2-5 使徒達の黙示録(1)
イエスが捕まったとき恐れをなし逃げかくれした弟子達は、イエスの復活後は何故か迫害を恐れずに、宣教に邁進するようになる。イエスのことをほら吹きの類と疑っていたのが、本当に復活したと信じ込み、本物の神の子だと認識を改めたのだろう。
ゲッセマネでのイエス逮捕時には、敵方の耳を切り落としたものの、知り合いではないと偽り、イエスを見捨てたペテロもすっかり回心し、信者たちの前で説教をするようになった。ペテロは初代ローマ教皇とされ、使徒の頭と呼ばれるようになる。
ナグ・ハマデイ文書ヤコブのアポクリュフォンによると、イエスは死後五百五十日後に弟子達の前に現れ、ペテロとヤコブの二人に天の国の光景を見せたとある。五百五十日の空白期間は、二人の天使がローマにいるガブリエルのもとを訪れて、今後のことを相談していたのだろう。
コリントの信徒への手紙2の十二章で、とあるキリスト教関係者が十四年前にパラダイスに引き上げられたとパウロが記している。このときのことを言っているのかもしれない。
正典の福音書では、
「イエスは十二弟子を呼び集めて、彼らにすべての悪霊を制し、病気をいやす力と権威とをお授けになった(ルカ9:1)」そうで、
「みんなの者におそれの念が生じ、多くの奇跡としるしとが、使徒たちによって、次々に行われた(使徒2:43)」
とあるので、イエスの死後、天使達は使徒達を宣教の尖兵として使うため、イエスのときに使った奇跡を行ったのだろう。
しかしながら、ユダヤ教ナザレ派と呼ばれた初期のキリスト教にとって最大の貢献者は、彼らイエスの直弟子ではない。
イエスの時代、パレスチナ周辺では、アラム語、ヘブライ語、ギリシャ語が混在して使われていた。アラム語とヘブライ語は方言ほどの違いしかないが、ギリシャ語は国際語としての役割を果たしていて、話せるユダヤ人と話せないユダヤ人がいた。また、ギリシャ語しか話せないユダヤ人もいた。
イエスの死後、キリスト教はアラム語を話すユダヤ人たちによるパレスチナのエルサレム教会と、ギリシャ語を話すユダヤ人が主導した異邦人教会の二つのグループに別れた。前者はペテロ、後者はユダヤ教の律法学者だったパウロに率いられ、当初は対立をしていたとされる。
ペテロとパウロ、実はこの二人には、ある時期から天使が付き添っていた。天使付きの使徒はもっと数が多い方がいいのだが、天使の人数は三人で、一人は管理職だから、二人までしか用意できない。ペテロとパウロは、ローマまで伝道の旅をした。
パウロは、キリスト教を迫害する側の人間だった。ダマスコという町で信者を見つけ、エルサレムに連行しようとしていた。ダマスコに近づいたとき、天から光が照らし、イエスと名乗る声がした。目が見えなくなり、従者に手を引かれてダマスコに入った。
ダマスコに住むイエスの信者アナニヤに、主がパウロのいる場所へ向かうよう告げた。アナニヤが言われた通りにすると、パウロの目は「目から鱗」が落ちたように見えるようになった。天使はパウロの目の前に幻影を投影して、視力を奪った。三日間もパウロのそばに張り付いていなければならないので、手間のかかる手品だ。
それだけの労力を費やしたかいがあり、パウロ回心の効果は絶大だった。イエス本人を知らないパウロは、イエスを神格化した。キリスト教に回心したパウロをダマスコのユダヤ人たちが殺そうと企んだが、パウロはエルサレムに逃げた。自分から進んで逃げたのではなく、天使が逃げろと命じた。エルサレムでもギリシャ語を話すユダヤ人たちが、彼の命を狙った。パウロはエルサレムから脱出した。
二人の天使から救世主計画の失敗を聞いたガブリエルは、パレスチナに行って、使徒達の中から二名の宣教者を選ぼうとした。使徒筆頭のペテロとナンバー2のヤコブが候補になり、イエスに化けたガブリエルは二人に、あなたたちは師と同じように十字架にかけられると告げ、天国を見せたが、ヤコブの反応がいまひとつ鈍く、代わりに信仰心が厚くギリシャ語に堪能なステファノが選ばれた。
「さて、ステパノは恵みと力とに満ちて、民衆の中で、めざましい奇跡としるしとを行っていた(使徒6:8)」
迫害者パウロはステファノの殺害に賛成し、議会で演説したステファノは群衆の手で殺害され、遺体はパウロの足下に置かれた。天使達はステファノの代わりにダマスコの信者アナニヤを候補に決め、ダマスコに向かった。
途中、偶然パウロで出くわした。目の前でステファノを殺された担当天使は、怒りがこみ上げたはずだ。だが、ガブリエルはパウロを殺さず、アナニヤが奇跡を起こすための、目の見えない病人役として活かした。
恨みに満ちた担当天使は、パウロの目をふさいだ。ガブリエルはアナニヤをパウロのもとに導き、アナニヤがパウロの目を見えるようにした。そのとき、アナニヤよりもパウロのほうが強く感激した。高い学識と語学力も考慮に入れて、ガブリエルは迫害者パウロを宣教者に選んだ。
