後編 抗いの光


 それは、唐突に鳴り響いた

 艦内にいた人員には、青天の霹靂。

 そして、耳慣れた音でもあった。

 ――警報。

 そして、耳なじみのオペレーターの艦内放送。

『敵パトロール艦隊の接近を確認。総員、第一戦闘配置。繰り返す。総員第一戦闘配置』

 ラルフは、それらを聞くや否や真っ先に更衣室に飛び込んだ。

自分のロッカーからパイロットスーツを手に取り、手際よく着替え始める。

 ゴム状の特殊素材でできた専用のパイロットスーツは宇宙服よりもはるかに着にくいが、数多くの訓練と実戦を経て、ラルフのそれはもはや職人技とも言える速度だった。

 一分と経たずにパイロットスーツを着終え、専用のヘルメットと生命維持装置を装着。更衣室から飛び出し一路格納庫へ向かう。

 無重力の通路をクルーが慌しく流れてゆく。その姿は初めは軍服姿や作業服だったが、瞬く間に宇宙服に変わってゆく。

 そして、格納庫にたどり着くと、各機体は既にジェネレーターが稼働していることを示す外部インジケーターに灯が入っていた。

 ――リベルフィギュア。通称LF。

宙間戦闘用の、人型戦術機動兵器だ。

 その始まりは宇宙服の延長とも言われており、元となったものは大規模宇宙構造物の整備作業に伴い製造された作業用の重機だったと言われている。

 中の人間との直接接続による運用の圧倒的柔軟性は戦場でもその存在感を示し、戦艦すら撃沈可能なレーザーやプラズマビームなどの武装が実用化されるに至って爆発的に普及した。

 ラルフは広大な空間である格納庫の中、愛機の場所めがけ一気に床を蹴って宙を流れる。

その視線の先にあるのは、青色に塗装された、他の機体とは外見の異なる機体。

 次世代性能実証機『アーバイン』

 ルドラ宇宙要塞防衛戦の際、土壇場で要塞内の研究施設から持ち出された、高性能試作機である。

 メインジェネレーターの出力は量産機のほぼ倍。専用のライフルは掠かすめるだけで敵機を撃破せしめ、一撃で駆逐艦を轟沈させた。機体の反応速度や、パイロットとのリンクのタイムラグもかなり改善されており『もう少し早く量産されていれば』と整備班長がぼやくほど高性能な機体だ。

 整備にあたって消耗品の大半を量産機のものと換装してしまい、現状では、もはやそのスペックの半分も引き出せないが、それでも現行の量産機よりはるかに強力な機体である。

 その機体にたどり着き、担当整備員である整備班長がラルフに気づき、振り向く。

「ラルフ、今回もちゃんと生きて帰ってこいよ」

「当たり前だ」

「機体も壊すなよ! また性能下がるぞ!」

「……善処する」

 班長とそんなやり取りを交わしながら、ラルフはヘルメットのバイザーを下ろしコックピットに滑り込む。

 コックピットの内部は球形。そこに人間を宙に固定するためのハンガーが用意されている。

ラルフはそこに身をすっぽり収め、パイロットスーツ背部とコックピットを直結。アームレストに腕をかけ、手元のボタンを操作し起動シークエンスを開始する。

 最初に、ヘルメットの内側のディスプレイに製造した企業のロゴと共和国軍のロゴが映し出され、

《リベルフィギュア『アーバイン』起動シークエンスを開始》

 そう文字が表示された後、ヘルメットの背部から端子が首筋に突き刺さり、脊髄と機体を直に直結させる。

「ッ――うう」

 この瞬間は何度体験しても慣れない……とパイロットの誰もが口を揃える瞬間。ラルフも同様の意見だが、これのおかげで機体が自分の手足のように動くようになるのだから、文句は言っていられない。

 同時に保護液がコックピット内に注入され、コックピット全体を満たしてゆく。これは、リベルフィギュアが行う三次元機動の際に掛かる強烈なGから中の人間を保護するためのものだ。

