5−4

 今日は楽しかったな。


 布団の中でわたしはお師様との乱取りを思い出していた。


 銃弾を受けることを考え、わたしは斬り合いの回転数を上げることにした。

 今までの様にのんびりと斬っていたのではキョウヤの弾はかわせない。


 もっと速度が必要だ。

 それに精度も。


「有栖、また力をつけたのう、さらに速くなっておる」

「まだまだ、これでは足りません」

 斬り下ろしてからの斬り返し。これが重要だ。これを素早くこなせる様にならないと銃弾を躱しきれない。

 さらに速く。さらに正確に。


「ウォーッ」


 腕が重い。肩の筋肉も痛い。

 渾身の力を込めて木刀を振るっているうちに自然と雄叫びが漏れる。

 回転数を上げるにつれ、お師様が押され気味になってきた。


 ガンッ、ガンッ、ガンッ、ガンッ、ガンッ


 重い木刀で打ち合うたび、衝撃に腕が痺れ骨が軋む。

 もっと速く。もっと靭く。


 バチバチと打ち合うにつれ、さばき切れずにお師様が一歩、また一歩と後退し始める。


 ついにわたしはお師様の速度を超えた。


 フェイント気味の上段を放ってお師様を誘う。

 狙った通り。お師様が必殺のモーションに入った。燕返し。

「ヌゥンッ」

 背負った『物干し竿』が見えないほどの速度で斬り下ろされる。


 今だ。


 その刹那、わたしはお師様の斬り下ろしを紙一重でかわすと、お師様が斬り返す前に渾身の胴を放った。

 お師様の木刀が斬り返されるよりも速く、わたしの木刀がピタリとお師様の脇腹に当てられる。

「まいった。さすがに、この速度にはついて、いけぬわ」

 お師様は「どっこらせ」と言いながら縁側に座ってしまった。

 どことなく、肩で息をしている。

「主は、どこまで、強くなる、んじゃろうのう。まだ、これでも、八割程度、じゃろう?」

「はい、まだ、速く、できると、思います」

 そういうわたしも息が切れている。

「こういうのは、休み休みが、良いのう。息が、切れて、かなわん」

 どちらかともなく、わたしたちは二人で笑っていた。


¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨


「というわけでの、主らはこのものと明朝カロンの船着場に向かいなさい」

 その日の夜、お師様は子供たちを囲炉裏端に集めると事情を説明した。

「わかったかな? その方が主らのためにもなる」

 笑顔で子供たちの顔を見回す。

 光ちゃんと結菜ちゃんは女の子、大和君、樹君、拓海君が男の子。

 拓海君を除いて、残りの四人はあんまり気乗りしない様子だ。


「……そこ、遠いの?」


 年上の光ちゃんがおどおどと尋ねる。髪の毛をおさげにしたこの子が一番年上なのだが、あまり気は強くないようだ。

「ここからだと、二日で着くわ。ゆっくり歩くから大丈夫」

 安心させるためにわざと優しく話しかける。

「結菜はここの方がいいな」

 と結菜ちゃん。目が大きな、かわいい子だ。

「ご本がたくさんあるもの」

 ここにある本は死んだ人が持ってきてしまったものや、お師様が自分の剣術を記録したものばっかりだ。子供向けの本はないと思うのだが、それでも本を読んでいたいらしい。

「おれは行きたい!」

 と拓海君。

「ここはもう飽きた!」

 さすがにお師様がやんちゃ坊主だと呆れるだけのことはある。

 この子だけ無駄に元気だ。今でも右手に棒を握っている。よほど剣術がしたいらしい。

 お師様は人を選ぶので、どうやら拓海君には剣術の指南はまだしないことにしたようだ。


 確かにこの子にむやみに暴れられても困る。


「大和君と樹君はどう?」

 わたしはそれまで無言だった二人に尋ねてみた。

 二人ともおとなしい感じ。現世にいたらメガネをかけていそうだ。

「僕は、どっちでもいい、です」

「僕も」

 二人とも主体性がない。

「では、明日は目が覚めたら出立じゃ。この、有栖についていけば問題はない。主たちをちゃんと導いてくれる事じゃろ」


¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨


 翌朝、わたしはお師様に見送られながら五人を連れて出発した。

 結菜ちゃんがわたしの左手を握っている。他の子供たちはわたしの周りを取り囲み、あっちに行ったり、こっちに行ったり。


 と、光ちゃんが近づいてくると「お、お姉ちゃん?」とメイド服のスカートを引っ張った。


「なあに?」


 腰を曲げて光ちゃんの顔を覗き込む。


「カロンさんって、どんな人?」


 どんな人?


