第二話 出来損ないの夢
あの喧騒から五分後。
宵闇に遠く立つ黒煙の筋を背に、二人は木々の中に居た。
そこは、空から見ればそこだけポッカリと緑が覆い茂っているようにも見える――大規模な敷地を持つ公園だ。
この街の中でもっとも大きい公園であり、公営のスポーツ施設やホールなどもあり、市民の憩いの場として利用されている場所。
「ここなら――ひとまず大丈夫か」
虫はいるが、人目はない。
そして何より、
……無関係な人を巻き込む心配が少ない。
極論を言えば拓人自身もまた巻き込まれた側であるのだが――少なくとも、拓人は現実に自らの手で商店を一つ爆発炎上させたと言う事実を前に平然と出来る人間ではなく。
故にこの選択は、同じ事を繰り返す可能性を下げようと、消去法で選択した結果であった。
(ここで休む?)
「ああ。ここならとりあえず他の人を巻き込む心配は少ないしな」
(……じゃあ、こっちがいい)
「?」
手を引かれ、木々から出た先は、脇に階段状のスタンド席を備えた広いグラウンド。
満天の星と月明かりの下で、十分に見通しもいい場所だ。
(星の光は、力の元。その下にいると、力が回復する)
「へぇ……そうなのか」
確かに星の光を浴びると、どことなく以前は感じなかった心地良さを感じる。
以前から拓人は星は嫌いではなかったが、この感覚はそれとは全く違う。
喩えるならば、日なたでまどろむような、身体に暖かさが蓄えられるような。
〈星霊力充填中。パワーセル内残量65%〉
心地よさの中でふと視界の隅に映しだされた文字列に、
……まるで携帯の充電みたいだな。
あるいは光合成か、と思わず拓人は苦笑する。
(月と星は、太陽と並んで星天術者の主要な力の補給源)
「それって曇りの日は力が出ないってことか?」
問いかけに、少女はこくりと頷く。
「そりゃ難儀なことで……まるで太陽光発電かなんかだな」
(光と同じく、同程度は雲を通過する。けれどある程度遮断されるのは事実)
……そういや、ここ2日はずっと雨だったっけか。
夜になってようやく雨が上がって……
(曇りの中ずっと攻撃を受けていて、消耗が限界だった。晴れてくれて、命拾い)
「何とかシステムがどうとか回路がどうとか、メカメカしいのに……力が天気次第って意外とアナログなんだな」
(土地に左右される地脈や生物を生贄にするよりもずっと文化的。地脈の衰えた都会でも十分安定して機能する、現代的な術)
「そ……そうか」
何やら少女はこの点については一家言あるらしく、今までよりもずっと饒舌にまくし立てる。
……と言うか当然か。俺にこの力を与えた本人なんだもんな。
知識を植え付けられたとはいえ、星天術の何がどう素晴らしいのか、拓人にはさっぱりわからない。
プロ相手に下手な付け焼き刃の知識で突っ込むのはよそう、と思うとそこで会話は途切れ、
「…………」
「…………」
ただ黙って並び、月にまどろむ二人。
少女の側は何とも思っていないようだったが、拓人はその沈黙にどうにも耐えられなくなり、
「な、なぁ」
と、声をあげた。
(なに?)
振り向き、首を傾げる少女にネタもなく話しかけたものだから、
「えっと、あー、その、だな」
何を話したらいいだろう、としどろもどろになって考えたところで、拓人は、未だに名前すら聞いていないことに思い当たった。
「あー……そうだ! 名前!」
(名前?)
