第四話 それでも彼方に手を伸ばして

 龍が去った後、グラウンドの中心には、二人の男女が倒れていた。

 拓人と、ファビア。

 そのどちらもが動かないことを確認したところで、

「……片付いたか」

 ようやく青年は一つ息をついた。

「ここまでしても、やはり手こずったか……破格の高値がつくだけはある」

 青年はこの三日間、既に軍団規模の式神を投入し、そのことごとくを撃破されてきている。

 この場においても、有利な結界、地脈からの大量の霊力、その上、切り札クラスの術式『水龍神』『絶剣“叢雲”』を投入してようやく、なのだ。

 近年の演習や妖魔狩りでは経験のない強敵。

 どうにかこうにか、収支はギリギリ黒字というところだろう。

 これならコンビニのバイトのほうがまだ実入りはいい。

 ……初日に上手く追い込んだと思えば、ここまで逃げ延びられ、この結果だ。

 うまい話には裏がある、とはまさにその通り。

 とんでもない案件を受けてしまったものだ、と内心で嘆息する。

「行け、鬼ども。“人形”を回収しろ。丁重にな」

 指示に従い、無言で少女へ向かっていく式神を確認し、次に青年は気絶した拓人へ目を向ける。

 ……まだ生きているか。

 人形の破壊を恐れ、威力は下げていた。死んでいなくても不思議はないが、

「不憫だな」

 アタッカーではあったが、判断能力は稚拙。

 折々に人形が補助を加えていたところから見ても、人形の護衛のために急ごしらえで造られた防衛手段と見るべきだろう。

 見た目に騙され、あんな人形に尽くして死線に身を投じるなど。

「まだバンドでもやってたほうが、きっといい」

 最初に聞いた曲を思い出し、つぶやく。

 悪くない、と思った。少し前に流行った曲のコピーだったが、そんなに下手ではなかった。

 能力を封じた後、せめて親元へ安全に送り届けるぐらいのことはしてやろう、などと呑気にそう考えていた矢先。

 ……何だ? 結界が……?

 その空気が違う、と青年が違和感に気づいた、瞬間。

 鬼の式神が旋風に切り刻まれた。

 一人の少女を、中心に。



 少女は、二振りの剣を構えてそこに在った。

 銃砲や拳銃と共通したデザイン。星の蒼光を湛え、黒いボディカラーを基調としたメカニカルな剣。

 星霊力を収束、物質状に固定して構成した、兵装型の術式展開補助演算機。

 アストラルドライバー。その第一型。

 その姿を前に、青年はようやく異変の正体に気づく。

 ……結界を――書き換えただと!?

 自らの手で展開した結界。その術式が変質していたことに。

 星霊力を遮断するはずの結界は、逆に人形たちへ星霊力を効率よく受け止め、収束させる結界へ。

 その解除などの制御権も、その一切が奪われていた。

「バカな……全く、他流派の術だぞ!? 陰陽術がベースとはいえ、今回のために織り上げた、一点ものの結界を――」

 あの人形は、解析し、解読し、書き換えたのだ。

 戦闘の中、5分とたたない短時間のうちに。

 ……間違いない。化け物だ。アレは。

 危険な――もはや自分の手に負えない相手だと、青年の本能が告げている。

 だが、

 ……ここまで追い詰めたものを、いまさら取り逃がすわけにはいかない――! 

 ならば、と腰にした刀に手が触れる。

 ……使うしか、ない。

 青年は、どちらかと言えば格闘戦は苦手だったが、もはや切り札と呼べるものは、もうこの刀しか残っていない。

鬼喰正宗おにくいまさむね………」

 家宝として、先代である父から受け継いだ刀。

 決意とともに、青年はその封を解く。



〈――全システム再起動完了。全星天術式回路の正常動作を確認〉

 補助OSの音声とともに、ファビアは意識を取り戻した。

〈星霊力充填中、パワーセル内残量34%、37%――〉

 即座に周囲の状況確認する。

 両手には剣。周囲には散らばる紙切れと式神の残滓。

 自閉モード中に緊急自己保存システムが駆動し、自動で周囲の脅威目標を駆逐した結果だ。

 ……結界の改竄は成功。

 全機能の掌握及び機能の改変、脱出口の生成は全て成功。

 改変した機能により、星霊力の供給は通常の倍近い速度で行われている。

 ……拓人は、まだ――

 心肺停止状態ではあるが、まだ間に合う。

 星霊力の枯渇と同時に術式による生命維持機能が停止、大量の水を飲んでしまったようだ。

 そして、

 ……敵。

 当然ながら敵は健在。

 認識を終え、この状況下における最適の行動判断を行う。

 最優先事項は、改竄の際に結界に開けた脱出口からの速やかな離脱。

〈パワーセル内残量49%、52%――〉

 ……何より、拓人の回収!

 ファビアは気づいていない。

 それは、本来の最優先事項ではありえないことに。

 しかし彼女は、拓人を守りぬくことを大前提として、猛烈な勢いで戦闘準備を整える。

〈星天術式武装回路の全リミッターを解除。最大出力モードで駆動します〉

 潤沢な星霊力を得た以上、もはや口頭での長々とした詠唱は不要。

 全力駆動が可能になったファビアの星天術式回路は、内部の演算処理のみで術式の高速展開を可能にする。

〈Drive-Flash bang〉

 駆動と同時、ファビアを中心に扇状、五点の空間を起点として周囲に大音響と閃光をばら撒いた。

「ぐッ!?」

 青年が怯んだ隙に、ファビアは瞬時に五メートルの距離を跳び、左手のASDを解除、拓人の身体を引っ掴む。

 さらに一足飛びに青年から距離を取りながら拓人へ星霊力を投入。拓人の星天術式回路を活性化させ、生命維持機能を最優先で起動させる。

「ぐ、ゲブォ! ゲホッ! ガハッ!?」

 間もなく拓人の心肺機能は回復。むせながら気管に詰まった水を吐いた。

 しばらくすれば自力で動けるようになるだろう。

 そうファビアが判断し、一気に離脱しようとした――眼前に、刀を構えた青年がいた。

 …………!!

 術を使い、強引に加速し回りこんできたのだ。

 音響と閃光で目と耳を潰したつもりだったが、何らかの手段で防がれていたのだろう。

 加速に歯を食いしばり、鬼のような形相のまま刀を構えて振りかぶる敵影に、

 ……させない!

 ファビアは反射的に右手の剣を構える。

 激突の反発で距離を取り回避する――という、ファビアの目論見は、

「“喰らえ”、正宗――!!」

 男の手にした妖刀によって“喰われた”。

 刃の激突と同時。

 どす黒いもやをまとった刀が、瞬時にASDを構成する星霊力を喰い尽くし、

 ――刀が、ファビアの剣を折り砕いた。

「――!?」

 遮るものの無くなった刀は、慣性のままファビアと拓人を切り裂こうと殺到し、

 ……回避!

〈Drive-Emergency evasion〉

 反応は一瞬。

 慣性を振り切るように重力制御と加速の術が並列起動。

 ファビアは強烈な加速Gとともに後ろにすっ飛んだ。

 着地も考えない、激発された弾丸のごとき一点強行加速。

「ッ――!」

 だが、避けきれなかった切っ先は、自動防護術をも紙のように切り裂いてファビアの胴体に縦一文字の切り傷を残す。

 これまで、ほとんど受けたことのない身体的ダメージ。

 だがファビアにとって浅い切り傷程度ならば応急処理は容易。第五回路を応用した自己修復術式が、自然に星霊力を充填、結合させ――

 ……違う!

 瞬時に、受けた傷が“ただの傷ではない”とファビアは気づく。

 土煙を上げて強引に着地し、追って青年から放たれる火球をかわしながら、同時並行で受けた傷を解析する。

 ……これは。

 つい数時間前に、ファビアが機能不全寸前までに陥った元凶。

 鬼型の式神に搭載されていた術式、

 ……あれの派生……いや、こちらが原典?

 処理記録からそう判断する。

 あちらはファビアの動きを止めることに特化されていたが、こちらはもっと暴力的。

 バクテリアのような原始精霊が自己増殖して対象を内から喰らい尽くすことを目的にして編まれたモノ。

 解析を続けながら、ファビアは効果威力の制限、侵食遮断を数秒でしてのけ、解呪処理に入る。

 ……やはり、危険な相手。

 感情の伴わない思考が、今までの交戦記録の中で最大限の危険度と認識した相手。

 どうにか逃げ切らなければ――と、思考を巡らし始めた、その時。

「げほごほっ……っ ファビア……?」

 少女に抱えられるままだった眠れる王子が、ようやっと目を覚ました。



 意識を取り戻した直後、拓人は何者かに抱え上げられ、振り回されるようにデタラメに持ち運ばれていた。

 肌から伝わる感覚から、自分を運んでいるのはファビアの細腕だということを理解するが、

(起きた? 立って、逃げて!)

 それ以上の状況認識もままならない内に、そう短く告げられ、

「え――ちょ――」

 即座にファビアの腕は加速のモーションを取り、

〈Drive-Vector Acceleration〉

 術式とともにぶん投げられた。



 ファビアは、全く何の自覚もなく、“そう”した。

 囮にすることも、盾にすることもできたはずの、“それ”を。

 この非常事態、危機的状況においてまで。

 何ら躊躇なく。

 選択の余地すら、なく。



 乱暴な投擲も、それはファビアがその場でできる最大限の庇護行動だった。

 逃げてくれればそれでよし。あとで援護に来るならそれもよし。

 ただ、今はお荷物でしかない“それ”が安全域まで離れたことを確認しながら、

〈Object load-Astral Driver Type4〉

 ASDを再構成。右手と、空いた左手でアサルトライフル型のタイプ4をロード。

〈Rapid Drive-Assault Schott〉

 高威力の星霊力収束弾を速射。

 マシンガンの如く弾丸をばら撒くが、

「ふんっ!」

 ターゲットは手にした日本刀で、直撃弾のことごとくを“喰らい尽くし”真っ直ぐに突っ込んでくる。

 さらに構わず畳み掛けるように加速の術を掛け、強引に弾幕を突破して肉薄する敵。

 弧を描く斬撃は、回避困難な一撃。

 ファビアは即時に右手のASDをタイプ1――剣型へ換装し、

〈Drive-Instantcode04-254485〉

 鬼喰の斬撃を受け――しかし、今度は砕けなかった。

「なッ!?」

 刀はASDへ“触れる直前で静止”し、

「――っ!」

 驚きに止まった青年の隙をつき、右腕の捻りの動作と共にその斬撃を受け流した。

 吹き飛ばされ、態勢を立て直しながら、青年は今何が起こったのかを直感する。

「まさか、重力操作か!?」

「…………」

 正鵠を射た青年の推測に、しかしファビアは無言の追撃を持って答えとする。

 その手の剣は既に銃へと姿を変えており、

〈Drive-Astral Blaster〉

 閃光。

 弾でなく線と言うべき直射の光撃が青年へと放たれた。



 ……やはり一筋縄ではいかない……!

 収束されたエネルギーの奔流を『鬼喰正宗』で“喰らい”、青年は舌を巻く。

 この短期間でこの刀の本質を読み解き、対処を打ってきた。

 ――青年の家が、家宝にして代々受け継いできた、鬼骨を断ち魔血を啜る妖刀『鬼喰正宗』。

 この刀の持つ呪いは“鬼喰い”

 霊力に類する力、そのありとあらゆる力を喰らい、自らの力とする。

 そして“喰らった”力は『食事』のため――つまり、刀を振るうためにのみ使用を許され、一歩間違えればただ刀の『食欲』に従ってただ妖魔を斬り続ける道具にされてしまう危険さえある、曰く付きの業物。

 ……この鬼喰を抜きながら、こうまで決めきれないとは!

 人形の身体に刻んだ『喰』の呪いは一分も経たずに処理され。

 二度目の激突では、重力制御術によって刃同士の接触を防ぎ、短時間ながら呪いの侵食を防いでみせた。

 どこまでも冷轍に危険度の比較をし、脅威対象へは優先してリソースをつぎ込み、正確な対処法で処理する。

 そして、術式の演算、解析、構築処理の速度は一般的な術士のそれを大きく上回っている。

 まさに人間業を超えた、機械の業だ。

 ……だが。

 同時にそれは突破口でもある、と青年は感じていた。

 これまでの彼女の動き、戦闘は、素早く、強く、正確。そして対応も素早い。

 だが、人形故に、

 ……バカ正直!