ステファノは殺害される直前、アブラハムはウルで主の啓示を受けカナンに向かったと証言した。そのときの彼の顔は天使のようだった。天使の目の前でそう言い、聖書にそう残されているということは、天使の認識がそうだったということだ。天使達は、アブラハム時代のことを何も知らないのだ。
三日間目が見えなくなったパウロは、キプロス島ではユダヤ人魔術師の目を見えなくした。おそらく魔術師の目は、天使が離れた後に見えるようになったのだろう。自在に幻を描き出せる天使が一緒にいてくれるということは、下手な護衛より心強い。それでも行く先々で、ユダヤ人から迫害を受けた。
初期のキリスト教にとって最大の敵は、その母体であるはずのユダヤ教だった。そのことを予測したガブリエルは、周辺諸国を強化してイスラエルを弱体化させた。ソロモン王が統治しているような状態では、キリスト教の宣教は困難だ。ただし、ユダヤ教の改革なので、完全に滅び去ってもらっても困る。ローマの属州程度が宣教にとってちょうどよい。
パウロは腐敗してからではなく、死んでから間もない青年をよみがえらせるなどの奇跡を起こしながら、小アジアを中心に宣教していった。異邦人の割礼問題を話し合うために、エルサレムに戻ったこともある。
結論は、異邦人に妥協し、一部宗派を除きキリスト教は割礼と決別した。それは割礼を子孫に伝えようとしたテラとの決別だった。アブラハムの宗教の流れをくむとはいえ、キリスト教はガブリエルのオリジナルなのだ。
さらに、「偶像に供えたものと、血と、絞め殺したものと、不品行とを、避けるということである。これらのものから遠ざかっておれば、それでよろしい(使徒15:29)」
とされ、大半の律法は過去のものとなった。
パウロはユダヤ教ナザレ派ではなく、ユダヤ教の枠を越えたキリスト教を目指していた。イエスは敵を愛せと言ったが、イエス本人を知らないパウロは隣人愛を説いた。ガブリエルは、ムハンマドに隣人によくしろと強調していた。
何度も投獄され、船上で暴風(天使の仕業ではない)に遭うなど苦心惨憺しながら、パウロは各地を巡り、首都ローマにたどり着く。ローマで家を借り、宣教に努めたが、やがて処刑されたという。
パウロたち使徒の活躍で増え続けるキリスト教徒に脅威を感じたのか、西暦49年、皇帝クラウディウスは、キリスト教徒をローマから追放する命令を出した。西暦54年、クラウディウスに代わり、ローマ皇帝にネロが即位した。
皇帝ネロをヘブライ語にして数えると獣の数字666になる。ヨハネ黙示録は一世紀末頃のものとされるので、黙示録の獣はネロを指しているという説が有力である。
この黙示録の獣は何をしたのだろう。
母親や妻を殺すなど暴君で名高いが、初めて一般のキリスト教徒を殺害した。それ以前の迫害はユダヤ教関係者によるもので、宗教関係者同士の仲違いだったが、ネロはローマの大火をキリスト教徒の犯行とし、数万人の群衆の前で猛獣の餌食とした。
割礼会議以降活動が記されていないが、ペテロもエルサレム教会を離れローマに来ていた。初期のキリスト教宣教の最大のキーパーソンでローマ教会の礎を築いたパウロとペテロは、ネロの統治時代に処刑された。二人の処刑が同時かどうかは不明だが、二人とも天使に選ばれ、天使が奇跡を起こし、天使に守られたのだが、最後はイエスや洗礼者ヨハネと同じく、公権力の手で処刑された。
その後、ユダヤは反乱を起こし、ネロのローマ軍に攻撃された。ネロの死で一時中断したものの、西暦七十年にはエルサレム神殿が崩壊し、今日に至るまで再建されていない。
ローマ帝国は、ガブリエルのプランによって成長させられた第四の獣だった。王制から共和制に変わり、その後、時代に逆行するように帝政に変わった。初代皇帝オクタビアヌスの母アティア(カエサルの姪)は、懐妊時と出産前に不思議な夢を見た。彼が皇帝になることを、あらかじめ天使が決めていたのかもしれない。
オクタビアヌス誕生の数年前、彼の大叔父に当たるカエサルは、アレクサンダー大王の像をみて奮起する。その後、富豪の娘と結婚し、その財産を使って、ローマ転覆を企てていると噂された。
元上司のクラッススがパルティア戦争で戦死する一方、カエサルはガリア戦争で勝利。ルビコン川を渡り、ローマ内戦を勝ち抜いた。元老院の力をそぎ、自らは終身独裁官に就任。オクタビアヌスを後継者に決め、元老院派に暗殺される。
三人の天使達は、手分けして名門貴族の中から皇帝候補を探していた。ユリウス氏族のカエサルが、アレキサンダー大王像の前で、感情を高ぶらせている様子を見て、天使は彼を候補に選んだ。
