第11話 期間限定
「――ちょっとお待ち下さい」と言ったのは虎弥さんだった。「ご覧の通りに彼はまだ中学生です。 成人するまではご猶予を頂いても良いのでは?」
「しかしそれまで人外の連中が大人しくしていてくれますかねえ?」
吉井若葉、嫌な人間だ。俺はそう思う。人外の連中って、あの人達をそんな言い方で呼ぶな!
「いずれ彼が機関長になる予定だと知れ渡れば、嫌でも大人しくするかと」
「その確証は?」
「彼はご存じ、『大戦』の再発を防いだ。 それが出来たほど、この若さで彼は絶大な人心を集めています。 臨時機関長の貴方が余程の失態を犯さない限り、その人心は離れないでしょう。 要は貴方次第です」
「……なるほど。 ですが、これだけはお忘れ無きよう」吉井若葉は淡々という。「政府がこの組織を作る必要性は深刻なものでした。 現在は特に『ヘルシング』が動いています。 下手をすれば国家転覆すら起こり得る可能性があったほどに、有象無象の組織共が『御本家』無きこの国に魔手を伸ばそうとしていた。 それだけは、ご留意を」
「……」
「厄介な事になった」と虎弥さんは難しい顔をして言う。
「折角御本家から僕達は解放されたのに、また呪縛されるんですか」
ヒロはそう呟いて、健さんに抱きしめられていた。
「ちょっと政府を恫喝しよう。 御本家の後継組織を構築する、ここまでは良くある事だ。 だがその組織のトップに清君を祭り上げようだなんて正気じゃない。 政府が構築した組織なら政府主導で運営していくべきだ。 俺達の力に甘えずに、やっていくべきだ。 それが本当の本来の政府の在り方だ」
そう言って虎弥さんは受話器を持って電話をかけようとした。
「虎弥さん、お願いします」シロも頷く。
「待って」俺は咄嗟に止めた。「政府には経験が無いんだよ。 特に成功したって言う経験が。 それを積ませれば否が応でも俺なんか邪魔になるから」
「良いのか、清君!?」健さんが俺の肩を掴んだ。「それまで君は犠牲になるんだぞ!?」
「俺が御本家を終わらせた。 引導渡したんだ、覚悟は出来ているよ」
「……清君……」シロが俺をぎゅうと抱きしめる。大丈夫だよ、俺はね。
「ただし」俺は虎弥さんにお願いした。「この条件を政府が認めるなら、って制限付きでね」
「彼の目論見は何だ?」
「精々子供がぐずっているのと同じだろう。 気にするほどの事でも無い」
「だが……『機関長の任期は5年、それで交代する』とは……」
「5年あれば充分だろう。 人外の連中にこの護法機関こそが統治機構である事、対外的に護法機関がこの国家を守護する事は知らしめられる。 そうすれば護法機関は見事に御本家の後継機関となりうる。 充分すぎるくらいだ」
「……了解しました」
俺は名目だけの護法機関の機関長になった。仕事は、学校が終わった後に、三〇分間限定でぽんぽんぽんぽんと書類に判子を押すだけ。
護法機関の構成員は半分が政府職員、残りの半分が御本家の遺臣じゃない人達だった。実働部隊が元御本家の関係者、裏方が政府職員って風に、振り分けられていた。
「今日の書類はこれで終わりだ」と副機関長になった吉井若葉が追加のコーヒーと書類を渡してきて、言った。まだ後五分あるけれど、仕事はさっさと終わらせるに限るね。
俺はそれをぺらぺらとめくって、一番下のページにぽんと判子を押した。
「はい、終わったよ」と渡す。
「どうも」
「あ、そう言えばさ」俺は時間が余って暇なので、少しだけ彼女に話しかけてみた。「『ヘルシング』が動いているってこの前言っていたじゃん。 もう大丈夫なの?」
「おかげ様で君が機関長に就任してくれた事で有効な対策を発令出来た。 もはや『ヘルシング』などどうでも良い」
「なら良かった。 それじゃ、俺帰るね」
「お疲れ様でした」
俺はシロの車に乗った。車が走り出すのを待ってから、舌打ちする。
「俺、あの吉井若葉って女、好きじゃない。 ねえ、シロ、」