 確信とともに、最後の“切り札”を切り――そして青年はなおも眼前の獲物へ食らいつく。



「くっそ……派手にぶん投げやがって……」

 自動防護術によって地面との盛大な激突こそなかったものの、無防備に落下する感覚は正直肝が冷えるものだった。

 息を整え、気を取り直して、周囲を確認する。

 飛ばされたのは800mほど。元の場所で戦闘は継続中。

 ファビアの状態をデータリンクを通じて確認すれば、目立ったダメージはなくエネルギー切れの心配もなさそうだが、

 ……苦戦してる。

 脱出ポイントの指示もデータで届いており、ファビアもそこへ移動しようとしているようだが遅々として進まない。

 術式は大盤振る舞いと言わんばかりに高速かつ連続して発動し、ログが猛烈な速度で流れていっている。

「ファビア……」

 全力で守ると決意した“人形”。

 彼女は自分に「逃げろ」と言ってここへ放った。

 ……そんなにヤバイってことなのか?

〈星霊力残量100%〉

 回復は完全。

 身体のダメージも完全に修復が終わり、先ほどとは違って力は満ち満ちているという実感がある。

 ファビアもおそらくはそうで、

 ……それでも手こずる相手。

 だから、拓人を逃した。

 なんだかあべこべだ、と拓人は思う。

 彼女を守るために、こんな妙な力を与えられたはずなのに、と。

 だから、拓人のすべきことは決まっていた。

 ……お前を守る。もう決めた。

 二人で逃げ切るために。

 拓人は一直線に彼女の元へ向かう。




 幾度の交戦、攻防の中、ファビアは未だにグラウンドから出られずにいた。

 ……振りきれない!

「承前、連唱――土蜘蛛之糸――急急如律令!」

〈Drive-Intercept shot〉

 たて続けに放たれる蜘蛛の糸を、自動迎撃術で撃ち落とす。

 その迎撃を抜けた糸を剣で切り払っていくが、

「業火来来、烈火走狗!」

 背後から人型の簡易式神が殺到。

 これも撃ち落とすが、撃墜の瞬間に式は爆炎を上げ四散。

 衝撃波への防御にわずか時間を取られ、

「再唱――土蜘蛛之糸!」

(ッ――!!)

 間髪入れず放たれた糸に絡め取られる。

 だが、

〈Drive-Reactive field〉

 ファビアも即座に術式を展開。

 自身を中心とした星霊力の光爆で強引に敵の術を遮断、糸を振りちぎる。

 逃走へ転じたその前面へ、

「発起――土龍牙! 急々如律令!」

 待ち受けていたように大地が隆起、牙と化して殺到する。

〈Drive-Blaze Blade〉

 ファビアは応じるように左腕の剣を一閃、衝撃波で術式ごと斬り払う。

 しかし、それもさらなる隙として青年は距離を詰め、

「再唱――土蜘蛛之糸!」

〈Drive-Reactive field〉

 糸と光爆。

 同様の攻防は、しかし『鬼喰正宗』がファビアを捉える最後の一押しとなった。

「“喰らえ”――!!」

 迫るのは突き。

 あらゆる防護を破らんと必殺の速度で迫る刃は、


「んなくそぁ!!」


 裂帛の叫びとともに少女の前から消え去った。

 青年をぶん殴った、拓人の拳によって。

「助けに来たぞ、ファビア!!」

 ……拓人!

 その姿にファビアは一瞬、思考が停止する。

 原因不明の思考ノイズ――だが、ファビアはすぐに

 ……今は!

 優先処理すべきは直面した事象と判断し、ファビアの思考は戦闘を再開。

 吹っ飛ぶ青年に剣先を向ける。

 ASDを換装する時間も惜しいと射撃術式をロード。

〈Drive-Astral Blaster〉

 近接格闘型ASDゆえの僅かなチャージのラグを経て、光芒を放つ。

 派手に転倒した青年には鬼喰での防御は望めない。

 着弾。

「ぐぉ――ッ!?」

 防護術符が反応しダメージとはならないが、簡易術では衝撃までは殺せない。動きを封じ、時間を稼ぐには十分だ。

(この隙に距離を取る! ついてきて!)

