聖夜爺・後編 ~クロコの章~


 バスに揺られること十分くらい。あたしと先生は隣町の『八光町』についた。


 八光デパートは駅の目の前にある。八階建てで、外装はかなり年季が入っている。壁面にはちょっと古びた二本の垂れ幕がかかっており『クリスマスセール開催中!』と『イルミネーション点灯中!』と書かれている。


   🦊


「いやぁ、確かにここも古くなりましたね」

 先生の吐く息が白い。夜になって急に気温が下がってきたせいだ。


「先生、ここに行くんですか?」


 あたしは聞き返さずにはいられない。というのもこの八光デパートの隣にはビーオンという、まだ出来たばかりのショッピングセンターが建っているからだ。

 こちらは二階建てだがものすごく大きく、全面がガラス張り、しかもとてもオシャレなディスプレイがしてある。

 もちろん道行く人々が入っていくのもビーオンの方だ。


「もちろんです。ここは私にとって特別な場所なんです」

 先生はそういってにっこりと笑う。


 その笑顔はなんだか子供みたい。なんとも、うれしそうなのだ。だからあたしは先生のコートの背中を追っかけてデパートに入っていった。


   🦊


 デパートの中も外観に負けずに古かった。天井は低いし、照明もなんとなくいる。二階へ上がるエスカレーターの手すりもずいぶんと暗い赤い色だった。


「私はちょっと二階に用事があるんです。クロコ君はおもちゃ売り場でも見てくるといいですよ。変わってなければ五階です」

 その二階というのは婦人洋品と婦人雑貨、宝石店のフロアだ。少なくとも先生に用がある場所とは思えない。なんか怪しいなぁ。


「あ。あたしも二階で洋服見てます」

「そ、そうですか? では私の用事がすんだらクロコ君を捜しますよ」


 先生はちょっと動揺している。やっぱり隠し事があるみたい。

 でもあたしはおとなしく騙されることにする。今は……


「分かりました。あたしお店を見てますから、迎えに来てください!」


 二階に着くと、私は先生の行き先を確認してから反対方向に歩き出す。でもそれは最初だけ。あたしはすぐに振り返り、尾行を開始する。


 先生は慣れた様子で婦人服の並んだエリアを抜けて、まっすぐ宝石コーナーへと歩いていく。あたしは近くの洋服屋さんの中に入り、ラックに並んだ商品の陰からそっと先生の様子を探る。


   🦊


 先生は角にある宝石店の一つに着くと、ガラスのショーケースの向こうにいる店員さんの名前を呼んだ。


「こんばんは。琥珀コハクさん」

 先生は女性店員にそう呼びかけた。


「あら、。待ってたのよ」


『琥珀さん』と呼ばれた女性は振り返るなり、満面の笑みで先生にそう答えた。

 歳はたぶん先生と同じくらい。黒いスーツを着て、長い髪を一つに束ねて、メガネをかけている。

 顔は……悔しいけどなかなかの美人だ。なんか目がきれいな人だ。


   🦊


「あの、お願いしていた物は出来ましたか?」

 そう言う先生の顔はなんだか赤い。ムッとしたけど、とりあえず今は我慢。そのままそっと聞き耳を立てる。


「もちろん。プレゼントなの?」

 琥珀さんはガラスケースに肘をつき、探るように先生を見上げている。人間の、それも大人の行動パターンはまだよくわからないが、なんかユーワクしているようにも見える。


「え、ええ。まぁ」

 先生はだらしなく笑いながら後頭部をかいている。これは照れてる感じなのかな? なんかますますイライラする。


「ちょっと待ってて」

 琥珀さんはスッと起き上がると、レジのところに行き、何やら小さな箱を持ってきた。赤いベルベットに覆われた細長い箱。たぶんネックレスかなにか入れるものだろう。


「はい。これ。約束通りお金はいらないわ。箱はサービスよ」

「なんか無理言ってすみません。でも本当にいいんですか?」

「いいのいいの。山吹君には昔助けてもらった恩があるからね。それにどうせお金ないんでしょ?」

「ええ、まぁ……」

「じゃあ恩返しさせてよ」


   🦊


 うーん。なんか大人同士で何やら秘密の会話が進んでいる。が、それはともかく先生は何度もお礼を言いながら、受け取った箱をコートの内ポケットにしまった。


「山吹君、楽しいクリスマスを!」

「琥珀さん、ありがとうございました!」


 最後に別れの挨拶をかわし、先生は宝石売り場を後にした。

 もちろんわたしは素早く別の場所に移動し、洋服を捜すふりをしながら先生が迎えに来るのを待つ。


(あの箱の中身はたぶんネックレス……でも先生、誰にプレゼントするんだろう?)


