9−3
まるで長篠の戦いで織田の鉄砲隊に対峙した武田軍の騎馬隊のような気分だった。
避けても躱しても銃弾の雨が降り注ぐ。
「オラ小僧、次だ!」
キョウヤが声をかけるたびにたっくんが銃を投げる。
練習していたようで二人の動作は息が合っていた。
キョウヤが声をかけ、装填済みの銃を受け取ると撃ち切った銃をたっくんに投げて返す。受け取ったたっくんは黙々と銃を再装填する。
受け取ると同時に三発のファニング・ショット。それも二回。
左右に大きく動いたり、バク転したりしながらなんとか躱し続けてはいるものの、徐々に『西瓜割』で払い落とす銃弾の数が増えてきている。
こちらがキョウヤの動きについていけなくなっている証拠だ。
運動量もこちらの方が圧倒的に多い。
かれこれ二十分。
状況は膠着している。
「一回に二発撃つのがダブル・ショット、三発撃つのはトリプル・ショットだ。豆知識だ、冥土の土産に覚えときな、メイドのねーちゃん」
ニヤニヤしながらキョウヤが言う。
冥土の土産なんていらない。
だいたい、ここ冥界じゃん。冥土ってどこよ?
こんな時、お師様だったらどうするだろう?
要は弾の供給源を断てばいいのだ。
たっくんを昏倒させるか?
いや、それはできない。二キロを超える鉄の棒で叩いたら、峰打だとしてもただでは済まない。
そもそもわたしにたっくんは叩けない。
わたしはキョウヤから目を離さないようにしつつ、川沿いを上流に向かって走り始めた。
しかし、キョウヤは動かない。
ついてくる必要がないからだ。
キョウヤは遠くからも撃てるが、こちらは接近して斬りかからないと話にならない。
立場は圧倒的にこちらが不利だ。
この作戦もダメか。
つられてキョウヤがこちらに走ってきてくれることを期待したのだが、そこまでバカではないらしい。
決してたっくんのそばから離れようとしない。
仕方なく、回りこみながらキョウヤの銃弾を躱せるギリギリの距離にまで間合いを詰める。
「小僧、後ろに行ってろ。そこはあぶねーぞ」
キョウヤが自動給弾器と化したたっくんに声をかける。
キョウヤは別にたっくんの身を案じた訳ではない。
この弾幕を絶やさないようにするためにたっくんを守っているのだ。
「う、うん」
たっくんが再びキョウヤの背後に回る。
「おらぁ!」
三発のファニング・ショットが衝撃波を引きずりながら扇形に迫ってくる。
身体を反らしてこれを避ける。
ギリギリの回避だ。
銃弾の引く衝撃波がメイド服の胸元に大きな裂け目を作る。
たっくんはちらちらとわたしのことを気にしているようだったが、それでもキョウヤの言うことに従い続けていた。
目が涙に濡れている。嫌で嫌で堪らない、そんな表情だ。
「どうしたねーちゃん、そんなことしてても時間の無駄だぞ!」
銃を交換した後の三発のファニング・ショット。
三角形に弾が飛んでくる。
わたしは左の二発を身体を滑らせてかわすと最後の一発を『西瓜割』で止めた。
ガギンッ
嫌な音が『西瓜割』からする。
『西瓜割』も限界にきている。
もう、いつ折れても不思議じゃない。
そうこうするうちに再び二発。
避けたつもりだったが、逃した一発がエプロンドレスの肩を切り裂く。
あと一発。
一番狙いやすいタイミング。
「フンッ」
空かさず間合いを詰め、腰構えから小手を繰り出す。
至近距離から撃たれてはかなわない。
キョウヤが撃つ前に下からの斬り上げでコルトSAAを弾き飛ばす。
「ウォッ」
銃を弾き飛ばすまでには至らなかったものの、キョウヤの両手が大きく開く。
「キェイッ」
心臓めがけて刺突。
だが、身体を捻ったキョウヤにギリギリで躱わされる。
わたしの放った刺突はキョウヤの胸に浅い切り傷を負わせたが、それだけだった。
すぐに飛び退り、再び大きく間合いを取る。
「これで終いだ!」
こちらが下がる途中でキョウヤがさらに一発。
ガチッ
なんとか『西瓜割』で受ける。
だが同時に……
西瓜割の刀身が屈服し、ついにその場で砕けてしまった。
ガチャン……
ガラスの破片のような音を立てながら『西瓜割』の刀身が粉々に砕けて下に落ちる。
「ウハッ、なんかチャンス? 小僧、次だ」
キョウヤが銃を受け取ろうとたっくんの方を向く。
わたしは折れてしまった『西瓜割』から両手を離すと、柄が地面に落ちるよりも速く即座に震脚した。
両手を開いて『西瓜割』を錬想。
ここでならすぐに熱が集まる。
ブンッと地熱が唸りを上げる。
すぐに黒い光が凝集し、真新しい『西瓜割』が現れる。
キョウヤがこちらを向いた時、わたしの手の中にはもう新しい『西瓜割』が握られていた。
「あ? なんだその錬想速度は?」
キョウヤが呆気にとられる。
「あんた、化け物か」
どちらももうボロボロだった。
キョウヤは主に刺突で、わたしは避け損ねた銃弾で。
頬にも深い傷ができている。
拳銃の弾は真空の衝撃波を引きずりながら飛んでくる。たとえ弾をかわしてもこの衝撃波で服や肌を切り裂かれてしまうのだ。
「おれ、もう嫌だ!」
その時突然、たっくんが立ち上がった。
「おれは有栖姉ちゃんの味方をする!」
言うなり、空のままのコルトSAAを川の方に放り投げてしまう。
「バ、お、おま、馬鹿野郎!」
突然のたっくんの反逆に、慌てたキョウヤがたっくんに食ってかかる。
「小僧、何をしやがる!」
その瞬間、キョウヤの注意が逸れた。
もらった!
「イャーッ!」
突進し、背負った『西瓜割』を袈裟懸けに斬り下ろす。
そのまま切り上げ右手を断ち切り、返す刀で右肩に斬り込む。
鎖骨が砕け、肋骨がバキバキと音を立てながら大きく斬り裂かれる。
さらに刺突、抜いて胴。
いずれも傷は深い。
「う、グォッ……」
キョウヤは斬りつけられた肩を左手で押さえるとグラリ、とよろめいた。
ここから先は虐殺だった。
胴をメッタ斬りにし、キョウヤの動きを止める。
右腕を肩から落とし、左腕も念のために切断。
右膝を断ち切り、左脛も切断した。
ドンッ
最後にわたしは逆手に持った『西瓜割』の刺突を倒れこんだキョウヤの心臓に叩き込んだ。
「……や、やるな、姉ちゃん」
全身バラバラにされているのに、血が出ていないので不思議と気味が悪い感じはしない。
バラバラになったお人形が散らばっているような無機質な感じ。
「ここまでやられたのは初めてだ。……いいぜ、ガキは連れて行きな」
だが、わたしはその言葉には耳を貸さず、キョウヤに言った。
その時、わたしはとても冷たい眼をしていたと思う。
「あなた、ここでは放っておいたら再生しちゃうでしょ? もう再生できないようにあなたの心をへし折ってあげる」
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