6−3
静かに夜が更けていく。
わたしは瞑目し、横坐りに座ったままうとうととまどろんでいた。
しかし、わたしの五感は起きている。
遠くで犬の吠える声、かすかな人の話し声、そして草むらから聞こえてくる虫の鳴き声。
ここでの生活は現世のそれとほとんど変わりがない。
冥界でも朝になれば日が昇り、夕方になれば日が沈む。
ただ、それが三千六百倍速いだけ。
違うとすれば、食事の必要がないこと、ものが朽ちないこと、それに現世から忘れられた人が静かに姿を消すくらい。
パチパチ……と小さな音を立てて囲炉裏の中で薪が燃えている。
燃えた薪はやがて、ガサッという小さな音とともに崩れ落ちた。
そろそろ新しい薪を焚べた方がいいかも知れない。
と、その時。
わたしは誰かの視線を感じた。
まだ、目は開けない。気取られたと気付かれたら面倒だ。
身じろぎしないまま、気配だけで周囲を探る。
最初は表口の方。
今は裏の方へ移動している。
わたしは
衣摺れの音すら大きく聞こえる。
わたしはとても夜目が利く。
しかも、相手が人であれば背中から漂うオーラも見える。
見つけるのは簡単だ。
だが……
気配を消している相手はなかなか見つからなかった。
どうやっているのか、いつもなら明るく見えるオーラも見当たらない。
そういえば美百合さんもオーラを消していた。
訓練次第でできるようになるのかも知れない。
五感を集中し、侵入者を探す。
どこ?
(キョウヤ、かしら)
いた。
よろい戸から中を覗き込もうとしているようだ。
わたしは片膝を立て、両手もついて這うようにしながらゆっくりと移動した。
途中、子供たちが寝ている寝所と囲炉裏のある居間の間を抜ける時は特に気をつけた。ここでいきなり踏み込まれたら面倒だ。
オレンジ色に燃える囲炉裏のかすかな光。
こういう時に黒いメイド服は便利だ。影に入ってしまえばほとんど目立たない。
向こうからは見えないように、影に隠れるようにして移動する。
わたしは音を立てないようゆっくりと鯉口を切ると、スラリ……と『西瓜割』を鞘から抜き出した。
まだ、向こうは気づいていない。
中の様子をうかがっている様だ。
チラと振り返り、子供たちを確認する。
ちゃんと五人いる。
拓海くんが盛大に寝間着をはだけて寝ているが問題はない。
わたしは相手に壁一枚隔てたところまでゆっくりと移動し、静かに『西瓜割』を構えた。
右手を握りなおし、下になった峰に左手を添える。
壁の向こう側で相手がまた身じろぎした。
今!
「フンッ!」
わたしはそのまま一気に薄い壁をブチ抜いた。
ドンッ!
両手を使って一気に柄まで。
踏み足を深く沈め、渾身の力を込める。
薄い板の壁を突き抜き、黒い刃が深々と突き刺さる。
キンッ
『西瓜割』が奏でる歓喜の叫び。
一瞬の後、
「ぐッ」
息を詰めた、苦痛に耐えるうめき声が表から聞こえた。
ズルリ……
突き刺さった『西瓜割』を壁から引き抜く。
暗い中、赤いルーン文字がまるで歓喜に打ち震えるかのように光り輝く。
壁の向こうに感じる人影に向かってすかさずもう一撃。
ドシッ!
だが、二撃目は空振りに終わる。
不意に、気配が消えた。
(逃げた?)
急いで『西瓜割』を片手に裏庭に出てみる。
貫通した壁の穴からオレンジ色の光が漏れている。
どうやらこの上の窓から中を覗こうとしていたようだ。
(外した……。殺し損ねた)
安堵すると同時に悔しい思いが込み上がる。
刺さったのはおそらく胴。深手を与えた嫌な感触が手のひらにまだ残っている。
だが、その場に痕跡は残っていなかった。
あれは必殺の間合いだった。
殺さないまでも、あれで行動不能にできないようではわたしもまだまだだ。
(浅かった? それとも気力……)
これは気を許さないようにしないと。
やはり、あの子たちは狙われている。
(今日は不寝番ね)
わたしは早々に寝ることを諦め、囲炉裏端に横坐りになった。
『西瓜割』を目の前に置いていつでも攻撃できる体勢に。
わたしは警戒を解かないまま、薄暗い明かりの中でいつまでも子供たちの寝顔を見つめていた。
¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨
「さあ、今日はカロンの船着場まで一気に歩くわよ」
朝、子供たちが目覚めたところでわたしはポンポンと両手を叩くと、みんなに声をかけた。
拓海くんだけがまだ起きてこない。
他の四人はもそもそと着替えている。
光ちゃんだけは恥ずかしいみたいで、部屋の隅っこの方で背中を向けて着替えている。
小さな白いパンツのお尻にクマのアップリケが見える。
とっても可愛い。
やっぱりアップリケをつけて良かった。
大和くんと樹くんには半ズボンとTシャツを作ってあげた。どんな柄にすればいいのかわからなかったのでとりあえず水色と黄色の単色に。
自動車か飛行機でも描いてあげれば良かったのかも知れないけど、わたしの画才ではどんな自動車になるか知れたものではない。
それでも二人とも嬉しそうだ。
やっぱり、現世で着慣れた服の方が嬉しいらしい。
「ほら、たっくん、早く着替えて」
ようやく起き出してきた拓海くんに声をかける。
「カウボーイになるんでしょ?」
「うん、わかった」
その場で寝間着を脱ぎ、枕元に大切そうに畳んでいたカウボーイ服を身につける。
「今日もたくさん歩くの?」
と光ちゃん。
「今日は、昨日ほどは歩かないかな。日が暮れる前には着けると思うわ」
わたしは光ちゃんに言った。
どうやら昨日はかなり疲れたらしい。
子供の足だ。確かに昨日はかなり歩いた。
みんなで布団を畳み、押入れにしまう。
観音開きのよろい戸を閉じ、最後に正面の入り口を戸締り(そうは言っても鍵はとっくの昔に壊されていたから、引き戸を閉めただけだけど)してから、わたしたちは元気よく出発した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます