復讐代行致します
水無瀬 薫
第1話 復讐代行致します
世界には裁かれない悪が在る
法を犯し、罪に塗れ、正義を踏み躙り生きる者がいる
そんな彼らに虐げられた哀れな迷える子羊たちへ、救いの手を差し伸べる素敵なお仕事
復讐代行致します
AM 2:00
とあるオフィスビルの屋上。ビル風は悲鳴を上げ、灯りはぶちまけられた宝石のよう。見ているだけなら綺麗なものだが、その下に潜む闇は計り知れない。
眼下に広がる夜景には目をくれず、青年は予定時刻を告げるアラームを止めた。すでにセッティングの澄んだ狙撃銃を構えなおせば、慣れた親しんだ冷たく硬い感触が、思考をクリアにしていく。
赤外線スコープの向こうには、肥えた腹を揺らしながら歩く男の姿。財界の大物らしいが、その身には悪い噂が絶えない。しかし、こういったゴシップというものはどこにでも転がっているありきたりなものだ。
彼自身もどこにでもいる俗物と変わらない、ということ。
違うのは、金と権力を持っている、ということ。
瞬間、銃の反動を感じると同時に視界から男が消えた。下にずらせば、血を流して倒れ伏す肉塊が一つ。
目的を果たせばもはやここに用はない。遠くから近づいてくるサイレンの音を背後に、青年は暗闇に消えていった。
§
「あ。」
「どしたー?」
「ネイルミスった。うわやる気なくすー・・・・・」
音を立ててクッションに頭が埋まる。投げ出された手にはサーモンピンクのネイルが握られていた。
「やり直しゃいいじゃん。チップ変えればいくらでも綺麗な爪作り放題っしょ?」
「これ自爪なんだけど。」
「ネイル全部拭き取ってチップはってやり直せ。てかその方が楽だしワンタッチでいつでもどこでも気分次第で自分のお気に入りの爪になれんだろーがそのほうが絶対よくね?」
「女捨ててるキサラちゃんに言われたくない。」
「いやいやいや嫌?失礼だな君女を捨ててるだって?捨てちゃいないよまだちゃんと女のままだよバベルの塔は築いてないから生物学上きちんとメスのままだよ?」
大量のモニターから目を離さず、しかもキーボードを打ち込む手も止めることく返された反論。
しかし大きく意図も論点もずれた返しにため息が返された。
「そーいうところが、女捨ててるっていうんだよ。何なの下ネタとか、馬鹿なの?」
「女が下ネタいっちゃいけないという法律は無いし言ったところで誰も恥ずかしがったりしないし気にするような奴も皆無なのでその暴言は許されざるものだと抗議したいんだが女狐さん。」
「女狐ゆーな!僕はもっと愛らしい!」
「愛らしいとか自分で言っちゃいますぅ?wwww」
「当たり前でしょ。僕は世界中の誰より可愛いんだから。」
「あーはいはいソウデスネ。っと、通信だ。」
細かく振動する端末の通信を取り、ついでにモニター脇にあるマイクとスピーカーも付ける。ダイレクトに音声を流せる用意した途端に、声が流れ出した。
『こちらHero。任務状況についての報告を頼む。』
「こちらWizard。先ほどHollowより伝達あり。任務は成功帰還途中。これにより合計5件の代行作業が終了。詳細はいつも通り送りマース。」
『相変わらずいいペースだ。次の代行作業の調査も怠ってないだろうね?』
「Unknownより報告~。現時点で次回代行分の調査は終了、精査された依頼から6件見繕って潜入開始します。」
『結構。では、気を付けてみんな仲良く任務にあたってくれたまえ。以上だ。』
「イエスマイロード!ってことでさいなら~」
『相変わらずさっぱりだね。もうちょっと世間話とかしてくれt』
ブツッ
「名前も顔も素性も年齢性別その他詳細不明な謎物体と世間話とか何それ何の罰ゲームだよ誰が楽しいんだよ頭沸いてんじゃねーの?」
吐き捨てられた言葉と共に引き抜かれたコード。沈黙する端末と適当に放ると、忙しなく画像や文字が流れていくモニターに目を戻した。先程の通信相手は一応上司なのだが、とてもそうは思えない対応である。
そのある意味常識的な反応は、新鮮かつ意外なものだった。
「そこ気にするんだ?」
「ったりめーだよ正体不明の謎物体とか警戒度MAXになるだろ世間話とかするかよ。」
「んー・・・・男には困らないし、お金もがっつり稼げるしぃ?別に僕はいいかなって思ってる。あ、でもイケメンだったらちょっとつまみ食いしたいかも~。」
暫しの沈黙があったの後、今まで怒涛の如くキーボードを打ち続けていた手が止まった。
「無いわー、さいっこうにないわ~!!!!そういうところどうにかできないのよ女狐さん。」
「女狐呼びを何とかしてから言ってよキサラちゃん。てか、画面の向こうにしか興味ないキサラちゃんより僕は至って健全だよ。」
「ビッチが何を喚いてらっしゃるんですかね寝言は寝て言え。」
「るせーぞ引き籠りのヲタク。つかテメーもバイだろが。」
「経験こそが我が創作の糧である!!!!!!!つかリアリティ求めたらやっぱ知識だけじゃ足んねぇと思うのよ濡れ場とかとくにってか嫁はいるからマジ嫁の演算能力神すぎて愛しい。」
如月が言うところの嫁、人工知能搭載スーパーコンピュータ、名前はジュリエッタ、の一部である黒いボックスを愛しげに撫でた。