「そう、名前。俺は拓人。赤沢拓人って言うんだ。君は?」
「……Fabia」
流れるような、耳慣れない音。
拓人には言語までは解らなかったが、それが日本語でないことは当然に理解できた。
日本語風に音を拾うなら、
「ファビア、でいいのか?」
拓人の言葉に少女は無言で頷いて肯定する。
そして、返すように、
「たく、と」
二度目の、肉声。
透き通るような美しい声で、少女は拓人の名を呼んだ。
そのあまりに現実離れしたような声に、
……ああ、こんな声で俺の曲を歌ってもらえたらなぁ。
拓人は思わず、そんな感想を抱いてしまう。
「たくと?」
これでいい? と問いかけるようにもう一度呼ばれた名に、慌てて、
「あ、ああ。拓人だ。よろしくな」
応えるように右手を差し出す。少女もその手を取り、
握手。
拓人の手と、西洋人形のような少女の華奢な手が触れ合う。
「じゃあファビア。えっと――君はどうして追われているんだ?」
「…………」
首を傾げ、無言。
「じゃあ……君は何者なんだ?」
「……」
また無言。
「じ、じゃあ、えっと、」
(わたしでは、上手く説明できない)
「上手く説明できない……って?」
(わたしも、正確に状況を認識しているわけではない。なので、曖昧な表現が苦手なわたしでは、伝えることは難しい)
「じゃあ――」
(その点を補足するビデオメッセージを私の父様が遺してくれた。まずはそれを見てほしい)
「親父さんのビデオメッセージ? ……っつっても、ここにはテレビとかは――」
瞬間、拓人の視界には現実に重なるような仮想モニターが映し出された。
……あ、そういやそうだったか。
魔法使い的なものになったのなら、魔法的なそう言う機能で動画が見れてもおかしいことは何もない。
つーか便利だなぁ、などとのんきな感想を抱いていると、再生が始まった。
そこに映しだされたのはどこかのボロ部屋の中。そして、こちらをまっすぐに見ている白衣の老人の姿だった。
*
〈儂の名前はヴィルヘルム・ パレンティ。まず、貴方がこれを聞いているということに感謝したい〉
音声として流れる言葉は異国の言語、だが同時に意味が意識に翻訳されて伝えられてくる。
〈一度会って直接礼の一つでも言いたいが、それは叶わないだろう。なぜなら儂はもうこの世に居ないだろうからな〉
自嘲気味にそう嗤う老人。
〈せめて挨拶代わりにと、その子にはこのメッセージを彼女に持たせておくことにした。これから儂が説明できる範囲で事情を説明させてもらおう〉
では、とそこでひとつ咳払い。続く言葉は、
〈彼女は、訳あって私が育てていた、特殊な才能――星天術の高い能力を持つ少女だ。その才能ゆえに狙うものも多くいた。私はそんな彼女を守り育てながら各地を転々としていたが……儂も歳だ。もう身体が言うことを聞いてくれなくなってきた〉
……呪いも随分受けたから、もう長くあるまい。そう語る老人の表情には諦観はあれど、何故か悲壮感はなかった。
悟りきったような、何もかも見通したような目で老人は話を続ける。
〈儂はこれから、ファビアには持ちうる限りの星天術と生きるための手段を叩きこみ、わしが死んだ後一人でも生きていけるようにしてやるつもりだ。それと同時に、他者と関わり、力を借りるための術を幾つか教えた。その一つが“contratto”――あんたが得た力だ。
“contratto”――契約の意を持つその発音に、拓人はファビアから力を与えられた瞬間を思い出す。
〈簡単に言えばあんたは、この術式を施された直後からファビアと同じように魔法のような力を手にしたということだ。どうかその力を使って、彼女を利用しようとする全ての存在から、彼女を守ってほしい〉
そして、
〈叶うなら普通の少女としての人生を送らせてやってほしい――環境のせいかその娘は感情の発達が極度に未完成だ。彼女は自身の欲望が希薄で、喜怒哀楽がほぼ存在しない。どうか彼女に、幸せを――人間らしい心を持つ少女に育ててやってほしい。儂の出来なかったことを、どうか成し遂げてほしい〉
そこまで言い切ると老人は目を閉じ、一息。
〈もちろん、強制はしない。こんな状況で困惑していることも多くあると思う。……だが、ファビアが選び、君が契約を受けたという事実を、私は信じてみたいと思う〉
そして老人は頼りない動作で椅子から立ち上がり、
〈どうか、彼女のことをよろしく頼む〉
深々と、頭を下げた。
そこで映像は終わった。
*
(これで全て)
と、彼女の言葉とともにウィンドウが消え、
(貴方の疑問は解消した?)
「あ……ああ」
拓人が抱いていたいくつかの謎はひとまず解けた。
彼女はなぜあんなモノに追われ、なぜ一人でいたのか。
もっとも解ったのは、それだけだったが。
「……とりあえず最低限の事情は解ったよ」
(そう。それは良かった)
頷きとともに続けられるのは、先ほどと同じ言葉。
(では、これからどうしたら良い?)
……これから、か。
これからを、彼女は拓人に全てを託すつもりなのだろうか。
そのことに、拓人は本格的に巻き込まれつつあると実感する。 しかも、相当に厄介なことに、だ。
……多分これ以上関われば引き返せなくなる。
今の時点でも相当危うい。魔法のような力を手にし、建物を吹き飛ばし――
そして、見るからに年下の女の子を見捨てて逃げる事は、拓人にはできそうにない。
……なら、戦うのか? さっきみたいに?
