5−3
なんか変な雲行きになってきた。
「じゃ、脱いでちょうだい」
早速美百合さんはわたしに言う。
「ぬ、脱いじゃったらメイド服着れなくなっちゃう」
一応抵抗してみた。
「あなた、向こうで『錬想』できるじゃない。作ればいいのよう。その方がいいものできるわよ。だってあなたが着ていくメイド服、明らかに安っぽいもの」
そりゃ、美百合さんの服と比べたらなんだって安っぽく見えます。美百合さんに頂くお金は貯金することにしたし、女子高生の財力には限界があるんです。
「向こうで錬想すれば素材だって思いのままだし、スタイルだって変えられるわよ。あなた、いつも学校で履いてるそのローファーで逝くじゃない? 本当ならエナメルのベルトパンプスで逝かなくちゃ。メイド服にローファーはないわ〜」
「そ、そうなの?」
「そりゃ、そうよ」
美百合さんはなぜか胸を張った。
「それでストッキングはちゃんとガーターストッキングかサイハイストッキングね。手袋はなくていいけど、ヘッドドレスももっとちゃんと糊が効いていた方がドレスに映えるわ」
「そ、そうなんだ」
わたしは圧倒されっぱなしだ。
「納得行った?」
「行ってないけど」──わたしは口ごもった──「試してみます」
…………
……
わたしは処置室に連れて行かれると、ほとんど素っ裸にされてしまった。
身につけているのはパンティだけ。
「はい、これを着て」
美百合さんが水色の患者着を差し出す。
なんか、甚平さんみたいな脇で紐を縛るタイプだ。きっとその方が前を開くのに都合がいいのだろう。
「じゃ、そこに寝て」
なぜかウキウキと美百合さんが言う。
「あなたには九十秒あげるわ。向こうでは九十時間、三日間ともう少しかしら。その間に仕上げてきて」
美百合さんはこともなげに言った。
確かに、九十時間は長い。でも、その間に仕上げてきてって、ひょっとしてわたしに不眠不休で働けって言ってる? わたしだって少しは寝たい!
そもそもさ、「じゃあ、今回はそっちにしましょうか」って、何?
レストランでメニュー選んでるんじゃないんだから。
「じゃ、そこに寝て」
美百合さんはいつもの施術台を指差した。
仕方なく、横たわる。
「ごめんなさいね、脇を開けないといけないから」
美百合さんは紐を解くと、わたしの胸を開け放した。
「じゃあ、行くわよう」
左手に握ったなんだか四角いアイロンみたいなものに、チューブから搾り出した透明な液体を塗りつけている。
アイロンの先には大きなクリーム色の機械。棒状のメーターが二つついている。
ランプが点滅しているのが薄気味悪い。
美百合さんは右手にも同じものを握ると、丁寧に二つを擦り合わせて液体を薄く伸ばした。
キューンッ……という小さなハム音が機械の方から聞こえてくる。
なんとなく怖くて、どうしても目で追ってしまう。
「そんなに心配しなくても大丈夫よう、痛くないから。……たぶん」
そんなわたしの心配に気にかけることもせず美百合さんは楽しげに言うと、慎重に位置を合わせ、胸の両側にその四角いアイロンを押しあてた。
「じゃ、逝ってらっしゃーい」
ドシンッ
美百合さんの親指がアイロンのグリップにつけられたボタンを押した瞬間、わたしの身体が弓反りになる。
「ギャンッ」
とんでもない衝撃だ。
目から物理的に火花が飛びそうになる。
さらにもう一発。
三発目が来る前に、わたしは死んだ。
¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨
「さて、と」
河原でとりあえず手頃な石に腰を下ろす。
まずは服と武器を調達しないと。
こんなほとんど裸みたいな格好ではいられない。
「とにかく始めないとね」
と、自分に言い聞かせる。
まだ脇の下がヒリヒリする。
あの心臓を止める電撃は強烈だった。あんなのを嬉しそうにわたしに押し付けるなんて、やっぱり美百合さんにはサドっ気がある気がする。
「んーっ」
両手を組み合わせて、座ったまま一旦伸びをする。
なんとなく心臓の調子が悪い。
でも、それはおそらく気のせいだ。何しろ死んでいるんだもの。不調も何も、わたしの心臓は動いていない。
「よしっ」
気を取り直してわたしは立ち上がった。
両手でパンパンと頬を叩き、気合を入れる。
「フンッ」
身体の中心で「想」を練り、右脚で震脚。
数回深呼吸して勁を「想」に乗せる。
ズンッ。
地脈と身体が繋がるいつもの感覚。
