第3話、あるいは入学式およびある少年にまつわる人々の苦労(愚痴)話①

 「皆さんおはようございます! 平日朝5:25から新鮮でホットな情報を皆様にお送りする『Brand New Morning』、時刻は8:00となりまして、ここからわたくし関谷トモが、皆様の朝をお『トモ』させていただきますよろしくお願いしまーす!」


 モニターからは今一番の売れっ子女子アナウンサーが愛想の良い笑顔を振りまく姿が映し出され、スタジオから沸き起こる拍手と芸人上がりの司会が「いよっ、可愛いよ!」と合いの手を入れる声がスピーカー越しに聞こえる。スピーカーの技術は最早頭打ちと言われており、出演者の声はその場に居るかのような臨場感を伴っている。


 「うむ。長年女子アナというやつを見てきたが、やはりこの手の職種に就くのは図太い神経してなきゃ無理なのかもなあ。こいつも相当腹黒いと儂は見た」


 畳に胡坐をかき、テーブルの前に座る銀髪の鬼。テーブルの上には急須と湯呑が置かれている。


 「ま、腹の黒さで言えば儂には及ばんがな。年季が違うんじゃ年季が」


 呵々(かか)と、楽しげに笑いテレビを見る。そうしているうちに番組は今日の一押し情報を特集するコーナーになる。


 「さてここからは本日一番のトピックスにフォーカスを当ててお送りする、『トモのイチオシNews Today』のコーナー! 行ってみましょー! イエイ!」


 テンション高めのアナウンサーと湧き上がる拍手、歓声(主に男)に対し、銀髪の美鬼は苦虫を潰したような表情を浮かべる。


 「はい今日もやって参りました『トモのイチオシNews Today』のコーナー。トモちゃん、今日のトピックスはなんですかねぇ?」


 司会である芸人が女子アナウンサーに言葉を促す。


 「はい! 本日のトピックスはこちらです! 日本時間今日午前7:30、ついに明かされた謎の新人精霊騎士、桜咲 春翔! 世界最強クラスの精霊騎士(キャバリア)、『煌翼の姫武者』桜咲 椿の血縁者である彼の、謎に包まれたその素顔に迫ります!」


 「やっと出たか! 小娘や餓鬼共のつまらん話にもううんざりしとったんじゃ!」


 それまでだらけきった姿勢だった彼女だったが、そのニュースを耳にした途端に姿勢をただす。

 今日の朝9:00から行われる日本国立精霊騎士学校高等部の入学式。それに伴い国際精霊騎士協会は今日の日本時間朝7:30に、桜咲 春翔を正式に精霊騎士に登録し、情報開示義務に応じて全世界にその存在が顔写真と共に公表されることになったのだ。


 15歳で、12歳以降の年齢で世界で初めて契約を結んだ春翔に対し、日本を含めた各国の研究機関、報道機関、その他後ろ暗い団体を含めた様々な機関は昨年末から躍起になってその足取りを追っていたのだ。情報保護はほぼ完璧であったが、僅かな穴から漏れ出た『桜咲 椿の血縁である』という情報に、世界がさらに色めきだったのだ。


――世界、人類に対して厄霊の討伐や救助活動でどれだけ貢献してきたか。また精霊騎士自身の能力がどれほど評価されているか。それによって精霊騎士はランク付けされているのだが、上位7名を『殿堂騎士(パラディン)』と呼び、協会の運営に携わることができるなどの大きな権利が与えられる。

 日本人として史上初、そして日本人として現在唯一の殿堂入りを果たしているのが、春翔の叔母にあたる桜咲 椿。現在27歳である。刀を思わせる怜悧さを宿しながらも、その美貌は名前の通り鮮やかな艶と色を兼ね備え、その絢爛たる戦いぶりは見る者の目を惹きつけやまない。世界でも最も人気のある精霊騎士だと言っても過言ではない――


「それが桜咲 椿という精霊騎士です。名実共にトップクラスの精霊騎士。その彼女の血縁ということもあって、名前も分からないその騎士への注目は高まる一方でした!」


 番組は椿、および春翔についての説明を行っている。バックモニタの映像では椿の戦闘シーンや協会のシンポジウムで演説を行う映像が繰り返し流れている。その映像を見ながら彼女は急須に淹れた緑茶を湯呑で呑気に飲んでいた。


