第6話

◇◇◇◇◇





鏡の様に磨き上げた大理石の床に水滴一つない洗面台が三つ並びその前には横は洗面台分、縦は大人上半身が余裕で映る横長の鏡が備え付けていて


洗面台の反対側奥にはホテル等で見かける男性用トイレの小便器が五つ、洋式トイレが三つ左右に配置している。もちろん各トイレには汚れはおろか埃一つなく


超一流のホテルの様に清潔に保たれている。


その洗面台の真ん中で二十代後半の男性が不安と緊張が入り混じった顔をしながら髪型や服装等を入念にチェックしている。


「はぁ…なんで俺なんだろ…。」とつぶやきながら洗面台の鏡に顔を寄せて自分の髪に寝ぐせが無いか鏡に目を走らせる。


「去年、ようやく公務員試験に受かって総務省勤務になったペーペーがいきなり【 総理特別秘書官 】だなんて……訳が分からない。」


独り言を呟きながら寝ぐせのチェックを終え、そのままの姿勢で鏡を見ながら淡い水色のネクタイを締め直す。


前日、上司から「 明日から【 総理特別秘書官 】に任命されたから今日中に荷物をまとめて準備をしてくれ。」と言われ、まさに


【 寝耳に水 】、【 青天の霹靂 】を目の当たりにして困惑している真っ最中で現在、トイレで気持ちの整理をつけている。


血反吐を吐くほど勉強してギリギリやっと試験に合格した程度で自分でも十分わかってる通り、エリートというにはほど遠いごく普通の


凡人がいきなり国のトップの秘書官…ぜったい勤まるはずがないのになぜ…などと答えの出ない自問自答を心の中でしていたら


指示を受けた指定の時間まであと35分程になり気持ちの整理がつかないまま洗面台に置いていた書類を手にトイレを出て呼ばれた部屋に向かう。


横幅は大人二人程横に並んで余裕のある程で埃一つない状態からみても最上級クラスの建物に設備されている通路に相応しい


少し赤みがかったベージュ色の上質な絨毯は革靴を履いた状態でもわかる程柔らかく、重要な会議の邪魔にならない様に


静かに歩けるようになっている。


【 特別応接室 】と書かれたドアの前で少し速足で歩いていた歩みを止め先ほどトイレで身だしなみをチェックした事を思い出しながら


再度チェックをする。少し短めの七三分けで綺麗に整えらている髪を形が崩れないように片手で書類を持ち替えながら


丁寧に触る様に整え、着ている黒色のシングルスーツの皺や汚れを確認し、爽やかさをイメージした淡い水色のネクタイの形を整える。


最後に昨日入念にチェックした書類に軽く目を通し確認する。


間違いがない事を確認して少し浅い目の深呼吸をした後、【 特別応接室 】と書かれたドアをノックした。


「 総理特別秘書官の【 朽樹 (くちき) 】です。」少し緊張感のある通った声でノックした男性が言った。


部屋の中から「どうぞ」と返事がかえって来たので 朽樹 は書類を気にしながらドアを開けて入った。


ドアを開けた瞬間、 朽樹 は尋常ではない緊張感に包まれた空気に当てられ一瞬立ち止まり部屋の中をぐるりと見渡した。


「なっ!…っ!」 朽樹 は一言発した瞬間自分の声が出ていることに気付き、咄嗟に口をつぐんだ。


部屋の中央には少し楕円形の円卓があり一つの席を除き、総理大臣、官房長官、防衛大臣、統合幕僚長、警察庁長官の5名が座っている。


各人の後ろにはそれぞれ専属の秘書官が1名づつ付いており、マンツーマンで手持ちの資料を見ながら打ち合わせをしていた。


「大変おそくなって申し訳ございませんっ!」 朽樹 は速足で総理大臣のそばまで急ぎ向かい少し小声で言った。


「いやいや大丈夫だ!指定の時間迄30分もあるから謝らなくていい。」 朽樹 の緊張を解すかのように総理大臣が言った。


「緊急の任命で戸惑っているかとは思うがよろしく頼むよ。」


「有難うございます。それではこちらが前任者からお預かりしております資料です。」


「それで、 朽樹 君はこの資料を確認したか?」


「はい。昨日の内にお預かりしております資料データ全てを拝見させて頂きましたが大変失礼で申し訳ございませんが総理、こちらの資料に書かれている事は事実でしょうか?。」


「ああ、正真正銘事実だ…。ここに集まっている5名と各秘書官合わせて10名しか知らない事実だ。」苦虫を嚙み潰したように苦渋の顔をしながら総理大臣が答えた。


「……承知いたしました。すみません、この場でご質問する事ではございませんがなぜ私が任命されてのでしょうか?」総理大臣のその様子を 朽樹 は見てどうしても疑問に思っている事を小声で質問した。


一瞬ためらいを顔に表したが直ぐに元の表情に戻った総理大臣が 朽樹 の顔の近くまで顔を寄せて小声で質問に答える。


「ある方からのご指名でもあり 朽樹 君、きみには親族がいないからだ…。」


朽樹 は総理大臣からの回答に言葉の前部分は少し意味が解らなかったが後の方は直ぐ理解して戦慄を覚え、


自身がもし行方不明や死亡したとしても極力不審がられない事を重要視した専任に 朽樹 は一気に血の気が引くのを感じ顔色が真っ青になった。


「守秘義務を守る限りその心配はない…。それにここにいる者すべては同じ条件、もちろん私もだ…それ程、今回の事案は


最重要機密であり最優先事項であるから 朽樹 君も行動にはくれぐれも注意してくれ。」総理は 朽樹 の顔から血の気が薄れていくのを見て直ぐに答えた。


朽樹 は守秘義務を守り限り命の心配はないと何度も自分に言い聞かせながら必死に不安になるのを抑え、直ぐに気持ちを切り替え残り少ない指定の時間迄の間に


総理と書類の打ち合わせを行った……そして突然この部屋のだた一つ空席だった席の周辺から全く聞き覚えのない声が聞えた。




「さて、それでは始めましょうか♪」




【 特別応接室 】で少し幼さが残る声が通った瞬間、円卓に座っていた総理大臣以下全員が立ち上がった。


朽樹 は何が起こっているか全く分らなかったが幸運にも反射的に同じ様に立ち上がった。


突然、全く聞き覚えが無くこの場に相応しくない幼さが残る声が聞えた辺りに 朽樹 は立ったまま目をやると先程まで空席だった円卓の一席に突然、男性が座っていた。


顔立ちは幼さがのこるが彫が深くハリウッドスターの様な日本人ばなれした端整な顔立ちで陸上選手の様なしなやかな体つき、身長は180cm程高いが


声変わりしていない様子など幼さが目立ち学生服を着ている時点で高校生もしくは中学生のようだ。


朽樹 がこの部屋に入って来た時から居たのなら大の大人に混じった一人の少年は否が応でも目に留まり少年の存在をハッキリと認識するはずだし 朽樹 が部屋に入ってきてから


誰一人と出入り口から入ってきてはいない…だったら何時?どうやってここに居るのか…空席だった席に近くのカフェで一息ついてる様な雰囲気で


喋り始めた少年を見て混乱と恐怖を胸に 朽樹 は驚きの声を噛み殺し全員を見渡した。 朽樹 以外、全員に驚きの表情は無くそれ以上に緊張感と恐怖の入り混じった何とも言えない表情を浮かべながら直立していた。


