第2話

この世界には、精霊というものが存在する。人類は彼ら精霊から自然の法則や適応の仕方を享受し、その文明を発展させていった。ある意味では神のような存在である精霊であるが、実は体の構造、姿形は人類とさほど変わりはない。歴史上においても、実際に精霊と人間との間に子供をなした例があったという。


そんな精霊であるが、彼らは長い歴史においても、人類から神に等しい存在として扱われてきた。実際に、彼らは魔術と呼ばれる、自然の法則をねじ曲げる、神のような力を有していた為だ。とはいえ、それは畏怖の対象であった事も意味している。彼ら精霊は、森奥の集落に住み着き、人類彼らと一定の距離を置きながらも、共存した生活を送っていた。しかしながら、そんな平穏な時代も、遡ること20年前、ある王国においては終焉を迎えていた。


「……王様。ついに我々の悲願が、たった今達成されました。こちらをどうぞ。これこそが、我々が長年にわたり追い求めていた物、精霊剣でございます」


「そうか……これが……。これで、奴らの存在を恐れ、畏怖する時代が終わるのだな。我々人類は彼らを超え、神の領域に一歩近づくわけか……」


感慨に浸りながら、男ーーーセドル王国第42代国王、セドル=マカフトは手渡された剣を見つめていた。


「その通りです、王様。…………その、大変僭越ながら、ご進言がございます」


「……お主、私が人から意見されるのを最も嫌うことを知らないわけではあるまいな?」


一転、国王の表情は、まるで今にも噴火しそうな活火山のように憤慨したものへと変化する。数秒の間、二人の間には重い沈黙がのしかかる。


「…………はい。その上で」


「…………そうか。まあ、この剣が完成したのもお前の功績だ。今回は許可するとしよう。……何だ?言ってみろ」


「はっ。寛容な御対応、感謝致します。…………実を言うと、精霊剣の存在を、2年間だけ、世に伏せておきたいのです」


「…………どうしてだ?」


「はい、王様。巷というものは、噂が瞬く間に広がるものです。もし、精霊を封じ込めることで完成する精霊剣の存在が人々を通じ、奴ら精霊に知られてしまえば、たちまち我らに反旗を翻すでしょう。しかしながら、今の軍事力では到底彼らには太刀打ち出来ません」


「…………なぜ、2年なのだ?」


「……元来、聖霊はその存在から忌み嫌われることも多々あるようなのです。その証拠か、年間100体もの個体が、何らかの組織によって殺害されたり、また闇の市に出されたりしております」


「……つまりは、年間100体程度ならば……」


「はい。御察しかと。年間100体程度ならば、奴らとてそこまで不自然には思わないはずです。そして、もし精霊剣が200本あるならば、軍事的には国内の精霊には、充分どころか圧倒的に優位に立つことができます」


「なるほど、よかろう。2年待とう。それまでに、武器や食量、それに薬剤の補充をしておけ。開戦は2年後だ。よいな」


「はい、滞りなく」


国王は不吉な笑みを浮かべながら、王城の窓辺から

、彼ら精霊の住む森林を眺めていた。



__________時は流れて20年。


国内外の依頼が集まる、国営の中央酒場で、一人の少年が壁に満遍なく張り付けられた依頼書を血眼になって見つめていた。


「あー……うーん。これもいいな。あーっ!でも日給がやっすいなぁ〜。採算が取れないから却下、次はーっと……」


まるでワックスで固めたような髪型に、この辺りでは珍しい白髪。背丈は平均的手で細身ながらも、瞳は淡いオーシャンブルー。腰に帯刀しているのが印象的な少年、アルク=サイラスは、生活費をより多く稼ぐ為に、採算の良い依頼を探していた。


依頼書というのは、その名の通り何か他人に物事を依頼する為の広告用紙みたいなものである。依頼内容に応じて、依頼主が報酬を決め、その依頼書に記載する。その報酬から一割を国が徴収し、残りの九割を依頼を達成した者、巷では賊と呼ばれている者が受け取ることで依頼は完了となる。この国には、古くからそう言った依頼制度が根付いており、商業や農業と同様に主要産業のひとつと数えられている。ちなみに、依頼請負人の賊という名称は、かつては汚れ仕事を盗賊やら山賊やらに押し付けることが依頼の中心的業務だったことに由来していると言われている。


