エピローグ
ガラガラガラ……
と何かが走る音。
わたしは誰かが駆け足で押すストレッチャーの上で目を覚ました。
横には赤い袋を掲げるようにして持った美百合さんが一緒に走っている。
「ああ、よかった。目を覚ましたのね」
美百合さんが安堵の息を吐く。
「あなた、無茶苦茶よ。日本刀で首切ったんだって? 頸動脈に傷が入っていたわ。もう少し深かったら帰ってこれなかったかも知れなくてよ」
「あの、ここは?」
見覚えのない病院だ。
美百合さんの病院よりもずっと広い。
「知り合いの病院。新宿と中野の間にあるから手術室を貸してもらったの。救急車で運んでもらったのよ。AED使ったり強心剤打ったりして大変だったんだから」
と、美百合さんは、
(救急車じゃ私の病院に運んでもらえないじゃない?)
耳元に手をやり、小声で言葉を添えた。
「応急で血管は閉じてあるんだけど、これから手術してちゃんと傷を塞ぐから」
よく見れば美百合さんはもう緑色の手術着を着ていた。
照明の明るい白い部屋に運び込まれる。
手術台の上に移されると、背後でドアの閉まる音がした。
¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨
いつか、どこかで見た光景。
またもやわたしは美百合さんのマンションの客間に作られたインスタント病室に寝かせられていた。
ベッドの隣に置かれた高級そうな白い革のスツールの上では美百合さんが優雅に足を組み、ゆったりとタバコを吸っている。
窓際には宇賀神さん。美百合さんが淹れてくれたコーヒーを飲んでいるようだ。どうやら足はもういいらしい。これも美百合さんが治したんだろうか。
「で、たっくんは見つかったの?」
「見つかりました」
わたしは答えた。
気道まで斬ってしまわなくてよかった。喋れなくなっちゃうところだった。
わたしの怪我はそんなには深くなく、頸動脈を少しえぐった程度だという。
それであの噴水?
頸動脈ってすごい。
「キョウヤはどうなった?」
と宇賀神さん。
「メッタ切りにして燃やしました」
「燃やした?」
「はい。そうしないと再生しちゃいそうだったから」
「じゃあ、死んだんだね?」
「と、思います。完膚なきまで心をへし折ってやりました」
「それはすごいな。じゃあ、これで安心だ。アリス君、ハンターに鞍替えしたらどうだ? 君のその腕なら十分ハンターとしてもやっていけるだろう」
「そうよう、冥土・ハンターって儲かるのよ。お金持ちになれるわ」
本当に美百合さんはお金が大好きだ。
「いえ、わたしはエスコートの方が合ってます」
やんわりと美百合さんの目に浮かんだ¥マークを打ち消す。
今なら判る。
わたしは冥土♰エスコートだ。
ハンター、殺し屋ではない。
殺し屋はシリアルキラーだ。
でも、わたしは違う。
わたしは、護るために殺す。
快楽殺人者とは違う。
「それよりも」
と、わたしは気になっていたことを宇賀神さんに訊ねてみた。
「これって殺人? わたし、キョウヤを殺しちゃった」
「ハ、まさか」
宇賀神さんが笑う。
「この世に存在しない奴を殺したところで殺人にはならんよ。そんなことを言っていたらS課は成り立たん」
「よかった〜」
心の底から胸をなでおろす。
「まあ、あと三日はゆっくりしていらっしゃいな。ちゃんとご飯も作ってあげる。今度は何でも食べられるわよ。お肉にする?」
「マトン・ステーキ、はダメですよね?」
「もう少し軽いものがいいわね。晩はハンバーグを作ってあげましょう。明日以降はご相談ね」
結局、たっくんたちのご遺族から頂いた二百五十万円の半分以上は治療費に消えてしまった。
これじゃあ何だか美百合さんの一人総取りみたい。
何となくずるい気がしたけど、二度も命を救ってもらった手前、文句は言えない。
その日の夜、わたしは夢を見た。
子供たちの夢。
そこは明るい、森の中の泉だった。
低い梢を片手で払うようにしながら奥へと向かう。
奥の方から子供たちの笑い声がする。
やがて、明るい泉の前に出た。
見れば子供たちがみんなで遊んでいる。
たっくん、光ちゃん、結菜ちゃん、樹くん、大和くん。
みんな楽しそうに笑ってる。
『あ、有栖姉ちゃんみっけ』
たっくんが泉の向こうからたーっと走ってくる。
すぐにわたしの腕にしがみつく。
『あ、ずるーい』
結菜ちゃんも走ってくると反対側の腕にぶら下がった。
後から光ちゃん、樹くん、大和くんも追いかけてくる。
「みんな、元気だった?」
わたしはひざまずくと子供たちを抱きしめた。
『うん、みんな元気だよ!』
結菜ちゃんがキャッキャと笑う。
「よかった。みんな、会えたのね」
『はい。しばらく待ってたら拓海が来たんで、これで大丈夫です』