「ああ、挨拶はいいからちゃっちゃっとやろうか♪。」この場には全く似合わないと言っていいほどの緊張感のない喋り方で突然現れた少年が言うと全員が座り、


書類を手に取って少年にゆっくりと確かめる様に官房長官が話し始める。


「現在最優先事項で進行しています【 三ヵ年計画 】の初期段階【能力選定】は御身から頂いた【鑑定のアーティファクト】を元に自衛隊の全部隊及び全警察官約50万人から


鑑定した結果、31,235人が適正有りの確認がとれ、先月新設した【 特殊守衛隊 】に適正者約3万人の配置転換を昨日すべて完了いたしました。」

 

「あははっ!、早い、早いね~♪、やっぱり自分たちの命がかかってると早い、早い♪」少年は座っていた椅子にもたれ掛り、天井を見上げ揶揄う様に言った。


「じゃあ、【覚醒のアーティファクト】を渡すから来週ぐらいから随時始めっちゃってくれる♪。」とおもむろに言いながら少年は左手を横に伸ばすと同時に伸ばした左手の前腕から約半径50cm程の


大きさで何もない空間が突然波打つように歪む。その瞬間マンホール程の大きさの真っ黒な穴が現れその穴に少年は伸ばした左手を突っ込みそしてゆっくりと左手を穴から抜き出した。


「ひっ!!」と一人の秘書官から小さな悲鳴が上がる。


抜き出した少年の手には手の様な形をした異様な物体が握られていた。恐竜の指の様な形をした赤子の腕ほどある大きさの指が四本あり、


その指先にはルピーの様な真紅に輝く大きい恐竜の様な爪が付いている。大の大人の顔をすっぽりと覆う大きさの掌部分には人の目の形をした


目玉が付いていてギョロリと頻繁にあらぬ方向に目玉が動いている。色は全体にどす黒く血管の様な物が浮き出ており血液が流れているかのように


ドクドクと脈打っている様子はその手自体が生きているかのように見えた。


「う~ん…使用方法の説明がめんどくさいから実際に使ってみようか。」少年は背もたれに体を預け足を組み、回りを見渡しながら言った。


「じゃあ…そこの女の人、こっちに来て。」防衛大臣の秘書官を見ながら少年は言った。


少年に呼ばれた女性秘書官は瞬く間に顔から血の気が失せその場で腰から崩れ落ちた。


「ひっ!!!、い、いや…こ、殺さないでください…。」ガタガタ歯を震わせながら腰が抜けて動けない下半身を引きずり逃げるように少年から遠ざかり女性秘書官は少年に懇願する様に訴えた。


「ひどいな~。俺はそんな事する様に見えるかい?」少年はおどけるように両肩を上げ肘を折り、両方の掌を上に向けるポーズで答えた。


「お願いしますっ!!!。お願いしますっ!!!。お願いしますっ!!!。おねがぁっう゛ぅぇっ!!!!!」女性秘書官は少年に懇願する様に訴えて続けていると突然、首元を掴まれた様に宙に浮き


両手、両足がまるで十字架に磔にされているかのように何もない空間で静止してまるでベルトコンベアで運ばれているかのように少年の元までそのまま空中を移動した。


「大丈夫、大丈夫♪、適正が有れば死ぬ確率は凄く低いよ。」とまるで子供を診察している医師の様な口調で少年は言うと椅子から立ち上がり持っていた【覚醒のアーティファクト】と呼ばれる禍々しい物体を


何もない空中で磔にされている女性秘書官の頭を覆う様に被せたと同時に【覚醒のアーティファクト】と呼ばれる禍々しい物体と女性秘書官の頭の間から青白い光が突然放ちだした。


「あっ…あっ……っ!!がぁっ!!ごぁっああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」女性秘書官は小刻みに全身を震わせ


口の中に水が入った状態で叫んでいる様な声を上げながら頭から噴水の様に血を流し女性秘書官の断末魔の様な叫び声が部屋中に響き渡った。


血が噴き出した女性秘書官は暫く小刻みに震え全身が静かに止まった後、糸の切れた操り人形の様に動かなっくなった。


「っと、こんな感じで【覚醒のアーティファクト】を適正者の頭に当て、白く輝いて少し経つと自然と離れるよに動くから止まったら終了ね。」と少年は友達にスマホの使い方を教える口調で言いながら


