6−4
わたしは油断なく周囲を見回しながら、Los Muertosの大通りを歩いていた。
子供たちは先を歩かせている。
昨夜何があったかも知らない子供たちは気楽なものだ。
いつものように、街は静かに落ち着いている。街行く人もごくわずかだ。
だが、油断はならない。
この街の住人は無気力だし、そもそも駆け込もうにもここに警察はない。
結局ここで自分の身は自分で護るしかないのだ。
重く沈んだ街の中、ワーワーと騒ぎながら歩くわたしたちは異様に浮いていた。
「バーンッ」
またたっくんが指をピストルにして乱射している。
どこで覚えてきたのか指の先を口で吹いて、テンガロンハットのつばを押し上げたりしている。
一方、結菜ちゃんはまたわたしの左手を握っていた。
この子は本当にわたしの薄い手を握るのが好きだ。楽しそうにわたしの左手を握った右手を振っている。
その後ろから光ちゃんと樹くん。この二人はしっかり者だ。それとなくみんながバラバラにならないように注意をしたり、たっくんを引き戻したりしながら真ん中を歩いている。
一番最後が大和くん。
大和くんは光ちゃんからは「やっくん」と呼ばれているようだ。手足が細く、身体も小さい。ひょっとしたら大暴れしているたっくんよりも小さいかもしれない。
「大和くん、大丈夫? 疲れてない?」
わたしは大和くんに後ろから声をかけた。
「……大丈夫です」
声もあまり元気がない。
「疲れたら言ってね。休憩するから」
「……はい」
「有栖お姉さん、大丈夫です」
と樹くん。
「僕たち、遠足で山登ったりしてるし、大和も大丈夫でした。それに、大和は脚が速いんですよ」
「え? そうなの?」
「去年の運動会では一番でした」
「へー、すごいじゃない、大和くん」
「えへへ……」
大和くんがはにかんで笑う。
大和くんが笑うの、初めて見た。ただのおとなしい子かと思っていたけど笑うとかわいい。
「じゃあ、急いで街を抜けちゃおうか。土手を歩いた方が気持ちがいいわ」
「おれ一番!」
「ダメッ」
走ろうとするたっくんの襟首をぐいっと光ちゃんが引き戻す。
「な、なんだよう」
「ダメでしょ。一緒に行きましょうって有栖お姉ちゃんが言ったんだから、一緒に行くの!」
「わ、わかったよう」
たっくんは光ちゃんに頭を下げながら襟を引っ張ってシャツを整えると、それでも先頭に立って歩き始めた。
結局、街の中では特に妙な動きは感じられなかった。
視線も感じないし、こちらに向かう敵意もない。
少し、眠い。
結局ほとんど寝ていない。まったく、夜襲は迷惑だ。
「ふわ……」
思わずあくびが漏れる。
いけない、いけない。
ここで気を許しては。
「有栖お姉ちゃん眠いの〜?」
結菜ちゃんは呑気なものだ。
「昨日たくさん歩いたからね。でも大丈夫よ、結菜ちゃん」
後ろ向きに歩きながら反対側の手で結菜ちゃんの頭を撫でる。
つやつやで気持ちがいい。それにかわいい。
「♪ あっるっこー、あっるっこー」
わたしが再び歌い出すと結菜ちゃんも元気よく歩き出した。
異変を感じたのは、街から出てすぐだった。
大通りが終わるところ。
突然、強い敵意を感じる。
不意に、ヌッと大きな人影が側の家の陰から現れた。
「待ったぜえ」
キョウヤ!
「やっぱりここに来たか。網を張っておいて正解だった」
「みんな、わたしの後ろに隠れて! あの人は悪い人よ!」
「へ、『悪い人』とはえらい言われようだな」
キョウヤの瞳は相変わらず昏く、そしてよどんでいた。
「しっかし昨日の晩は効いたぜ。まさか壁越しにぶち抜かれるとは思わなかった。おかげで退散退散ってね。仕切り直しだ」
やはり、昨夜のはキョウヤだったのか。
「キョウヤ、何が目的?」
油断なく『西瓜割』の柄に右手をかけながらキョウヤに尋ねる。
「ほう?」
キョウヤが驚いた表情をする。
「名前を覚えて貰ったかよ。そりゃまた光栄なこっちゃ」
わたしの背後では樹くんと光ちゃんが残りの三人を集め、物陰に身を潜めている。
「俺らの稼業ではやられっぱなしって訳にはいかんのよ、姉ちゃん。仕返しはせんとなあ……あと」──と、ちらりとわたしの背後の子供たちに目をやる──「そこの子供に用があるのよ。ちょっと、二、三人貸してくんない?」
「ふざけないで!」
「無論、タダとは言わん。お礼はするよ。……例えばこんな風にな!」
いきなり発砲。
例の蓮根みたいな古い銃。
だが、わたしの剣技の前に二度目は通じない。
わたしは素早く居合の要領で抜刀すると、目の前に飛んでくる弾丸を弾き落とした。
「わたしに銃撃は効かないわよ」
殺られる前に殺る。
とっととぶち殺してしまわないと子供が危ない。
でも。わたしに人を殺せるのだろうか?