「フウッ」
大きく息を吐きながら音を立てて両手を合わせ、右手を下に回転させる。そのまま「想」を練り続け、ゆっくりと両手を開く。
両手の間に黒い光が凝集し、やがてそれは黒いロングのメイド服として実体化した。
美百合さんが気にしているようだったので、今回は少しシルクを意識して光沢のある生地にした。美百合さんに見られているわけではないが、これなら文句はないだろう。
続けて言われた通りにエナメルのベルトパンプス、刀を差すための幅広の黒いベルトに黒いサイハイストッキング、ヘッドドレスに後ろをリボンのように縛るひらひらの白いエプロンドレス。
特にヘッドドレスとエプロンドレスは意識してピンと糊が効いている感じにした。
「あ、下着もないんだった」
次いでスポーツブラとペチコートを作る。
最後に刀と鞘。
わたしの愛刀、『西瓜割』。長さ四尺の日本刀だ。黒く長い刀身に走る赤いルーン文字が今日は一際明るいように思える。
わたしは軽く指を当てて刃付けを確認した。
「うん」
剃刀のように鋭利な刃がついている。今日の『西瓜割』は機嫌がいい。
わたしは着てきた水色の患者着をそこにうっちゃらかすと、薄い胸にブラを着け、着込んだメイド服のベルトに西瓜割を差し込み、下緒を締めて早速捜索を開始した。
¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨
結局、河原に子供たちはいなかった。
仕方がない。何しろもう一週間経っている。七十年も経っているのでは、どこに行ってしまったのか知れたものではない。
こうなったら最後の砦だ。
わたしは河原での捜索を打ち切ると、お師様のお屋敷へと向かった。
「お師様ー」
いつもの様に息せき切ってお師様の屋敷の門をくぐる。
「おお、有栖か、主はなんというか、忙しないのう」
縁側に座ってキセルを燻らせていたお師様が相好を崩す。
「で、此度は何用かえ?」
「子供を探しているんです。五人」
早速縁側のお師様の左側にぴとっと座って話し始める。
「現世の時間で一週間前くらいに亡くなったんです。どこかにいるはずなんですが、見つからないんです」
「……五人の子供? 何歳くらいだえ?」
ちょっと考える。小学校一年生って何歳?
「七歳か、八歳くらいだと思います」
拓海くん、結菜ちゃん、光ちゃん、大和くんに
時が経ちすぎて子供たちがバラバラになってしまうと面倒だ。
「ああ、その子らならうちにおるぞ」
と、お師様はことも無げに言った。
「拓海に結菜、光、大和、樹じゃろ、名前は」
「はい、その通りです」
さすがに驚いて目が丸くなる。
「しばらく河原でやるせなく遊んでいたんだが、徐々にLos Muertosに近づいていくようだったからな、妙なことにならんうちにこちらに招き入れたのよ」
あっけなく解決してしまった。
「今なら裏の部屋で書を読んでいるはずじゃ。変な子らでのう。学問をやりたいと申す。じゃから、わしの蔵書を渡したんだが、最初はかなり苦労したようじゃな。色々聞かれて閉口したわい。だが、今は簡単な書なら読めるようになった……拓海を除いてはの」
ふと、表情が曇る。
「拓海だけはどうやらやんちゃ坊主のようでの、もっぱら棒を持って走り回っておるわ。結菜や光を泣かせることももう数えきれんくらいじゃ。あの子は少し、要注意じゃの」
それでも、子供好きのお師様の目は優しい。
「まだ時間はあるんじゃろう? 今宵は泊まって行きなさい。晩に紹介して、今後のことを子供たちに話して聞かせよう。しかし五人の子供を連れてカロンの船着場を目指すとは、現世でいうところの「遠足」みたいじゃの」
ははは……と楽しそうに笑う。
わたしは少し考えてみた。
わたしの持ち時間は九十時間。お師様のところに朝まで居て約二十時間、カロンの船着場までは子供の足だとおそらく二日かそこらはかかるだろう。
途中Los Muertosで一泊することになるが、それでもまだ時間は十分にある。
「わかりました。それではお言葉に甘えて泊まらせていただきます」
久しぶりのお師様のお屋敷だ。
気がつかないうちに口元がほころぶ。
「主の部屋には手をつけないでそのままにしてあるから、自由に使いなさい。さて、それでは少し打ち合うか? 有栖?」
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