第二夜 【尻茶碗】

尻茶碗・前編 ~山吹の章~

 

 ○~○~○




 関東地方のとある県、その最北端に『七ツ闇』という町がある。


 その中心部の丘の上、そこにはかつて神社があった。


 だがその神社、時代とともに忘れ去られてしまった。


 そしてすっかり廃れて、今は町で唯一の診療所へと変わっていた。

 

 神社を改良したその診療所、その名を『七ツ闇クリニック』という。


 だがその診療所には近所の子供以外は誰も寄り付かない。


 そのクリニックには昔からある噂が絶えなかったからだ。


 その噂いわく『あの診療所には物の怪がでる』というのである……




 ○~○~○




   🌸


「先生、今日も患者さん来ませんねぇ」

 クロコは病院のベッドに腰かけ、足をブラブラさせながら話しかけてきた。

 今日は淡いブルーのワンピースの学生服を着ている。


「そうですね。みんなが健康、何よりです」

 私はいつものポーカーフェイス、平然と答える。


「でもね、先生。今はそんな余裕ないですよ」

 クロコは学生カバンから黒い革の手帳を取り出し、パラパラとめくった。


 中身は分かっている。あれはこの病院の帳簿であり、私の家計簿だ。彼女が自主的につけてくれている。もっとも中身は見せてくれないが。


「今週中に最低あと八万円は必要ですよ。こんな調子で大丈夫なんですか?」

 ウチの会計士はなかなかに厳しい。

 いつもチクチクと嫌味を言ってくる。


「ええ、ええ。分かっています。でも


 私はそう言って優雅にほほ笑んでみせる。


 そう。今日の私はいつもと違うのだ!


   🌸


「え? 当てがあるんですか?」

 クロコは私の言葉にびっくりした表情を浮かべている。


 そうそう、その表情が見たかったのだ!

 彼女の真ん丸に見開いた目を見て、私はそうになるのをこらえる。


 クロコ君、いつまでも君に説教されるばかりじゃないのだよ。

 私だってやるときはやる。それが大人というもの。

 それをこれから証明しようじゃないか。


「ふふ。知りたいですか?」

 私はグレーのデスクの引き出しに手をかけ、彼女に確認する。


 心の準備はオーケー?

 そう、この机の中に全てを解決する究極の答えが入っている。


「ぜひ、知りたいですねぇ」

 クロコはまだ疑っている表情だ。


 だが今の私はそんな彼女の表情すらも楽しむ余裕がある。


「いいでしょう。教えてさしあげましょう」


   🌸


「これです」

 私は引き出しから小さなペットボトルを取り出す。緑色のフィルム、つまり日本茶のラベルがついているが、もちろん中身はお茶じゃない。中身はすでに入れ替えてあるのだ。


「なんです、それ?」


 私はユラリと立ち上がる。それから緑色のラベルをべりっ、とはがす。

 中身は薄い茶色の液体だ。

 これこそが私の秘策なのだ。


「これはです。ここに来ているチエミちゃんのおばあさまから、特別に譲っていただいたものです」

 それを見てクロコの大きな瞳にまたあわれみの色が浮かんだ。


 だがわたしは動じない。彼女はまだ私の本当の計画を聞いていないからだ。

 私の本当の計画、それは子供の頭脳では思いもつかない壮大な計画だ。


   🌸


「まさか酔っぱらって忘れるとか?」

「まさか、まさか。そんなことしたって何の解決にもなりませんよ」

「でも、それくらいしか使い道ないと思いますけど?」


 全くガキは単純だ。お酒イコール酔っぱらうもの。そんなわけないだろうに。

 だが今日の私は一味違う。私は軽く首を振って否定し、改めて彼女に優しく伝えることにする。


「いいですか。このマタタビ酒を使って『小判猫コバンネコ』を誘い出すんです。そして気分良くさせて、てなずけるのです。この誘惑に逆らえる猫などいませんよ」


 わたしは高らかに宣言する。

 これで勝った……何に勝ったかは定かでないが、とにかく私は勝利を感じた。

 そう。これがめったに味わえない勝利の美酒の味なのだ!


 ん? だが、クロコはますます悲しそうな目で私を見ているではないか。

 まったく呆れる。まだ理解できないとは。


 いいだろう、最後までちゃんと説明してやろう。


   🌸


 私は上着のポケットから小さなビニールに包まれたカードを取り出した。

 この小さなカード、これがこの計画のかなめであり、私のなのだ。それを袋から取り出し、扇状に開いてみせる。


「なんですか、そのカード?」

「これは『スクラッチ』という、一枚二百円の宝くじです。銀色のところをコインで削ると、なんとその場で当たりが分かるのです。つまりいつでも換金可能なわけです。それを私は一気に二十枚買いました」


「手持ちの現金全部、四千円分ですね?」

 さすがクロコ。私の財布の中まで把握している。だが、これがいくらになるかまでは把握できまい。いや、想像すらできないだろう。


「当たりは最高で五十万円。全てとは言いませんが、あの小判猫の力があれば何枚かは当たるはずです。なぁに、二枚か三枚でも十分です。借金も返せますし、しばらく患者さんが来なくても大丈夫。そうですね、お寿司を食べたり、天ぷらを食べたり、ちょっとした旅行もできるかもしれませんね」


   🌸


 ああ、彼女に全ての計画を話してしまった! 誰にでもできる金儲けの話だ。いや、厳密には妖怪が見える私と彼女だけが可能な計画だ。

 でも気分がよかった。ついにクロコの生意気な鼻をあかしてやったのだ! しかも彼女にご馳走という貸しまで作ることができるのだ!


 だがクロコは大きくため息をついた。

 そして再び憐れむような目でジトッと私を見つめた。


「あの小判猫、あれからミズホちゃんの家族と一緒にハワイへ引っ越しましたよ。あの一家、また宝くじを当てたそうです」


 私は一瞬なんの話か分からなかった。

 それからじわじわと理解した。

 私の手からスクラッチカードがサラサラとこぼれ落ちていった。


   🌸


「それ、本当ですか?」

 どうか嘘だといってほしい。


「はい、昨日出発しました」

「ハワイ……ですか」

 わたしは机の上のマタタビ酒を見つめた。これを呑めばこの絶望から解放されるだろうか? うん、それも悪くないな。


 思わず手を伸ばしかけた時……


「あ。またガキどもがきたみたいです!」

 クロコはそう言って、すばやくカバンに手帳を放り込んだ。それから床に落ちた私のスクラッチくじを拾い、それもカバンにしまおうとした。


「クロコ君、それは私のスクラッチ……」

「先生、仕方ないからこれはあたしが買い取ってあげます」

 そういうとクロコは制服の胸ポケットから何やらごそごそと取り出した。それは金色に光る俵型の小判だった。


「それ、小さいけど本物のキンですよ。売れば十万円くらいになるはずです。感謝してくださいよ、ではまた!」

 彼女は私の手の平にそれを落とし、さっとカバンの蓋を閉じるとそのまま出ていってしまった。


   🌸


 私は手のひらに乗った小さな小判を眺めた。

 ピカピカですごく綺麗。それになんだか高そう。


 なんで彼女がそんなものを持っていたのか、どうして私にくれたのかはわからない。だがとりあえず十万になるというのなら、とりあえず今月はオーケーということだろうか? 私はなんだかような気分だった。


 やがて扉の外でガキどもの声がガヤガヤと聞こえ、私は慌てて小判をポケットにしまった。


   🌸


「先生こんちはー、また来たよー」

 またマサヒコだ。後ろには妹のアキナちゃん。

 肝心の患者さんはこなくとも、ガキどもだけは、いつもいつもキッチリ毎日やってくる。


「先生、お邪魔します」

 と、姿を現したトシオ君が、なんと松葉杖をついていた。反対側をチエミちゃんが甲斐甲斐かいがいしく支えている。


「おや、トシオ君、怪我したんですか?」

「はい、ちょっと椅子から落ちて、足首をひねっちゃったんです」


 トシオ君はベッドに座り、横に松葉杖を立てかけた。左足の足首全体がグルグルと包帯で巻かれている。

 まぁ捻挫だろう。包帯の巻き方からして病院にはすでに行ったようだ。この診療所でなかったのはなんとも寂しいが、大きな怪我でなくて良かった。


「ねぇ先生、今日のおやつは?」

 とマサヒコ。ランドセルも放り出し、すでに自宅のようにくつろいでいる。そしておやつの催促と来た。


「まぁ慌てないでください。ちゃんと用意してありますよ」


 私は彼らに『どんとタコス』というスナック菓子を与え、チエミちゃんがいつものようにみんなのお茶を入れた。


 まぁいつもこんな感じなのだ。


   🌸


「それで、どうしてまた椅子から落ちたんだい?」

 私はトシオ君に尋ねる。


「大したことじゃないんです。に言われて食器棚の高いところからお皿を出そうとしてたんです。だいぶ高いところにあったから、椅子に乗って、さらに背伸びしたんです。そしたら急にバランス崩して、お皿ごと落ちちゃったんです」

