第12話 無償の愛
愛されるためには資格とか、少なくとも何かの代償が要るのだと思っていた。
お金を払わずにものを取ったら泥棒と言われるのと同じように。
水をやらない花が萎れて枯れてしまうように。
だから、愛して欲しかったらセックスする事が必要だと言われても、俺は当然だと思っていた。
愛して。
俺を愛して。
凄くさみしい。
独りぼっちが怖い。
お願い、何でもするから、愛して。
『だったら股広げて腰振って淫乱に喘いで媚びろ』
分かっています、だから、だから……。
――それが悪夢だったと知ったのは、代償無くして愛された時だった。
言葉で愛していると薄っぺらく言われたんじゃない。セックスしてお金を恵んでもらうのとも違う。ただ何も言わずに抱きしめてくれて、何もしないで寝てくれた。
人間は温かい。それに俺が気付くまで、しばらくかかった。一人で眠ると寒いけれど、一緒に寝るとこんなにも温かいんだ。この温もりが俺を裏切らず、安心して良いものだって落ち着くまで、俺は毎晩抱きしめられて眠っていた。
『ずるいー! おいらもおいらも!』
『あっ、抜け駆けしたな!』
式の瑞鳳と瑞穂の柔らかい毛並み。くすぐってやると喜ぶ小さな猿、二匹。
俺は、俺を絶対に裏切らないものに埋もれ、怖い夢なんか一度も見ずに眠った。
信じたいから裏切られるのが怖い。俺はずっと裏切られ続けたから、まだ人間不信だ。
でも、それでも、今度こそ。
低血圧で朝が苦手なこの人を、代償無しで愛せると思うんだ。
「それは惜しみなく奪い、全てを与えた」
不思議な音律の子守歌で、あの人はいつもそう言うんだ。
「それは受け継がれる鼓動、揺籃の無邪気な体温、涙をぬぐう白い指。 何も求めず何も強いない、だが無限の恋しさを抱かせる」
ああ、俺もそれが何なのか、ようやく気付いたよ。
だから、もう少し。
もう少しだけ、この微睡みの中に――。
「事情は、分かった」と妙高先輩は青い顔をして頷いた。「何か情報が掴めたら、連絡する」
「ごめん、俺が甘かった。 一番先に妙高さんに連絡していれば、良かったんだ」
だけど、どこから情報が漏れたんだろう?それに――。
「いや、式は全員俺と一緒にいたから、あの人はどの道一人だった」
「駄目だ」とそこで探偵事務所に入ってきた健さんがうんざりした顔で言った。「アイツらは下っ端だ、何の情報も知らない」
「うん、でも、アイツらが来たって事で、一つだけ分かった事があるよ」
「何だ!?」と妙高先輩に首元を掴まれた。ぐえ苦しい苦しい!
「落ち着いて、妙高君」とヒロが解放してくれた。「聞けば君も危険に巻き込まれるよ、それでも良いの?」
「あの人がもう巻き込まれているんだ、俺だってもう部外者じゃいられない!」
「……分かった、言うよ。 『護法機関』が怪しい」
「『護法機関』?」と妙高先輩は首を傾げたが、直後、「政府設立の『御本家』代替機関か……」
この人、説明しなくても『知る』事が出来るんだ。凄い。
「うん。 副機関長の吉井若葉が言っていたんだ、有効な対策が取れたからもうヘルシングなんてどうだって良いって。 でもこの通り、ヘルシングは妙高さんの拉致が出来るくらいに動けている。 明らかにおかしい」
「よし、とっ捕まえて指の二、三本へし折るか」と出て行こうとした健さんをヒロが捕まえてくれた。
「僕だって首をノコギリで切ってやりたいですけど、それをすれば妙高さんや人外のみんなが……!」
今何て言った。……いや、ヒロなら普通か。
「うん、今はまだ駄目だよ。 証拠も無いしね。 それに……」
「暴力団とヘルシングがどう結託したのか、それも突き止めないと、だな」
みんなが虎弥さんの言葉に頷いた時、虎弥さんが血相を変えた。
「おい、初春さん!」
『やられ……た』と首の無い血まみれの鳩が登場する。『司鬼に、襲われた』
「初春さんの首をもぎ取るだなんて、そんな芸当が出来る司鬼って、」ヒロも青ざめている。
『分か……らん。 全く、知らん、顔、だった……』
「とにかく休んでくれ! 頼む!」
『ああ……ちょっとだけ、限界、だから、な』
鳩が消えた。
『あわわわわ』小さな猿は二匹とも完全に震え上がって、妙高先輩にしがみついている。『わわわわわわわわわわ』
「『初春』……アイゼンより虎弥に継承された式の一体。 態度は傲慢で尊大だが高位の式としての力量は『花鳥風月』にも劣らない……」妙高先輩はそう呟きながら、猿をそっと抱きしめている。でも、俺を見て言った。「なあ」
「どうしたの、妙高先輩?」
「依頼だ。 妙高さんを、助けてくれ」
「了解。 報酬にさ、あの本貰っても良い?」
すると妙高先輩は見もせずに、
「トーマス・マン作、『ヴェニスに死す』の文庫版か。 何でその本にした?」
「『美と言いうるものだけが神々しいと同時に目に見えるものだ』――多分ね、この事件の真相はたったそれのような気がするんだ」
妙高京が『地下』にうごめく異形達の餌として放り込まれたのを確認して、ヘルシング委員会会長アリス・ヘルシングは振り返った。
「では、実験を続けましょうか、皆さん」
朝起きても、あの人が隣にいない。
殺してくれと叫びたくなるような孤独感。
俺はベッドの中で丸まって声を殺して泣いた。
『な、泣くなよう』
『おいら達も、泣きたくなるじゃんかよう』
思わず瑞鳳と瑞穂を抱きしめる。苦しいぞ、と言われたけれど、それ以上に寂しいのが辛かった。
愛して。
いつものように、何の代償も求めずに愛して!
俺は、もう、愛してしまっているんだ!
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