その性能を滔々と語る如月の姿を見て、怒りなどどこかにいったのだろう。げんなりとしながら視線を逸らすと、マニキュア途中の爪に意識を戻した。
こうなったら10分は止まらない。今までの経験上、放っておくのが一番なのだ。
「・・・・・・・・・やっぱり気持ち悪いわ、キサラちゃん。」
「いやテメェも一般からは大きくずれた性癖もってんだから人の事言えねぇんだぞ珠ちゃんよぉ・・・・・」
「だってぇ、僕より可愛くない女の子の隣に僕が並んだら、女の子が可哀想でしょ?」
くすっと笑ったとても可愛らしい女の子、の外見をした男。きちんと手入れされた指が艶やかな髪を巻き取って弄ぶ。ごく自然な所作ひとつとっても、完璧に愛らしく美しい。声すらも甘く艶やかだ。
それは確かに本物で、しかし虚飾に塗れた偽物だ。
「自分より綺麗な男に抱かれる女の子が可哀想だし、なによ僕より可愛い女の子じゃないとその気にならないんだよね~。醜いもの、嫌いだし。でもね?男だったら可愛くなくていいんだもん。キスに耐えられる顔ならそれでオッケー☆」
「ひでぇ面食いの上、女を心の底から馬鹿にしている意見アリガトウゴザイマス。」
「画面の向こうに現を抜かすよりマシだと思うんだよねぇ。」
「散々体を貪っておきながら簡単にポイ捨てするような奴に言われたくねぇし画面の向こうだけなら誰も傷つかねぇし誰も泣かせねぇし逆もしかりでしかも法律にも触れず安全かつ安穏と恋愛をできるんだぞ天国じゃねぇか!!」
振り返ってもろ手を挙げ、声高らかに語る女性。ただし分厚い眼鏡をかけ適当に括られた髪、しかもスウェットという年頃の女性にあるまじき格好だが。
しかし悲しいかな、口調も格好も女らしくないが如月は確かに女性であった。
「全部妄想でしょー?うわ気持ち悪い不健全~。」
「顔が良くて男なら誰彼かまわず寝ちゃうビッチも世間一般から見れば十分不健全で不潔なんだぜ珠ちゃん。」
「でも僕性病とかかかったことない。」
「そいつぁよかったな。クラミジアにでもかかってきやがれこの野郎思いっきり笑ってやっから。」
「絶対に嫌だ!」
「うるさいぞ。」
感情のない声がした方に2人が顔を向けると、黒いロングコートに覆われた男が立っていた。背負っていたゴルフバッグ、と言っても中は銃器類がつまったかばんを下すと、ぽいとSDカードをモニターの方へ投げた。
「ぅわっとぉ!ちょい、ちょいちょい!キズク君!毎回言っているがもっと丁寧に渡したまえ!」
「今回の代行作業のデータは全部それに入ってる。」
「いや聞けよ。」
「不明点等あれば連絡してくれ。」
「聞けって。」
「何か報告に問題でもあったか?それとも次の仕事か?」
「ちげーんだよそういう事じゃねーんだよまあそれもあるけど!」
「そうか。で、次の仕事は?」
「5件だよー。ハイSDカード、全部入ってるから後はよろしく~。」
「分かった。明日の14時に出る。」
「いやだから聞けよ!ワーカーホリック!」
「12時まで一切の通信は切っておく。何かあったら緊急連絡の方で通信を入れてくれ。」
「おやす~。」
そのまま放っていたカバンを持って再び部屋を出ていった。報告義務のみはたして自室へ行くのはいつもの事だが、相変わらず人の話を聞いていない。
カード内の情報は綺麗に整備されており文句の一つもない出来だ。仕事は完璧だ、問題なんて何一つない。ないのだが。
「しょうがねぇのは知ってるけどマジでロクでもねぇよな此処にいる人間は。」
「それにちゃんと自分は入ってる?」
「一応。」
「じゃ、いいんじゃなぁい?僕らはさぁ、世間ってやつに馴染めてなかった逸れ者みたいなもんだし。ロクでもないのなんて、当たり前でしょ?」
「まーなぁ・・・・それがデフォな奴の集まりだし。」
§
世間一般的に見て『法を犯す』ことは『罪』である。『罪』があれば『罰』を受ける。
ごくごく自然且つ当然なこと。法治国家なら、当たり前のこと。
しかしそれを逃れる者がある。金だったり、権力だったり、いろいろ理由はあるかもしれないがともかく。
法で治められ平等を謳われる現代に、依然として残る弱肉強食、自然淘汰の摂理。弱者は排除されるのみ。
それでも、被害にあって辛い思いをする者がある。怒りに燃え、怨みを募らせ暴挙に及び、あるいは悲嘆に暮れて己が命を投げ出す。
彼等が願うのは『復讐』――――――――――それを代行するのが『正義の大罪』
執行人はすべて、世間からつまはじきにされ『罪』を負った者達。
彼等は穢れきっている。故に新たな穢れを恐れない。血に濡れることを厭わない。それが日常と化しているから。
世界と相容れない彼らがその手にかかるのは『罪を逃れた者』のみ。
『法』で裁けぬ『罪』を負った悪人のみを手掛ける正義の行使者。
故に『正義の大罪』
彼らはそんな大義名分の下、罪を重ねる正義のヒーローだった。
復讐代行致します 水無瀬 薫 @minasekaoru
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