「あーあ。まさか僕が賊になるとはなぁ。日雇い労働なんて不安定な道はゴメンだって思ってたけど、自分がなるとは……人生分かんないもんだな」


と、文句を言いながらも依頼書をはじからはじまで一つとして見落とすことなく凝視していたアルクは、小さく頷くと、ある一つの依頼書を手に取った。


「まあ、これにするか。……ふーむ、なになに……店の護衛ね。この御時世、盗人なんで滅多に見ないけど、これが一番稼ぐには効率がいいな。よし、そうと決まれば依頼主に会いに行かないと」


アルクは紙を見つめる。____王都西区サントール通り4丁目五番地。それが依頼主の住所だった。王都は東西南北の四つの区に分けられており、さらに区がいくつかの通りで区分けされ、それをさらに細分化すると丁になる。区画ごとに役場が設けられており、さらには丁を細分化した番地で住所が特定できるというわけだ。サントール通りというのは、西区を三つに分けたうちの中央の通りで、区内では最も人の流れが多いところである。従って、犯罪率も他の通りよりも少々高い。とはいえ、おおっぴらに万引きや暴力沙汰が横行しているわけでもなく、生活する分には至って平和な通りである。


そんな中でも店の護衛を依頼するだけあって、店主はよっぽどの心配性なのだろう。さらには護衛を雇えるだけに店の売り上げが良いとあって、依頼料も比較的高かった。それがアルクの目を引いたのだ。


酒場を飛び出したアルクは、足早に記載された住所へと向かっていた。サントール通りは例のように人がごった返しており、アルクはなかなか前へと進むことができなかった。さらには指定の住所は商店街のど真ん中とあり、真昼間には人口密度が度が過ぎて高い。人混みが苦手なアルクにとっては、そこに向かうだけで手数料をもらいたいほどである。


「んあー、もう。これだから賊の仕事は嫌だったんだ。店なら客がいなけりゃ座ってて済むし、動くとしても店のなかだけだからそんなに苦労しないのに……」


と、自堕落的な独り言を延々と述べるアルクは、数日前、無職の身へと陥った。原因は彼の客への対応にあったようだ。そもそも、この件について語るには、まず彼の生い立ちを知る必要がある。この若干18歳の少年、サイラス=アルクはわずか2歳にして両親を失い、幼な子ながらにスラム街をさまよっていたところを、信心深い教会のシスターに拾われて、7歳まで教会にてすくすくと育っていった。教会にて教育を受けたにもかかわらず、アルクはとても活発で、手足に毎日のように手傷を負い、近所の子供と喧嘩をすることが多かったという。


しかし、そのようなヤンチャな評判を差し押しても、心優しく義理深い子供との評判が常であった。喧嘩をする際も、例えばいじめられっ子を救うように、弱者を強者から守る事が目的のものが殆どであった。加えて、母親代わりのシスターの深い深い愛情を受けて育ったアルクは、だったの一度たりとも人に殺意を向けることはせず、さらには花や動物を愛でるのを好む博愛主義的な一面も有していたという。そんな彼は若干7歳にして、自らが教会の運営費を逼迫させていることを憂い、独り立ちするために家同然の教会を後にした。


7歳で家を出たアルク少年は、日々の生活費を稼ぐために護衛の仕事を生業とした。誰かを守る__そんな崇高な目的が、彼を彼たらしめる大切な要素なのである。それを生業とすることを、当時のアルク少年は一切の迷いもなく選び取った。しかしながら、当然のことながら7歳の少年に護衛を任せるものなど、誰一人と存在しなかった。そんな最中、事件は起こる。


スラム街にて、連続殺人事件が起きたのだ。人々は見えない恐怖に恐れをなし、故に疑心暗鬼に陥った。さらにはそれが余計な諍いを生み、終いには殺人事件まで起こってしまうほどに。そんなスラム街に、光明を差したのが、なんと当時8歳になったばかりのアルクであった。彼は明快な推理で犯人を特定し、事もあろうかその犯人を拘束してしまったのだ。無論、犯人とて抵抗をしなかったわけではない。むしろアルクを殺す気で襲いかかったのだ。しかし、アルクは包丁を振り回す狂人を、帯刀していた長刀で軽々とやり過ごし、加えて峰打ちで大の大人を仕留めたのだ。