【覚醒のアーティファクト】と呼ばれる禍々しい物体を既に死んでいる女性秘書官の顔から離した。


顎が外れたように開いた口、白目をむいた目に耳、鼻と顔の全ての穴から大量の血が流れて死んでいる女性秘書官の顔が現れた瞬間、数人の嗚咽する音と押し殺す様な悲鳴が


血の匂いと恐怖が充満した部屋に一瞬だけ響いた。


「適正者でも適正が低いとこんな感じで死んじゃうからそこら辺の対応は考えてね。」やる前から結果がわかっていたかの様な口調で少年は言うと 朽樹 の方に目を向ける。


「じゃあ…次は… 朽樹 さん。」少年はそう言いながら数歩円卓から離れるように 朽樹 に近づいた。


朽樹 は自分の名前を呼ばれたことにしばらく理解できずにいたが少年が 朽樹 の方に近づいてきた事で自分が呼ばれた事に気付いた瞬間、一気に血の気が引き


腰から下に力が入らなくなり崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。


「ひっ!!っえっ!!…い、いやだっ!!!、し、死にたくないっ!!!」 朽樹 は涙目になりながら必死に少年に訴えかけた。


「あ、今度は本当に大丈夫だから。」少年の顔には先ほど死んだ女性秘書官の返り血が鮮やかにかかっているのを少しも気にする素振りを見せずに笑いながら言った。


「いやだっ!いやだっ!いやだっ!、いやぁあ゛っう゛ぇっ!!!!!!」 朽樹 は必死に抵抗する様に腰の抜けた下半身を引きずり逃げるように移動していると突然


見えない大きな手で喉元を掴まれた感覚に襲われ、機械で首を持ち上げられたように何もない空間で強引に首を支点に体が持ち上がり宙に浮いた。


朽樹 は苦しさのあまり首元に手を動かそうとした時、また同じ様に見えない大きな手で両手、両足を掴まれたような感覚に襲われ、先程の女性秘書官と同じように


何もない空間で十字架に磔にされたような姿になった。


朽樹 は必死にもがいて逃げ出そうとしているが全く動かない。磔にされた状態で宙に浮かんでいたが突然、先ほどと同じ様に宙に浮かんだままベルトコンベアーで運ばれているかのように少年の目の前まで移動した。


そして少年は先ほど死んでしまった女性秘書官と同じ様に【覚醒のアーティファクト】と呼ばれる禍々しい物体を 朽樹 の顔に被せる。


朽樹 の顔に被せられた禍々しい物体の隙間から光が溢れ出すと 朽樹 の全身が小刻みに痙攣を起こしだした。


「あっ…あっ……っ!!がぁっ!!ごぁっああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」 朽樹 は絶叫と共に禍々しい物体を被せられた顔の部分から


内臓が勢いよく吸い出されている様な悍ましい感覚に全身を支配されると同時に足元から多量の血液が押し込まれるような感覚が流れ込んできた。


「あっ…あっ……あっ…………あ。」 朽樹 は息も絶え絶えな細切れの言葉を口に出しゲル状の水槽で溺れるような感覚に囚われた後、全身の内臓が全て入れ替わった様に感じた。


朽樹 は血液以外の温かい液体の様な物が体中に循環している感覚を感じ不思議な力が溢れてくるのを感じた。


「?っ!!」 朽樹 は自分の顔から【覚醒のアーティファクト】が離されていくのを感じ、瞑っている目をそっと開けると目の前には黄金の光を放っている少年が 朽樹 の顔を覗いていた。


余りにも眩しく光を放っているので 朽樹 は目を細めながら見ていると黄金の光を放っている少年は満面の笑みで 朽樹 に言葉を送った………。




「あははっ!、ようこそ、魔法の世界へ。」




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