《生体リンク確立中》という言葉の横に表示されるパーセンテージが進むにつれ、肉体の感覚が薄れていくのを感じる。

 代わりに、自分の体が一気に拡大されてゆく感覚。

 感覚全てが十倍となり、機体各部に設置されたサブカメラの感覚でさえ、自分の本来の感覚に取り込まれ、なじんでしまう。

《生体リンクを確立。『アーバイン』戦闘待機》

 そして、その言葉が表示されると共に外部の映像と機体情報その他のデータが視界に一度に投影される。

 それは、もはやそれは目で見た現実の映像と大差ない。

 脳の視覚中枢に直接認識出来る電気信号として送り込まれた映像データは、まるで自分がそのまま巨人になったかのような感覚を与える。

「アーバイン。ラルフ・シュターデン大尉。起動シークエンス完了」

『Z4了解。次の指示があるまで待機せよ』

「アーバイン了解。……さて、無難に終わってくれればいいが」

 後半は、通信を切った後の独り言だ。

 だが、……その願いは儚いものだったと、ラルフはすぐに知ることになる。


     *


 出撃準備が完了してしばらくして、艦長の全鑑放送が流れた。

『諸君。いつものように緊急事態が発生した』

 冗談のようで冗談でもない、そんな言葉を大真面目な口調で言う艦長。

『このデブリ宙域において、監視ポッドが敵パトロール艦隊の接近を探知した。敵艦隊は、現在ポイントD-57-4付近を針路025-030、アーク・ディーヴァー方面に向かって航行中だ』

 その言葉を聞き、ラルフはわずかに背筋が冷える。敵艦隊とこちらの距離が、いつもに増してかなり近いのだ。

『デブリの配置から算出した敵艦の予測航路より、敵艦隊が十五分以内にこちらを発見する可能性は89%。これに対し我が艦はLF隊による先制攻撃を仕掛けることに決定した』

 艦長はそこで言葉を切り、一息。

 ラルフは訝しげに次の言葉を待っていると、予想もしない言葉が飛び出した。

『ここまでならばいつも通りだが……今回は少し事情が異なる』

 ……事情が異なる?