 あたしの知る限り、山吹先生にそういう知り合いはいないはずだ。

 でもとにかく相手が女性だというのは確かだ。


「おや、クロコ君。ここにいたんですか」

 山吹先生があたしを見つけてくれる。まぁこのデパートの中ではこの服装は特に目立つしね。


「先生、用事は済んだんですか?」

「はい。次は上の階に行きましょう」


   🦊


 次に向かったのは八階。ここはレストラン街だ。

 お寿司屋さんに天ぷら屋さん、イタリア料理の店に、フランス料理の店もある。どれもけっこう古いお店のようだが、ここだけはその古さが伝統のように感じる。でもお客さんはほとんどいない。ガランとしている。


「なんかデートみたいですね」

 とあたし。先生、今日はここで晩御飯をご馳走してくれるつもりなのかな? と思ってハタと気付く。

 先生の財布にはそれだけのお金はないはず。帰りのバス代も入れて考えると、残りは千円あるかないか。もちろんその金額で二人分が食べられる店なんてない。


「ここではね、いつも『たい焼き』を買うんです」

 あたしの心を察したのか、先生はにこやかに笑う。そしてよっぽど楽しいのだろう、なんとあたしの手をつないできた!

「さぁ、こっちです」


 あたしはまた尻尾と耳が出ないようにするので精一杯。顔が赤くなるのは何ともできない。

 でもこうしていると、あたしはどんなレストランに行くよりも幸せだった。


「おぉ、この店は今年もやってましたね」

 先生はそのお店でたい焼きを四枚買った。

「さぁ、屋上に行きましょう!」

 今日の先生は本当に楽しそうだ。


   🦊


 が……楽しい気分はそこまでだった。


 屋上は真っ暗だった。垂れ幕には『イルミネーション点灯中!』とあったはずだか、明かりは一つもついてない。ただただ真っ暗だ。


「どうしたんでしょう?」

 先生が聞いてきたが、もちろんあたしに分かるわけがない。そのまま真ん中の方へ歩いていくと、銅像が見えてきた。

 その銅像は一体のサンタクロースと、四頭のトナカイだった。銅像は丸みを帯びたコミカルなもので、色も塗られている。だが年季が入りすぎて、近くで見ると塗装はボロボロだった。


「いやぁ懐かしいなぁ」

 それでも先生はいとおしそうにトナカイの鼻を撫でた。たぶん多くの子供がそうしてきたのだろう、とくに鼻の塗装はすっかりなくなっていた。


「でも真っ暗ですよ」

 とはあたし。だってサギじゃん、これ。


「照明装置はあるんですけれどね、故障ですかね?」

 たしかにサンタクロースの背後には大きなクリスマスツリーもある。そこから電飾の電線も伸びている。電線はツリーのてっぺんまで延び、木の枝に絡みつき、サンタを、トナカイを、そこから四方に地面に広がり、屋上のフェンスをぐるりと取り囲んで伸びている。


「でも電気がついてないと意味ないですよねぇ……」


   🦊


 あたしはちょっとがっかりする。というかこれはあまりに寂しい。

 さらに追いうちをかけるように、雪の薄片がそっと降りてくる。上空を見上げると、空一面が真っ白に染まっていた。雪が本格的に降りだしたのだ。


「今年はホワイトクリスマスになりましたね!」

 そういう先生はやっぱり嬉しそうだ。


「なんです? それ」

「クリスマスに雪が降るとそう呼ぶんですよ。何もかもが雪で真っ白になって、イルミネーションがとてもきれいに見えるんです。今年はラッキーでしたね」


 ラッキー? 寒いだけじゃないの? 肝心の照明もついてないし。

 正直そう思っちゃう。

 だいたい寒いのは苦手なのだ……特に人間の姿をしている時はそう。


   🦊


「まぁ仕方ありません。それより冷めないうちに食べましょう」

 先生はそう言ってベンチに座る。そしてハンカチを取り出し、あたしが座るところにかけてくれる。

 先生でもこういうことができるんだ、となんだか感心してしまう。


「さ、おひとつどうぞ」

 先生が紙袋から一つ取り出してくれる。その瞬間、ほわっと湯気が漂う。そしてなんとも甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 実はたい焼きを食べるのは初めてだ。へぇ、ちゃんと魚の形になってるんだ!


