第五夜 【聖夜爺】

聖夜爺・前編 ~山吹の章~


 ○~○~○




 関東地方のとある県、その最北端に『七ツ闇』という町がある。


 その中心部の丘の上、そこにはかつて神社があった。


 だがその神社、時代とともに忘れ去られてしまった。


 そしてすっかり廃れて、今は町で唯一の診療所へと変わっていた。

 

 神社を改良したその診療所、その名を『七ツ闇クリニック』という。


 だがその診療所には近所の子供以外は誰も寄り付かない。


 そのクリニックには昔からある噂が絶えなかったからだ。


 その噂いわく『あの診療所には物の怪がでる』というのである。




 だが、それはまぁともかく、今日は年に一度のクリスマス。


 それは誰にとっても、ちょっとだけ特別な日。


 もちろん人ではない『モノノ怪』たちにとっても……




 ○~○~○




   🌸


「先生、やっぱり患者さんきませんねぇ」

 クロコはクリスマスに合わせたのか、やたらとフリルがたっぷりついた、派手だがなんともかわいらしい感じの服を着ている。服に合わせた厚底のブーツ、頭には小さな帽子までちょこんと載せている。


「今日はまたずいぶんとにぎやかな感じですね」

「はい! クリスマスなので、白のゴスロリで決めてみました!」

 そう言ってクルリと回ってみせる。すごい量のフリルがふわりと揺れる。うーん。その良さがイマイチよくわからないが、気合いが入っているのは分かった。


(クリスマス……やはりプレゼントを期待してますよね……)


   🌸


「どうです、山吹先生? 似合うでしょ?」

「ええ、とても可愛らしいですね」

「てへへ。あ、それより先生。今月の支払いは大丈夫ですか? 光熱費の三万が残ってますよ。前に渡した、ちゃんと換金しましたか?」


 クロコが言っているとは【猿柿】の時の真珠のことだろう。クロコがくじ引きで当てた、定価で十万になるという大きな真珠の粒。

 

 だが実は換金していない。

 それまでに患者が来るだろうと思っていたからだ。

 特に今年は例年より寒いし、インフルエンザも流行しているし。


 だが待てど暮らせどクリニックに患者はこなかった。どうやら七つ闇の町民たち、予想よりもはるかに丈夫らしい。

 まったく困ったものだ。これでは私の方が病気になってしまう。


   🌸


「あの、先生? 大丈夫ですか?」

「もちろんです! それより今日はお金の話はナシにしましょう。なんと言ってもクリスマスですからね。こんな日に病院に来たがる人はいませんよ。いや、むしろその方がいいんです」


 私はいつも通りにこやかに微笑む。

 そんな私をクロコはジトッと憐れむように見つめた。そしていつも通りのため息を長々ともらし、あきらめたように言った。


「そうですね。先生にはクリスマスなんて関係ないですよね。考えてみればここは神社だし」

「まぁそういうことです」

「でもねぇ先生、世間ではクリスマスにごちそう食べたり、デパート行って買い物したり、子供はプレゼントもらったりなんかして、みんな楽しく過ごしているんですよ。たまには先生も……」


 おっ、と雲行きが怪しくなってきた。

 

 そのセリフ、彼女なりの誘い文句だ。


 だから私はメガネをツッと上げ、彼女を傷つけないように、彼女のプレゼントへの期待をそらさねばならない。


   🌸


「クロコ君、うちうち他所よそ他所よそ、ですよ。もっとも今はあまりプレゼントなんかは、しないんじゃないですか? サンタクロースを信じる子供もいないでしょうし」


 大人の対応でそう答える。まぁクロコもサンタを信じる歳ではないだろう。こういえばあきらめてくれるはず。


「え? 先生なに言ってるんですか? サンタはいますよ?」


 またクロコが突拍子もないことを言いだす。だがそれはかえって、かわいらしい気もする。ちょっとクロコの子供っぽい、素直な一面を見たような。


「クロコ君は信じてるんですか? サンタクロースのこと」

「信じるもなにもちゃんといますよ。あたし見たことありますよ」

 あまりにも当たり前のようにクロコは言い切った。


   🌸


 そして私はちょっと電撃にうたれていた。白状すると私も小さい頃はサンタクロースを本気で信じていたのだ。これはちょっと落ち着かないと。


「あのサンタクロースですよ? 見たんですか? 見間違いでは?」

「まさか! それに嘘なんかつきませんよ。あれですよね、12月24日の夜に、白い袋を担いで、赤い服を着ているおじいさんですよね」

 自信たっぷりのクロコ。説明も合っている気がする。


「たしかに……それはサンタクロースですね……」


(あれ? サンタってホントにいるの?) 


 私はますます動揺してしまう。

 ひょっとして私が知らなかっただけ?

