第九話 デュエル
9−1
冥界に着くと、とりあえずわたしは身支度することにした。
「あれ? 持ってこれちゃったんだ」
右手には『西瓜割』が握られている。
いつの間にかに色が黒に戻り、刀身に走るルーン文字も『死者に久遠の平安を』に変わっている。
なんとなく、なんでもできるような気がする。
現世で錬想してわたしは少しパワーアップしたようだ。
さして熱を集める必要は感じなかった。これなら勁の熱と地脈の熱を少し借りるだけで事足りそうだ。
試しに作りたいメイド服をイメージし、くるりと一回転。
着替える必要もなく、粒子化したセーラー服はシュオン……と小さな音を立てて黒いメイド服になった。
細かいパーツも同時に出来ている。
白いエプロンドレスやエナメルの靴は元より、ペチコート、サイハイソックス、ちゃんと糊でピンとしたホワイトブリム。
いつも履いている薄いベルトパンプスはヒールのあるオペラパンプスに変えた。つま先立ちになるせいか、ヒールがある方がなんでか少し動きやすい。
こうやって一瞬で変身すると、なんだか子供の頃に好きだったアニメの魔法少女みたい。
そして拵え。
今まではベルトに鞘を差し込む『脇拵え』にしていたが、これではどうにも取り回しが悪い。そこでわたしは思い切って二本のベルトで刀を吊る『太刀拵え』に拵えを変えた。
これなら抜刀も納刀も遥かに速くできる。
つと、腕の時計を見る。
時計は六時一五分で止まっていた。
でも、今なら判る。
時計は止まっているのではない。時計は現世の時間を示しているのだ。
これは、わたしと現世との繋がり。
ネズミがわたしと冥界との繋がり、そして時計が現世とわたしとの繋がり。
わたしは腰回しに錬想したベルトを使って重い『西瓜割』を吊り下げると、一路Los Muertos目指して走り始めた。
¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨
すぐに追いかけたと思ったのだが、思ったよりも時間がかかったようだ。
三秒? 五秒?
もうそれなりに時間が経っているようだ。
周囲にはキョウヤの気配も、たっくんの気配も感じられない。
だが、あれだけの重傷だ。
たとえ冥界で精神体となって傷を癒すとしても全く時間がかからないとは考えにくい。
絶対に奴はLos Muertosに潜んでいる。
これはもはや確信だった。
あとは場所を突き止めるだけ。
それに、目星はついていた。
最初にキョウヤに会った場所。
キョウヤがゆかりさんと住んでいた家。
あの家が怪しい。
Los Muertosは相変わらず埃っぽい街だった。
昔の映画で決闘をしていそうな雰囲気の街だ。
決闘か。上等じゃない。
今度こそキョウヤをブチ殺す。
覚悟は、出来た。
あとはわたしの心がその覚悟に追いつくかどうかだけ。
どこか現実感のないわたしが、自分のことを鼓舞するかのように両手でほっぺたを軽く叩く。
わたしはLos Muertosに着くと、裏の方から回り込んでキョウヤの隠れ家と思しき家の様子を見てみた。
よろい戸が開いている。
誰かが住み着いたのでなければキョウヤが帰ってきているということだ。
気配を消し、足音がしないように周囲を探る。
その場でじっとし、しばらく動かない。
動かなければ気配は消える。
中から子供の声がする。
「おれ、もう嫌だ」
「嫌だったって、お前もう引き返せねえところまで来ちまってるよ。俺に付き合うか、地獄に行くかのどっちかだ」
「……どっちも嫌だ」
たっくんの涙声。
目星をつけた通りだ。
この家はキョウヤの隠れ家の一つなのだろう。
どうする?
奇襲するか、それとも名乗りをあげるか。
名乗りをあげるのはあまりにバカバカしい。かと言って奇襲というのも剣士として如何なものか?
しばらく考えた末、わたしは正攻法で行くことにした。
表に回り、引き戸を開ける。
中にはギョッとした表情のキョウヤと泣き顔のたっくんがいた。
「キョウヤ、勝負よ。今日こそ決着をつけましょう」
キョウヤはラフな格好だ。ジーンズを履いた裸の上半身にウェスタンシャツを羽織っている。
やはり怪我をしているようだ。裸の胸に包帯のようなものを巻いている。
キョウヤほどのメンタルでも、あのダメージは大きかったようだ。
「なんだ、姉ちゃんか。あんたもひつっけーな、ここまで追ってきたのかよ」
「……殺るの? 殺らないの?」
「ちょっと、待ってくれ。身支度をする時間をくれ。俺にもそれなりの準備ってものがある」
妙に神妙な面持ちで、キョウヤはわたしに言った。
キョウヤは「川縁の最初の木のそばで待ってな」と言い残すと奥に引っ込んでしまった。
おどおどと何度もこちらを振り返りながらたっくんが後を追う。
一度ついて行ってしまった手前、どうしていいのかわからないようだ。
こっちに来てくれればいいのに。
でも、今それを言うのはためらわれた。
下手をしたらたっくんに害が及ぶ。
今はこのままにしておいた方がいい。
指定された木に寄りかかってキョウヤを待つ。
今度は勝てる。
キョウヤの銃は六発しか撃てない。戦いながら弾を錬想して再装填というのはまず不可能だ。
六発撃たせてしまえばこちらの勝ち。
六発撃ち切る前にもらってしまったらこちらの負け。
だが、キョウヤもそれは気がついているだろう。
何か策を立ててくる、そんな気がする。
やがて、キョウヤが現れた。
いつものカウボーイの格好だ。
ウェスタンシャツに皮のベスト、ジーンズに皮のチャップス、それにウェスタンブーツ。
わたしはチャップスをもっぱら馬に乗るための服だと思っていたが、こうしてみると刀に対する耐性も高そうだ。
分厚い皮で刃が止まることはないにせよ、威力が落ちるのは避けられない。
「待たせたな」
とキョウヤ。
「さあ、殺ろうか。俺たちの大好きな殺し合いだ……抜いていいぞ。今日は負ける気がしねえ」
「じゃあ、遠慮なく」
わたしは鯉口を切ると、太刀拵えの鞘からスラリと『西瓜割』を抜いた。
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