プロローグ4
いったいこれは何かと思っていると、私の右腕が彼の体内へと吸収されるように沈みこんでいった。気持ち悪い程生暖かく、引き抜こうとしても、まったくと言っていいほど手が抜けなかった。手はどんどんと彼の体に入っていく。すると、指先に何か動くものが触れた。定期的にリズムを刻む様に動いていたそれは、まさしく心臓であった。私の手はそこを欲する様に勝手に動き、脈打つ心臓をガッチリと掴んだ。嫌悪感しかなかった。
ふと私に身体に目をやると、奴の手も私の体に入ってきていた。私の挿入される初めては、非常にも、気持ちの悪いドワーフに奪われてしまった。おそらく彼も、私の心臓を掴んでいるのであろう。
本当にこれは一体何なのか、魔法のようなものなのか、超能力のようなものなのか。
私は全くと言っていいほど冷静になれず、アタフとするだけであった。
突如、ガンっと脳天に衝撃が走った。彼が、私の明晰な頭脳の保管庫に頭突きをしてきたのだ。するとなぜか、安らかな、母に包まれているような、幾万もの愛と幸せを無償で受けている、そんな気分に陥ってきた。私の意識はふっと消えた。
何もない。フワフワと暖かな場所であった。プールで遊んだ後、眠りにつくと時のような。フワフワと暖かな場所だった。
思考が鈍っている感じがした。何をしても失敗する程の気の抜けた状態であることがよく分かった。
「旅の者よ。」
どこからか声が聞こえた。
「聞こえておるか、旅の者よ」
おっさんの声が聞こえた。キュートで可愛い6歳から14歳程度の女神でもなければ、威厳正しい正立の良い感じの神の声でもなかった。酒に焼かれた年季の入った声だった。
すると目の前に、先ほどのドワーフがいた。私は嫌な顔した。
「そんな顔をするな、貴様、名は何という」
「叡二、八軒屋叡二だ。人に名を聞くときは自分から名乗るものだぞ。おっさんは?」
「これは失礼した。ジョン・ヘイワード・マクレイだ。この荘園の農奴監督官助手をしておる」
ジョン・ヘイワード・マクレイ……。マクレイ……?
なんてことだ。嗚呼、なんということなのだ。このドワーフ、ルルちゃんの父親なのか……。
ん……?どういうことだ。言葉が通じいるではないか。なんだこれは。
「賢樹豪傑なるお義父さま。愚鈍な私めに今の状況を教えていただけますでしょうか?」
「どうした、いきなり改まって。ふむ、そうじゃな。此処を知らぬということは、本当に遠くから来たのじゃな。此処は『真通の間』といってな、マコト教の秘術で、概念上の相手と会話できるのじゃよ。だから、言葉が通じなくても会話ができるのじゃよ。」
なんということだ。超能力初体験だ。これは一体なんなのだ。科学的に証明できるのか。いや、できないだろう。なんの物理的証拠がなければ、証明もできない。しかし、体験者が同時に存在するとなると、どうなるのであろうか。秘術と言っているあたり、再現性は高いのか。待て、コストはなんだ。この『とんでもグローバルシステム』の代償は何になるのだ。私、気になります!ダメだ。聞きたいことが山積みだ。どうしよう、何から聞くべきなのだ。
「エージよ。聞いておるか?注意しておくが、ここで嘘をつくことは厳禁であるぞ。決して『偽る』ことをするな。もし、してしまったら命はないと思え。分かったな?」
「し、死ぬんですか?」
「ああ、最初に互いの心臓を掴みあったであろう。あれは嘘をついて早くなった鼓動に反応し、嘘をついた時点で相手の心臓を引き抜くのじゃよ。」
私はその話を疑うことができなかった。おかしなことばかり起こっており、何を信じればいいかは分からないが、これは本当なのだと直感で確信した。
「そういう訳できこうか。エージよ、貴様はどこから来た?」
「……遠くから来ました」
「何処からじゃ?西か?東か?」
「わかりません」
「……なるほどのぉ。では、完全に記憶はあるか?」
「…………ありません。少し抜けています」
「では、聖クルトのスパイではあらんな?」
「違います!私は……」
私は一体何なのか。此処にきた記憶もなければ、出来ることもない。元いた世界での知識はあれど、ここでこのような超常現象にあってしまえば、無用の長物だ。私は。本当の、嘘偽りない私とはなんなのだ?
「……質問を変えようか。君はこれからどうしたい?」
どうしたい?どうもできない私は、何をすることができるのか。何もない、家族も仲間も友人も。何もない私は一体なにができるのか。必死に考え、考えに考えて、悔しくて涙が出てくるまで考えて。そして、その時思い出した。
ルルちゃんだ。あの時のルルちゃんもそうだった。彼女も考えていた。私よりも小さい子が、全身全霊で一生懸命に。言葉も通じず、不審な奴を相手に全力で考えてくれた。私を助けるためだけにだ。
涙が止まらなくなってきた。人の温もりを心の底から感じた。
私の心は決まった。
「ルルちゃんを。ルルちゃんに関わる全ての人を助けたい!」
それから、二年の月日が流れた。
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