 それとも信じてないから見えないとか?


   🌸


「ちょ、ちょっと落ち着きましょう、クロコ君。この時期、そういう格好をしている人もたくさんいるんですよ。そういう格好でピザの配達をしたり、ケーキを売っていたり……」


「だーかーら、違いますって。コスプレとかじゃありませんよ。いくら何でもそれくらいあたしにもわかります。そのサンタはちゃんと貧しい子供にプレゼント配ってました。白い袋に入ったとかとか」


 貧しい子供限定のサンタ……なんか、ちょっと違う気がするが……


 いや、待て! むしろそれこそが本物のサンタクロースの証拠じゃないか? 愛とか夢。おもちゃのプレゼントよりもむしろそっちの方がふさわしいんじゃないか? なぜなら子供たち全てのプレゼントがあの袋に入り切るわけはないからだ。


 つまり、そっちがオリジナルのサンタだったとしたら……それなら


   🌸


「そ、それで? ほかになにか特徴は?」

「そうですねぇ……」


 クロコは小さな顎の先に指をあてて考える。

 それから晴れやかな声でこう答える。


「そうだ! プレゼント届けるとき、ボワンと霧になって部屋の中に入っていくんです!」


「……霧……」


 そうだった。

 クロコとの会話でこのパターンをまた忘れていた。


「……霧になって……って。クロコ君、それ、ただのですよ」


   🌸


「そうですか? でも、それでもいいじゃないですか。【聖夜爺セイヤジイ】はちゃんとプレゼントを配ってるんですから」

「セイヤジイ?」


「あたしはそう呼んでます。昔はなんか違う名前の、ちょっと有名な妖怪だったそうですけどね」

「はぁ……やっぱりそうですか……なんか疲れましたよ」


「でもま、先生、安心してください」

 クロコは急にそんなことを言いだした。そしてつかつかと私のところに来るとポンポンと肩を叩いた。なんだか慰めるみたいに。


   🌸


「なんです? いったい」

「あたし分かってます。最初から先生にプレゼントもらおう、なんて思ってませんから」

 急にそんなことを言い出す。


「あたし、先生の懐具合はちゃんと把握しています。プレゼント買う予算がないことも。先生の財布、今は1580円しかないし」


 合ってる。

 さすが私の会計係……それにしても十円単位とは。


「だから気を使わなくていいんですよ」

 クロコはにっこりと笑う。


「それよりまたガキどもが来ました。もう行きますね!」

 クロコがそう言って出ていこうとしたので、私は慌ててこう告げる。


「クロコ君、彼らが帰ったら、もう一度ここに来てくれませんか?」


「え? なんですか、急に?」

「今日のクリスマスを二人でお祝いしようと思いましてね」


 クロコの顔が赤くなったのは気のせいだろうか? それをはっきり見る間もなく、彼女はつむじ風を残して部屋から出て行ってしまった。


   🌸


「メリークリスマス!」

 マサヒコは入ってくるなりそう言った。

「先生、メリークリスマス!」

 続いてトシオ君、アキナちゃん、チエミちゃんといつもの面々。クリスマスだというのに今日もみんな集まってきた。


「そういえば、君たちは冬休みではないのですか?」

「いやぁ、センセーひとりじゃ寂しいんじゃないかと思ってさぁ」

 とマサヒコ。


 その言葉を聞いて不意に涙腺がゆるんでしまった。いつも邪魔だとばかり思っていたが、こんなにも私のことを思ってくれていたなんて……


 私は反射的に、マサヒコの頭に手を伸ばす。なんだか無性にあのグレーのジョリジョリに触れたくなってしまったのだ。

 が、私の手はマサヒコにパシッと止められてしまった。


   🌸


「なんだよ、先生、急に!」

「え? ああ、すみません。いいことを言ってくれたので撫でようかと」

「オレ、あたま触られんのやなんだよ」

「そうでしたか、それは失礼しましたね……」


 私は舌打ちしそうになるのをこらえた。

 今日もまた失敗してしまった。ただ撫でてみたいだけなのに……

「……ホントもったいぶっちゃって……」


「センセ?」

 またアキナちゃんが不安そうに私を見ている。この子は本当にいつもこうだ。だから私もいつものとっておきの笑顔で応える。


「どうかしましたか?」

 アキナちゃんは残像でも振り払うかのように、頭をブンブンと振った。


   🌸


「そういえば山吹先生、クリスマスはいつもどうしてるんですか?」

 とトシオ君。まさかトシオ君の家に招待してくれるとか? それはちょっと期待してしまう。彼の家ならクリスマスはすごいご馳走を用意しているに違いない。


「そうですねぇ。まぁいつも通り仕事です。でも今日は早めに閉めて、隣町の『八光デパート』の屋上イルミネーションを見に行こうと思っているんです」