それも冗談じゃない、と思う。一体誰に狙われ、あとどれだけの戦いを続けたらいいのか。
老人はそれを明言しなかった。隠したのか、それとも、追われていた老人自身すら、把握できていなかったのか。
今更ながら焦りで背筋が冷たくなる。
……無茶苦茶だ……
そうなれば、きっと家にはもう帰れない。
戦いになれば周りの人を巻き込むだろうし、そもそもギターの所持すら認めない拓人の両親がファビアを認めてくれるとはとても思えない。
……なら、このまま二人で日本を渡り歩くのか?
そんなこと、できるワケがない、と冷静に判断する思考の一方。拓人は理由もなく、ワクワクしている自分が居ることに気づく。それもいいかもしれない、と。
どうせこの誘いを断っても、何もわかりはしない両親と、くだらない日常を過ごし、どうにもできないまま、どうしようもない人生を送るのだろう。
だからこそ、それに気づいた拓人は無我夢中で外へ飛び出したのだ。
そこに降って湧いた、全く別の選択肢。
今の生活を捨て、この想像もしなかった『もう一つのセカイ』で生きること。
その選択肢が、今の拓人には確かな輝きをもって見えた。
魔法のようなこの力があれば、この少女と二人で生きていくことは可能かもしれない、と。
そして、ストリートライブでもしながらファンを増やして――
それもまた、夢。
先が見えないというだけ。可能性あるというだけの、やはりただの夢物語。
けれど、その可能性が、拓人にとっては、地獄に垂らされた、一筋の蜘蛛の糸のように思えた。
できるかもしれないと“思ってしまった”。
戦いは、きっとなんとかなる、ファビアに貰った力がある、と。
生きるのも、この魔法じみた『星天術』とやらがあればなんとかなるだろう。
少女の感情を育てるのも――気長にやればいい。よしんば出来なかったとしても、誰に咎められるわけでもない。
……大変でも、そこに努力の余地があるのなら。
可能性がそこにあるなら、賭けてみよう。そう、拓人の中の皮算用は結論する。多分なんとかなるだろう、と。
それに。
……あの、声。
天使の声、とは彼女のことを言うのだろう。
鈴の鳴るような、まったく濁りのない透き通った声。
彼女の声で、自分の曲を歌って欲しい。そんな欲求が拓人の中で芽生えていた。
……どこかで落ち着いたら、一曲歌ってもらおう。
そう心に決め、拓人は当座どうするかへ思考を移す。
「とりあえずは食べ物をどうやって調達するか、だよな。……お金とか――」
(問題ない)
「アテがあるのか?」
(生体組織の存在と維持に必要なエネルギーは星霊力から補充可能。食事の必要はない)
「……………………」
その回答に拓人は思わず絶句した。
……つまり太陽か月の光か星の光でも浴びてりゃ死にはしないと。
本格的に人間離れしてきた気が……
ともかく、
「食べ物が大丈夫なら星霊力の補充か。お月見みたいなこんな態勢でボーッとしてるだけでいいんだな?」
(そう)
「なら、暇だしなんか話すか」
(話す?)
「あのじいさんが心がどうとか言ってたろ。付き合ってやるよ」
(ありがとう。感謝する)
返って来た言葉とはかけ離れた、感謝のカケラも感じられない表情。
……こりゃ難物そうだ。
拓人は嘆息しつつそう一人思ったのだった。
*
「つまり、『幸せに生き』たい……と」
(それが父様の最後の言葉。私はそれを達成しなくてはいけない)
「しなくては……ね」
幸せなんて、義務感でなるようなものじゃないだろう、と拓人は思うが、とりあえず話を聞いてみる。
「それで、幸せになるにはどうしたらいいと思うんだ?」
(『心』を……感情を手に入れれば、おそらく達成できると推測している。生前、父様は私にこころを……感情を与えようと様々な試みを行っていた)
「こころ、ね……なんかこう、適当に感じたままに感じられるもんじゃねーのか?」
(感情パターンのトレースと擬似再現はできる。けれども、それは身体機能上のもので私の魂の反作用としての感情の発露では――)
「……お前、ちびっこくて無口なくせにやたら難しいこと言うな」
心の存否、そして『幸せに生きろ』と言う命題。単純なようで、それ故に深いこの言葉は、拓人にとっても明確な答えは分かりそうもない。
けれども、
――叶うなら普通の少女としての人生を――
彼女が父と呼んだ老人の言葉を思い出すと、その言葉の言わんとすることが見えるような気がした。
「やっぱよく分かんねーけどさ。幸せに生きろって、そういう小難しいことを考えずに楽しく生きろってことじやないか?」
(思考せずに、楽しく?)