 どういうことだ、と思いながらラルフは艦長の次の言葉を待つ。

『我々にとって、このデブリ帯から外に出ることは死を意味するだろう。何故なら、そこには王国軍の大部隊が駐留しているからに他ならないからだ』

「…………」

『だがもはや、我々には一刻の猶予も残されていない。補給部隊は目ざとい王国軍に追い回され、補給の断念を余儀なくされた……これ以上の補給を受けることは困難だ』

 その言葉に、ラルフは己の嫌な予感が現実になったことを知る。

 ……つまり、最後だからこそこんな派手な補給を……

 ただならぬ事態に少なからず動揺を覚えたラルフに、艦長の言葉が更に追い打ちをかける。

『よって――今回の敵を撃破した後、我々はこちらから王国軍に打って出る』

「――っ」

 来た――と、ラルフは身体を震わせた。

 この半年間、いつかは訪れると覚悟していた瞬間が、こんなにも唐突に。

 だが、さらに予想外の言葉は続く。

『だが、玉砕するわけではない。この艦はデブリ宙域を出た後、王国軍の追手を振り切り、エルレイド連星共和国で祖国奪還に備える仲間に合流する』

これからの戦いが、ただの玉砕戦でないことにまず驚きを覚え、

「残存部隊……だと?」

 もはや自分たちが最後だと思っていたが……まだ生き残っていたのか、とラルフは驚きと共に不思議と勇気づけられる感覚を覚えた。

『長い旅になるだろう。……そして、間違いなく犠牲も出るだろう……だが私は諸君らに一言だけ言わせてもらいたい』

 そこで艦長は一息つき、そして、

『野郎共! 花火を上げるぞついて来い!!』

 威勢のいい口調でそう言い放った。


     *


 すべての言葉を言い終え、アルベルトは艦内放送のスイッチを切ると、艦橋の艦長席に静かに背を預けた。

 ブリッジの乗員は、その全員がアルベルトの言葉に感銘を受け、一様に活気づいていたようだった。

 それを見てフォルカーは変わらずに軽薄そうな笑みを浮かべ、

「相変わらず口は達者じゃの、アルベルト」

「爺さんには敵わんさ……さて、これでお別れだな」

「そうじゃな……ま、縁があったらまた会えるじゃろうて」

「ああ。無事に逃げ切れることを祈ってるよ」

「お主らもな……では、さらばじゃ」

 そう言って、フォルカーは艦橋から出て行った。

 この半年間ずっとこの艦を物資面で支え続けてくれた恩人に、アルベルトは眼を閉じてしばし感謝の念を思う。

 そして、号令を放つ。

「これより作戦を開始する! 各部署に通達せよ!」


     *


 艦長の全鑑放送の興奮覚めやらぬ中、オペレーターから、ラルフたちが受けた作戦の説明はこうだ。

 電子戦装備のリベルフィギュアが先行しジャミングを展開。通信を封鎖し、同時に奇襲を仕掛け敵を殲滅する。いつもとさほど変わらない任務だが、今回は敵の規模がそれほどでもないので今回の補給で届いた新型試作装備のテストも行うこと。戦闘開始と同時に艦を動かすので帰還の際はデータリンクを行ない、艦の位置を確認すること、というおまけが付いていた。

『まぁ、特に変わることもなくいつも通りですね。新兵器が楽しさ半分恐さ半分ですが……』

『シンプルイズベスト。何も考えなくていいのは楽でいいッスね』

 部下である二人――量産型LF『ヴィルトヴルデン』一号機のエルナと、二号機のフリッツが、各々に作戦の感想を述べる。

「まぁ、そうだな。とりあえず帰りのことは気をつけておくとして、問題は試作装備か……」

 そう言いながら、ラルフは納入された試作装備の一覧を見る。

 提供元は、共和国時代に軍に武装を納入していた大企業。心配ないと言えば心配ないだろうが、どれも実戦テストがまだというのは非常に不安ではある。

 と言うか、正に自分たちが実戦テストをやらされる羽目になったわけなのだ、ということを思い出してラルフはため息。それから試作装備一覧を見やる。

 ……比較的まともそうなのは、銃剣付きのプラズマライフル、超距離対艦狙撃砲、従来品の後継機である高出力エプラズマライフルか。どれも一長一短だが、適正を考えるならば――

「よし……バヨネットライフルはこちらで引き受ける。エルナは対艦狙撃砲、フリッツ、お前は高出力ライフルだ」

『了解ですたいちょー』

『了解……暴発しないことを祈ってるっスよ……』

 比較的無難そうなものばかりを選んだつもりだが、それでも不安は残る。理論上では正常に動作するはずのものも、実戦に放り込まれれば何かの拍子に停止したり、突然爆発したりなどの事故が起こっても不思議ではない。

 それに威力や弾数など、使い慣れない兵装は基本的に危険でもある。パイロットの感覚に頼ることの多いLF同士の戦闘では、それはある意味致命的な隙を生み出すことにもなりかねない。