「『ヘルシング』は簡単に言ってしまえば『ゲオルギウス』の吸血鬼版だ」シロが淡々と話し出す。「『ゲオルギウス』と違う所は、『吸血鬼の兵器転用化』を常に計画し推進している所かな」
「……最後の書類を適当に読んだんだけれど、吸血鬼殺人事件の犯人がやっと逮捕されたんだって」
「へえ」
「酒を飲んだ上で口論になった、と言うのが殺害動機らしい。 でも、何かおかしいんだよ」
「どうしてそう思ったんだい?」
「カッとなった暴力団関係者の男がさ、何故か持っていたナイフで何故か相手の首筋、頸動脈を一撃で切断するような事をするんだろうか」
「……清君は怒りを発散したいならば『切る』よりも『刺す』もしくは『突く』方が普通では無いのか……と言いたいんだね」
「うん。 ……だってさ、挙げ句に恐慌状態に陥って首を切断するなんて、何か変じゃないかな。 だって一撃で頸動脈切っているのに今更? しかもその首を持って逃げて。 で、海に捨てたから首は見つかっていない」
「なるほど。 それは、ちょっと変な事件だね」
「うん」
「吸血鬼について何をご存じですかな、若君」とミスター・アーカードは穏やかに言った。
「若君って言わないで。 俺は葛城清だから。 えーと、血を吸って増えるんでしょ? で、凄く長生き。 日光が駄目、ニンニクも駄目、聖なるものも駄目、じゃなかったかな?」
「それが全く違うのです」とミスター・アーカードはちょっと笑って、「そもそも我々は吸血行為では個体増殖出来ません。 吸血行為は確かに必要ですが、それは余程体が弱ったり、酷い怪我をした時だけです。 それでさえ、今では栄養剤の方が遙かに効率的。 我々の増え方も育ち方も、基本的に人間と同じです」
「え、じゃあ――」
「日光に当たっても日焼けするだけ、ニンニクは臭くなるだけ、それに私も敬虔なクリスチャンです。 ですがただ一つ、貴方は吸血鬼について正しい事をご存じです」
「長生き……」
「そう、我々の生命力や身体能力は人間では比較対象にならないほど高い。 これが何故か、ご存じですかな?」
「……全然」
「――話は紀元前に遡ります」
紀元前。欧州には『神々』が存在した。今では一神教の影響で痕跡を辿る事すら難しい神々。吸血鬼は、その末裔の一つなのだと言う。竜も、狼人間も、欧州で化物と恐れられ嫌われた化物の大半が、零落した神々の末裔だった……。
「遺伝子の構造が我々は人間とは決定的に異なっているのですよ。 いっそ宇宙人だ、と言われてもおかしくは無いほどに全く別なのです。 けれど我々は人間と交わらねば数を増やせない。 ……そのために、我々は緩やかに数を減らしつつある。 ですから、我々は己とつがいになれる人間に非常に固執します。 我々の長い寿命でも、つがいになれる人間と出会える事は一度あるか無いかなのです」
ああ。この人は、そのたった一度をずっと昔に失ってしまったんだ。俺は悟った。
「不死王、と私達はあの組織から呼ばれます。 皮肉な呼称だと思います。 確かに不死王の身体能力であれば、この世界の軍事覇権をひっくり返してしまう事も可能でしょう。 ですが現実の我々は、つがいを求めて彷徨い歩く哀れな死ねない者に過ぎないのですから」
「……」
「それで若君、私に聞きたい事とは何でしょうか?」
「うん。 この薬、どう思う?」
俺はそう言って曼荼羅居酒屋のカウンターに一錠のカプセルを置いた。
「これは……」とミスター・アーカードはそれに触って、ぎょっとした。「同胞の血の気配がします! 若君、これは一体!?」
「この前、吸血鬼殺害事件で逮捕された暴力団関係者が持っていたんだって。 お酒を飲んでいたら口論になって殺しちゃったんだって。 これ、成分的にはただの麻薬だけれど、何かおかしいって思ったからこっそり持ってきちゃった」
「我々吸血鬼を普通の人間が殺した!?」
「うん、それも集団でじゃなくてサシでね」
「いくら暴力団関係者とは言え、それは無理です、我々には首を切断されても何日かは生きていられる程の生命力があるのですよ!?」