だが、一代では帝政を築くのに時間が足りない。それに、クレオパトラの色香にうつつを抜かし、敵を許す理想主義者的なカエサルよりは、クレオパトラの誘いに動じず、敵を殲滅する冷徹なオクタビアヌスこそ、初代皇帝にふさわしい。
カエサルの陰に隠れて目立たないが、オクタビアヌスは大叔父に負けぬほど英雄的な人物だった。二十代で権力闘争に勝ち抜き、暗殺を免れ、皇帝の座に何十年も居座り続けたのは並大抵のことではない。
共和制を帝政にし、皇帝に権限を集中させたのには理由がある。広大な領土を持つ大帝国で、皇帝を回心させ、キリスト教を国教にすれば、一気に信者は増える。それは、コンスタンチィヌス帝の回心後のキリスト教の歴史を見れば明らかだ。
だが、そうなるまでに三世紀も必要としたのはどういうことなのだろう。イエスの替え玉処刑作戦が失敗したからに他ならない。
では、本物のイエスが処刑されなければ、キリスト教の宣教はどのような経緯を辿ったのであろうか。復活後の昇天劇や終末預言、パウロやペテロがローマに向かったことなどから、次のようなものと推測できる。
イスカリオテのユダは、大祭司の家に顔を布で覆った替え玉を連れてくる。顔の覆いがはずされると、イエスの顔が投影されている。取り調べは天使がイエスの声で応答する。
ゴルゴダへの移動中は、替え玉でもばれないように空を暗くする。磔の間も暗くしたり、顔を投影したりする。替え玉は処刑され、墓に葬られる。
処刑の三日後、見張りのローマ兵により、替え玉の遺体が外に運び出される。姿を隠していた本物のイエスは、弟子達とともに神殿に現れ説教をする。
イエスは十二使徒とともに、奇跡を起こしながら、首都ローマに向かい、宣教の旅をする。イエスは、ローマの広場で人々に説教をし、その後で天に向かって上がっていく。もちろん、昇天するのはイエスに化けた天使だ。
演じるのは最も魔術の得意な天使で、人々の記憶に残るように、エリヤのときとは比べ物にならないほど、壮麗でドラマティツクなシーンになる。何百年も構想を練ったのだ。真昼のローマが突然暗くなり、天から柔らかな光が差し込み、荘厳な音楽が流れ、イエスは輝きながらゆっくりと上がっていく……というような筆者が思いつけるようなレベルではなく、想像を絶するものになるはずだ。
三人の天使による終末の演出。モーセの時代、エジプトを混乱させた災いの幻を各地で描き出し、人々に世の終わりが来たと思わせる。ダニエル書によると期間は七年間。
災いがピークに達したとき、皇帝や民衆の見守る中、雲に乗ったイエスがやってくる。もちろん、天使がイエスに化けている。だが、地上で待機していたイエス本人と入れ替わり、人々に身体を触れさせ、パンを食べるなどして、幽霊でないことを証明する。
再臨したイエスが本物だと証明するためには、弟子や民衆、ローマの権力者などイエスの顔や声を記憶している人たちが、再臨したイエスを目撃し、声を聞き、抱き合うなどの必要があり、イエスの再臨はイエスが生きている間に行わなければいけない。
イエスの登場で災いが終わり、皇帝はキリスト教に回心し、キリスト教はローマの国教になる。最も早く教えを広め、最も犠牲者を少なくできる最良の宣教プランだ。
「パウロよ、恐れるな。あなたは必ずカイザルの前に立たなければならない(使徒27:24)」
本来の計画では、皇帝の前に立つのは、パウロではなくイエスだった。
「その日には、この患難の後、日は暗くなり、月はその光を放つことをやめ、星は空から落ち、天体は揺り動かされるであろう。そのとき、大いなる力と栄光とをもって、人の子が雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。そのとき、彼は御使たちをつかわして、地のはてから天のはてまで、四方からその選民を呼び集めるであろう(マルコ13:24-27)」
というイエスの言葉から判断すると、首都の人間以外も証人となるよう、ローマ帝国の各地から人々を大広場に集め、空を暗くし、天使に囲まれたイエスが雲に乗って登場する演出だったようだ。
紀元五十年頃には、キリスト教がローマ帝国の国教になる予定だった。イエス本人も、
「よく聞いておくがよい。神の国が力をもって来るのを見るまでは、決して死を味わわない者が、ここに立っている者の中にいる(マルコ9:1)」と断言している。
国教化に成功すれば皇帝の存在は邪魔だ。そこで再び共和制に戻し、皇帝を廃止する。政務官のうち宗教関係だけでなく、執政官や護民官も教会関係者が務め、新共和制ローマは神の国になる。
だが、現実はプラン通りにいかず、キリスト教はローマ帝国から敵視され、ネロ以降も弾圧は続いた。天使は計画の失敗で、自信をなくしてしまったのだろうか。
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