第二章

第6話 ヒャッハー、夏休みだぜェー!

『世界の敵だろうが全人類の敵だろうが知らないね。 俺の恋人に何の用?』


俺達は水之江学園の学生。

この度、夏休みを利用して、所属する剣道サークル(部活と同意義)の強化合宿でとある山奥に行く事になった。

最初は「夏だ夏休みだヒャッハー!」って浮かれていた俺達だけれど、怪事件が起きて……。


まさかこの真夏のホラーが、惨劇の連鎖の嚆矢になるなんて、全く思わなかった。




 待ちに待った夏休みが来る!


 俺はもうワクワクしていたのだが、休みの直前にプリントが配られて、夏休みの日程の大半が補習授業で埋め尽くされていたので本気で絶望した。

「安心しろ」と武蔵『大』先輩が言って下さる。「サークルの強化合宿は特別に課外補習授業として認められているのだ」

「「ヒャッハー!」」

俺達は手を取り合って万歳して飛び跳ね回った。

すると、ちょうど我らが剣道サークル室の真下に部屋がある将棋サークルに所属する睦月(ムツキ)先輩がカンカンになってドアをガンガン叩いて、山城が開けるなり、ぎゃんぎゃんと怒鳴って言うには、

「やかましい! 君達、静粛と言う言葉を覚えたまえ!」

「「すみませんでした」」俺達は素直に土下座して謝る。「「以後気を付けます」」

「よし、なら結構だ」

でも、ドアが閉まるなり俺達は再び、

「「ヒャッハー!」」

ドアが速攻で開いた。睦月先輩が激怒していて、

「君達ぃいいいいいい! おい生徒会長に副会長、少しは大人しくさせろ!」

「ああ、すまない。 おい、エロ本の持ち込みを一人三冊まで許可するから、大人しくしろ!」

武蔵『神』先輩!

「「イエッサー!」」俺達は全身全霊で大人しくした。それはもう静粛に、静粛に。

「お。 武蔵、エロビデオは駄目か?」瑞鶴先輩がエロ顔で言う。

「まあ待て待て。 えっちな動画は俺が吟味した世界最高のものを……」

俺達は心臓の鼓動がうるさく聞こえるくらいに静粛にしました。

「……不埒な連中だ!」と言い捨てて睦月先輩は去って行ったのですが、俺達は目をキラキラさせて大人しくし続けたので文句を言われる筋合いはもうどこにも無いのです。えっへん。


 学園からの帰路、新築の丑寅心霊探偵事務所の前まで来たら、シロが車を車庫に入れずにそのまま素通りした。

「……。 事務所の中に、誰がいるの?」

少なくともシロが歓迎する相手じゃ無さそうだ。

「ゲオルギウス滅竜騎士団ドラゴンスレイヤーズ、欧州を拠点とする『殺竜組織』だ。 この国に亡命中の『竜』を殺しに来たようだね」

「竜!?」

「竜だ。 彼らはヒトと同等の知性と理性を持ち、だがその姿はもはやヒトでは無い。 人と一切関わり合うのを拒絶し、とある秘境に隠遁している。 しかし……ゲオルギウスが、今になってどうして関与しようと言うのだろう?」

「竜とか……ファンタジーの……」

「ファンタジーの生き物にしたんだ、苦労して。 彼らの屈強な身体は兵器として転用されかねないからね。 うん? どうやら健さんがキレたようだ」

振り返って窓越しに見ると、健さんが事務所から、スーツ姿の外国人数名を文字通り『蹴り出して』いる所だった。捨て台詞を吐いてあっという間に去って行く外国人ズ。シロは健さんがこちらに来たので、運転席の窓を開けて言った。

「大丈夫ですか?」

健さんはかなり憤っていて、

「あんのクソッタレ共、『竜を殺させるか殺されるかどちらか選べ』とこの俺に言ってきやがった。 こちとら砲弾食らおうが死なないのに何を言っているんだ」

砲弾。……うん、健さんの冗談だと思う事にする。

「いつも通りの強硬姿勢ですね。 一応、『住み処』にはこの事態を告げる式を飛ばしておきましょうか」

「うん、それで良いと思う。 ……別に良いじゃねえか、環境汚染するでも人取って食う訳でも無く大人しくあんな僻地に住んでいるだけなんだから。 『存在が罪だ』って叫ばれても困るんだよ、本当に何の迷惑もこちらにはかかってねーんだ」

「ですねえ」


 過酷なる夏休み連日の補習授業を乗り切り、やって来た課外補習授業の日!

