第五話 リクルーター

5−1

 帰ってきたのち、わたしは事の次第を美百合さんに報告した。


「じゃあ、ゆかりさんはちゃんと『夢見の泉』に向かったのね」

 タバコの煙を細く吐き出しながら美百合さんが言う。

「それは大丈夫だと思います。ちゃんとカロンさんにお願いしましたから。でも、来世に行ったかどうかは微妙ですね。なんかぽやんとしてましたもの」

「いずれ、目を覚ますわよ。対岸に渡れば嫌でも目が覚めるわ」

「そうなの?」

 わたしは美百合さんに尋ねた。

「ええ。対岸に渡れば嫌でも自分が死んだことを自覚するみたいなの。そうしたらいずれ奥に行くわ」

 美百合さんはタバコをクリスタルの大きな灰皿でもみ消しながらうなずいた。

「奥に行ったら、どうなるの?」

 純粋な好奇心だった。

 冥界には居たいだけそこに居ることができる。だが、対岸に渡った人がどうなるのかはわたしも知らなかった。

「さあ? 転生するのか、それともどっかさらに上位の世界に行くのか。それは私も知らないわ」

 美百合さんは無責任に肩をすくめた。

「でも、あそこに居たって何も始まらないじゃない? それよりはちゃんとカロンに渡してもらった方がいいと私は思ってるの」

 それは、確かにそうかも知れない。

 成仏というものがどんなものなのかはわからなかったが、少なくともLos Muertosでぼんやり過ごすよりはいい気がする。

「そう、ですね」

 わたしは美百合さんに頷いた。


「それよりも、あなたが会ったっていうカウボーイみたいな人の方が気になるわ。どんな容姿だった?」

 美百合さんはそう言いながら身を乗り出した。

「うーん」

 少し、考え込む。

「大きな人でした。一九〇センチくらいはあるんじゃないかな。茶色い皮のテンガロンハットとベスト、それにチャップスっていうのかな、腿を覆う皮を腰から下げていました」

「武器は?」

「蓮根みたいな弾倉がついてるピストルです。西部劇に出てくるみたいな」

「ちょっと、いいかしら?」

 美百合さんは立ち上がると、トレイに乗せられたモニターとパソコンをこっちにコロコロと持ってきた。

「とりあえず、テンガロンハットね」

 美百合さんがキーボードをマウスを操作すると、モニターの中にテンガロンハットを被った人物が現れる。

「目は、どんな感じ?」

「くらくて、鋭い感じでした」

 思い出しながら答える。

「顔の輪郭は?」

「どっちかというと細面。でも、顎はしっかりしていたかな?」

「鼻は?」

「細くて、高い、かなあ」

「唇」

「上は薄くて、下は普通かな。ちょっと薄ら笑いを浮かべている感じ。人をバカにしたような」

 モニターの中でどんどん顔が組み立てられていく。

「髪は長かった?」

「後ろの方が少しもしゃもしゃしてました」

「色は? 黒?」

「そうですね。黒髪だったと思います」

 出来上がった顔を見ながら、美百合さんは違うファイルフォルダを開けた。

「アリスちゃん、ひょっとしてこいつじゃない?」

 美百合さんがモニターに表示して見せたのは、現世で撮られたと思われる写真だった。

 どこかの街角で隠し撮りされたもののようだ。

 黒いスーツを着ているが間違いない。


 この人だ。


「たぶん、そうです。この人だと思います」

 わたしはうなずいた。

「あなた、妙な奴と会ったわねえ。そいつはね、キョウヤっていうの。リクルーターよ」

「リクルーター?」

 聞き覚えのない言葉に、思わず聞き返す。

「そ、リクルーター。現世と冥界を往復して、こちらで破壊を行う極悪人よ」

 美百合さんはいつものバッグをゴソゴソし始めた。

 まさか、また撃たれちゃうの? あれ、結構痛いから嫌なんだけどなあ。

「やあねえ、用もないのに撃たないわよ」

 怯えたわたしの目を見て美百合さんが笑う。

「携帯探しているだけよ……ああ、あった」

 美百合さんはウサギの尻尾の大きなストラップがついた携帯電話を取り出すと、どこかに電話し始めた。

「……ああ、宇賀神さん? わ・た・し。宇賀神さん、今こっちに来れない? ……え〜、忙しい? そんなに時間はとらせないからちょっと顔だしてくれないかしら」


¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨


 宇賀神さんはぼさっとした感じの、体格の良い人だった。

 いかにも腕力がありそう。身長はわたしよりも少し、高い。

 茶色いジャケットをだらしなく羽織っている。下はジーンズだ。

「美百合さん、勘弁してくれよ。俺だって警察官なんだぜ?」

 宇賀神さんが美百合さんに淹れてもらったコーヒーをすすりながら文句を言う。

「そう言わないで。この前あなたのお腹に開いた穴を塞いであげたのって誰だったかしら」

 美百合さんが色っぽく笑う。

「それを言われると弱いな。で、用っていうのは? 手短に済まそうぜ」

 宇賀神さんは座ることすらしない。コーヒーのソーサーを片手に、窓際に寄りかかる。

「この子ね、アリスちゃんっていうの」

「よ、よろしくお願いします」

 なりゆきで頭を下げる。

「でね、この子があっちでキョウヤに会ったみたいなのよ」

「あっちって、この子ハンターなのか?」

 驚いたように宇賀神さんが言う。

「違うわよう」

 美百合さんが片手を振る。

「この子はね、私と一緒に働いているエスコートなの。でも強いのよう。巌流直伝だもの」

「アリス君、だっけ? あんた、あっちにどれくらい居たんだ?」

「に、二週間?」

「百四十年もあっちで修行してきたのかよ!」

 びっくりした表情で宇賀神さんがこちらを見る。

「普通、そんなに向こうにいたら帰ってこないか、帰ってきても何も覚えていないもんだがなあ」

 言いながら音を立ててコーヒーを啜る。

「そんで? どこでキョウヤに会った?」


 わたしはゆかりさんの一件を宇賀神さんに説明した。

「じゃあ、そのゆかりって女性をキョウヤがそそのかそうとしていたんだね?」

「はい、たぶん」

 わたしは何となく小さくなる。

 なんか、こっちが尋問されてる気分になる。

「あ、ああ、済まなかったね。君を責める気はないんだ。俺はこういうものなんだ」

 宇賀神さんはポケットから名刺入れを取り出すと、名刺をわたしにくれた。


『警視庁新宿署 刑事S課 宇賀神 仁』

 と小さく名前が書いてある。


「S課はこういう、現世と冥界の境界の犯罪を扱う特殊な課なんだ」

 無精髭の少し伸びた顎を撫でながら宇賀神さんが言う。

「キョウヤはその中でも筆頭の容疑者でね。もう随分長いこと追っているけどまだ尻尾が掴めない。でも、あいつはなんとかしないといけないんだ」

 宇賀神さんの瞳に力が込もる。

「アリス君が奴の腕を斬り落としたんだったら、それは中々のものなんだ。そこまであいつを追い込んだ奴はまだいないからね」


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