6−2
Los Muertosはほこりっぽい、モノクロの街だ。
乾燥した空気が大通りをときおり駆け抜ける。雨がほとんど降らないため埃が立ちやすいのだ。
わたしは五人を連れて河側から大通りに入ると、目星をつけておいた空き家を目指した。
十字路の角の家。
ここなら便がいいし、周囲の様子もよくわかる。
わたしは結菜ちゃんの手を握ったまま周囲を見回した。
建っている家はまちまちだ。
江戸時代風の古民家もあれば、そこそこ新しい感じの家もある。
これはもっぱら錬想した建築家の趣味によるものだろう。
しかし、家を錬想してしまうとはそれはそれでとんでもない熱量だ。
一撃で建てられるとは思えない。何度も分けて建てているのに違いない。
わたしでもできるかしら?
つい、妙な方向に考えが向かう。
でも、家の構造なんてよく知らないから、できたとしてもきっと掘建小屋のようなロクでもない家ができるだろう。
やっぱり空き家暮らしの方が無難なようだ。
やがて角の家が見えてきた。
古民家風の商家作りの古いお家。家具などが残っているのは確認済みだ。布団があるかどうかはまだわからないが、一晩程度だったら最悪布団はなくても構わない。
ここは暑くも、寒くもない。
どうせ風邪をひくこともないわけだし、一晩しのげればそれでいい。
「じゃあ、今晩はここに泊まりましょう?」
ガラガラと引き戸を開ける。
中は少し埃くさかった。
みんなで窓を開け放して空気を入れ替える。
手分けをして箒もかけた。
入り口は広い土間になっていて、その先は囲炉裏のある居間、その奥が寝所になっている。
子供たちがワーワー言いながら掃除をしている間に、わたしは寝所の押入れをチェックしてみた。
布団が四組。
まあ子供たちは身体が小さいからこれで多分足りるだろう。
わたしは裏庭から薪をひと抱え持ってくると、それを居間の囲炉裏に組み上げた。
そして錬想。今回はものを作らないので簡単だ。
ただ単に熱を作って、これを囲炉裏の薪の上に置いた火口から焚付けに移してやるだけだ。
すぐに細い焚付けはパチパチと音を立てながら小さな炎を上げ始めた。
やがて、その炎が薪に燃え移る。
わたしは薪に十分に火が回るまで待ってから少し位置を動かして、燃え上がる火を安定させた。
日が傾き始めている。
囲炉裏の明かりでも多少はいいが、行灯がないので夜になったらかなり暗くなるだろう。
今日は早く寝てしまおう。
「みんなー、お布団引こう」
子供たちに声をかける。
わたしは子供たちと一緒に押入れから布団を出すと、囲炉裏のある部屋の隣の寝所に布団を敷き詰めた。
薄っぺらい敷布団が四組、掛け布団も4枚。
雑魚寝になってしまうが仕方がない。
「枚数が少ないの。みんな譲り合って寝てね」
「有栖お姉ちゃんはどうするの?」
と光ちゃん。
「わたしは隅っこの方に寝るから大丈夫よ」
わたしは光ちゃんの頭を撫でた。
「だからみんなは好きな場所に寝て」
「おれ、真ん中がいい」
拓海くんが早速真ん中に大の字になる。
「拓海くん、それはダメだよ」
と樹くんは拓海くんに言った。
「拓海くんは寝相が悪いから隅っこで寝て」
「えー、やだよ」
「ダメ」
樹くんは一歩も譲らない。
しばらく拓海くんは口を尖らせていたが、やがて、
「……ん、わかった」
と折れると右隅の方に移動した。
「反対側は有栖お姉さんのために空けておこう。その隣に女の子二人、その隣に大和と僕、最後が拓海くんね」
思ったよりも樹くんは仕切り屋さんだ。
しかも、ちゃんと力関係ができているらしい。
子供の社会は面白い。
「じゃあみんな、寝る場所が決まったら少し遊ぼっか」
「何して遊ぶの〜?」
興奮した様子で結菜ちゃんがやってくる。
「しりとりなんてどうかな?」
「しりとりするー」
「おれもおれも!」
早速拓海くんが走ってくる。
拓海くんは横座りになったわたしの膝の上に腰掛けてしまった。
「へっへー、特等席トッピ」
「あー、ずるいー」
定位置を奪われた結菜ちゃんが口を尖らせる。
「交代ね」
わたしは拓海くんの頭を撫でるとしりとりを始めた。
「じゃあ『しりとり』」
「り、り、『理科』」
「『怪獣』!」
「『う』だよ、大和くん」
遅れてきた三人に声をかける。
気がつけば、六人で囲炉裏を囲んでいた。
「『瓜』」
「『林檎』」
「『ご馳走』」
「『運動』」
また拓海くんの番だ。
「『うどん』!」
「はい、負けー!」
全員が拓海くんを指差す。
「じゃあ、どいてどいて。負けたんだから」
結菜ちゃんは拓海くんを無理やりわたしの膝からどかすと、ようやく自分の定位置に収まった。
甘えたように、後ろ頭をわたしの胸にぐりぐりと押し付ける。
「じゃあ、もう一回やろうか。『しりとり』」
わたしは子供たちに宣言すると、次のラウンドを始めた。
…………
……
五周もした頃にはかなり遅い時間になっていた。
早くも拓海くんは船を漕いでいる。
それにしても光ちゃんはしりとりが強い。
必ず終わりが『る』で終わるか、初めと終わりが同じ音の言葉を選んでくる。
まあ、それだけ長くいろいろな本を読んできたということなのだろう。
わたしはポンッと手を叩くと、みんなに言った。
「じゃあ、そろそろ寝ましょうか。明日も早いからちゃんと休むのよ」
「ん、わかった」
頑としてわたしの膝の上から動かなかった結菜ちゃんが眠そうに目をこすりながら立ち上がる。
「有栖お姉ちゃんはどうするの?」
起き上がった光ちゃんがわたしに尋ねる。
「わたしは、みんなが寝入るまで見ているわ。そのあと、光ちゃんの隣で寝るからちょっと隙間を空けておいてね」
「うん」
嬉しそうに光ちゃんが微笑む。
「おやすみ」
わたしは光ちゃんの髪を撫でてあげる。
五人分、小さな寝間着を錬想し、それぞれの子に着せてあげる。
「おれ、この格好のままで寝る!」
と拓海くん。
「ダメよ、たっくん。そんなことしたらしわしわになって明日着れなくなっちゃうわ。ちゃんと着替えなさい?」
「……うん」
また、口を尖らせている。
かわいい。
やがて拓海くんは納得が行ったのか、
「わかった。着替える」
と言って寝間着に着替えてくれた。
他の子たちはさっさと着替えてもう布団に入っている。
わたしはみんなが布団に入ったことを確認し、それぞれの布団を掛け直してあげると、囲炉裏のある居間に戻った。
ここには床の間がない。
仕方なく、よろい戸の向かいの壁、囲炉裏の正面に横座りになって寄りかかる。
腰から外した『西瓜割』を肩にもたせかけ、いつでも抜けるように。
入り口の引き戸にはつっかえ棒をして鍵の代わりにしたが、何しろ吹き通しのこの家は用心が悪い。
寒くはないが、いつ、誰が入ってきてもおかしくはない。
「今日は、不寝番ね」
わたしは肩にもたせかけた『西瓜割』を抱くようにすると、静かに目を閉じた。
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