猿 柿・後編 ~クロコの章~


 あたしは誘われるように街に下りてきていた。


 人が集まってきて、ワイワイガヤガヤとまさにお祭りみたいな感じ。にぎやかなで、活気があって、何とも楽しい雰囲気だった。


 今日はワンピース姿のかわいい女の子バージョンだし、これなら誰にも警戒されることはないはず。いや、むしろいろいろと得をすることもあるはず!


 商店街もいつもとは違い、店先にワゴンを出している。酒屋は飲み物を、肉屋は焼き鳥なんかのおつまみを、洋服屋はバーゲンのラックを出している。

 さらに商店街の突き当りにある公園にはステージが作られ、噂の『オイスターフェスティバル』が開かれていた。


   🦊


「へぇぇ、けっこう集まったもんね」

 思わず声を漏らすほど人がいた。たぶん百人以上が集まっている。


 公園をぐるりと出店でみせが囲み、それぞれが牡蠣の料理を提供している。生ガキ、殻焼き、カキフライ、大鍋で茹でられた牡蠣なべもある。それぞれの店の前に人が並び、公園中央のテーブルでそれを食べている。


「お嬢ちゃん、殻焼きどうだい? おいしーよ!」

 カットしたジーンズにポロシャツ、麦わら帽子をかぶったおじいさんが話しかけてくる。話しながら網の上に乗せた牡蠣に醤油をかけている。確かに香ばしい磯のにおいが食欲をそそる。

「チケットはあっちで買えるからよ。チケットもって並んでな!」


「はーい!」

 あたしは言われた『受付』と書いてあるテントに並ぶ。中学生以下は五百円だ。ガマぐちボシェットから五百円玉を取り出し、係の人に渡す。するとカードのついた紐を首にかけてくれた。


「ありがとさん! お店の人にこれを見せてね」

 係の人は鉢巻き姿のお兄さん。この人も漁師さんだろう、日焼けして真っ黒だ。


「わかりました。あの、どれだけ食べてもいいんですか?」

「そうだよ。お腹いっぱい食べてってね! あ、でも持ち帰りはできないからね」

「わかりました! ありがとうございます」


   🦊


 あたしは基本的に山育ち。だから大抵は野菜だの肉だのを食べるし、そういうのが好きだ。

 実は牡蠣を食べるのはこれが初めてだった。とりあえず最初に声をかけてくれた、殻焼きから食べてみることにした。


「はい、殻焼きお待ちぃ! 熱いから気をつけなよ。それから殻はチケットと交換できるから、食べ終わったらあっちの受付に持って行ってな」


 あたしは殻付きの牡蠣を紙皿に乗せてもらい、テーブルに持って帰って座った。

 ちょっと口で冷ましてから、アツアツのそれをパクッと頬張る。


「んまー!」


 いや、びっくりした。とろりとしたアツアツの牡蠣の何とも言えない食感。醤油の焦げた香ばしい匂い、うまみたっぷりの汁。


 こ、これが牡蠣か……先生が食べたそうにしていた理由が分かった。


   🦊


 で、今度はフライに挑戦した。これがまた、


「んまい! なにこれ!」


 サクッとした衣、とろける牡蠣、あふれてくるうまみ、濃厚な香り、ソースとの相性がまた、たまらない。


「んま! これも。あれも。これも。うわっ!」


 あたしは手当たり次第に食べた。食べては殻をもらい、チケットをもらい、また食べた。気付くとカードはちょっとした札束くらいの厚みになっていた。


   🦊


「今度は生ガキも食べてみようかなっ」


 だがテーブルに持ってきたところで、手を付けるのをやめた。

 少し匂いが変な気がする。

 なんとなく手を出さない方がいい気がした。

 たまたまこれが悪かっただけかもしれないが、そろそろ帰る頃合いだろう。


「でも、残すのはまずいんだろうなぁ……」

 そう思った時だった。


あねさん、それ食べないんですかい? 食べねぇんでしたら、あっしに分けてもらえませんかい?」


 姿


   🦊


「あんた『猿柿さるがき』ね?」


 猿柿とはその名のとおり猿の妖怪だ。だがちょっと様子が違うのはその恰好。オレンジ色の柿の模様が入った紺色のハッピに、ラクダ色の腹巻をしている。なんとなく任侠映画に出てくるヤクザのような服装だ。