「ああ。感情って考えたらわかんなくなるからさ。ヘタに考えないほうがいいぜ」
多分老人はそう言いたかったのだと思う。
妙に理屈臭いこの少女に、もっと簡単に考えろって――
(……楽しい、と感じられるような生き方が幸せという概念にも一致しうることは理解できる。けれど、わたしは楽しいを判断基準とすることは不可能。楽しいという感覚が判断できない。よってその解釈は現実的に――)
けれど少女から返って来たのは相変わらず理屈の羅列で、
「だぁーっ!! だからそんな理屈とかはどうでもいいんだよ!」
拓人は思わず叫んでいた。
「俺は音楽が好きで、ギターを弾くのが何より楽しい!」
(…………?)
「だから――お前も好きなモノを見つけりゃいいんだよ!」
(しかし、わたしは特に何を好むという感覚を得た記憶がない)
「じゃあもう音楽を好きになれ!」
(好意と定義することはできる。ただそれは自然な感情な動きではないと――)
「じゃあ、俺のギターを聞かせてやるよ! ――魔法で銃が出せんなら、ギターだって出せるだろ?」
*
そして、首を傾げる少女を押し切って、拓人の手には蒼く光るギターのような物体があった。
輪郭や色はぼやけているが、その手触りと重さは自分が愛した“あのギター”に限りなく近い。
そして何より、
(現状ではこれが限界)
「音は出る。十分だよ」
弦が震えている様子はないしアンプはない。……にもかかわらず、ほぼ自分が聴き馴染んだ通りの音が出ていた。
――星天術式第五回路『物質創出:ジェネレート』
星霊力を収束させ、擬似物質として物体を構成する、星天術式の上位術式群。
拓人自身はこの“第五回路”は使用できないようだったが、ファビアが拓人の記憶にアクセスし、ギターを生成。
拓人が触りながらその触感と音程を調整しつつ、
……ま、多少のズレはあるが、ここまでできれば上等だ。
記憶が基であるから曖昧で若干の違和感があるのは仕方がないものの、持ち曲を何曲かサビだけ拾って弾いてみるが、十分に演れると拓人は判断。
そして、思索の末、一曲を選ぶ。
恐らく自分自身を代弁してくれていると信じられる歌。そして、ファビアの心に叩きつけるに相応しい曲を。
「じゃあ、聞いてくれ――俺の歌を!」
指が躍り、そして音は響き渡る。
彼女の魂を震わせんと、少年の全力を乗せて。
*
演じ終え、心地よい疲労感。
「どうだ!?」
問いかけに、しかしファビアの反応は芳しくなく、しばらく間が開いてから、
(……音の連なりを利用した、文章表現だった?)
「もうちょっと何かないのかよ……」
(メッセージは理解できた。困難から立ち上がり、意思を通すという主張が為されていた)
……ダメ、だったのか。
自覚すると、一気に脱力感が襲ってくる。自分の歌と演奏じゃ、魂を震わせられるような演奏はできないのか、と。
しかし、
(それと……)
わずかに戸惑いを含んだ言い淀みとともに、
(微弱ながら思考ノイズを知覚した)
ファビアはそう付け加えた。
「……それってどういうことなんだ?」
妙な言い回しに首をひねる拓人。ファビアが返す言葉は、
(論理的に説明できない何か。推測では――)
そこで少し言葉を選ぶように僅かな間があり、
(魂が、何らかの反応を示した可能性もある)
「……っしゃあ!」
その言葉に、拓人は思わずガッツポーズ。
それは、自分の演奏が彼女に届いたかもしれない、ということ。
(確証を得るためには再現の必要がある。だから、もう一度聞かせてほしい)
「ああ、いいぜ! 持ち曲はまだまだあるんだ。全曲聴かせてやる!」
*
それは三曲目を弾き終わった時だった。
わざとらしい、乾いた拍手が、公園に響き渡った。
「え、なっ誰だ?」
(……!)
「いや、素晴らしい。いい演奏だったよ」
慇懃な調子で褒め言葉を述べるのは男の声。
「……誰だ?」
「なに。たまたま通りがかったら、素敵な演奏が聞こえたものでね」
馴れ馴れしく、そう言って歩いてくるのは、スーツを着た若い男。
ワックスを掛けた黒髪に、赤いネクタイ。無精髭のない、嫌味なほどさわやかな笑顔。
ぱっと見では、三十代ほどのサラリーマンにも見えるその風貌。
だが、明らかに不審なのは、こんな時間に、こんな場所にいること。
そして何より、スーツ姿には明らかに不釣り合いな日本刀を腰に下げていること。
(……違う!)
「ファビア?」
(あれは、敵!)
「……やっぱり、そうかよ!」
「その通り、とでも言っておこうか」
男は流れるような動作で、懐から一枚、長方形の紙きれを取り出し、
「
言葉とともに天に掲げると、一瞬で発火。
その火から、梵字、漢字、図形が濁流のように流れ出し、同時に公園の各所からも同様に言葉と図形が流れだす。
織り交ぜられた言葉と図柄は、間もなく奇怪なドームとなって公園全体を覆いつくした。
そして、覆われた空からは光が、
(星の光が――!?)
消えていた。
月明かりも、星明りも届かない。
そこは宙を泳ぐ妖しげな橙の火の玉がその場を照らすのみの空間。
〈星天反応消失。星霊力の供給が中断されました。直ちに屋外、または自然光の照射が得られる場所へ――〉
「いったい何が起こってやがる……?」
「これで、君たちは僕の掌中に落ちた、ということさ。……王手にして詰みだよアーティファクト。ここまでなかなか手こずらせてくれたが、これでようやく決着だ」
「なにもんだ、テメェは」
「鬼の血脈を継ぐ、一族の一つとだけ答えよう。……そういう君は見かけない顔だね? つい先日までそのアーティファクトは単独行動をだったと記憶しているが」
「俺は巻き込まれただけの、近所の中学生だよ」
「巻き込まれただけの近所の中学生、ね」
ふう、とわざとらしげに溜息をつくと、
「巻き込まれただけの中学生が、ほんの数分でアレだけの規模の魔術を使えるようになるとは、にわかに信じがたいのだがね」
「だったら、何だってんだ」
「いいさ。まぁ、人智を超えた天才の遺産がすることだ。私のあずかり知らぬ術によるものなのだろうな」
「さっきから聞いてりゃ、なんだよその『アーティファクト』やら『遺産』やらって。まるでこいつをモノみたいに――」
「ああ。“それ”はモノだよ。気づいていなかったかね?」
ごく当然のように、青年は告げた。
拓人の背後にいる、彼女の正体を。
「稀代の天才、星天術式の始祖の血を引く『ヴィルヘルム・パレンティ』の手による、人類史上最高精度の、限りなくヒトに近い『人形』」
「馬鹿言うな! こいつのどこが人形だって……!?」
握る手のぬくもりと柔らかさ、側に感じた息遣い。それらは彼女が人間であると拓人に伝えている。
けれども、
「パッと見て人形と解るようなモノなら、私だってここまでして“ソレ”を追いはしまいさ。だが、術者たる私には解る。“ソレ”の魂は術式で縛られた人工物に他ならない」
こうまで言われながらも、全く表情を変えない少女の顔。
そんなこと、だからどうしたのかと言わんばかりの静かな表情。
「歩くブラックボックスとも言われている、天才パレンティの数々の超理論が詰め込めれた咒式義体。それを手にしたものは、高位の生体加工術から、極度に効率化された自動演算術式システム、究極の謎の一つたる魂の仕組みにについてすら解き明かす鍵をすら得るとも言われている……」
言葉を聞きながら拓人は徐々に実感を得ていってしまう。
少女の所作の、言葉の、端々から感じられていた違和感。
「世界中の魔術師が“ソレ”を狙っていると言っていい。それほどまでに価値のあるモノなんだよ。それは」
「…………まさか」
感情が薄い、という話ではない。
そもそも“なかった”のだ。はじめから。
……じゃあ。
拓人が守ろうとしたものは、ただの人形……あるいはロボットで。機械相手にムキになって、命を張っていたということ。
そして、あの老人は彼女を人間であるように言っていた。
拓人に対して、意図的に隠していたとしか思えない。
……まんまと騙された、のか?
自分の人形を、他のだれかに渡さないために?
