プロローグ3

 その瞬間、ただ一時、刹那であろうか。私の時間は奪われた。いや、世界の時間が止まったような気がした。『回り合わせ』などというものでは無く、人類の使命などのちゃちな物でもない。宇宙や、生命体、時間や空間、次元にまでも祝福された出会いであった。


 私はハッと正気に戻った。彼女の眉は少し上に上がり、口が軽く開いており、体をキュッと閉める様に構えている。見慣れぬ者への不信感を抱いているようだ。こうなってしまうと、私からどのようなトークをしようと、彼女の心は開かれない。なので、会心の一手を打つ。


 私は何もしない。動かない、話さない。ただじっと優しい顔で、彼女の、薄く濁った茶褐色の瞳を見つめる。見続ける。これが会心の一手。かなり怖がった表情をしている。我慢をするのだ私。彼女の困った顔を見たくないのもわかる。だか、見ることができる。浅識で、単純で、享楽的で、それゆえ、だからこそ、気高く尊い。今はそれを楽しめ。そして耐えろ。


「ufa?(謎言語)」


 きた!言語が違うのか!英語や、その他言語のようなものでもないらしい。そして、いま発した言葉はどう考えても「何?」もしくは「誰?」にあたるものであろう。どちらであっても、これから言語を学ぶのに必要になる。


 よし、次の一手だ。私は片膝をつき、花の冠を彼女に載冠する。少しぽかんとしている。かわいいな。可愛さを表現するとしたら、頭にのせた冠はハローのように輝き、銀河をも司る。彼女は、自分が世界中心であることに気が付くまで、完全な可憐さであり続けるだろう。少々思いをはせ過ぎたか、次の一手はこうだ。私は自身を指差す。「エ・イ・ジ」とゆっくり、はっきり名乗る。それから、その指を彼女の方へ優しく渡す。一瞬の困惑があったが、合点がいったのか、閃いたように「ルル!」と笑顔で答えてくれた。それは、私がここに来て抱いていた、不の感情をすべて晴らしてくれた。この笑顔は世界の悪を根絶やし、平安をもたらすものであろう。現に私の心の悪は浄化されたのだから。


 いかんな、話が進まない。ルルちゃんか。いい名前だ。頬をリラックスさせ、軽く微笑みながら、舌で口蓋ひだの少し手前をエロティックに撫でるように発音する。彼女の容姿や笑あ顔に調和させるほどに良き名であるな。


「ルル・エア・マクレイ!」「お兄さんは?」「お花の冠ありがとう!」「どこから来たの?」「変な服装だねー」「ルルね、今度の冬に9歳になるんだよ」「お兄さんは?」「今ね、お花を摘んでいたの!」


 質問攻めにあう。しかし、私にはなにも理解できない。ニコニコと話を聞いているが、心の底から悔しく思う。本当に申し訳ない。自身を殺してやりたいとも思えるほどである。


 頷きながら次の一手を打つ。私は、そこらにあった木の棒を拾う。そして「ufa?」と彼女の音を真似て聞く。「eosdikv? ejsy od yjod?」と彼女は答えてくれた。「eosdikv?」はおそらく、木もしくは木の棒、棒などの意味であろう。「ejsy od yjod?」は、どうしたの、それが何か、それも知らないのか、などそのあたりの意味になるであろう。


 よしよし、次は木の棒で地面に絵を書く。ズボンをはいた人と、少し離れた位置にスカートを履いた小さい人を書く。そして、自分を指差し、ズボンをはいた方を指す。彼女はそれを見て、ほうほうといった様子であった。そして、もう一方の絵を指してから、彼女のほうに指をさす。うんうんと、愛らしく、首を縦にしている。あとは、私が遠くから来たことと、困っているということを簡単に説明すると、彼女はその子供特有の柔らかく、肉々した腕を組み、ウンと悩んでくれた。


 すると、何かを思いついたかのように、身体をピクリとさせた。そして、右手をグーに、左手をパーにして、“閃き”のポーズをとったのだ。


 私にはそれが、右手は『地球』を、左手は『愛』を司っているように見えた。この星は、彼女の慈悲深き愛でできているのかと、そう思ってしまった。


 そんなことを思っていると、彼女は私の腕を掴んできた。


 すると、グイグイと私朝の腕を引っ張り、村の中心へと誘っていく。私は不味い気がしてきたが、彼女は一向に泊まる様子を見せない。なされるがままであった。


 引っ張られたそこは、先ほど目についた、石造りの建物であった。扉には“目”が描かれており、いかにもな宗教建造物であった。私はルルちゃんに、苦笑いをしながら困った顔をすると、彼女はまた、宇宙を統べるほどの笑顔を返してくれた。私はその笑顔に精神を奪われていると、彼女は扉を開けてズカズカと中に入っていった。


 不味いと思いと思ったのもつかの間、扉の先にいた者たちが一斉にこちらを向いた。その視線は、元の世界でも味わったことのあるものであった。


 私は立ちすくんでしまった。それをしり目にルルちゃんは私に対して手招きをしている。私は彼女に従うことしかできず、ソロソロと中に入っていった。


 中はまさしくと言っていいほどの教会であり、50人近くの老若男女が長椅子に座っていたが、人数に対して内部は狭く、すし詰め状態であった。そして、一番奥の教壇には二人の男女がこちらをしっかりと睨んでいた。


 男の方は、ドワーフのような50代の中年であった。女の方はというと、下劣な乳を携え、老体で、20代前半だろうか。醜くも紫色のローブを纏い、上品に取り繕う佇まいは、ゲロ臭いほどの生娘感を演出していた。生理的に受け付けないようなやつである。


 我らが魂、蝋燭に滾る炎のような小乙女こと、ルルちゃんはというと、ドワーフの横でどや顔をしている。かわいい。


 私は教壇の前まで行き、三人の前に堂々と立つ。ドワーフは睨み、下品な女は少し不安そうな表情で、ルルちゃんはどや顔をしている。私はというと、ルルちゃんを眺め、口角の角度を調整できずにいた。


 するとルルちゃんが思い出したかのように、その二人に話しかけて何かを説明していた。下劣悪の糞女はそれを聞いていたが、ドワーフは何も反応せずにこちらをにらむばかりであった。


 全てを説明したルルちゃんは、ドワーフに甘えるようにおねだりを始めた。その姿は、マリーアントワネットでもパンを与えてしまうほど、人間の甘やかす心をくすぐらせた。


 ドワーフはそれによって、意図もたやすく落ちたようだ。しかし、仕方あるまいよ。


 ドワーフと豚女は二人で話し合い始めた。幾分かののち、彼は私に何かを話しかけてきた。私は一切理解できず、愛想笑いだけはしていた。


 彼は納得したように表情であった。私は不安でいっぱいであったが、ルルちゃんが視界にいることで、救われた。やはり彼女はメシアであった。


 すると突如、彼は私の腕を掴み、自身の筋骨隆々の胸を触らせてきた。死にたくなった。すると今度は、彼が私の胸を触ってきたのだ。殺してやりたくなった。


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