抗う者たち

夕凪

前編 敗戦半年後のデブリベルトにて

 人々が宇宙に進出して幾世紀の時が過ぎ、その生活の本拠が完全に宇宙に移った時代。生活が安定すれば、人々はその余す力を戦いに振り向けるのは、歴史の必然であった。

 何十回と繰り返された戦争。その最も新しいものが一応の終結を見て半年。

 戦いが終わってもなお、未だに抗い続ける者たちがいた。



 宇宙の片隅。人類の何百年間にも渡る宇宙での活動で、放棄された構造物の残骸や大小の石ころが集まるデブリ帯の一つに、二隻の艦船が停泊していた。

 一隻は大型の輸送船。おそらくこの宙域に入ってくるだけでも苦労したであろう大型船だ。ぱっと見ただけでも長年使い込まれてきたことがよく分かる船だった。

 もう一隻は、商船とさほど変わらない程の全長を誇る軍艦。だが、そのシルエットは商船よりもスマートだ。艦自体はそれほど古いように見えないが、パッチワークのように後付でさまざまな建材が組み合わされた跡があったり、放置されている小さな損傷跡が多々あったりと、歴戦の風格を漂わせていた。

 その二隻の間を次々とコンテナが流れていく。輸送船から発したコンテナは、二隻の間に張られたガイドワイヤーに沿って、大口を開けるように開かれた軍艦の格納庫に次々と吸い込まれてゆく。

 そして、軍艦の格納庫の中では、乗組員総出で荷解きが行われていた。そこでは作業用の重機や、現代宇宙戦の主力である全高十八メートルの人型兵器、リベルフィギュアの姿もあった。

 ラルフ・シュターデンは、リベルフィギュアに搭乗し、整備班の荷解きの手伝いをしていた。

『シュターデン、次はこのコンテナを頼む』

「了解。これはどこに回せばいい?」

『格納庫の隅っこだ。とりあえず床に置いといてくれ』

「いいのかそんないい加減で……」

LFリベルフィギュア用の試作装備なんていきなり回されても、置くとこなんかないんだよ……まだ他にも新型のパーツらしきコンテナがあるからそっちもまとめて頼む』

「りょーかい」

 ラルフは気の抜けた返事とともに機体にコンテナを抱えさせ、持ち上げる。

「しっかし……ここにきていきなり新型武器……か」

 コンテナを見ると、『衛星建造用資材』という偽装コンテナに、『LF用試作装備』という荷解き用の手作りのラベルが貼り付けてある。

「しかも今回は補給船からして豪華だしな……いったい何があったのやら……」

 ラルフは訝しげな顔をしながら、コンテナの整理作業を続ける。


     *


 エーベルト級重巡洋艦七番艦『ザイドリッツ』

 つまり二隻のうち軍艦の側、その艦長室において、二人の男が向かい合っていた。

 長身の中年と、小柄な老人。

 中年は佐官用の軍服に身を包み、腕を組みながらゆったり艦長席に腰掛けていた。対する老人は、一般的な船員服をラフに着崩した格好で軽薄そうな笑みを浮かべている。

久方ひさかたぶりじゃのう。元気にしておったか、アルベルト」

「そっちもご健勝のようで何よりだ、フォルカー爺」

 アルベルトと呼ばれた中年男は、静かに顔を笑みに変え、フォルカーと呼ばれた老人は変わらず軽薄そうな笑みを浮かべている。

「で、早速だが本題を聞かせてもらおうか……何があった?」

「極めて厄介なことじゃな。実に面倒なことが起こった」

「……事実のみ要点をまとめて言ってくれ」

「……そうじゃな、一言で言えば、これ以上の補給の継続は不可能となった、ということじゃ」

 アルベルトはその言葉を聞くと、溜息と共に手を頭に載せる。

 そして思う。ついに来たか、と。

「始めた頃から綱渡りだったからな……いまさら驚きはしないさ」

 半年前。アルベルトたちの祖国であるディーベルト共和国は敵国、ヨーツェン王国に敗北した。

 事実上の最終決戦となったルドラ宇宙要塞防衛戦に敗北し、ディーベルト共和国は崩壊。

 アルベルトたちはその敗北のどさくさから命からがら逃げ出し、残存兵力をまとめ、ここ辺境のデブリ帯に逃げ込んだのだった。

「アレから半年間……よく持ちこたえた方か」

 半年間、フォルカー達補給部隊は、王国の支配下となった地域で隠密活動を続け、アルベルト達へ補給物資を流し続けていた。

アルベルト達は、その補給を受けながらデブリ帯に潜み、王国軍の艦に対し海賊まがいの襲撃を繰り返してきた。

 だが、もはや限界。

 補給がなければ、アルベルト達は立ち行かない。

「こちらの手落ちもあったのかもしれんが……向こうさんが思ったより本気でこちらを探っているようじゃ。今月に入って連絡所を三ヶ所放棄することになった」

「……確かに、潮時だな」

 そこまで来れば、もう間もなく構成員の誰かが捕まって、尋問で情報を根こそぎ引きずりだされ、組織が一網打尽にされるだろう。そうなる前に撤収を指示したフォルカーの判断は的確だと言えた。