「大丈夫かどうかは、整備班か天に祈るしかないだろうな。……まぁなんとかなるだろう」

『そうそう、何とかなりますって。ならなかったら、ならなかった時のことですよー』

 エルナがお気楽そうな感想を漏らすが、実際そうでもある。

 数多くの実戦を乗り越えると、ある意味戦場が運の世界だと知るようになる。操縦技術がどれほど優れているパイロットでも、流れ弾一発で戦死、などはよくある話なのだ。

 だからこそ最善を尽くし、あとは運を天に任せる。

 そして、ラルフ達は、ここまで戦い抜くことのできた自身の実力と運を信じている。

「……なにはともあれ、装備はこれで決定だな。各々装備を整えた者から出撃。くれぐれもスラスターは吹かすなよ。敵の熱源センサに引っかかるぞ」

『『了解!』』


     *


 『ザイドリッツ』上部甲板。格納庫から伸びたフライトデッキを、機体とほぼ同尺の砲を背負った、一機のLFが歩いていた。

 試作狙撃用プラズマキャノンを装備した、エルナの機体である。

『すまねぇなぁ少尉、こちらの手落ちで』

「いえ、仕方が無いですよ。悪いのは、届いたばかりの新装備を使おうなんてこと言い出す艦長です」

 ラルフ、フリッツと出撃し、後はエルナだけ……だったのだが、対艦狙撃砲の調整が上手く行かず、整備班が、今の今まで手間取ったのだ。

 タイムスケジュールとしては、かなりのズレになっている。

 艦長がダミーの熱源を正反対の位置で使うと言っていたので、相手がバカなら見事引っかかっているはずだが、それでも厳しい。

 ……スラスター吹かさずに、このドでかい狙撃砲を抱えて、ウィンチアンカーだけで……

 エルナは必要な工程にかかる時間を計算しながら、ぶっちゃけ無理っぽくね? と背筋が寒くなる。

 狙撃砲の威力がどうあれ、LFが一機居ないというのはかなり大きな戦力差になる。

 ……隊長がいくら強いと言っても、『もしも』はありうる。

『本当にすまねぇ……帰ってきたらいいもん分けてやるから』

「マジですか? ……そんな事言われたら期待しますよ?」

『期待しててくだせぇ』

「おっけ……離れてて。出るよ」

 ……どうする。どうすれば間に合う?

 もはや整備員との上っ面の会話はエルナの意識になく、思考は既にフル回転で、この遅れを取り戻すための計算を始めていた。

「エルナ・ベルツ少尉……ヴィルトヴルデン一号機、発進します」

 ほぼ習慣で口に出た言葉。

 瞬間、エルナは、常識ではありえない速度で甲板を蹴った。



     *



 デブリ帯では、デブリとの衝突を避けるため低速で巡航するのが常識だ。

 だがしかし、エルナは、LFの脚部の反作用で出せる限界速度を出した。

 速度に比例し、瞬時に眼前に迫る巨大な戦艦の残骸。

 だがエルナは機体の手足を振り、一瞬姿勢制御用ガスを吹かすのみでそれをかわした。

 次に細かいデブリが迫ってくる。細かいと言っても、その中には一発で機体が致命傷になるサイズのデブリも存在する。

 だがそれも、速度を落とさないまま手足の振りによる最小限の方向転換ですれ違う。

 彼女のLFは、巨大な砲を背負ったままだというのに、その動きは全くその大きさと重さを感じさせないものだった。

 ……大きくて重いけど……感覚さえ掴めばこっちのもの!!

 エルナの脳髄には既に何度となく接近警報と衝突警報が鳴り響いている。だが、エルナはそれらをすべて無視しながら、計器の示す数字と頭の中の数字、それと身体的直感のみを意識の上に置き、ひたすら突き進む。

 衝突寸前で別のデブリに引っ掛けたウィンチアンカーを巻きとり、着地、コンマのタイムラグすら許さない勢いで即座に蹴り抜き、再加速。

 中型のデブリとすれ違いながら、輸送艦の残骸の隙間を抜け、小型衛星の建材を踏み台に、大破した駆逐艦にアンカーを引っ掛け、着地、跳躍――

 それはまさに、曲芸の如き飛行だった。

 ……間に合え、間に合え、間に合えッ!!