「ところでみんな、ご両親にもちゃんと会った?」
もう一つ、わたしは気になっていたことを五人に訊ねてみた。
「うん、会ったよー」
「毎晩遊びに行ってます」
「一晩中話し込んだりしてますね」
それぞれが口々に答える。
よかった。ちゃんとご両親にも会っているのね。ならばもう安心だ。
「そう。それはよかったわ」
わたしは五人に言った。
「でも、別れ際はやっぱり辛いかな」
樹君が少し表情を曇らせる。
「まあ毎晩会えるからいいんですけど、おかあさんが泣いてるのを見るのはやっぱり嫌、かな」
確かにそれは辛いかも知れない。夢の中では会えるけど、現実には死んでいるのだ。この子たちはいずれ成長するだろうけど、ご両親はそうは行かない。
あの人たちの時間はきっと子供が死んだところで止まっているだろうから。
いつかはこの子たちの方が大人になる。
あるいは逆か。
いつかはこの子達がご両親に忘れられてしまう可能性だってある。
どちらにしても、それは悲劇だ。
(今は嫌なことを考えるのはやめよう……)
わたしは頭を切り替えると話題を変えた。
「ところであなたたちは今、何をしているの?」
『わたしたちねー、今シギョウしてるのー』
結菜ちゃんが元気よく答える。
『修行でしょ?』
と光ちゃん。
『修行?』
『もっといい魂になって、次の世界に行くためには修行が必要みたいなんです。なので、ここで女神様に教わりながら色々修行しています』
『すごいんだぜ、算数よりずっと楽しい!』
「へー、そうなんだ。頑張ってるんだね」
『うん!』
それからしばらくの間、わたしは泉のほとりで子供たちとお喋りしたり、みんなで人狼ゲームをして遊んだりした。
みんなとっても楽しそう。
これならきっと大丈夫だ。
気がつけば、日が傾き始めている。
『じゃあ、僕たちそろそろ戻らないといけないから、行きますね。また遊びに来てもいいですか?』
『結菜も結菜も!』
「いつでもいらっしゃい。待っているわ」
わたしはにっこりと笑った。
『じゃあ、有栖お姉ちゃん、またねー』
みんながキャッキャと笑いながら泉の向こうの森の中に消えていく。
よかった。みんな無事だったんだ。
みんな、一緒に会えたんだ。
目が覚めた時、わたしの枕は涙で濡れていた。
¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨
期末試験も終わり、半ドンだったお昼時。
理沙に連れられてわたしは新宿で寄り道をしていた。
なんでも『コールド・ストーン・クリーマリー』とか言うアイスクリームがどうしても食べたいのだという。
全くこの子は。
お昼がアイスってどうなんだろう。
冷たい石の上でネトネトに練られたアイスクリームをそれぞれ一つずつ。大きなワッフルコーンに乗せてもらい、透明なスプーンを使って時折お互いのアイスを交換する。
「ね、美味しいでしょ」
理沙が満面の笑みを浮かべている。
「うん、美味しい」
果物が砕けていて確かにとても美味しい。なんでかクッキーも入っていたが、それが逆にアクセントになっている。ちょっと食感がブラックサンダーみたい。
お昼ご飯には全然足りないけど、たまにはいいかも知れない。
と、椅子の背中にかけたバックパックからブーン、ブーン、と携帯電話が呼んでいることに気づいた
「あ、ごめん、電話だ」
バッグの中からハムスターを探り出し、ズルズルッとスマホを引っ張り出す。
「美百合さんからだ……もしもし?」
『アリスちゃん? わ・た・し。あなた、今どこにいるの?』
「新宿のルミネでアイス食べてます」
『あら、ちょうどよかったわ。ちょっといい仕事が入ったのよー。食べ終わってからでいいから私のところに寄ってくれる?』
「わかりました」
電話を切って、ハムスターごとバッグに投げ込む。
「何? お仕事?」
アイスを舐めながら理沙がたずねる。
「うん。バイト入っちゃった」
そう、わたしは冥土♰エスコート。現世と来世の間で誰かを天国にお送りするのがわたしの仕事。
「じゃあ、わたし先に行くね」
わたしはワッフルコーンの最後の尻尾を口に入れると席を立った。
バックパックを背負い、竹刀入れを肩にかける。
「はーい。行ってらっしゃーい」
まだ半分アイスを残している理沙がニコニコと片手を振る。
わたしは背中に理沙の視線を感じながら新宿駅の雑踏へと吸い込まれていった。
道に出てからふと振り向き、新宿駅の駅舎を仰ぎ見る。
さて、今日はどんなお仕事が待っているのだろう。
──冥土♰エスコート 完──
冥土♰エスコート 蒲生 竜哉 @tatsuya_gamo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます