8−5

 わたしは腰構えに白銀の『西瓜割』を据えると、油断なくキョウヤを睨みつけた。

 四尺の日本刀。色が違うことを除けば冥界でいつも使っている『西瓜割』と重さ、長さともに変わらない。

 これなら、行ける。

 今度は勝てる。

「チェイッ」

 わたしはいきなり抜刀するとキョウヤの胴を強襲した。

「うおっ」

 キョウヤが大きく後ろに飛び退る。

 一発残して二発再装填したから、キョウヤの銃には三発の弾が残っているはずだ。

 とにかく攻め続けないと。

 キョウヤに弾を作らせてはいけない。

 そのまま連撃。

 斬り返して再び胴、そして小手を狙う。

 できれば腕の一本も切り落としたい。

 両手がなければファニング・ショットは不可能だ。


 むしろ問題なのはこの立地だった。

 天井が低い。

 わたしの身長では上から振りかぶると天井の蛍光灯に当たってしまう。

 と、


 パアンッ


 と言う軽い音。

 宇賀神さんだ。

 宇賀神さんが小さなピストルで牽制してくれている。

 みたところ、キョウヤの銃と同じ、蓮根タイプだ。

 ただ、キョウヤの銃よりもはるかに小さい。

 これでは一発でキョウヤを止めることはおそらくできないだろう。

「おめーら、二人掛かりってのは卑怯じゃねえか?」

「…………」

 無言のまま、再び腰構えから今度は横面を打ち出す。

 だが、これはファイント。本命は銃を持った右手だ。


 パンッ


 再び宇賀神さんの射撃音。

 うまい。キョウヤがわたしの連撃をかわして体勢を立て直そうとしたところに宇賀神さんが撃ち込んだ。

 小さな銃弾が脇腹に当たり、そこから赤い血液が辺りに飛び散る。

「ウッ」

 キョウヤがガクッと膝を突く。

 チャンス。

 わたしはキョウヤの右上腕を狙って左側から剣撃を撃ち込んだ。

 だが、浅い。

「ウォッ」

 キョウヤが危うく上半身を反らしてわたしの攻撃を躱す。

「キェイッ」

 裂帛の気合いを込め、空かさず刺突。

 『西瓜割』の刃がキョウヤの右肩を掠める。


 と、そのままの体勢からキョウヤがファニング・ショットを放った。


 ドゥンッ!


 二発の銃弾が狙い違わずわたしに向かって飛んでくる。

 これは、かわせない。

 とっさに『西瓜割』をかざして二発の銃弾を刀身で受ける。


 ガチンッ


 『西瓜割』の刀身から火花が散る。

 弾かれた銃弾がお店のシャッターに穴を開ける。

「はあ、はあ」

 キョウヤが肩で息をしている。 

「こりゃ、ダメだな」

 キョウヤは最後の一発を宇賀神さんに向かって放った。

 殺らせるか。

 わたしは射線に飛び込み、その銃弾を刀身で叩き落とした。

 空かさず宇賀神さんから反撃。


 パンッ、パンッ


 肩で息をするキョウヤの胸に銃弾が吸い込まれる。


「殺ったか?」


 期待を込めて宇賀神さんが呟く。


 だが……

 キョウヤはゆらりと立ち上がると意外にも素早い動作で元来たお店の角に飛び込んだ。

「逃がさないッ」

 わたしも慌てて後を追う。


 次にわたしが見たのは、今までに見たこともない光景だった。

 キョウヤと泣きじゃくるたっくんが黒いオーラに包まれている。

「出直しだ。姉ちゃん、強いな」

 その黒いオーラの中、キョウヤは二本立てた指で敬礼のような挨拶をした。

 軽薄な動作。

 そのままオーラが凝集し、黒い光の粒となって四散する。

 

 残ったのは黒い光の粒子の残渣。

 残渣を残し、黒い光はその場から音もなく消滅した。


「冥界に、逃げた?」

 不自由な身体で、宇賀神さんが片足を引きずりながら歩いてくる。

「クソ、逃げられたか」

「わたし、追います」


 わたしにも冥土・エスコートとしての覚悟がある。

 たっくんは絶対に取り戻す!


 わたしは迷わず白い『西瓜割』の刃を喉に突き立てていた。

「お、おい、何を」

 宇賀神さんが慌ててこちらを振り向く。

「逝ってきます。後のことはよろしくお願いします。美百合さんにお願いすればなんとかしてくれるはずですから」

 そのまま力を入れ、思い切り刃を引く。


 ブシューッ


 まるで振ってしまった炭酸ジュースが噴き出るような音とともに、真っ赤な鮮血がわたしの喉から吹き上がる。

 

 あっという間に、わたしは死んだ。

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