ダメだ。
わたしはこの子たちを護るのだ。
迷っている場合ではない。
わたしは抜刀した『西瓜割』を脇構えに据えた。
腰の高さから発砲されるキョウヤの銃弾を弾き落とすのであれば、この構えが一番有利だ。
「おいおい、勘弁してくれよ。また腕を持っていくつもりかよ」
困ったように言う。
だが、その言葉には妙な余裕があった。
「だが俺もな、あれからちょっと技を磨きなおしたのさ。今度はこの前みたいにはいかないぜ」
ホルスターに銃を戻し、いつでも握れるように右手を添える。
奇妙だったのは、今度は左手で銃をカバーするように置いていることだ。
確かにパパと観た西部劇の映画であんなポーズをしているのを見たことがある。
だが、その意味は判らなかった。
「一発なら叩き落とされちゃうみたいだけどな」
ニヤニヤとキョウヤが笑う。
「四発だったらどうだ?」
と、キョウヤが背中を反らせる独特の姿勢で銃を抜いた。
瞬時に、突き出される銃の上を左手が滑る。
音は一発。
だが、銃口から撃ち出された銃弾は四発だった!
弾が発射された瞬間、周囲の時間が劇的に遅くなる。
銃弾の軌跡が線のように見える。
頭、胸、腹、脇腹。
三発は弾き落とせる。
わたしは頭を狙ってきた弾と胸に向かう弾を同時に弾き落とし、切り返す刀で腹を狙った銃弾を払い落とした。
しかし、思った通り右脇腹の弾には間に合わない。
そう。
脇腹に向かう銃弾はどう刀を動かしても受け切れない。
ならば犠牲を度外視してでも一太刀浴びせるべきなのに、わたしの身体はいうことを聞かなかった。
迷いがわたしの動きを鈍らせる。
「グゥッ」
重い銃弾の直撃を受けて、わたしは身体をくの字型に折って吹き飛ばされた。
「有栖お姉ちゃん!」
子供たちから悲鳴が漏れる。
「……ゲフッ」
口の中が血生ぐさい。
ここは精神の世界だ。すべての事象は精神に支配される。
だから、内臓を破壊されて口に血が逆流しているのもただわたしがそう思い込んでいるだけ。
現にキョウヤは腕を断ち切られても平気な顔をしていた。
こんなもの、精神力で克服してやる。
だが、またしてもわたしの身体は動かなかった。
まるで全身が痺れたよう。腕にも脚にも力が入らない。
「まったく、五発撃ってやっと一発かよ。姉ちゃん、強すぎだぜ」
つと銃をホルスターにもどしたキョウヤが歩み寄り、尖ったウェスタンブーツのつま先でわたしの脇腹を蹴り上げた。
「グッ……」
さらにもう一発。
キョウヤの顔を睨むことすらできない。
その場で苦痛に背中を丸くする。
わたしが身じろぎできないことを確認すると、キョウヤはゆっくりと銃を抜いた。
ヌッと巨大な銃口がわたしの鼻先に向けられる。
銃身の向こうにはキョウヤの顔。
人をバカにしたような薄笑いを浮かべている。
「生かしておくとロクなことがなさそうだからな。わりいけど死んでもらうぜ」
わたしは何もできない。
ここで頭を吹き飛ばされたらどうなるんだろう?
子供にそんなものは見せたくない。
もう一度、何とかして身体を起こそうと全身に力を込める。
ダメだ。間に合わない。
「……じゃあな、姉ちゃん。綺麗なお顔に風穴が空くが仕方がねえ。諦めてくんな」
キョウヤがニッと笑い、トリガーを引く。
だが……
銃声の代わりに聞こえたのは「カチン」という虚しい音だけだった。
「……チッ、シケ弾かよ。姉ちゃん、命拾いしたな」
キョウヤは忌々しそうに言うと銃をホルスターに戻した。
キョウヤがきびすを返す土の音。
背中を向けて去っていくキョウヤのウェスタンブーツの踵が見える。
「ダメ……、みんな、逃げて」
辛うじてそれだけの言葉を絞り出す。
「さーて、どれにしようかなー」
キョウヤが物陰の子供を物色する声が聞こえる。
なんとか身体を起こして子供たちの方を見ると、キョウヤはしゃがみ込んで一人ずつの顔を覗き込んでいるところだった。
「こいつと、こいつはダメだな。薹が立ちすぎている」
これは光ちゃんと樹くんだ。
「……お前もダメだ。なんだお前、なんでそんなに細っこいのよ」
これは大和くん。
「まあ、しゃあねえ。残りの二人を頂いていくか」
「ヤダ」
と不意に立ち上がると、結菜ちゃんは半泣きの表情でわたしに駆け寄り抱きついた。
「結菜は有栖お姉ちゃんと一緒にいる!」
「駄々こねるなよ、チビ。おもしれーぞ、俺と一緒だと」
「ヤダ」
キョウヤは両脇に手を入れて結菜ちゃんをわたしからもぎ離そうとするが、思ったよりも力が強い。
結菜ちゃんは頑としてわたしから離れようとしなかった。
「……しょうがねえなあ」
テンガロンハットの下の髪を片手でガリガリと掻く。
「じゃあ坊主、お前はどうする」
「おれ?」
「そうだ、チビカウボーイ」
「おれは……」
「俺とくれば本物のカウボーイにしてやるぞ」
「……ダメ、たっくん」
こんなところに落とし穴があったとは。こんなことならカウボーイ服なんて作らなければよかった。
キョウヤがカウボーイみたいな格好をしているのは知っていたのに。
「おれ、行く!」
「おう、そうか、いい子だ。じゃあご褒美に肩車してやる」
キョウヤはひょいとたっくんを抱き上げるとその両脚を肩に乗せた。
「本当にカウボーイになれるのか?」
「おう、男に二言はねえ」
「うおー、スッゲー」
「……ダメよ、たっくん」
去っていく二人の背中が霞んでいく。
街の中に二人が溶け込むと同時にわたしは意識を失った。
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