信じていたものが、揺らぐ。
「では、そういうことだから“ソレ”を譲ってもらって構わないかね?」
「……え?」
「異能の者同士は、普通ならばこうして敵対した時点で有無を言わさず殺し合いになるところだが、君もまだ子どものようだし――」
大仰に両手を手を広げ、
「だからあえて提案してあげているんだ。そのアーティファクトを私に譲ってくれないかね。そうすれば君の安全は保証しよう、と」
青年は変わらず慇懃な調子で続ける。
「もともと巻き込まれただけなのだろう? 我々魔術師の愚かしい内輪揉めになど付き合う必要はない」
現実が、青年の姿をして拓人を揺さぶる。
もういいのだ、と。
少しいい気になって、助けようと思ったそれは、ただの機械で。
助けを求めていた少女などそこには居ないのだと。
「この人形は私に任せて、君は元の日常に帰るといい」
これは勘違いで、夢で、幻で。
だから、ここで終わりにしよう。
ここで引けば、おそらく明日からはなんでもない日常。
それが正しい答えだと――
「たくと」
「え……」
不意に呼びかけられたのは、声。
それはとても澄んだ声で、
(私は、幸せに生きる。そのためには、捕まる訳にはいかない)
続けられるのは、頭に響く言葉。
「でも、お前は……」
人間じゃない。
人間じゃないから、感情なんて芽生えるはずがない。
だから、
(私は、心を手に入れたい)
心なんて、見つかるはずがない。
(拓人ならそれができるかもしれない。だから)
……だから?
(もう一度お願いする)
「たくと。たすけて」
もう一度肉声で、外国語訛りのたどたどしい音。
けれど、その声を聞いて拓人は思い出した。
……人形……だから、見捨てるのか?
違う。
心がないなら、助けなかった?
違う。
……俺が、あの瞬間に守りたいと思ったのは――
力ない目をした金髪の少女。
必死に助けを求めていた、――そして、いまここで、助けを求めているファビアだ。
答えなど、とうに決まっていた。
「……約束」
(約束?)
「一つ約束しろ。俺はお前を守る代わりに、絶対に俺のバンドで歌うって」
(……? 問題ない。約束する)
他愛のない約束。
たった一つの代償を求めた、形ばかりの契約。
「なら決まりだ」
けれどもそれは、
「俺は、お前を守る」
――彼女を守るという、決意の証。
「くだらない……君はそんなことのために命を懸けると?」
「そんなこと、だぁ?」
故に、それで拓人の心は決まった。
「十分すぎるよ、俺にはな」
迷いの消えた目。その姿を見て、青年は鼻白み、
「愚かな。この結界は貴様らの魔力源たる星々の力を遮断し、この地の竜脈の力を最適な形で私のみに与える。そのアーティファクトを捕らえるためだけに編み上げた特別製だ。
霊力差は歴然。いかに優秀なアーティファクトと術士といえど、この状況で私と戦い勝利できる見込みはゼロに等しい。それでも?」
「何度も言わせんな」
「結果は見えている。命をムダを費やす前に降伏することが賢明だと思うが」
かちん、と。
――音楽の才能なんかないくせに、何言ってるのよ。
――ろくな事にならんさ。やらなくてもそんなことはわかる。
そこで、拓人の中で、何かが外れる音がした。
〈星天術式武装第三回路『
衝動とともに起動するのは、
〈バレットショット――コード・ドライブ〉
光弾。拓人の手から放たれたそれは、青年をかすめ、
「なッ!?」
「ああいいさ……そのくだらねぇ論理を吐くテメェは、正真正銘、俺の敵だ!」
「貴様――ッ!」
「ムダかどうか、証明してやるよ、オッサン!!」
「フン、バカなことを――まあいい。今や、この公園すべてが私の結界にして私の領域」
大仰に腕を振り、
「邪魔は入らん。存分にあがき、そして死ぬがいい!!」
*
(……ありがとう)
「心配すんな。このままお前を渡したりしねぇ」
そう言って、彼女の手を握る少年の目を見て、ファビアは思考する。
最終的に勝利できる確率はたったの5%に過ぎないと。
しかし、両者ともに離脱できる可能性は23%、
そしてファビア単独での脱出ならば、その確率は48%にまで跳ね上がる。
……最優先目標は、自身の生存。
だが、それと同じぐらい、拓人の存在は重要だ。
貴重な適合者であり、何より、彼のお陰で、ついに感情らしきものの存在が掴めかかったのだから。
……守る。
自身を守り、拓人を守る。
それが、自らが造られた意義を達成するための必須条件であるから。
そして目的を――感情の源たる“欲求”を得たファビアは、模索を始める。
23%へのルートを。
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