「ああ。そこで、どうせバレるのなら大量の物資を引渡してから、と思ってな」

「……なるほど」

 それならば合点が行く、とアルベルトは頷く。

今までは、小型艇やコンテナを単体で流すなどごく小規模の補給が主だった。それは、今回ほどの大型商船の確保は容易ではなく、船籍の偽装や、事故に偽装し行方をくらますにしても不自然な点が残らざるを得ず、必然的にこちらの存在の痕跡を敵に知らせることとなるからだ。

だが、痕跡が残ろうとどうなろうと、逃げ出すのならば同じだ。

「どうせ撤収するなら、タダで逃げはしない、か。大したタマだよ、あんたは」

「どうせお主らも捕まると分かったら最後まで足掻くつもりなのであろう?」

「ああ、確かにそうだ。ここに残ったのは血の気の多い馬鹿ばかりだしな」

「だろうな。そして、そんな自殺願望者のお主らに不幸中の幸いとも言える情報を一つくれてやろう」

「……不幸中の幸い? なんだ、それは」

「王国軍を振り切り、エルレイド連星までたどり着けば、連星共和国はお主らを引き受けてくれると言っておる」

「エルレイドが……」

 エルレイド連星共和国は、ディーベルト共和国と同じ恒星系に属する、エルレイド連星の衛星軌道上にある宇宙ステーション群で構成される共和国だ。 

 普段は、ディーベルト共和国とそれほど交流のある国ではない。 それどころか、大体の国とは交易以上の協力関係を持とうとしない、閉鎖的な国風ですらある。

「二ヶ月ほど前にアハトステーションの難民船団と第六艦隊の残存艦がエルレイドに無事辿りついてな、そやつらが何とか交渉してくれた」

「そうか……」

 そこまで聞いて、アルベルトは、僅かな安堵を覚える。

 少なくとも、目的もない玉砕戦だけは避けられたということ。

 それだけでも、アルベルトには肩の荷が降りたというものだ。

「なら、背筋も凍る大冒険の果てには、夢と希望に溢れた新天地があるわけだ」

「左様。……かなりの長距離航海になるじゃろうな」

「惑星間航行用のブースターはない。戦闘込み、迂回ありで……」

「半年から一年。どんぶり勘定だとおそらくそのくらいじゃろう。今回の補給ではギリギリ一年分の食料は持ってきておる」

「問題は艦が持つかどうか、か。そこはどうにか気合で乗り切るしかないだろうな」

「ああ。まさにそこはお主の手腕次第じゃ……過酷だと思うが、負けるなよ」

「無茶を言ってくれる……いつの間にか歴戦の艦長にでもなった気分だよ」

 そう言ってアルベルトはほんの少し前のことを思い出す。

 つい一年前までは、昇進の事と、家族のことぐらいしか頭になかった新米艦長だったというのに。

 この戦争で国も家族も……すべてを無くした今、アルベルトにあるのは、この艦と乗員たちのこと、そして、憎き敵への復讐心のみ。

「何故こうなってしまったんだろうな、私達は……」


     *


 コンテナの積み込みは滞りなく、一応完了した。

 一応というのは、艦の格納庫に入りきらなかった大型の資材などを未だ外に括りつけてあるからだ。

 今はハッチを閉鎖し、空気の充填された格納庫内で食料や日用品、その他にも艦の乗員の家族、友人などからの私的な手紙、贈り物などの開封作業が進められていた。

 総務部の人間がバタバタと大量の食材や日用品を格納庫との往復で運ぶ中、他の乗員たちは手紙や贈り物に口々に喜びの声を上げ、騒ぎあっていた。

 その喧噪から離れた格納庫の隅に、LFから降りたラルフの姿もあった。

 手にしていたのは、個人用電子端末。

 そのディスプレイに映っているのは、ラルフの妻と双子の子供。

 妻は昔から変わらぬ仏頂面で。

 子供は二人とも無邪気な笑顔で。

 ラルフの記憶よりも、すこしばかり年月の過ぎた姿で、そこに映っていた。

 ……ふとラルフは自分に近づく気配を感じ、顔を上げた。

「隊長」

「ん……ああ、エルナか」

 ラルフの眼前にいたのは、エルナ・ベルツ少尉。

 この艦に四人だけ残った、LFのパイロットの一人だ。

「どうしたんですか、こんな格納庫の隅っこで……お化けみたいでしたよ?」

「ああ……いや、珍しく届け物があってな。ここで見ていた」

 そう言って、ラルフはエルナに小包を見せる。そこには補給部隊の手作りの伝票に、『シュターデン大尉行き、データチップ』と殴り書きで記されていた。

「届けものですか……そういえば隊長がここに参加しているのって珍しいですね? どなたからの届け物なんですか?」

「妻と子供からの、ビデオレターだが」

「うわ、さりげに妻子持ちですか」

「本音が口からダダ漏れだぞ少尉」

「本音ですから」

「軍規もクソもなくなってからお前ホントに図々しくなったな」

「えへへー」

「褒めてねぇよ」

 ラルフはそんなエルナに溜息。

 別にラルフもエルナは嫌いではないし、実戦の中では天才的な資質を発揮し、圧倒的な戦果を上げて帰ってくる優秀なパイロットだと評価している。

 だが、いかんせん、このゲリラ生活になってから階級も年齢もまるで無視したようにクルー全員に、よく言えばフランクに、悪く言えばズケズケと遠慮無くモノを言うようになっていた。

