君が無事で何よりだ。 これなら、君を守る必要は無さそうだね」
「守るだと? 俺は戦える」
彼らの周りは既に重武装した兵士で囲まれていた。
「そうか」那智は両手に拳銃を握った。いや、この巨大な鉄塊二つが人類に扱える事を前提条件とした『拳銃』なのだろうか。アキラと背中合わせになって、「では、行こう」
――一人残らず撃破してから、那智はアキラの方を見た。アキラは全身が青い焔に包まれていた。
『終わったぞ、あきら!』
「「いや、まだだ」」と那智とアキラが同時に答えた瞬間、それが姿を見せた。
それの外見は、美しくも慈愛に溢れた聖母であった。されど腕が左右にそれぞれ三つ、合計六腕のどれにも禍々しい武器を握っている上に、その武器はまだ乾かぬ血に濡れている有様の正体を、どうして『聖母』と言えようか。
「――コイツが初春さんを……血臭で分かる」那智が鋭い視線で屋上に現れた『聖母』を睨む。「お前は誰の眷属だ」
「……」アキラが答えた。「俺は知っている」
「君が?」那智が意外そうに言った。
「ああ。 この気配は、アイツだ」
「そうか。 ――では」と那智が神速で動いた。「失せろ」
零距離で頭部に撃ち込まれた無数の弾丸に、頭部を吹っ飛ばされた聖母がぐらりと体勢を崩す。その聖母が青い劫火に包まれた。
一瞬で消し炭になった聖母が、ついに姿を消した。
「それで、」那智が訊ねると、アキラは既に用意してあった答えを言う。
「……あの気配は、不知火湊人のものだった」
「っ!」不知火湊人は、ぎいと歯を食いしばった。やられた。誰だ、誰の仕業だ。彼は咄嗟にアリス・ヘルシングに連絡を取ろうと腕時計に擬態してある通信端末に目をやったが、『現在通信不能』と表示が出ていたために大体を悟った。
彼は気分が悪いので早退する、と授業中だった教師に告げて、水之江学園を去った。送迎のベンツの中で彼は呟く、
「今のうちに、少しでも……」
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