これを機に、彼に対する周りの評価は一変する。アルクの元には毎日のように護衛の依頼が殺到し、彼はその後8年間にわたり誰かを守ることに専念する。


________2年前、スラム街が灰と化すまでは。


当時、王国軍第5支部団長兼第五席に就任したばかりのポカス=アレミレトは、胸にあしらった葵の紋様のバッチを誇らしげに、街で凱旋パレードを行っていた。軍の幹部であった父親の推薦を受け最年少にして王国軍幹部に就任した彼は、その権威を人民に示さなければ気が済まなかったらしい。


時を同じくして、アルクは貯めに貯めた財産で、街中の家を購入するために、王都へと出掛けていた。彼は王都東区セマール通りに3LDKの平屋を購入する。そして、不運にも、ポカスのパレードも東区セマール通りで行われた。彼のパレードの最中、行列が過ぎ去るのを街路脇で待っていたアルクに、買い出しに出掛けていた少年が近寄ってきた。スラム街でも、さらには王都の一部でも優秀な護衛人として名を馳せていたアルクは、スラム街の子供たちにとっては憧れの的であった。そんな少年が、その憧れの存在を見つけたのだ。例え少年が行列の先頭を横切ったとしても、誰も彼を責めることはできまい。


官職に就任したというだけで、パレードを開くほどに見栄っ張りなポカスは、それを良しとはしなかった。盛大なパレードを打ち壊しにされたと怒り狂ったポカスは、少年がスラム街から来た買い出しの子供だと知るや否や、軍官僚の職権を利用して、その夜、スラム街の治安が恒常的に悪いことや、街が抱える問題を口実に、街に火を放った。


さらに悪いことに、そんな事を露も知らないアルクは、炎が城壁を越えるほどに高く上がった時点で、ようやく事態に気づいた。しかし、全速力でスラム街へと駆けつけた頃には、時既に遅しという状況だった。次の朝、炎が静まり、灰と化したスラム街の現実を突きつけられたアルクが感じたものは、圧倒的な虚無感と喪失感、そして無力感だった。自分は何もできず、ただのうのうと新居を購入し、胸を弾ませていたのだ。同時刻に、同胞が、大切な人がどうなっているかを知りもせずに。


その日を皮切りに、アルクは剣を置いた。置いたと言っても言葉通りに地に置いたわけでなく、鞘を抜くことを止めたのだ。それは同時に、失職をした、つまりは生業を失ったことと同義であった。


それからというもの、彼は王都にて籍を取得すると、何一つ一般市民と変わらぬように2年間を過ごしていた。収入においてはやや平均よりも下回る程度ではあったのだが、家を既に購入していた事と8年間貯蓄していたことが幸いにも功を成した。彼はこのまま徐々に収入を増やし、他の市民同様に、普通に運命の人と出会い、普通の家庭を作り、普通の人生を送る____はずであった。数日前に、それは崩壊した。


きっかけは、彼が勤めていた店にやって来た、数人の兵士であった。真っ白な生地に赤いラインが特徴的な王国軍の制服を身に纏い、胸には葵の紋様のバッチがあしらわれていたのだ。______第五師団の兵士である。その胸元を見た瞬間、彼は冷静さを失い、兵士たちの言葉にも無反応、終いには悪態をついてしまったのだ。気を害した兵士たちは店側に警告文という名の脅迫文を送りつけ、アルクは店主から暇を出されたというわけだ。


こういった経緯の下に、彼は西区の依頼主の元へと向かっているのである。それにしても、全くもってこの地区は人混みが多い。3丁目に来たにもかかわらず、これ以上歩くのが億劫で今にも帰りたいほどである。とは言え、あまり無職にふけていても、そのうち資産が尽きるのは明々白々なので、アルクは仕方なしにこうしてとぼとぼと歩いているのである。


「………んー、騒がしいな。またパレードかなんかでもあんのかな…」


元々、西区一番の繁華街であるこの地域は騒がしくて当然なのだが、今日に限っては人が騒めくような、効果音をつけるならばザワザワとした印象を受ける。どうにもこの先に何かしらの事件やらが起こっているようなそんな予感、要はきな臭いのだ。アルクはそんなことを思いながらも、依頼主の元へと歩き続ける。