 実際彼らの構成はヤクザのそれに似ていて、たいてい群れで行動している。


「あっしは若頭をやっております。それより姉さん、それ食べねぇんですかい?」

「これ? もうお腹いっぱいだからあげる」


「ありがてぇ」

 猿柿は器用に殻を傾け、口先でズズッと身をすすった。

「ああ、んめぇ」


 すると、背後から同じような声がいくつも聞こえてきた。

「ああ。んめぇ」

「ああ。んめぇ」


   🦊


 振り返ってみると、結構な数の猿柿が会場に紛れ込んでいた。みんなお揃いの格好だ。もちろん人間には見えないのだが、彼らは机の上に乗り、人が目を離したすきに牡蠣を盗んで食べていた。


 そう、こいつらは昔っから手癖の悪い連中なのだ。

 目を離すとなんでもかんでも盗んでいく。


「ずいぶん集まってるのね?」とあたし。

「いえね、祭りだって聞いたもんで、ご相伴しょうばんにあずかろうかと」

 若頭は頭を掻いて照れた。


「それはいいけどさ、あんまり派手にやらないほうがいいわよ」

「へぇ、ここはあねさんの縄張りですからね。承知してますとも」


 猿柿はそういうと、、次のテーブルに移っていった。

 そしてまた牡蠣を盗んで食べだした。


「そろそろ潮時かしらね」

 あたしは先生の待つ病院に帰ることにした……


   🦊


「クロコ君、オイスターフェスティバルはどうでしたか?」

 先生はあたしが病院に着くなりそう聞いてきた。


「え? なんのことですか?」

 と、とぼけたが、つい口にソースがついていないか拭ってしまった。


「やっぱり行ってきたんでしょう?」

「あ? ええ! 町の人がたくさんいたから、なにかなーって」

 ちょうど先生のメガネに夕焼けのオレンジが反射して表情がよく見えなかった。


「そうですか。これをきっかけに町が活気を取り戻してくれるといいですね。で、どうでしたか? 味は?」

 なんとなく先生の言葉は恨みがましい。本人は必死に冷静さを保とうとしているところが、またかわいそうになってくる。


   🦊


「味、ですか?」

「ええ。食べてきたんでしょう? 牡蠣の食べ放題」

「あー、ええ。たまたま五百円玉を持っていたから、ちょっと味見してきました」

「……子供はいいですねぇ。五百円。それなら私も行けたのに……世の中はつくづく不公平だ……」


「あの、先生?」

 そこで先生はハッと我に返ったようだった。

 メガネを直し、いつものように優しく、ちょっと寂しげな笑みを浮かべた。


「ああ、すみません。オイスターフェスティバルの話でしたね」

「その話、まだ続けたいですか?」


   🦊


 やがて夕暮れの時間は終わり、そっと夜が下りてきた。


 だが眼下に見える街はまだガヤガヤと賑わっている。

 どうやら夜になって、ますます人が集まっているらしい。

 商店街にはまだ煌々と電気がつき、公園は色とりどりの明かりが丸くつながっていた。まさにお祭りだ。人のざわめきがさざ波のように聞こえてくる。


「まだ間に合うかなぁ……」

 先生がぼそりとつぶやく。


 先生、まだあきらめてないんだ……あたしは少しあきれると同時に、ちょっと興味深くもある。

 先生の食い意地はだんだん膨れ上がってきている。

 それもこれもお金がないせいだ。


 あたしはがま口を開き財布の中を見る。実はこの中には五千円が入っている。町中を駆け回って拾ってきたお金だ。二千円くらいなら先生にあげてもいい気がする。ていうか、自分だけおいしいものを食べた罪悪感もある。

 ほんの少しだけど。


   🦊


「あの、先生。よかったら……」

「ん? なんですか?」

「……二千円、あげましょうか?」


 てっきり先生は喜んでうなずくと思った。でも違った。

 先生はスッとあたしの頭を撫でてこういった。


「クロコ君は本当に優しいですね……」


 あたしは先生のこういう声に弱い。ちょっと、とろけそうになる。やっぱり先生は大人だ。こういうことはきっちりしている。


「……私は大人です。子供からお金をめぐんでもらうわけにはいきませんよ……」


   🦊


 と、その時。あたしは神社の階段をのぼってくるを聞いた。それは、ほんのかすかな音だけど、狐のあたしの耳は聞き逃さない。


「……しかしですね、あなたが貸して……いいですか、貸して……」

!」

 先生が言いかけた言葉を遮る。たぶん五人。いや、まだ増えている。


「……貸してくれるというなら……」

!」


 じっと耳を澄ます。

 たぶん十人、いや二十人かも。

 みんな足取りが重い。

 これはたぶん病人だ! 患者さんが来たのだ!


「先生! 患者さんが来ます。二十人は来そうです! これから大忙しですよ!」

「病人だって? そりゃ大変だ!」


 先生の顔が急にきりっと締まった。


   🦊


「これは……牡蠣に当たりましたね」

 先生は並んでいる患者さんすべてに、そう言っていた。


「ですが、程度は軽いようです」

 病院は、こういってよければだった。病院の中に人が入りきらず、外にイスを出して並んでもらっていた。


……」

 あたしはなんだか感動してしまう。


「クロコ君、もっとイスを出してきて。それと境内から毛布も持ってきて、希望者に配ってください」

「はい、先生っ!」

 自分でもびっくりするくらいのいい返事。『はい、先生!』だなんて、あたしと先生、すごくいいコンビみたいだ!


   🦊


 もう先生はかっこいいし、あたしは思いっきり頼りにされているし、人間からは感謝されるしで、とにかく最高に気分がいい。


 先生は忙しそうにしながらも、患者さん一人一人を丁寧に診察して、薬を渡していった。本当に具合の悪そうな人は今のところ二人だけで、彼らは診察室の奥で点滴を受けていた。


「まぁ程度が軽くてよかったです。こちらが抗生物質、こちらが整腸剤、書いてある通りに飲んでくださいね」


 先生はテキパキと患者さんに薬を渡して、診断書を書く。わたしは、それを見ながらさっさと会計し、集めたお金をどんどん金庫に入れていく。あれからさらに患者さんも増えて、病院はまさにてんてこ舞い。


   🦊


 そんな時間が二時間ほども続いただろうか?

 やっと人の波が途切れた。

 あたりはもう、すっかり暗くなっている。


「さて、次の方どうぞ」

 先生も疲れていたが、最後の患者を中に通す。


「先生、どうにも腹が痛くって……ああ。いてぇ……」


 扉を開いて現れたのは、なんと『猿柿』だった!