 エルナは最短距離を計算しながら一心に念じ、機体は障害物だらけの宙域を全速力で飛ぶ。

 デブリの間隙を縫って飛ぶエルナの機体は、明らかに常人離れした速度を叩き出しながら、出遅れた時間を瞬く間に取り戻していった。


     *


「間に合った、か……」

 息を切らせたエルナから、狙撃配置についたとの通信が来た後、ラルフはそうポツリと呟いた。

『え? なんスか?』

「いや、エルナはつくづく天才だな……と思っただけだよ」

 ラルフは正直、狙撃砲に関する整備班のゴタゴタを見ながら、最悪彼女抜きの作戦も想定に入れていた。

 だが、彼女の十五分遅れの出発は、結果、予定時刻より十秒遅れまでに縮まるという状態までになっていた。

 もし途中で事故っていたらどうするつもりだ、と一応叱ってはおいたが、彼女がそんなヘマをやらかす姿も思い浮かばないのも事実である。

「まぁいい……彼女の努力を無にすることもない。予定通りに作戦を開始しよう」

 そう呟きながら、ラルフは通信を開き、全機に告げる。

「……全機に通達。作戦開始。繰り返す、作戦開始」

『02了解』『01了解』

『E1了解。通信妨害を開始する』

 E1は、通常戦闘をこなすには役不足となってきた旧式のLFを電子戦装備に改造した特殊任務機体だ。

 戦闘能力は持たないが、代わりにこのような戦闘支援には強力な力を発揮する。

 強力なジャミング波により、通信装備、レーダーなどが使用不能となる。

 ……おそらくこれで敵も電子装備はろくに使用できなくなるはずだ。

 長距離通信による救援要請は封じたはず。レーザー通信も、短距離ならまだしも長距離となれば障害の多いデブリ宙域ではままならない。

 後は、

「……敵の司令部に異常を察知される前に片をつける!」

 ラルフ機とフリッツ機が、熱量を抑えたガス噴射で加速をかけ一気に敵に向かって加速。

 両機はデブリを回避しながら一気に敵艦に対して距離を詰め、

 そして、戦端が開かれる。


     *



 敵艦がメインカメラで視認できる距離まで近づいたところで、視界の隅に映るウィンドウに警告の表示。

 ……来るか!

 瞬間、闇を切り裂く光条が眼前を通過した。

 それは、細かなデブリを巻き込みながら駆け抜け、正確に敵巡洋艦の心臓部に命中する。

 わずか二秒間の照射で、船体の中央部が超高熱量に耐えきれずに赤熱、融解し、内部で誘爆を始める。

 大型戦艦の主砲に匹敵する、大出力のプラズマビーム。

 『ヴィルトヴルデン』一号機、エルナの対艦狙撃砲による長距離狙撃だ。

 ……あの仕様書はこけおどしではなかったということか、とラルフは心の中で呟きながら、自らの目標を見据える。

 誘爆、轟沈してゆく敵巡洋艦の影に、メインカメラが三機のLFの機影を捉えた。

 映像認識でロックを掛け、そちらに向かって機体を振りながら突撃する。

 ……まず――二機!

 残る一機にフリッツがライフルを発砲したことを確認し、試作バヨネットライフルを構え、手近な一機に発砲する。

 一千度を超えるプラズマが銃身内で収束され加速。ビームとして射出される。

 だが、装甲を貫通しきれずに、敵機の表面で収束プラズマが光の飛沫となって霧散した。

「ちっ――打撃が軽い!」

 やはり試作兵器。

 バヨネットライフルなどと銘打って銃剣のような構造にし、カッター機構などが組み込んであるからラルフはもしやと思ってはいたが、やはり出力面が落とされていた。

 ラルフはもう何発か撃ちながら威力を測るが、やはりどうにも通常型プラズマライフルよりも出力が劣るようだった。

 ……なら、銃剣はどうだ!?

 ラルフは、右腕バヨネットライフルの射撃を継続すると共に断続的にスラスターを噴かし敵機に向かって突撃する。『アーバイン』の圧倒的な推力と機動性は、瞬く間に敵機との距離を詰めてゆく。

 敵機は『アーバイン』をプラズマライフルで迎撃するが、その機動の前に、プラズマの弾丸は虚しく空を切る。

なおも高速で接近する『アーバイン』に、プラズマライフルではダメだと悟った敵機は、慌てて近接戦闘用のレーザーガンに持ち変えるが、

「てぇ――ッ」

 敵機を追い込み、意図的に作り出したその隙をラルフは逃がさなかった。

 突撃の勢いのまま、銃身に添えられた銃剣を敵機の胴体部分に叩き込む。

 敵機の腹部に突き刺さった銃剣を引き抜き、そこにバヨネットライフルを三連射。損傷部分からプラズマが敵機の胴体を貫通し、推進剤に誘爆する。

「まず――一機!」

 爆散する敵機を確認し、しかし、ラルフは気を抜かずに機体を振る。瞬間に機体のすぐ側をプラズマがはしっていった。

 ……もう一機!