「うーん、黒いフード付きのローブを着た細い人だよ。でも優しいと思う。ちょっとぶっきらぼうだけど」

「ぶっきらぼうなんだ」

「そうね。あんまり喋らないの」

 土手に上がり、そこにできた道沿いに歩く。

「怖いのは、やだな」

「怖くないわ。優しい人よ」

「お船は大きいの?」

「うーん、そんなには大きくはないわね」

 わたしは答えていった。

「でも五人なら乗れると思うわ。行った先はね、ここよりもずっと明るくていいところよ」

 出発したのはお師様の振り子式柱時計で八時くらい。着いたのは朝方だったからもう二十時間以上使ってしまった。残り七十時間。でも、まだ、間に合う。


 ところでこちらでは現世の時計は役に立たなかった。

 最初に美百合さんに撃たれた時は白いデジタルウォッチをしていたのだが、着いたら画面は真っ白だった。デジタルだとダメなのかと思ってアナログの時計をしてきたこともあったのだが、針はピクリとも動かなかった。

 どうやら、こちらで錬想しないと時計は使い物にならないらしい。

 これは、気をつけないと。連れて行く途中で時間切れになってしまったら、この子たちが路頭に迷ってしまう。


「天国ってどんなところ?」

 今度は大和君が尋ねた。

「わたしは行ったことがないからわからないけど、いいところだと思うわよ。みんなが行きたがるところだもの」

「そうなの?」

「渡った先にはね、『夢見の泉』ってところがあるの。そこに行けばママやパパの夢に入れるんだって。またパパと遊べるわよ」

 六人で話しながらのんびりと土手を歩く。

 わたしの周囲をウロウロしたり、地面の穴をほじってみたりしながら歩く子供たちをのんびりと眺めながら、しかしわたしは別のことを考えていた。


 キョウヤ。

 リクルーター。


 美百合さんと宇賀神さんの説明では、彼は現世とこちらに同時に存在しているのだという。より正確には、自分の意思で行ったり来たりができるらしい。

 目的はこちらから誰かを連れていって現世で害を為すこと。

 宇賀神さんの見立てでは、この子たちが亡くなった事故にもキョウヤが関わっている可能性があるという。


 それならば……


 わたしとママを殺したあの事故もキョウヤの仕業かも知れない。

「でも、害を為すってどうやって……」

 わたしは宇賀神さんに尋ねた。

「キョウヤの場合は主に憑依ね」

 宇賀神さんの代わりに美百合さんが答える。

「向こうから連れてきた人をこっちの人に憑依させて、何かするのよ」

「そうすれば、証拠は残らないからな」

 と宇賀神さん。

「自動車事故とか、自殺とか、あるいは突然暴れるとか、不審な事件が多いだろう、最近。あれはキョウヤみたいなリクルーターの仕業の可能性が高い」

「でも、何でそんなことを……」

「それこそ、リクルート活動ね」

 美百合さんは新しいタバコに火を点けた。

「何が理由なのかはわからないけど、もっとフレッシュな死人が欲しいみたい」

 細くタバコの煙を吹き出す。

 理由なら、わかる。

 向こうの人は無気力だ。きっとそれでは使い物にならないのだろう。

 新しく誰かを殺して、それを自分の武器にしたいのだ。

「なんてことを」

 思わず絶句する。

 でも、それならば`この子たちもひょっとしたら狙われているのかも知れない。

 これは気をつけないと。

 できることはただ一つ。

 殺られる前に殺れ、だ。

 リクルーターが来たら、必ず仕留めなければならない。

 気がつかないうちに表情に険が浮かぶ。殺意に両眼が半目に据わる。

 たが、わたしに本当にその覚悟があるのだろうか。

 わたしの剣に死角はない。

 だが……。


 ねえ? 考えてみて?

 あなたの右手には全長1メートルを超える黒い日本刀がある。

 これを振るえばそこのおじさんも一撃で真っ二つにできる。

でも、これってとっても怖くない?


「……」


「……お姉ちゃん、怖い顔してる」

 と、不意に声をかけてきた結菜ちゃんの声でわたしは現実に引き戻された。

 結菜ちゃんがわたしを握る手に力がこもっている。


「ああ、ごめんね結菜ちゃん、ちょっと考え事をしてただけ……結菜ちゃん、お歌うたおうか?」

「お歌?」

 結菜ちゃんの顔がパッと明るくなる。


「♪ あっるっこー、あっるっこ〜」

 わたしは先に立って結菜ちゃんと歌をうたい始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る