第六話 チルドレン

6−1

 気がつくと、六人で大声で歌をうたいながら土手の道を歩いていた。


 天気は曇天。でも気分はいい。

 手をつないだ結菜ちゃんも楽しそうだ。

 相変わらず棒を振り回しながら走り回る拓海くんを除いた五人で次々と知っている童謡を歌う。

 川面は穏やかだ。この辺は深瀬になっているので河原がない。広い河を青い水が滔々と流れている。

 と、先の方に大きな桜の木が見えてきた。

 そろそろ休む頃合いかもしれない。体感でもう二時間以上歩いている。


「じゃあ、あそこの木でちょっと休もうか?」

 子供たちに提案する。

「おれ一番!」

 早速拓海くんが走り出す。


「あ、ずるい」

 わたしの手をすり抜け、結菜ちゃんが後を追う。

 思ったよりもアクティブな子のようだ。


 残った三人はだらだらとわたしと一緒に桜を目指した。

 だが、少しずつ歩調が早くなっている。やっぱり一緒にいた方が楽しいようだ。

 先に桜の木にたどり着いた拓海くんは、棒を投げ捨てると早速桜の木に登り始めた。

「高いところに登ると危ないわよー」

 一応声をかける。

「大丈夫だ。おれ、強いもん」

 そうですか。


「イエー」


 拓海くんが木の上でガッツポーズを作る。


「結菜も登りたい」

 結菜ちゃんも木に取り付くが、足場が悪くて登れない。

 わたしは二人に追いつくと、結菜ちゃんを抱き上げてあげた。

 そのまま、一番低いところに生えていた太い幹に乗せる。


「結菜ちゃんは小さいから、ここで我慢ね」

「うん、わかった」

 それでも結菜ちゃんは嬉しそうだ。

 わたしはメイド服のスカートを払うと、幹の根元に横座りに腰を下ろした。


 と、隣に光ちゃんが座る。

 光ちゃんはしげしげとわたしのメイド服を見ると、遠慮がちにスカートをつまんだ。

「お姉ちゃんのお洋服、綺麗。わたしもそんなの着てみたいな」

 ふと思い立って、わたしは光ちゃんに答えて言った。

「じゃあ、作ってあげようか?」

「え? 作れるの?」

 光ちゃんが目を丸くする。


「待ってね、今作るから」

 わたしは立ち上がると、ロングスカートについたほこりを払った。

 光ちゃんの身体のサイズを良く見てから錬想。軽く震脚して地脈を呼び出す。

 この大きさだったら裸足になる必要はない。

 襟が白い黒のメイド服。素材はわたしのメイド服と同じ、シルク風にした。ペチコートをつけるのは慣れていないだろうから、スカートの下にはペチコートの代わりにレースを付けてエレガントに。