   🦊


「あ、あんた、なんでここにいるのよ!」

 あたしは激怒寸前。そんな様子を察したのか、猿柿はビクリと背筋を震わせた。


「す、すいやせん。あねさん。そのどうにも腹が痛く、ワシらみたいな妖怪モンを見てくださる先生がいると聞きやして……」


あねさん? クロコ君、あなたの知り合いですか?」

 と先生。そういいながらもさっそく聴診器をあてて診察している。本当にこの先生は妖怪と人間の分けへだてがないのだ。


「違いますよ。たまたま今日知り合っただけです。ねっ?」

 あたしはたっぷりと殺気を込めて猿柿を睨みつける。なにか口答えでもしたら、八つ裂きにするからね。分かった? それを瞳で語る。


   🦊


 猿柿はどうやら理解してくれたようだ。


「へ、へぇ。姉さんのいう通りで。今日初めて会ったばかりです」

「そうですか。まぁいいです。とにかくお薬を出しておきましょう。それを飲んで様子を見てください」

 先生は人間と同様に、猿柿に薬を渡した。


「あの、実はですね。子分も同じく腹痛を起こしまして」

「それはまた大変ですね。いいですよ。連れてきてください」

「それがですね……もう来てまして」


 あたしは急いで外に出た。

 先生もすぐにやってきた。


 そしてびっくりした。

 境内には三十匹もの猿柿が腹を抱えてうずくまっていた。


「ああ。いてぇ」

「ああ。いてぇ」


   🦊


 ここで、あたしは完全にブチ切れた。


「先生……この猿柿たちの治療は私に任せてください」

「え? でも、大丈夫ですか?」

「はい。人間と同じように薬を渡せばいいんですよね?」

「まぁそうですね。たぶんそれで効くはずです」


 と、一匹の猿がチカチカと点滅をはじめた。これはまずい兆候だ。猿柿の妖力が下がっている。このの一瞬、人の目にも姿が見えてしまう。急がなきゃならない。


 また神社に妖怪が出るなんてうわさが広がれば……


「この病院はおわるっ!」

「え?」と先生。


「なんでもありませんっ! 先生は人間の患者さんを診てください。あたしは妖怪を治療します。なに、妖怪だから死にはしません」

「まぁそれもそうですね。では薬を取りに来てください」


   🦊


 先生が病院クリニックに戻るのを見届けると、あたしは猿柿を睨みつけた。


「今からすぐに、あたしの指示に従ってちょうだい。いいわね?」

「へぇ。何でも言う通りにしやす」

 若頭が神妙にうなずき、ほかの猿柿もコクコクとうなずく。


「まずは全員、急いで拝殿の中に移動して。賽銭箱のある建物よ。分かるわね?」


 猿柿どもは苦しそうにしながらも拝殿へよろよろと上がっていった。その間にもまた何匹かの猿柿がチカチカと点滅を始めた。


「急いで、って言ったわよね?」


 その一言でみんなが走って拝殿に飛び込んだ。それからあたしは階段を上がり、ずらりと並んだ猿柿をゆっくりにらんだ。


「若頭はどこ?」

「へぇ、ここです」

 猿の顔なんて見分けがつかない。ハッピもお揃いだし。だが若頭には一つだけ特徴があった。彼だけが首に小さな白いお守り袋を提げていた。


「患者は全部で何人?」

「あっしを含めて三十二人でさ」


「……ふーん。で、アンタたち?」


 猿柿はすっと目をそらして床を見つめた。もちろん全員。

 でた。これだから妖怪はたちが悪い。


   🦊


「あっしら、人様のお役に立つようなものは、なにも持ち合わせておりやせん」

「じゃあどうするの? なにを払っていくの? まさか払わないなんてことはないんでしょう?」


 猿柿達の間に動揺が広がる。


「いいでしょう。じゃあ、今回は特別に後払いにしてあげる。支払い内容はあたしが後で決める」


 猿柿たちが控えめに抗議の声を上げる。

 だがあたしは聞いてないし、最初から聞く気もない。


「人の食べ物を盗んだバチがあたったんでしょ? 今この場で誓約書を書いた猿柿から治療するわ。決心が着いたら来てちょうだい」


 猿は単純だ。文句を言いつつも列に並んで、あたしの誓約書にサインしていく。あたしは薬を渡し、誓約書の複写を渡していく。


 うん。これはいい契約だったかも。

 三十二人の子分。妖怪にとって契約は絶対だ。

 これは便利な道具を手に入れたようなものだ。


   🦊


 だが、猿たちはあまり良くならなかった。


「姉さん、話が違うんじゃありやせんか?」

「これじゃ契約は無効だ!」

「詐欺だ、契約書を返せぇ」