 トシオ君はテヘヘとサラサラの頭をかいた。


「そうでしたか。でも、ねん挫で済んでよかったですね。頭から落ちたりしたら、ケガどころじゃすみませんでしたよ」

「そうよ。気を付けてよ」

 と、すかさずチエミちゃん。


「そんなことにはなんねえよ、トシオこう見えて運動神経はいいんだぜ。なっ!」

 とマサヒコ。


 ちなみに彼は坊主頭だ。頭部の形もきれいで、淡いグレーのヘルメットをかぶっているように見える。

 私はいつもアレを撫でてみたいと思うのだが、まだ出来ないでいる。


   🌸


「それより不思議なことがあったんですよ」

 トシオ君が続けた。


 前にも言ったがトシオ君が話すと、不思議と惹きつけられるところがある。子供たちはもちろん私まで、ジッとトシオ君の次の言葉を待ってしまうのだ。


「お皿は落ちて割れたんだけど、実はもう一つ、おじいちゃんが大事にしていた茶碗も割れちゃったんです」


「そりゃ、落ちたら割れんべ」

 とすかさず突っ込みを入れるマサヒコ。

 私もつられて、ウンウンとうなずいてしまう。


「それがちょっと違うんですよ……」


   🌸


 みんながまたちょっとトシオ君に近づく。次の言葉を聞き逃さないようにして。


「その茶碗、だったんです。それなのにピシッて音がして、扉を開けてみたら割れてたんです、こぅ」


 トシオ君はそう言って指で小さな三角形を作った。ちょうど今食べている『どんとタコス』というチップスと同じくらいの大きさだ。


「……これくらいのかけらが、ポロっと欠けて落ちてたんです」

「たぶん寿命だよ、ジュミョー」とマサヒコ。


 だが私はここで一つ思いだす。なんかそんな妖怪の話を昔聞いたことがあった。

 ちなみにその話は私の祖父から聞いた。


 祖父もまた妖怪を見る人だったのだ。


   🌸


「ひょっとしたら、その茶碗はトシオ君の代わりに、災厄を引き受けたのかもしれませんね」

 私は祖父の話を思い出しながら語る。


付喪神つくもがみといってですね、大事にされてきたモノには魂が宿ると、昔は考えられていたんですよ」


「それ妖怪?」

 マサヒコが食いついてくる。

 アキナちゃんもジッとこっちを見ている。そうか彼女も妖怪、好きなのか。


「そうですねぇ。どちらかというと神様みたいなものですかね」


   🌸


「いいなぁ、俺も見てぇなぁ。ここに来ればさ、そういうの見られるかもって、ずっと期待してんだけどさ。まだ一度も見れてないんだよなぁ」


 あれ?

 彼らが来てたのは私に会いたいからではなかったのか?

 お菓子を無料でくれるに会うためではなかったのか?


 これでは私の計画が台無しだ。純真な子供たちの口コミで、この病院の悪いうわさがなくなり、患者さんが徐々に増えていくという計画が……


――つまり、もうこのガキどもに――


「…………」


「せんせ?」

 なぜかアキナちゃんが不安そうに私を見上げているので、私は彼女を安心させるようにニッコリ微笑み、頭を撫でてあげる。


「おや、どうかしましたか?」


   🌸


「あ、あの先生、本当にそんなことあるんですか? 妖怪の仕業なんて」


 トシオ君が慌てたように話をつなげる。

 クールな彼はそういうのを信じないタチかと思っていたので、私は少し驚く。


「さて、どうでしょう。でもそれはトシオ君のおじいさんが大事にしている茶碗だったのでしょう? ひょっとしたら魂が宿って、トシオ君の家族を守っていたのかもしれませんよ」


 トシオ君は神妙にうなずき、包帯の巻かれた足をじっと見た。


「僕を守って割れたのか……そうかもしれないですね」


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