「おい!お前ら!わきに避けろ!第5部隊の帰還だ!兵士を労わる気持ちがあるんなら、さっさと道を通せ!!!!」


唐突に、怒号にも似た声が聞こえてくる。見ると数十メートル先、真っ白な中に赤いラインの走る制服が

特徴的な集団が、歪むように通行人に怒号を発していた。そんな風景を見たアルクであるが、まるで気にも留めないように集団に向けて、いや、正確には依頼主の居る店に向かって歩き続けた。


「葵の紋様。あいつらは何時も変わらないな」


自分にか聞こえないほど小さな声で、そう呟く。アルクの前を埋め尽くしていた一般市民は、ある人は面倒くさそうに、ある人は恐れを成したようにして次々に道端の端によけていく。それでもなお、アルクは前進する。


「おい、お前」


「……………………」


「そこのお前だ!白髪の帯刀してるやつ!お前、道を開けろと言ったのが分からないのか!?」


アルクは集団の前で足を止めた。見ると、前方には厳ついオーラを放出している、長身赤髪の、まるで怒りの表情を体現したかのごとくつり上がっている目をした男性が佇んでいた。


「………お前、俺が誰かを知っての狼藉か?」


「………はて、何の事やら。例えば貴方が王国軍の第五席のような人としても、このように市民の通行を阻害する権利なんてないと思いますけど」


冷静沈着なアルクの言葉に、赤髪の男性の顳顬に、太い血管が浮き上がる。


「知ってんじゃねーかぁぁ!!!!俺が第五席、ポカス=アレミレトだってことをよ!!!その上でのこの態度か!!お前、そんなに俺に斬られたいのか?」


「……そんな。そこまでM気質はないですよ。それに、貴方とて…まあ、貴方が誰かは分かりませんけど、殺人を犯すと法の下に罰せられるのではないですか?」


「はあ!?てめぇ、生意気な口を聞くな。国王直属の軍を愚弄することは国王への不敬罪が成立するんだよ。分かったらそこをどけ。俺に斬られる前にな」


男は今にも斬りかかるかのごとく、腰の刀に手をかけた。つまりは次の返答次第ということだろう。次のアルクの言葉次第で、ポカスの行動は決まる。斬りかかるか、それともアルクに謝罪させるか。たったの二択である。無論、それをアルクとて理解している。その上で____


「変わった法解釈ですね。まるで隣国の独裁国家の軍官が言いそうなことだ。政府見解でも読んだ方が良いのではないですか?」


この場に及んでも、無礼とも取れるアルクの言葉に、ポカスの堪忍袋の尾は切れた。怒りを通り越して、彼は冷めきっていた。


「…………言い残すことは?」


「貴方が本気で僕を殺せるならば、後世の為に俳句でも読みましょうかね…」


一転、ポカスの怒りは爆発した。ポカスは今まで理性で抑えていた滝のような殺気を、ただ目の前の白髪の少年に、その全てをぶつけた。


「まずは腕だぁぁぁぁぁ!!!!!!」


はて、どうしたものかと思考を巡らせたアルクは、瞬時に腰の刀に手をかけた。しかし、思いのほか斬撃のスピードは速く、このまま刀を抜いたところでとうに手遅れだった。


______ほぼ同時刻。


休日を利用して、食料の買い出しに訪れていた少女は、白髪少年と赤髪の兵士の啀み合いを道の傍らにて呆然と眺めていた。彼女の名前はルミナ=アルージ。金色の絹のような艶やかな髪は肩まで伸び、その目は純銀のように光り輝いている。身長はその年の女性の平均よりもやや高く、細身で一目見ると聖母と面影が重なる____そんな少女だ。


「まだあんな人が街にいるんだ…怖いもの知らずもいいとろだなぁ。捕まったり、斬られたりしなきゃいいんだけど…」


現行法に置いて、軍の人間と諍いを起こしたからといって、それを咎める方は存在しない。温厚な現国王が、かつての国民の権利を縛る悪しき法を撤廃したことが起因しているが、禍根は根強く、風習は残り、今でも軍に刃向かう人間はいない____と、そう思っていた。


しかしながら視線の先の少年は、王国軍の、しかも気が荒いことで有名な第5部隊の、さらにはその隊長と何やらいざこざを起こしているのだ。この国に、これほど怖いもの知らずの人間がいるだろうか。白髪で細身の、見るからにか弱そうな少年のその恐れ知らずの行為に、金髪の少女は驚きの表情を隠せずにはいられなかった。


「……うわ!赤髪の人、刀に手をかけてるよ……大丈夫かな……」


と、見知らぬ少年の心配をしていると、刹那、腰の刀を振り下ろした兵士に、彼女はさらに腰を抜かす。


(どうしようどうしよう!このままじゃあの人死んじゃうよ!!でも……ここで手を出したら私まで!!でも、でも、このままじゃあの人が!!!)