「じゃ、いっただっきまーす!」

 はむっ。と一口。カリッとした食感、すぐにふわりとした皮の甘味、それからとろりとしたアンコがほどけてくる。

 熱っ、甘っ、うまっ!

 その三つが押し寄せてくる。熱々のお揚げも大好物だけど、これはまた全然別のおいしさだ!


「おいしー!」

 あたしはそのうまさにびっくり。思ったままを先生に伝える。

 先生はそんなあたしをうれしそうに眺めている。


   🦊


「ね、美味しいでしょう? 私もね、子供の頃はクリスマスに祖父と一緒にここでたい焼きを食べたものです。ほら、うちは神社でしょう? ケーキじゃなくてたい焼きだったんですよ」


 あたしはコクンコクンと二度うなずく。

 だってたい焼きの方がずっといい。美味しいし、香ばしいし、なにより暖まる。うん。クリスマスにはケーキより、たい焼きを食べるべきだ。

 あたしはそう思いつつ、頭から尻尾まであっという間に食べてしまう。


「さ、もひとつどうぞ」

 先生が紙袋からもう一つ取り出してくれる。

 今度はもう少し味わいながらちょっとずつ食べる。


 時々雪を見上げ、隣に座る先生の横顔をみつめ、湯気をあげているたい焼きをかじる。

 先生もサンタの銅像のあたりを眺めながら、パクパクとたい焼きを食べている。


 なんかすっごく幸せ。


   🦊


「……あんれ、雪が降ってきたべ」

 と、屋上の扉を開けて作業着姿のおじいさんが現れた。

 暗いせいだと思うが、あたしたちには気づいていないようだ。


「あちゃー、やっぱりライトつかねぇか、おっかしーなー」

 そのおじいさんは独り言をつぶやきながら、ケーブルのあちこちを点検する。コードを振ったり、差しなおしてみたりと、いろいろ昔ながらの修理を試しているが、やっぱりつかないままだ。


「まぁ今年で最後だしなぁ、サンタさん、もう少し頑張ってくれ」

 そのおじいさんは銅像のサンタに話しかける。だがもちろん電気はつかない。まぁ、根本的に修理方法が間違っている気がする。

「うーん、配電盤かなぁ……いつもコレで直るのになぁ」

 おじいさんはそう言ってまた扉の向こうへと消えてしまった。


「やはり今年はライトアップ、見られないんですかね?」

 そう言う先生は少し寂しそうだ。だがまぁ仕方ないだろう。設備が古くなっているんじゃどうしようもない。そう思った。


 だが次の先生の言葉を聞いたら急に考えが変わった。


「……


   🦊


 この一言でスイッチが入った! あたしのやる気スイッチにバチッと電気が流れた。先生があたしに見せたいもの、あたしはそれを見たい! なんとしても見たい! いや絶対見たい!


 あたしはたい焼きのカケラをスカートから払い落し、すっくと立ちあがる。

 今日は厚底のブーツでよかった。なんだか視線が高くて力強い感じ。それに今日のこの服なら、なんだか魔法まで使えそうだ!


 あたしはサンタの銅像のところに行く。実はかすかに妖気を感じていたのだ。先生は気付かなかったみたいだけど、この銅像にはなにかモノノ怪が憑いている。


 あたしはそっとそれを撫でるふりをして、妖気を流しこんでみる。


 すると、銅像の輪郭が歪み、ふわふわとモノノ怪が漂いだした。


「ホ~ホ~ホ~、メリィィィクリスマァァァスッ!」


 と、やたらテンションの高いモノノ怪が現れたのだった!


   🦊


「ホ~ホ~ホ~、やっと出られたぜっ! ヘイ、ガーッ(ガール?)、お前のヨーキ(妖気)、ヨーキ(陽気)にゲット! 助かったゼ、ベイビー、そんなユーのお名前はっ?」


「……クロコです」

 勢いに釣られてつい素直に答えてしまう。

 白状するとあたしはウザいやつが苦手だ。

 あれ? この妖怪、どこかで見たことあるような……


「ホ~ホ~ホ~、クロコサンキュー、ソー、マッチ! ユーのハートは受け取った! 今度はワシのビートを届けるバン! 熱いビートがはじけるコンバン!」


 思い出した!