 「そしてこれが本日朝7:30、今から40分ほど前に公表された桜咲 春翔君の写真です!」


 そうしてとうとう、協会に提出した写真がスタジオの空中投影ディスプレイに映し出された。椿と同じ黒髪に、瞳も同じく黒。緊張している面持ちで撮られたであろうその写真を見て、スタジオがにわかにざわつきだした。


 「椿もそうじゃが、ハルも中々に男前に映っとるじゃないか。まあ儂の弟子であり『子孫』なんじゃから、当然と言えば当然かのう? 時を越えて継がれるほどの儂の美貌! いやあ我ながら恐ろしいのう!」


 その場で聞くものが居れば思わず聞き返さずにはいられない台詞を放ち、豪快に呵々と笑う。テレビでは中年半ばのコメンテーター(彼女に言わせれば〈笑〉の文字が付くのだが)がコメントしている。


 「いやあしかし椿さんほどの、何と言うんですかこう鮮烈さはないと思うんですけどぉ、見てたら味があるというか、彼も中々にイケメンですよねぇ。それにどことなく椿さんの面影もあるような。トモちゃんどう? 春翔君みたいなタイプは」


 間延びした声に苛立ちに近い不快さを感じつつも、春翔のことを褒めているということで彼女は良しとし、テーブルの上にある湯呑に手を伸ばして


 「そうですね、 正直言うとちょっと幼すぎるかなって印象なんですけど、あと3年もすればもうバリッバリの守備範囲内です!」


 バキリ。


 手に取った湯呑を思わず握りつぶしたが、その手には傷一つ付いていない。僅かに残っていた茶が机と手を濡らす。売れっ子女子アナのこの発言に、スタジオがさらに沸き立っていた。


 「おう小娘。言葉は考えて選べ。ちょっとふざけて言ったつもりに繕ったようじゃが6割くらい本気だということくらいは声聞いてて分かるんじゃコラぁ……!」


 風で揺れているように、彼女の銀髪が波打つ。彼女が放つ怒気に部屋の空気は軋みをあげる。その様はまさに伝承や口伝で伝え聞く鬼の威容そのものだった。

 深呼吸して徐々に気持ちを落ち着かせ、彼女は自身の右手を見る。


 「ハルに変な虫が付かんように、椿に言い含めるべきかのう。というか、やってしもたわ。片付け面倒じゃのう」


 スタジオは女子アナの発言で色めき立っていたが落ち着きを取り戻したようで、司会が場の進行を執り行う。


 「ここで今回、専門家の意見をお伺いするために一人のゲストをお呼びしています。これまで精霊騎士、精霊、厄霊についての数々の著書を執筆され、そして3月に発売された『精霊と精霊騎士の200年を振り返る』が3週連続でネット売り上げを記録した精霊騎士ジャーナリストの――」


 「あ、こいつ! 昨日読んでたあの屑本書いとった阿呆じゃないか!」


 スタジオに現れたのは白髪交じりの痩せぎすの男。先日庭で燃やして処分した本の作者と知り、自然と声に怒りが混じる。


 「――ということなのですが、先生今回のこの一連の動き、どういう風に捉えておられますか?」


 関谷アナは取り繕った自身のキャラの鳴りを潜め、淡々とそのジャーナリストに話を伺う。骨と皮だらけの鶏がらのような喉を動かし、早口気味にジャーナリストはそれに答える。


 「ええそうですね。お二人とも見てくれだけは良いから今回の件もセンセーショナルな出来事として社会に受け止められておりますが、私は今回の件、そう単純な話ではないないと思っています。今回見えてくるのはやはり日本政府と協会の――」


 「あーあ、怒りが一周回ってもうどうでもよくなったわい」


 その声の調子からは、今や番組そのものへの興味は失われていた。どうでもよくなった、という台詞とは裏腹に、見られた者の精神を凍死させるほどには冷めた視線であったが。


 「こんな糞餓鬼がジャーナリストとは、この国の報道もいよいよ終わりかの。……箒と塵取り持ってこよ」


 湯呑の破片を集めて立ち上がる。そうしてTVの電源を消さずに部屋を立ち去った。モニターはしばらくジャーナリストの息もつかせぬ言葉を垂れ流していたが、やがて部屋から誰も居なくなったことをセンサーが感知し、ディスプレイTVは跡形もなく消え去った。


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