 フレンドリーといえばフレンドリーなのだろうが、その裏返しに問題発言も多い人間でもある。

初めは戸惑ったラルフだが、今ではもう、それが彼女の地なのだ、と半ば諦めの境地に達している。

「でも、隊長みたいな堅物って、女性ウケ悪いと思ってたんですけどねぇ。お見合いでもしました?」

「否定はせんが……」

 ラルフは別に生まれてこの方モテた覚えはない。強いて言うならば、彼女とずっと仲が良かったくらいだ。

「幼馴染だよ。子供の頃からずっと一緒だったやつだ」

「はぁ……まさかそんなご都合展開が」

「ご都合……」

「でも、幼馴染さんと無事結婚できたんですね、すごいです」

「言葉の節々から悪意の欠片を感じるのは気のせいか……?」

「いえ、天然です。気にしないでください」

「なお悪いわ!」

「で、その幼馴染の奥さんは何と?」

「……ああ、『待ってるから生きて帰って来い』と、そんな感じだったな」

 実際はもう少し照れ隠しを含め攻撃的な言葉だったが、ニュアンスは大体そんなものだろうと訳して伝える。

「……帰らないんですか?」

「ん?」

「この戦いに、義務はないはずです。隊長も聞きましたよね? 最初の補給が来たときに、艦長が言った言葉……」

「…………」


    *


 半年前。

 王国軍の追撃を振り切り、命からがらこのデブリ宙域に辿り着き、その後の補給が来た時。

 艦長は、全クルーを集めてこう言った。

『今まで任務ご苦労』

 そして、『希望者のみこの艦に残ることを許可する』と。

「『もはや故国は失われた。ここから先は、私怨全開の復讐劇だ』……だったか、確か」

「はい。そんでもって『王国に復讐したい奴、暴れ足りない奴、命を無駄にしたい奴、付き合いたい奴だけ付いて来い』……と続いたハズです。普段は温厚なクセして、こういう時だけ物騒なんですよね、あの艦長」

 結果、その言葉に従って三分の一の乗員が降り……だが、三分の二の乗員はなおも艦に残った。

 ラルフとエルナは、その三分の二の側である。

「もちろん私は逃げ出す理由がなかったですから、残りました。……身寄りもなかったですし、将来を約束した人も戦争で殺されました」

 彼女が軽く口にしたその言葉に、ラルフは否応なく昔の記憶を呼び覚まされた。

 ――混乱の中、通信から助けを求める声、泣き叫ぶエルナ、眼前で爆散するLF――

 部下だった――そしてエルナの最愛だった男の、死。

「でも隊長は……家族も健在です。なのに、どうしてまだ戦っているんですか?」

 その言葉に、ラルフは少しだけ黙りこむ。

 ……自分がここにいる理由。

 様々に錯綜するそれらの中で、ラルフがただ一つ言葉として伝えられるものがあるなら、やはりそれは――

「……家族のため、だな」

 ラルフは三ヶ月前……無事を伝えた手紙の返信として送られてきたビデオレターを思い出し、そう口にする。

「最初は大した理由もなかった。パイロットがいなくなって、この艦から動かせるLFが減るのは致命的だと思ったし、負けっぱなしってのも気に食わなかった……その程度だ。でも」

「……でも?」

「この前に一度届いたビデオレターで、共和国の現状を聞いたんだ。王国に占領された後の」

「……どう、だったんですか?」

「『最悪だ』ってな。泣き言一つ言わなかったアイツが、唯一そう言ったんだ」

 その時の妻の言葉を、ラルフは今でも思い出せる。

 普段から口が悪く無愛想で、それでも常に不器用な優しさを感じさせる彼女が。紛いもない本気の本音でそう言ったのを。

「そしてこう言われた。『自分達は何としてでも生き抜いてみせる。だからどうか、奴らをぶちのめしてくれ』って」

 言葉少ない彼女からの、しかしラルフにとって十分すぎる言葉。

 つまり、共和国の現状はそれほどのものなのだ

「それが、隊長の……」

「ああ。王国のやつらを俺達の国から追い出す――そして俺は家族のもとに生きて帰る。……これが俺の戦う理由だ」

何があっても変わらない。

 ラルフにとって、ただ一つ明確なこと。

 揺らがない、たった一つ、そして唯一の理由。

「隊長……」

 エルナは、そう言い放ったラルフに対し、ただ一言。

「……なんか、無駄にカッコイイですね」

 その余計な一言に、宙に浮かびながらズッコケたラルフだった。

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