俺達は駅からレンタルの大型タクシーに乗って、山奥のペンションを目指した。つい最近山を切り開いて作った所らしくて、まだバスも何も通っていないのだそうだ。食料品とエロ本だけは忘れずにたっぷりと持って行く。往復含めて、五日間の予定だ。

「どうコレ?」

「良いね! こっちもどうだい?」

「なかなかだな。 だがコレも……!」

「お前らマニアックすぎ(褒め言葉)」

「……ふう。 素晴らしいね」

「武蔵先輩のエロ動画がすっげー気になる」

「同じく」

「是非気にしてくれ。 それはもう極上のものを……」

「マジか、待ちきれないぞ!」

大型タクシーの中、俺達は既にテンション高く和気あいあいと夏休みを謳歌していた。

この時サークル顧問であるシロはいなくて、日程の関係上夕方に到着する事になっていた。

教師って補習授業がたっぷりあるから、そうそう抜けられないんだよね。

その代わりに引率として武蔵先輩の家の執事の酒匂さんが一緒にいてくれた。執事って言うからおじいちゃんかと勝手に思っていたら、まだ三〇代のイケメンだった。

「酒匂、大変だ」

山城のヤツが車酔いしやがったのである。これ、吐くまでカウントダウン状態!武蔵先輩が酒匂さんに言うと、素早くエチケット袋を用意してくれた。

「さ、これにどうぞ」

渡された途端に山城が凄い勢いで吐いた所為で俺達のテンションが一気に地べたに落ちた。

でも体質じゃ仕方ない。俺達は背中をさすったり、BGMにラジオ流したり、とにかくこれ以上山城が吐かないように頑張った。タクシーも山の中の急勾配の凄いぐねぐね道を行っているから、流石に責めるのは可愛そうってヤツだ。


 大型タクシーはやがて山間の一番奥、綺麗なペンションが建てられている所に着いた。

「到着しました」とタクシーの運転手が言って、俺達は荷物を降ろしたり支払いをしたりして、まずはペンションのドア前に集合する。酒匂さんが記念写真を撮ってくれるそうで、俺達はピースしたり変顔したり、ドアの前で陣取った!

「はい、撮れました」

そして酒匂さんが俺達に見せてくれたデジカメのモニターが、生々しい赤一色で塗りつぶされる。

「「え」」

俺達は凍り付いた。だけど酒匂さんが、

「しまった! 壊れたようです」

実際デジカメはそれっきり電源が切れてしまったらしく、起動しなかった。

「何だ、お、驚かせるな」と武蔵先輩が引きつった笑顔を浮かべた。「全く、てっきり……」

心霊現象かと思った。

俺達はそんな訳が無いとへらへら笑って誤魔化し、ペンションの中に入った。


この時。

この時、俺達は気付いていれば良かったのだ。

ここがヤバい所だって、気付いて、逃げていれば良かったのだ。


一休憩してから、カレーを作ったり、酒匂さん(剣道もたしなんでいたのだそうだ)にしごかれたり、それから近くの清流で遊んだり、とにかくキャッキャしていたらいつの間にか夕方だった。

「?」俺は夕食係としてキッチンでバーベキューの串に野菜や肉を刺していたんだけれど、妙な事に気付いた。

外から、音がしない。

山奥だからそれこそ鳥とかいっぱいいるだろうに、何の鳴き声も聞こえないのだ。つか、木々のざわめきとか、そう言う音さえしない。聞こえるのはさっき遊んだ川の音、そして――。

悲鳴?