 姿勢制御をかけながら、こちらを狙うもう一機に狙いを定める。

 だが、そこでラルフはアラートに気づいた。

 武器に関する警告アラート。そこにはこう表示されていた。

《銃身損傷。暴発の危険性大》

「……使えねぇ!!」

 とことんまで使えない。どこまで俺の邪魔をする気だ、とラルフは心のなかで毒づきながら、仕方なくバヨネットライフルを下げ、念のために、と左腕に装備してきた通常型ライフルを構える。

 だが、左腕では上手く狙いが定まらない。

 ……ちっ、面倒な!

 判断は一瞬。スラスターを噴かせ、加速し一気に敵に突撃する。

 『アーバイン』の性能は、ラルフの操縦技術と相まって、瞬く間に敵機との距離を詰めた。

そして肉薄した、瞬間。

「これでも――喰らえっ!!」

 ラルフは敵に全力で銃剣を刺突した。

 激突と共に敵の腹部装甲に食い込んだバヨネットライフルを、そのまま敵を突き放すようにを手放す。

そして、至近からバヨネットライフルごと敵機に、左腕の通常型プラズマライフルの連射を叩き込んだ。

 通常型ライフルはその信頼に答え、ラルフの想像通りの威力を発揮した。

 高出力のプラズマビームは、敵LFをズタズタに引き裂き――

 バヨネットライフルごと、敵を宇宙の藻屑とした。



     *



 二機の敵LFを撃墜し、残存敵を掃討しようとしたラルフの目の前で、最後の駆逐艦がエルナの狙撃砲の餌食となり、轟沈した。

 その爆炎が上がると同時に、レーダーが回復。通信が入る。

『敵全滅を確認。E1、ジャミングを解除しました。……作戦は終了です。皆さんお疲れ様でした』

 E1が戦闘の終了を伝え、各機の通信が回復する。

『たいちょー! どうでした!? 私三隻も沈めましたよ三隻! これってちょっとエースパイロットじゃないですかね!?』

「お前はそれまでに何十機と敵機を沈めてるからもうとっくにエースだろうが」

 ……表彰してくれる国はもうないが、という言葉が頭をよぎったが、ラルフは口には出さないでおく。

「まあいい……二人とも、試作装備は何か問題はなかったか?」

『あー……俺のライフルは三発撃った時点で爆発したッス。まあその三発目で敵は墜ちたッスけど』

 死ぬかと思ったッス、とフリッツはいつも通りの調子でそう付け加える。

「エルナは?」

『ギリギリセーフ……ですかね? 一応今は機体と切り離して様子見てるんですが……砲身がもうドロドロに溶けてます』

『隊長はどうだったッスか?』

「あんまりに使えないんで捨てた」

『あははははっ!』

 ラルフのその言葉に、エルナが心底おかしいというように大爆笑。

『そんなに駄目だったんスか、バヨネットライフル』

「ああ、銃剣のくせして敵をぶっ刺したら速攻スクラップになったもんだから仕方なくだな」

『隊長、久々に始末書もんッスかね?』

「バカ言え、今更そんなもん書いたところでなんか意味あんのか」

『あはははっ……じゃあ隊長、一週間の営倉入りなんてどうですか?』

「だからそれに何の意味が」

『貴重な兵器を壊した罰っ!……とか?』

「いや、だからだな」

 馬鹿なやり取りをしながら、ラルフ達は自らの機体を母艦である『ザイドリッツ』へと向ける。

 先の見えない旅路の始まり。

 だが、ラルフはその先を悲観してはいなかった。

 この仲間と共に往くならば――きっと、何があったとしても、後悔はしないだろうから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

抗う者たち 夕凪 @yu_nag

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