5−2

 ひとしきり三人で話してから、わたしは宇賀神さんと美百合さんのマンションを後にした。


「ここいらは危ないからな。表通りまで連れて行ってやる」

「あら?」

 つい、いたずらっぽい笑みが漏れる。

「たぶん、大概のことは大丈夫です」

「そういうのが危ないんだよ。こっちだって拳銃持ってる奴は普通にいるんだからな。この前も撃たれてヤバかった。美百合さんがいたから助かったけど、そうじゃなかったら今頃半身不随だ」

「そりゃ、マシンガンだったらダメだと思いますけど、一、二発なら避けられますよ。今回初めてやってみたけど」

「キョウヤの時か?」

 宇賀神さん、歩くの早い。

 後ろも見ずにスタスタ歩く。

 これじゃあ、一緒にいる意味ないんじゃないかなあ。

「はい」

 背後なので見えないとは思うけど、一応わたしは頷いてみせた。

「思ったよりも銃弾って遅いです。あれをかわすくらいならわたしでもなんとかなります」


 夜の歌舞伎町はゴージャスだ。ネオンとかがピカピカしてて、なんか派手な感じ。

 でも、不思議と綺麗な感じはしなかった。

 きっと男の人の思惑とか、ホステスさんの強欲とかが渦巻いているからだと思う。

「そうは言ってもなあ、所詮は女子高生じゃないか」

「そういえば、この前警察に行ってお巡りさんと手会ってみたけど瞬殺でした」

 不意に宇賀神さんは立ち止まると、ギョッとしたような表情で振り向いた。

「そりゃ、麹町署の話かい?」

「はい」

 訳も分からず頷く。

 なんで麹町署のことだったって判っちゃうんだろう。

「あの話はもう警視庁中で噂話になってるよ。麹町署の岩田がJKにボコられたって」

「そんなひどいことしてないです」

 少し頬を膨らませて反駁はんばくする。

「面金が割れちゃって、こっちの竹刀も粉々になっちゃっただけです」

「あそこの署長が呆れてたらしいぞ。世の中は広いってさ。岩田はさあ、気が優しくてとても強い、警察官の鑑みたいな奴なんだ。警視庁の剣道大会で優勝したこともある……あいつをボコるんだったら本物かもなあ。そんな話、聞いたことがない」

 呆れたのか嘆息する。

「でも、くれぐれも無茶はしないでくれよ。ここをふらふら一人で歩いているんだって危ないんだ。剣道ではどうにもならない事案だってあるんだぜ」


 剣術なんだけどな。


 まあ、いいか。訂正するほどのこともない。

「はい。わかりました。気をつけます」

 わたしはバックパックを背負ったまま、ぺこりと頭を下げた。

「アリス君、ちゃんとまっすぐ帰るんだぞ」

 駅の前で別れた後も、宇賀神さんはずっとわたしの背中を見守ってくれていた。


¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨


 数日の後。

 わたしは今日もLINEで美百合さんに呼び出され、新宿の事務所を訪ねていた。


「見てみて、これー」

 お金が大好きな美百合さんがティーテーブルの上に置かれた紫色の風呂敷の縛り目を解く。


 そこに現れたのは封緘のついた一万円札の束が五つ。

 合計で五百万円だ。

「取り分はいつものように半々でいい? 治療費は別途であなたから頂くけど」

「それはいいですけど、これ何?」

「何って、そりゃ、お仕事よ」

 美百合さんは傍らから古い新聞を広げて見せた。

「この事件、覚えてる?」

 美百合さんは三面トップの記事を指差した。

「ほら、集団登校中の小学生の列に軽トラックが飛び込んじゃった事件がちょっと前にあったじゃない?」


「…………」


 わたしは受け取った新聞の記事を眺めてみた。

「集団登校に車、児童ら十三人死傷。無謀運転か?」

 黒地の大見出しに大きな白い字が踊っている。

「……軽トラックはその後歩道に乗り上げると、集団登校中の小学生の列に飛び込んだ。時速は七〇キロを超えていたと思われる。この事故で信号待ちをしていた小学生の児童男女五人(六歳〜八歳)が亡くなり、七人が重傷で病院に搬送された。運転していた四十六歳の男性は軽傷。自分は何も覚えていないと主張しており、心神喪失状態の可能性も含めて警察が慎重な捜査を進めている……」


「何これ」


 怒りを覚えてわたしは思わず新聞をティーテーブルに叩きつけた。

 これじゃあわたしとママの事件と一緒じゃない。

 あの事件では、結局アルコールも検出されず、運転していた若者は精神病院に入院した。責任状態を問えないということで、無罪放免になったと聞く。

「これがね、今回のターゲット。亡くなった五人をちゃんと天国に連れて行って欲しいって。一人百万集めてくれたみたい。泣いてたわ」


 美百合さんは少々、人の血が足りない。

 そんなの、笑顔を浮かべながら話すことではないと思う。


「でもわたし、また撃たれちゃうの?」

 ついでに、何度も言おうと思っていたことをわたしは美百合さんに打ち明けた。

 何しろ胸を撃たれると苦しいし痛いのだ。

 できれば避けたい!

「あらやだ、アリスちゃん、あの方法は嫌い?」

「好きか嫌いかって聞かれたら嫌いです。痛いんだもん」

「まあ」

 驚いたように美百合さんが右手を口元にやる。

「うーん、新兵器も導入したから他の方法もあるんだけど、やっぱりピストルで撃つのが一番簡単だと思うんだけどなあ。あれだったらあなたの都合で帰ってこれるじゃない?」


 わたしの都合?


 不思議そうにするわたしを見て美百合さんが呆れたように言う。

「あなた、気づいてなかったの? 怪我した時とかはあなたが目覚めようとした時に戻ってくるのよ。だからある程度はあなたの自由になるはずなの」

「他にはどんな方法があるんです?」

 わたしは訊ねてみた。

「電撃?」

 美百合さんが言いながら小首をかしげる。

「で、電撃?」

「そ。ほら、映画とかでよく心臓が止まっちゃった人の心臓をまた動かすために電撃したりするじゃない? あれ、買っちゃったのよう」

 にんまりと美百合さんが笑う。

 ひょっとすると、この人サドかも知れない。

「でもね、あれだとこっちが時間をコントロールすることになっちゃうの。だから不便かなーって思って今まで使わなかったんなかったんだけどね。本来の使い方でもないし」

「本来の使い方じゃないって、じゃあ、普通じゃないことするの?」


 なんか怖くなってきた。


「あなた、『フラットライナーズ』って映画観たことある?」

 突拍子もなく、美百合さんはわたしに尋ねた。

「いえ、ないです」

「まあ、古い映画なんだけどね。あれって学生が同じ装置使って心臓止めて、死後の世界を見に行く話なのよ。だったら同じことができるかなーって」

「それって、わたしの心臓を電撃で止めちゃうってこと?」

「簡単に言えばそう」

 美百合さんはうなずいた。

「大丈夫、脳が死に始める前にちゃんとまた動かしてあげるから。じゃあ、今回はそっちにしましょうか」

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