「あんたは『聖夜爺』!」


「ホ~ホ~ホ~、そいつはワシの名前じゃねぇ、ワシの名前はサンタクロース! エビバデ、セイ! ワシの名前を言ってみな? エビバデ、ヘイ! ワシの名前は……」


 はい。付き合うのもこのあたりが限界。

「だから、聖夜爺でしょ?」

 ギンッと睨みつけると、聖夜爺はしぼんだように背中を丸めた。

 陽気なノリもすっかり落ちた。


「はい、そうです……クロコさん」


   🦊


「おや、クロコ君の知り合いでしたか」

 と先生。あたしの隣に来てしゃがむと、聖夜爺と握手をした。

「……どうも初めまして私は山吹といいます」


「ホ~ホ~ホ~、ワシはサンタクロースじゃ」

 と聖夜爺はたっぷりとした白いあごひげを撫でながら答える。いかにもサンタクロースという感じだが勘違いしてはいけない。これはサンタの銅像が妖怪になった付喪神だ。似ているけど違う。よく似てはいるけど、やっぱり別物。間違いやすいけど、とにかく別物。


「いやぁ感動だなぁ」

 先生はやっぱり勘違いしている。

「その袋にはやっぱりプレゼントが?」


「ホ~ホ~ホ~、その通り! ワシは毎年この日に貧しい子供たちに愛と夢を届けておるんじゃ」


「素晴らしいですね。まさにサンタクロースだ!」

 先生、だんだん目がキラキラしてくる。まるで子供みたいに、無邪気になっていく。あれはサンタじゃなくて妖怪なのに。


 ホント先生かわいそう……


   🦊


「ですがのぅ……それもどうやら今年で終わりみたいじゃ。いや、それどころか最後のこの日も、どうやら無理みたいじゃ」


 サンタ……じゃない、はちょっと後ろを振り返り、並んでいるトナカイたちを見つめた。真っ暗な空間の中で、四頭のシルエットだけが静かにたたずんで見える。


「どういう訳だか、今年は彼らが光ってくれなくての。彼らが光ってくれないとソリは引けないし、夜道も見えないんじゃ」


「あのトナカイたち、ソリを引くとき光るんですか?」

 と先生。やっぱり目がキラキラしてる。だからあれは妖怪なんだってば。サンタに似ている聖夜爺なんだって……でも今さらそれを言える雰囲気じゃない。


「ホ~ホ~ホ~。トナカイの光と一緒にワシは町中を駆け抜け、プレゼントをもらえない貧しい子供たちに愛と夢を届けてきたんじゃよ」

「それは素晴らしいことですね。なんとかしてお助けしたいのですが、さすがに銅像の修理までは……しかも今日中となると……」


 先生は何かを考えていたが、いくら何でもさすがに、今回ばかりは無理だろう。


   🦊


 その時だった。デパートの中から、かすかにクリスマスソングが聞こえてきた。とても小さな音だから、たぶん先生には聞こえていない。

 笑いものになっていたトナカイが夜道を照らすあの歌……あのメロディーが、舞い散る雪に染み込むようにそっと聞こえていた。


「あ!」

 あたしはとっておきの解決方法を思いつく! これだ! これならトナカイを治せる! 今日だけはあたしがモノノ怪のお医者さんになれる!


「クロコ君、なんです? 急に?」

 あたしはツッとかけてないメガネを上げ、やれやれと首を振る。

 どうやら山吹君には一から説明しないとならないようだ。


「いいですか先生、トナカイに光を取り戻すには、鼻を赤く塗ってやればいいんですよ」


 ぽかんとしている先生。

 さらにポカンとしている聖夜爺。


   🦊


 まったくこれだから年寄りは。しょうがない。歌ってあげるのが手っ取り早い。あたしはあの曲を歌う。赤い鼻のトナカイはいつも笑われていた、でもあるクリスマスの日サンタは告げる、キミの光る鼻がとても役に立っている、と。そんなストーリーをメロディーにのせて歌う。