「あ、ああ!」

 拓人の作った千載一遇のチャンス。

 それを逃すまいと、ファビアは一気に踏み込み、水平に跳躍。

 重力制御術、加速術も同時使用の、ワンチャンスに賭けた全力加速。

 一気に視界が流れ、

「――ファビア!?」

 唐突にファビアの視界は暗転し、途切れた。



 地に倒れ伏したファビアを見て、起き上がった青年は会心の笑みを浮かべる。

「……どうだ人形……とっておきの、とっておきだ!」 

 人形の少女を捕らえたのは、その足元に潜んでいた術式符。霊的、光学的に完全なステルス性を備えた、不意打ち特化型のもの。

 発動効果は当然、『喰』をベースに織り上げた、対星天術式特化型阻害術。

 ファビアがこの町に来てから、最初にダメージを受けた術であり、追い込まれることになった最大の原因であり、作成に莫大な手間と労力を要する切り札中の切り札だ。

 これは、作成が間に合った三枚のうち、残った最後の一枚。

 青年にとって、最後の切り札であり、チャンスであったが、

 ……どうにか、引っかかってくれた!

 だが、眼前のファビアはぎこちないながらもすぐに身を起こそうと動き出している。

 即断、青年は右手で懐から加速術式、残った六枚を全て取り出し、

「重ねて六掛け、疾く在り、疾く駆け、疾く討たん――」

 早口、だが一言一句違えずに詠み上げ、

「疾風迅雷! 急々如律令!!」

 強引に身体を吹っ飛ばす。

「っ、させるか!」

 それを遮るように、拓人は青年の前へ飛び出した。

 拳を構え立ち塞がらんとする拓人を、

「邪魔だ!!」

 青年は加速術の勢いに乗ったまま鬼喰の柄で打つ。

「かは――」

 すれ違いの一撃は純粋な運動エネルギーとなって拓人の身体を吹き飛ばす。

 視線の先には高速で解呪を試みている、ファビアの姿。

 ……間に合え!

「天に叢雲、地に岩戸――」

 更に懐から引きぬくのは、もう一つの切り札。

「陽月並びに天つ川、鎮み眠りて――幸い給え!!」  

 対星天術式特化型阻害術。その最大級の効果威力を誇るもの。

 その術符を、

「特七式、闇天星封!――急々如律令!!」

 ファビアの身体に叩きつけた。


 

「ファビア……っ!」

 痛みの中どうにか身を起こした拓人の視線の先には、動かなくなったファビアの姿。

 そして、その側に立つ、黒いスーツの男の姿。

 ……守れなかった、のか。

 守りたいと思い、守ろうと決意したのに。

 これも、また。

 ……くそっ!!

 悔しさに頭を下げ、手を握り締めると、

「……っ!?」

 ふと、拓人の右手に輝くものが握られていたことに気づく。

 それは、

〈接続。マスターユニットよりアストラルドライバー・タイプ1を受領しました〉

「アストラル、ドライバー……?」

 蒼光を放つ、剣。

 ファビアが振っていた、タイプ1だ。

 機能停止の寸前。その土壇場に、ファビアが召喚してのけたもの。

 最後の瞬間。ファビアは、自己の演算能力を、自身の防御、ASDの召喚につぎ込んでいたのだ。

 合わせて送られてきたメッセージは、

(生きて。助けて)

 シンプルな二言。

 だが、拓人にとってはそれだけで十分だった。

「お前ってやつは……はじめて会った時は『たすけて』だけだったくせに」

 呟きながら立ち上がり、剣を構える。

 銃や砲と同じく、余分な重量は感じない。ただ、自分の身体の延長としてそこにある感覚。

〈マスターユニットからの戦闘データをロード。データベースに登録します〉 

 続いて身体へ流れ込んでくるのは、

 ……あいつとの戦闘データと、対抗して組み上げられた術か!

 ファビアが交戦する中で経験し、記録した敵が持っている刀の危険性、そして特徴と打てる対抗策。

 それが、高速で意識に書き込まれ、認識できるようになる。

 無機質な言葉と数値。

 だが、それらのデータの羅列だけで拓人は解る。

 ファビアはのだと。

「少年。最後にもう一度、警告しておく」

 青年が、拓人を振り返り言葉を発した。

 手にした刀を向け、

「“コレ”さえ回収できれば、君に危害を加えるつもりはない。ここから立ち去れ」

 その言葉に拓人は一つ深呼吸。

 そして、 

「冗談抜かすな、オッサン!!」

 啖呵とともに、拓人は一気に跳び込んだ。

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