と、高速で思考を巡らせた彼女がとった行動は、考えを捨てることであった。要は体が動くまま、その流れに身をまかせるという事だ。彼女は無意識のうちに腰の短剣に手をかけて、それをこともあろうか少年に振り下された長剣に向かって投げつけた。


(わっ!!どうしよう!!!大事なものなのに!!!投げちゃったよ!!!罰当たりなことしちゃったよ!!!てか、このままだと私まで………ああっ!どうしよう!!!!)


シューーーーーーーー


風を切り、放たれた短剣はポカスの長剣に向かって真っ直ぐに進んでいく。


カーーーーーーーーン!!!!


金属同士がぶつかり合う鈍い音が、騒然とした街中に鳴り響く。


「………誰かは分からないけど、助かった!!!」


小さくそう呟いたアルクは、いきなりの刺客に一瞬動揺したポカスの懐刀に向けて、思いっきり自らの長剣を繰り出した。


「うおっっ!!!!!」


ポカスが動揺から冷静さを取り戻した時には、彼の体は高く宙を浮いていた。しかしながら、彼はその類稀なる運動神経を全力で活用し、飛ばされた矢先にあったレンガ造りの建物の前で体を回転させて切り返し、思いっきり壁を蹴りだした。次の瞬間、ポカスの体は轟音を立て飛び立った。その先は______先ほど短剣を投げた金髪の少女である。


(わ、私!?うそ!!いや!!殺させる!!!怖い怖い怖い怖い!!!!死にたくない!!!)


一瞬にして圧倒的恐怖に気圧された少女は、足を竦ませその場に倒れこんでしまった。


「……こいつは、殺すか」


ポカスは剣の矛先を少女に向け、躊躇する事なく彼女のもとへと勢いのままに直進する。いきなり始まった空中戦に、町の人々はただ息を飲んで見守る事しかできなかった。


ルミナはその瞬間、目を閉じ死を悟った。頭の中を、これまで生きた17年の思い出が、走馬灯のように駆け巡っていく。しかし、それは自らの体の前で発生した轟音により、中断されてしまう。


「………えっ!?」


自分の元に向かって斬りかかっていたポカスの姿が、なぜか今は空高く宙に浮いていた。どういう事であろうか。状況が飲み込めない。が、目の前に現れた白髪の少年の姿により、一瞬にしてそれを理解する。


少年が、あの少年が赤髪の兵士を剣ではじき返したのだ。しかも兵士の勢いを利用して真上へと。


「掴まって!!この際だから持ち方には文句は言わないでね!!!!」


少年がそう叫んだ瞬間、ルミナの体は宙へと浮いた、否、少年の手が自分の足と背中に回されている。つまりは白髪の少年に、まるで夢にまで見たごとくお姫様抱っこをされているのだ。


(ああ!!これが夢にまで見たお姫様の気分なのね!!)


と、場違いにも感動している少女の表情に気づいたのか、一瞬アルクは不自然そうな顔をする。


「なんで嬉しそうにしてるんですか!?逃げますから、ちゃんと掴まってくださいね!!」


そう言うと、アルクは膝を曲げ、数秒溜めた後に思いっきり地面を蹴りだした。刹那、二人は重力の力に襲われる。しかし、アルクはそれを意ともせずに、少女を抱えたまま屋根へと着地した。見ると、町の人々はその規格外な脚力に度肝を抜かされていた。


「あっ!まって!!短剣が!!あれは大切なものなの!!!戻らないと!!!!」


少女は思い出したように少年に訴えるが、それを彼は頑なに拒否する。


「何言ってるんですか!?死にますよ!!おとなしくしてください!!」


もがく少女を必死に抑えながら、アルクは屋根を次々と飛び移り、その場から全速力で離れていった。

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