「あぁ! それか!」

 と先生。やっと気づいた。


「ホ~ホ~ホ~! しかし絵の具をどこで手に入れましょうかな? このデパートの文房具コーナーは昨年無くなってしまったのじゃ」

 と聖夜爺。


「それなら、ありますよ!」

 先生が高らかに宣言する。

「赤い絵の具なら、ここにあります! 赤い絵の具ならね!」


 先生がそう言ってポケットから取り出したのは、アキナからもらったという赤い巾着袋だった……




   🦊


 あたしは先生と二人で並んでベンチに腰掛け、イルミネーションを眺めている。

 あたしはこんなきれいな光景を初めて見た。

 先生も思い出深そうに同じ光景を眺めている。


   🦊


 あの後……あたしと先生はトナカイの鼻に絵の具を付け、指で赤く塗った。

 すぐにトナカイがボンヤリと輝きだし、ボワンと全身から霧が浮かび上がると、それは聖夜爺の前でトナカイとソリの形になった。


「クロコちゃん、山吹先生、本当にどうもありがとう!」

 サンタ……聖夜爺はそう言って大きな白い袋を担ぎ、そりに乗った。

「これでワシも最後の役目が果たせる。二人ともメリィィィクリスマァス! ステキな夜を!」


 そう言い残すと、聖夜爺は夜空へと舞い上がっていった。あたしたちは見送った後、また元の暗闇にポツンと取り残されてしまった。


「まぁこれでよかったんですよ」

 と先生。でもあたしはちょっと残念だった。先生の思い出だという、イルミネーションは結局見られなかったから。


――その時だ――


「ホ~ホ~ホ~、クロコちゃんにワシからのプレゼントだよ!」

 突然、聖夜爺の声が上空から聞こえた。


 同時に、クリスマスツリーのてっぺんの星が光った。

 それを最初にライトに光が次々と灯る。それはクリスマスツリーから始まり、サンタの銅像を包み込み、床に流れ、光の洪水となってあたしたちを包み込んだ。

 それはさらに床いっぱいに広がり、柵へと昇っていき、屋上全体を包み込んだ。それはあまりに幻想的で美しく、あたしは自然と涙が出てしまったのだった。


「きれいですね……クロコ君、座って一緒に眺めませんか?」


 そうしてあたしと先生は並んでベンチに座っている。

 並んで座って同じイルミネーションを眺めている。




   🦊


「実はですね、あなたにプレゼントがあるんです」

 先生は急にそんなことを言い出した。


 あれ? 先生にプレゼント買う余裕はないはずだけど? あたしは真っ先にそう思った。だってあたしが会計してるんだから間違いない。

 不思議に思って先生を見上げると、先生は照れ隠しなのか、ツッとメガネを上げて視線をそらした。


「まぁあまり偉そうに渡せるものではないんですが……」

 先生はコートの内ポケットに手を入れ、さっき宝石売り場で受け取ったベルベットの赤い箱をとりだした。

 まさか宝石? 先生、借金したんじゃ……


「どうぞ、開けてみてください」

 あたしは言われた通りに箱をぱかっと開ける。

 中に入っていたのは大きな真珠のネックレスだった。


   🦊


「その真珠は以前、クロコ君から預かったものです。それを知り合いに頼んでネックレスに加工してもらったんです」


 あたしはすでに泣きそう。まさか先生からこんなにステキなプレゼントをもらえるなんて思ってなかったから。


「で、でぼ。ぜんぜ、」

 思わず涙声になってしまった。だからあわてて涙をぬぐう。それからバッグからティッシュを取り出し、鼻もかむ。

 ちょっと落ち着こう、あたし。


「加工代はどうしたんです? 安くないはずですよ」

「それが、知り合いが無料でやってくれるというんでね、頼んでしまいました。なんかプレゼントしておいて恥ずかしいんですがね。ほら、こうした方が真珠が生きると思いませんか?」


 あたしはうなずき、ネックレスを首にかける。銀色の細いチェーンに大きな真珠が一粒。それは猿柿から取り上げた真珠とは全く別の物に見える。

 それは、ずっとずっと素敵に見えた。


   🦊


「あたし、一生大事にします!」

「……まぁ、元はといえば、あなたの物なんですから、これをプレゼントと呼べるかどうかは分かりませんが……まぁクリスマスのどさくさなら、きっと気にしませんよね……喜んでるようだし……」

 先生の声はなんだか小さい。無意識なのかな?


「……先生、また本音が聞こえてますよ……」

 あたしもそっとつぶやいた。


「……でもうれしいです。先生、ありがとう」



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