「「ぎゃああああああああああああああああああああ」」

実際に悲鳴が聞こえて、俺は仰天した。一緒に準備していた大和も仰天して、

「な、何!?」

「奥からだ、行こう!」

ペンションの一番奥の部屋では、ボロボロの手帳を囲んで、武蔵先輩、瑞鶴先輩、そして酒匂さんが仰け反っていた。

俺や時雨達も駆けつけた所で、酒匂さんが絶叫した。

「帰りましょう!」

「「え?」」

「こ、このペンションにこれ以上いたくありません!」

「おおおおおおお落ち着け酒匂」動揺しまくっている武蔵先輩が言う。「こここここここれは何かの悪質な冗談だろう」

「そそそそそそそそそうだぜ、きっとそうだぜ!」瑞鶴先輩が無理矢理に笑って(表情を無理矢理ねじ曲げて)言った。「だってこんなの、現実にあり得る訳が無いぜ!」

俺達は何だろうと手帳を見てみた。

ボロボロの汚い手帳だ。文字が書いてある。


○月×日

この土地はまずいと地元の人間が噂し合っているのを聞いてしまった

何でも、昔から神隠しが多発しているらしいのだ

だが武蔵財閥からここにペンションを作るように言われてしまったからには、拒絶など出来ない

今時神隠しなど無いだろうし、気合いを入れて作ろう


○月△日

やたらと機械が壊れて困る

これではちっとも工事が進まない

直した途端にまた壊れる

本当に困った


○月□日

これでは納期に間に合わない

作業員全員がイライラしている

さっきウサギを食ったが、まだ腹が減っている


X月X日

ペンションは無事完成した

納期通りだ 良かった良かった

作業員が一人熊に襲われたらしく行方不明になったが、仕方ないだろう

まだ腹が減っている

ちょっと食べてこよう


そして、最後のページに、


おいしそうな にく いっぱい きた


と、真っ赤な文字で書かれていた。


「何これ……!」大和が必死に笑いつつ言う。「ゲームか何かのやり過ぎじゃ無いの? ねえ!?」

「そ、そうだよ、武蔵先輩、こんな酷い悪戯をするんです、工事した会社に文句言って下さい!」時雨も必死に、笑っている。

「だ、だが、待てよ」山城が一番言ってはいけない事を言ってしまった。「文句を言おうにも、ここは、」


バスも何も無い、麓の村まで徒歩で数時間はかかる山奥のペンションです。

スマホの電波も届きません。


「酒匂!」武蔵先輩が言った。「すぐに迎えに来てくれるように頼んでくれ!」

酒匂さんはガタガタ震えつつ、無線機を取り出した。

「はい、お坊ちゃま!」

だけどその無線機が全く動かなかった。

電源を入れても叩いても何をしても、何にも言わない。

「……壊れたようです」

「「……」」

俺達は黙って、目配せして、最低限の荷物を素早くまとめた。

エロ本を置き去りにして行くのが凄く無念だけれど後で取りに来れば良い!

武蔵先輩は震えつつ、

「人家のある所まで撤退!」


……それで、だ。

戻ろうと一キロくらい夕暮れの道路を俺達が走るように歩いて戻ったら、だ。

道が塞がれていた。片側は絶壁、片側は崖、なのに。

正確に言うと、さっきのタクシーが狭い道を丁度塞ぐ形で横転していて、その後ろには山積みの木材や土や石が……!

木材。人為的に、道が封鎖された!


俺達は血の気が引いた。


「何なんだよ、これ!?」瑞鶴先輩が悲鳴を上げた。「これ、斜面が崩れたとかじゃなくて……誰がやったんだ!?」

やばい。俺は直感していた。やばい、やばい、これは、やばい!あのいつもの感じに、やばい!


 『その山には鬼がいて、麓に降りてきては人を取って喰うそうな』

 『恐ろしや、怖ろしや』

 『おや、美味そうな肉がやって来たぞ』

 『美味そうだなあ』


咄嗟に振り返った俺達の視線の先で、太陽が完全に夜に飲まれた。

影が。

影が、動いている。

ペンションの方から、こちらに、近づいて、いや、俺達を追ってきている!

漂うのはあの血腥い、臭い。

酒匂さんの手から、懐中電灯が落ちた。

そのライトの中に照らし出されたのは――、


 異形。


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