「フンッ」


 手の中の黒い光の中から小さなメイド服が現れる。

「靴と靴下も作らなくちゃね」

 ついでエナメルの小さなベルトパンプスと白いレースつきの靴下を錬想。

 最後にエプロンドレスも忘れずに。

「そういえばあなた、パンツ履いてるの?」

 お師様は江戸時代の人だ。ひょっとしたら腰巻を身につけさせているかも知れない。

「パンツはないの。布、巻いてるの」


 やっぱり。


「じゃあ、パンツもつくらなくっちゃ」

 白いパンツ。お尻にはクマのアップリケを付けてあげた。

「はい」

 わたしは折りたたんだメイド服一式を光ちゃんに差し出した。

「わあッ!」

 喜色満面。

 嬉しそうに笑っている。

「着替えてくる」

 光ちゃんはメイド服一式を両腕に抱えると、近くの草陰に走って行った。

 小さくても恥ずかしいものは恥ずかしいらしい。


 しばらくして、少し照れたようにモジモジしながら光ちゃんが現れた。

「き、着替えてきた」

 とっても可愛い。

 ホワイトブリムは作らなかったが、ない方が子供には良さそうだ。

 これならドレスのように見えないこともない。

「かわいいわよ、光ちゃん」

「そ、そう?」

 なんか赤くなってる。

「いいなー」

 枝にまたがった結菜ちゃんが上から羨ましそうに言う。

「いらっしゃい。作ってあげる」

 わたしは結菜ちゃんを樹から抱き下ろすと、同じセットを作ってあげた。

「わあっ! 結菜、着替える」

 その場でどんどん着物を脱いでしまう。

 羞恥心の境界線が小学校の一年生と二年生の間にあるとは知らなかった。

 二人はメイド服を着ると、キャッキャ言いながらくるくる回り始めた。

「素敵、素敵。スカートがひらひらしてるー」


 と、わたしは脚をゴツゴツと蹴る小さな足に気づいた。

 拓海くんだ。


「なあに? 拓海くん」

「なあ、有栖姉ちゃん、俺にも作ってくれよ」

 少し恥ずかしそうにはにかんでいる。


「いいわよ。どんなのが着たいの?」

 わたしは跪くと拓海くんに尋ねた。

「カウボーイ!」

 元気よく答える。

 カウボーイか。ズボンは少し、難しいな。

 それでもわたしはテンガロンハットとチェックのシャツ、それに茶色い皮のベストとジーンズを錬想してあげた。

 ジーンズのジッパーは端折ってある。あれを作るのは少々難しい。それにブーツ。ブーツを作るのはさすがに骨が折れそうだったので普通の運動靴にした。


「おれ、着替える!」

 拓海くんはその場で真っ裸になってしまうと、作ったばかりのカウボーイコスチュームを身につけた。

 もう棒には興味がないらしい。

 指を立てて、「バーンッ」とか言いながらメイド服の二人を追いかけ始めた。

「きゃー、逃げろー」

 三人で楽しそうに笑っている。

「大和くんと樹くんはどうする?」

 そんな三人をぼんやりと眺めている二人にわたしは尋ねた。

「ぼ、僕はこれでいいです」

「僕も」

「そう。欲しい服があったら言ってね。作ってあげるから」


  無理強いすることはせずわたしは二人の頭を撫でると、再び桜の幹の足元に横座りになった。

  すかさず結菜ちゃんが黙ってわたしの膝の上に乗る。

  どうやらここを定位置を決めたみたい。


「ねえ有栖お姉ちゃん、結菜、ちんじゃったの?」

不意に結菜ちゃんがわたしに訊ねた。

膝の上からわたしを見上げている。

 そう、この子たちはもう死人。地上にこの魂は存在しない。

 ふいに切なくなって思わずわたしは結菜ちゃんを抱きしめていた。

「そうよ結菜ちゃん、あなたたちはもう死んだの」

 でも正直にわたしは結菜ちゃんに答えて言った。

 ここで誤魔化しても誰も幸せにはならない。

「じゃあ、もうままにも会えないの?」

 不安そうに結菜ちゃんが言う。

「そう、そうね。もう肉体のある姿では会えないわ。あなたの身体はね、たぶんもう燃されてる。もうちゃんと火葬されて、あなたの身体は灰になっちゃった」

 わたしの冷徹な言葉に結菜ちゃんの小さな身体が硬直する。

「じゃあ、わたし、もうままにだっこしてもらえないの?」

「そうよ、結菜ちゃん」

 わたしは結菜ちゃんの小さな頭を優しく撫でた。

「いやだ、そんなの」

 小さな身体を回して結菜ちゃんがわたしにしがみつく。

 いつの間にか、子供たちがわたしのまわりに集まっていた。

 みんな真剣な表情でわたしを見つめている。

「いいこと、結菜ちゃん? それに光ちゃん、樹くん、大和くんにたっくんも。あなたたちはもう死んでしまったの」

 わたしは説いて聞かせるようにみんなに言った。

「でもね、これはきっと、悪いことではない、わ。人は誰でも必ず死ぬの。わたしも、お師様ももう死んでる。でもね、こうやってまたお話しできるじゃない? これはきっととっても素敵なこと。それにあなたたちはいずれ転生して地上に帰る。だから、今はカロンの渡しにたどり着くことだけを考えましょう? 対岸に渡ればきっといい未来が待っているわ」

 その後は壮大な号泣劇だった。

 どの子もみんな涙を流している。声をあげて泣く子もいる。

 でも、これは運命。受け入れて次のステージに進まないとなにも起こらない。

  ひとしきり子供たちが泣いたのち、わたしは結菜ちゃんを膝から下ろすと子供たちの輪の中へ入っていった。

両手を開き、子供たちに話しかける。

「さあ、そろそろ出発しましょう? 大丈夫、わたしが絶対にあなたたちを護ってあげる。絶対にみんなを天国に送り届けるわ。天国にいけば、きっと素敵なことが起こると思うの。そうすればきっとみんな幸せになれるわ」


¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨


 結局その後さらに二回休憩し、Los Muertosが見えるところに着いた頃には夕方になっていた。


 川沿いにグレーの街が広がっている。小高い土手の上からはLos Muertosの全景が良く見えた。

 十字状の大通りの周りにまばらに家が建っている。


 今日はここに泊まる。

 ここはキョウヤの巣だ。

 気をつけないと。

 わたしは気を引き締めると結菜ちゃんの手を引きながら土手を下って行った。

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