「……やっぱり」と俺が呟くと、ミスター・アーカードもはっとした。
「『ヘルシング』……!」
「それしか無いよね、可能性は」
「だとしたら、一体何のために!?」
「『ヘルシング』って、『吸血鬼の兵器転用化』を常に企んでいるらしいじゃん。 その『ヘルシング』がもしもこんな事を考えたらどうなるかな? 『強い兵士を作るために吸血鬼の体を利用出来ないか』って。 『飲んだら強い兵士が作れる薬を吸血鬼から製造出来ないか』って」
「――何と!」ミスター・アーカードは真っ青である。
「で、『ヘルシング』は暴力団と手を組んだ。 幸いにも、それが不味かった。 成分的には麻薬だったから、その薬は外部に持ち出されてしまった……」
「……」ミスター・アーカードはしばらく黙っていた。ややあってから、「この薬の効能ですが、単なる身体の増強では済まないでしょう」
「……何が起きるの?」
「我々がかつて吸血行為を行っていた時の事です。 我々は共に生きられる時間が少しでも長くなるよう、つがいに己の血を分け与えました。 その結果、つがいの大半が『開眼』したのですよ」
「!?」
「お気を付け下さい、若君。 本来ならば天分、あるいは厳しい修行の果てに『開眼』するはずの人間が、このような薬物で強制的に『開眼』したら、どうなるか。 私には恐ろしい結末しか見えません。 どうか、お気を付けて……」
「すぐに『ヘルシング』と暴力団を摘発しよう」俺が車に乗り込むなり、健さんは言ってくれた。「ちょっと妙高のジジイに力を貸して貰ってな。 あのジジイは『過去に起きた事』ならほぼ全てを知る事が出来るんだ。 どこで薬作ってるのか、どこに『ヘルシング』がいるのか、すぐに突き止めてくれる」
「うん!」
「その前に」と言ったのはヒロだった。「『護法機関』による吸血鬼の保護を。 これ以上『ヘルシング』の犠牲者を出すなんて嫌ですからね」
「それは俺に任せておけ」虎弥さんがそう言って、パンと手を叩いた。
『何だ何だ!』喋る白鳩が登場した!『虎坊、この
「こう言う用だ、初春さん」と虎弥さんは白鳩に囁いた。白鳩は、なるほど、と言った。
『ではこの初春様がちいっと気張ってやろうじゃないか!』
そして、現れた時と同じように、姿を消した。
車は俺達を乗せて走っていく。この通りを曲がれば、もうすぐ那由多古書店だ。
――健さんがいきなり急ブレーキを踏んだ。
「やられた!」
舌打ちして車を飛び降りて走って行く。俺達も慌てて後に続くと――、
那由多古書店の前を、武装した外人が数名うろついていた。
外人は健さんを見るなり銃撃してきた。俺はヒロに庇われる。
健さんが那由多古書店に突入した。まだ銃撃音がする!
……それが、止んだ。
健さんが血まみれの外人を両手に山ほどぶら下げて那由多古書店から出てきた。ゴミでも捨てるようにそれを捨てて、
「やられた。 ジジイが『ヘルシング』に拉致された」
「妙高さんが……! クソ!」虎弥さんが歯ぎしりする。「こっちも下手な動きが取れんぞ、妙高さんが人質だと……!」
「な」
その声が聞こえたと同時に、どさり、どさり、と重たいものが二つ墜ちる音がした。
俺は振り返る。
阿賀野――じゃない、妙高先輩が、唖然とした顔で、パンパンに膨らんだ両手の買い物袋を落として、立っていた。
「い、一体、何が、」と妙高先輩は言いかける。
『た、大変だ、若殿!』その肩にいきなり小さな猿が二匹出現した。『大殿がさらわれたぞ!』
『ど、どうしよう、おいらが「スーパーで試食したい!」ってワガママ言った所為だあわわわわわわわわわ』
『お、落ち着け
『おおおお前こそ落ち着けよ
「妙高先輩」俺は言った。「『ヘルシング』って組織が悪い事を企んでいるんだ。 妙高さんは、その企みを知る事が出来るから、拉致された」
「……詳しく説明してくれ」
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