「えー、あの古いデパートに行くの? あそこもうボロボロじゃん」

 とはマサヒコ。容赦ないな、あいかわらず。


 確かに八光デパートはずいぶんと古い。

 だが私にとって、あのデパートは特別な場所なのだ。小さいころから毎年、クリスマスの日には、祖父と一緒にあのデパートに行っていたのだ。


「確かに古くはなっていますがね、あのデパートの屋上は祖父との思い出の場所なんですよ」


 それから私はいつものように彼らに買っておいたお菓子を配る。

 今日はクリスマスだから特別に『ラ・マンド』という高級菓子をふるまってやる。そして私も一緒にちょっと贅沢に浸る。つまりは一緒に食べる。


   🌸


「そういえばさ、あのデパートのイルミネーション、今年で終わり、って言ってなかった?」

 とチエミちゃん。ボリボリとまるでいつもの駄菓子のようにラ・マンドを食べている。そんな様子にちょっとイラっとしてしまう。


「ああ、それオレも聞いた。なんか銅像がぼろくなって、危ないからって」

 とマサヒコ。彼もラ・マンドをボリボリと食べて、すぐに次の袋に手を伸ばす。あれ? こんなに高級な味がするのにわからないのかな?


「銅像? 屋上にそういうのがあるんですか?」

 やはり無造作に食べるトシオ君。だが彼は食べ慣れているのかもしれない。


「八光デパートのシンボルなんですよ。屋上にはサンタクロースと、四頭のトナカイの銅像があるんです。一年中飾ってあるんですが、クリスマスだけは特別にライトアップされるんです。私が小さいころからずっとそうでした……」


   🌸


 私はしばし懐かしい思い出に浸る。


 クリスマスは祖父と一緒にバスで隣町まで行き、デパートの食堂で定番のを買ってもらい、それを手に屋上に行き、祖父と二人でライトアップされたツリーやサンタの銅像を眺めたものだった。

 赤や青、様々な色の電球が点滅して、それはまるで夢の中にいるようだった。


「……オレも一回見たけどさ、なんかすげえショボかった! ボロだし古いし!」

 まったくマサヒコは容赦ない。


 今の子供は、ちょっとやそっとのことじゃ感動しないのだろう。クリスマスのライトアップもそう、このラ・マンドもそう。その良さがわからないなんて、むしろかわいそうなガキどもだ。


   🌸


「さーて、今日も菓子も食ったし、帰ろっか!」

 とマサヒコ。他の三人も立ち上がる。ラ・マンドはすっかりなくなっている。


「じゃあね先生!」とチエミ。

「先生、よいクリスマスを!」とトシオ君。

「じゃーなー先生! 妖怪出たら教えて!」とマサヒコ。


 すると珍しくアキナちゃんがテテテと私のところにやってくる。

 そしてポケットからゴソゴソと何かを取り出した。


 まさか私にクリスマスプレゼント? ちょっとドキッとする。いや、アキナちゃんからプレゼントというのはさすがに予想していなかったからだ。


「せんせい、ゆびわ、さがしてくれてありがとう」

 彼女がそう言ってよこしたのは、小さな赤い巾着袋だった。

「わたしね、このいろがいちばんすきなの。だからせんせいにあげる」


 え? 話の展開が見えない。この年頃の女の子はこういうものなのか? とあっけにとられる私を置いて、彼女はさっさと出て行ってしまった。


   🌸


 それから私はきんちゃく袋を開けてみた。

 なにやら細々こまごましたものがいろいろ入っている。赤いおはじき、赤いビーズみたいな丸い粒、赤いリボン、それから赤い絵の具のチューブが一つ、そして赤いプラスチックのキャップ。


 たぶん……たぶんだが、彼女が大事に集めたものなのだろう。たとえどれもがガラクタのようにしか見えなかったとしても。


   🌸


 と、その時、入れ替わるように急にクロコが現れた。

「せーんせっ、言われたとおりきましたよ!」


「おや、早かったですね」

「えへへ。あれ? それ、クリスマスプレゼントですか?」

「これは指輪捜しのお礼だそうです。アキナさんから頂きました」


 私は白衣をサっと脱ぎ捨て、その巾着袋をズボンのポケットに入れる。

「さて、クロコ君、出かけましょうか!」

 そして一張羅のコートに袖を通し、マフラーをぐるりと巻く。


「これからですか? どこへ行くんですか?」 

「クリスマスといえば八光デパートです」


「そうなんですか? でもどうして、あたしとなんですか?」

「ちょっとデートとしゃれこみましょう!」


 冗談めかして言ったつもりだったが、クロコは真っ赤になっていた。


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