 猿たちが口々にわめき始める。そして猿たちのチカチカがまたひどくなってきた。猿柿たちの妖力がまた下がってきているのだ。

 このままだと人に見られてしまう! ハッピを着たおかしな猿の妖怪が。


「姉さん、どうしてくれるんです?」

 若頭がすごんできた……すごい脂汗かいてるけど。


 こいつら、たらふくあの生ガキを食べたのだ。だからこんなにも妖力が落ちているのだ。妖力とは人間の体力みたいなもの。


 これじゃ薬だけでは治らないかも……


   🦊


「くっ、こうなったら仕方ないわね」


 それでもあたしには一つだけ手があった。

 妖力を上げる不思議な水。前に『尻茶碗』で汲んだ霊水が二リットルあるのだ。


 だが猿にくれてやるには、あまりにもったいない代物だ。

 先生なら迷わず使うにきまっている。でも、やっぱりもったいない。

 特に価値もわからない猿ガキどもに使うのは、本当に惜しい……でも


「ええいっ! 特別に分けてあげるわよ!」


 それでもあたしは決心した。

 もう大盤振る舞いだ。


 そうよ、あたしはこいつらをちゃんと治して、


   🦊


 結局、二リットルあった霊水のペットボトルは空になってしまった。

 元気を取り戻した猿はもう陽気に踊り始めている。

 どこから持ってきたのか、猿酒まで出してきて宴会をはじめている。


 まったくこいつらは……


「おや、みんな良くなったようですね」

 そこに先生がやってきた。そして嬉しそうに猿柿達を眺めた。


「先生の方の患者さんはどうですか?」

「みなさん具合がよくなって家に帰りました」

「そうですか。とりあえずよかったですね」


 あたしはもう、ぐったりだった。

 すると先生があたしの頭をそっと撫でてくれた。


「クロコ君、頑張りましたね。どうもありがとうございます」


 褒められた! 先生のその一言であたしの全てが報われた気がした。


「先生こそ、お疲れさまでした!」


 二人でほほ笑みあう。


 ああ、なんて甘美な瞬間!


   🦊


……が、やはりそういう時間は長く続かない。


「あ、先生! どうです、先生も一杯?」

 若頭が顔をさらに赤くして先生の所に来た。

 ほんとこいつ調子がいい。腹を痛めていたことなど、すっかり忘れているようだ。もっともそれはほかの猿柿も同じだが。


「いやいや、私はいいです。お酒、強くないんですよ」

 先生は手をひらひらさせて、病院へ戻ってしまった。


 ああ。楽しい時間も終わってしまった。

 と、あたしは若頭の首から下げた白いお守り袋が気になった。


   🦊


「ねぇ猿柿、その首から提げてる袋にはなにが入ってるの?」

 優しく話したが、目だけは別。ぎっちり睨んで嘘はつかせない。


「こ、これは真珠です。実は今日、祭りのくじで当てたんですよ」

 猿柿はそわそわとしだした。


「くじ? へぇ、どうやって引いたの?」

変化へんげしやした。少しの間ならできるんすよ」


「そう……あなたってずいぶん運がいいのね……」


 そこで思い出した。


 そう! あたしの集めたカード! 牡蠣を食べていたテーブルで盗まれたんだ! 振り返った時、猿柿が腹巻にごそごそと隠していたのを思い出した。


 たぶん、あの時だ!


「それ、盗んだあたしのカードで当てたんでしょ?」

「いやいや、当てたのはあっしです」

「カードためたのは、あたしでしょ!」

「これはアッシが当てたんでさぁっ!」


   🦊


 猿柿が逃げ出した。

 あたしはそれを追いかけた。


 猿柿は参道を走り抜け、素早くイチョウの木を登っていく。

 さすがは猿だ。次から次へと枝をつかんで高く高く登っていく。


「返しなさい! それあたしの!」

「返してほしけりゃ……」


 言い終わらぬうちだった。

 猿柿が足を滑らせた。たぶん酔っていたせいだろう。そのまま枝につかまることも出来ずにあたしの手の中にポフッと落ちてきた。


「ああ。やっちまった……」

 猿柿はあきらめたようにため息をついた。


 あたしは遠慮なく猿柿の首のお守り袋を取り上げる。

 手のひらの上で袋を傾けると、大きな真珠が一粒、ころりと転がり出てきた。


「まさに『猿も木から落ちる』……ね!」

 

         

   第三夜『猿柿』 終わり

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